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キラキラ 220

「何か、俺、奈月の気に障ることでも言ったかな?」と僕は訊いた。すると奈月は「何もないですよ。何を心配されてるんですか?」と答えてきた。彼女の表情や言いぶりには、嘘偽りは全く感じられない。
「じゃあ、先に帰るとか言わないでくれよ」と懇願するように僕は言った。
「でも、そればっかりは仕方ないです。どうしても帰らなければならないんです」と奈月は答えた。どこか割り切っているように映る。
「かぐや姫みたいだな」と僕は瞬時に思い浮かんだことを言った。すると彼女は衣類をたたむ手をぴたりと止めて「かぐや姫、ですか?」とつぶやいた。
「じいさんとばあさんと貴公子たちが必死で引き留めるのに、それを振り切って月の世界に帰ってしまう」と僕は説明を付け加えた。奈月はそれについて考えているようだった。僕にしては意外な反応だった。
 そのうち奈月は何かを言いかけたが、途中で言葉を飲み込み、再び衣類を整理し始めた。
「奈月も、ほんとうは帰りたくはないんだな」と僕は彼女が今口に出しかけたことを想像して言った。「帰りたくない」という言葉を奈月の口から聞きたかったのだ。だが奈月は「すみません、どうしても帰らなきゃいけないんです」と一辺倒な答え方をして僕の思いをかき消した。
 それにしても、僕は、奈月が先に帰ると言い出した途端に胸が締め付けられるような寂しさに襲われることになったわけだ。それは全く予期せぬ心の痛手だった。2人で仲良く一緒に帰れば、こんな気持ちにはなっていなかったはずだ。僕はもう、ほとんど必死になっている。
 すると奈月は「先輩と一緒に嵐山を歩きたいっていうのは、東山君との思い出をたどりたいわけじゃないんですよ。東山君と歩いた時に感じたこととか、あの時叶わなかったことを、もう一度取り戻したいんです」とさっき洗面台の前でした話をここで持ち出した。そして、その後で急に真顔に戻り、「先輩は準備しなくていいんですか?」と言ってきた。そうえいば僕は、ヨレヨレのTシャツと短パンのままだ。
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キラキラ 219

「東山との思い出をたどっておきたいんだな」と僕が返すと、奈月は「東山君とは、あんまり関係ないです」とあっさり答え、洗面台を照らしていた白熱灯をぱちりと消した。そうして軽く頭を下げてから僕の前を横切り、部屋へと入っていった。
 僕が部屋の間接照明のスイッチを入れると、ほのかな明かりがふわりと立ち上がった。奈月は部屋の隅で自分の荷物をまとめている。
「ほんとうに帰っちゃうのか?」と僕は聞いた。寂しさでいっぱいになった胸がずっしりと重い。
「どうしても帰らなきゃいけないんです」と奈月は後ろ向きで答えた。
 外はまだまだ闇に包まれている。夜はまだ明けそうにない。大堰川から吹き込んでくる風も冷たさを含んでいる。
「奈月が帰るのなら、俺もここを出るしかないな」と僕は立ったまま大堰川に架かる渡月橋を眺めながらつぶやいた。橋は幽玄の明かりでライトアップされている。車の通りは全くない。その光景は極楽浄土を連想させた。いや、三途の川かもしれない。 
「私が帰っても、先輩はゆっくりされてください。お風呂も入れますし、朝食も取ってあるわけですから。私に気を遣わないでください」と奈月は自分の衣類をたたみながらそう言った。
「奈月」と僕は彼女の名前を呼んだ。彼女は「はい」と小さく答えた。
「君はほんとうに、奈月、だよね?」
 すると彼女は「何おかしなこと言ってるんですか」と笑い、僕の方を見た。たしかにどこからどう見ても奈月にちがいない。だが、さっきまでの奈月とは何かがちがうのだ。何時間か前まで、僕たちは裸で抱き合っていたのだ。僕は彼女にキスをし、彼女の陰毛に手を入れた。そうして彼女は何度も僕に抱いてほしいとねだってきた。
 目の前に座っている女性は、いったい誰なのだろう?

キラキラ 218

「奈月がいったい何を言ってるのか、とにかく俺には分からない」と僕は首を振りながら言った。彼女は不思議な顔をしてこっちを見ている。まるで、おかしなことを言っているのは僕の方だといわんばかりだ。
「俺より先に、しかも黙って佐賀に帰るっていうのは、いくらなんでも、あんまりじゃないか?」
「でも、私、昨日、そう言いましたよね」と奈月は答えたが、僕にはそんな話を聞いた覚えが全くない。というより、さっきまでの奈月とはまるで別人格を宿らせたこの女性は、本当に奈月だろうか?
 すると彼女は冷淡さすら漂わせながら鏡の方を向き、髪のセットを再開した。僕はただ茫然とその姿を眺めるしかなかった。いったい、何がどうなっているというのだろう?
 やがて奈月は髪から手を放し、最後にヘアスプレーをさっと振りかけた。フローラル系の香りがふわっと広がり、まだ半分眠っている鼻の奥にも届いてきた。
「先輩」と奈月は鏡を見たまま話しかけてきた。僕は何も言わずに彼女の方を見た。「どうしても行きたいところがあるんです、先輩と」
「今から?」
「はい。できれば今からです。朝一の新幹線が出る前に、そこに行っときたいんです」と奈月は言った。
「もちろん構わないけど、あまりに早すぎないか? まだ夜も明けていない」
 僕がそう返すと、奈月は何の迷いもなく「できれば夜が明けないうちに行っときたいんです」と言った。僕には全く意味が分からなかった。
「で、どこへ行くの?」と聞くと、奈月は化粧ポーチに道具をしまいながら、「嵐山の町を歩きたいんです」と返した。ますます意味が分からなくなっているところに、「東山君と2人で歩いたところを、先輩と一緒に歩きたいんです。だめですか?」と奈月は言い、ガラス玉のような瞳を僕に向けた。

キラキラ 216

 ふと目が覚めた時、奈月は僕にぴたりと寄り添っていた。月明かりが、彼女のくびれた腰のあたりに陰影を与えている。いつの間にか、僕たちは揃って眠りについていたようだ。
 僕は、おぼろげな意識の中で、汗ばんだ彼女の乳房を手で包み、乳首を触った。眠っている奈月だったが、僕がそうすると、かすかに反応した。僕はさらに彼女を深く抱きしめた。
 次に目が覚めた時、今度はペニスが鉄のように固くなっていた。僕は無意識のうちに彼女のおしりの奥に手をやっていた。そこは十分に濡れていた。僕はペニスをあてがうと、奈月は一瞬受け容れてくれるかのような雰囲気でもあったが、すぐに両膝を伸ばしておしりを遠ざけ、静かに首を振った。
 僕はどうしても奈月がほしくなった。それは理性で制御できるようなものではなかった。僕は彼女の太ももの間に顔をうずめた。だが奈月はおしりをさらに遠ざけて拒否した。
 僕はたまらなくむなしい気持ちになった。胸の中がもみくちゃにされた紙屑のようになった。仕方なく元の体勢に戻り、さっきのように奈月を抱きしめた。すると彼女は赤ん坊みたいに力を抜き、安らかに僕の胸の中に落ち着いた。
 奈月のぬくもりは、なぜだか懐かしく思われた。以前、どこかで同じように抱き合ったような気がしてならなかった。それがいつだったか、今すぐにでも思い出せそうだった。だが、あとわずかで追いつかない。その記憶はいつでも手に届くところにぶら下がっていながら、いざ手に取ろうとすると、ほんの少しだけ遠ざかり、僕の両手の間を意地悪くすり抜けて行く。
 それでも僕は、なおも記憶を追いかけた。記憶の解明が奈月と僕との正しい関係を築き上げてくれると確信できた。何度も奈月の名前を呼ぶ。奈月はその声が聞こえているはずなのに、僕の手の届かないところを小走りで進んでいる。そのうち僕は、息切れがしだした。もう無理だと諦めはじめた・・・
 次に目を覚ました時、部屋はうっすらと明るくなっていた。隣に奈月はいなかった。

キラキラ 215

「どうせ、すべてのことは、過ぎ去ってゆくんだ」
 僕はこれまでの体験を振り返りながらそう言った。
すると奈月は、「太宰治みたいですね」と僕の胸元に言葉を当てた。
「太宰治?」
「はい。『人間失格』の最後の場面で、廃人同然にまで落ちぶれた主人公が、そうつぶやくんですよ。自分には幸福も不幸もない。ただ、一さいは過ぎて行きますって。彼が生きてきた地獄のような人間社会の中で、唯一真理らしく思われたのは、そのことだけだって」
「いきなり太宰治が出てくるとは、奈月もなかなか文学少女だな」と感心すると、「『人間失格』は中学生の時に初めて出会ってから、今まで何度も繰り返し読んでますから」と答えた。
「やっぱり中学生の頃なんだ」と僕は言った。
「私はどうしても昔のことが忘れられないたちなんですね」と奈月は自嘲気味に言い、「でも私も、いつか、物事を諦めて、受け入れながら生きて行く日が来るんですかね」としみじみとつぶやいた。
「今回の旅は、俺にとっても、ここ数年にないくらいに楽しかったよ。ひょっとしてこれまでで一番かもしれないくらいだ。繊細な奈月のことだから、俺以上に今日のことが懐かしくなって、自分で言うように死ぬほどさみしく思える日が来るかもしれないな。でも、もっと時間が経ったら、必ず思い出に変わるって。しかもとびっきりいい思い出にね。もしそれが、諦めて受け入れるということならば、それは決して悪いことじゃないよ」と僕は応えた。奈月は何も言わずにじっとしている。
 しばらくして彼女は「それにしても、こんな格好で抱き合ってるのに、不思議です。先輩とならすごく自然な感じがします」と小さく言った。驚くことに、僕もちょうど同じようなことを実感していたところだった。心がみるみる安らいでゆくようだった・・・
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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