スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

キラキラ 250

 僕がそう言い終えた後、少しだけ間を置いてから奈月はこう言った。
「質問はそれだけですか?」
 僕はほとんど反射的に「それだけだ」と答えた。それからまたしばらく時間が止まった。
 すると奈月は、ぽつりと口にした。
「2つの質問を、1つずつ、順序に従って答えなければいけませんかね?」
 僕には彼女がそう言う意図が理解できなかった。だから、彼女に対して、何をどう返せばよいのやら、当然分からなかった。そうしていると、奈月の方から話をつなげてきた。
「今の質問に対して順序通りに説明すると、二度手間になって、かえってまどろっこしくなるような気がします。なので、私は、私のやり方で話したいんです。その方が、先輩にも、きっとうまく分かってもらえるはずです。ただし、だいぶ後になってからのことでしょうけど」
 奈月はそう言ったが、ますますわけが分からなくなるばかりだ。とはいえ、それはそれで大した問題でもない。僕の頭の中でもつれている糸をほどいてもらえるのであれば、方法などどうでもよい。
 奈月は僕が何も言わないうちに、さっそく話にかかった。
「私、長いこと、いつからなのか思い出せないくらいに前から、先輩と一緒に旅行することを夢見てたんです。『思い通りにならないようで、思い通りになっている』のが人生かもしれませんが、『ずっと思い続ければ、何らかの形で叶う』というのも人生なのだと私は思って生きてきました」
 たしかにそうだ。僕の知っている奈月は、そうやって前向きに生きる女の子なのだ。その話を聞いただけで、僕の中のもつれが1つほどけたようだった。
「私は、どこでもいいから先輩と2人で外に出たかったんです。もしそれが、遠くに行って、できれば一緒にお酒を飲んだり、一緒に寝たりできたら、どんなに幸せだろうって、ずっとずっと心の底で思ってました」
スポンサーサイト

キラキラ 249

 奈月は表立った反応を何一つ見せず、「どうぞ」とやさしく語尾を上げた。僕は勢いにまかせて話した。
「まず1つめの質問だ。今僕は、すごく驚いたんだ。というのも、六条御息所の言葉をよくそんなにも覚えているなって、感心したというか、不思議に思ったよ。だって昨日までの奈月なら、『源氏物語』の話をするのに、東山のしおりを見なけりゃならなかった。おまけに、今の朗読ときたら、完全に板についてた。まるで奈月の思いをそのまま言ったというふうに聞こえた。それはいったい、どうしてだろう?」
 すると奈月は、やはり目に見える動きをしなかったが、それでも何かを考え込んでいるふうでもであった。そうして、しばらくしてから、「で、もう1つの質問は、何ですか?」と聞いてきた。
 意外な切り返しに一瞬穿たれたが、すぐに僕は、自分が今何を聞きたかったのかを思い出しにかかった。言葉は口をついて出てきた。「さっきからずっと不可解に思うことがあるんだ」
 奈月は、いかにも穏やかな口調で、「何ですか?」と返してきた。
「さっき、ホテルで目が覚めた時、奈月は別人のように冷たくなって、しかもいきなり佐賀に帰ると言い始めた。昨日の夜、僕たちは一緒に寝て、裸のまま抱き合ったんだよ。覚えてるよね?」
 僕の問いに、奈月はゆっくりと首を縦に振った。その反応は僕を安心させた。昨夜の布団の上の出来事も、「きわめて現実的な夢だった」ともし奈月に跳ね返されたら、今の僕にとってそれ以上寂しいことはないと怖れたからだ。安心した僕は、次に出すべき自分の言葉を慎重に選んで、こう言った。
「わけも分からずに冷たくなった奈月だったけど、どうしても僕と一緒に行きたいところがあると言って、ここに来たんだ。おまけにまだこの時間だ。夜も明けてない。これって、一般的なものの見方からすると、明らかに不自然だと思うんだけど」
 奈月は僕の話をちゃんと聞いてくれている。
「いったい、奈月は、ここで何をしようと考えてるんだろう?」

キラキラ 248

「女は思いの外にてもの思ひを添ふるもの・・・」と僕は頭の中で今奈月が言った六条御息所の言葉を一言ずつ唱えてみた。だが、意味が分かるはずもない。それでも、この言葉が、御息所の最期の言葉にふさわしい、ただならぬ重みをもっているということだけは、不思議と伝わってくる。
 奈月は、さらにこう続けた。

 うたてある思ひやりごとなれど、かけてさやうの世づいたる筋に思し寄るな。うき身をつみはべるにも、女は思ひの外にてもの思ひを添ふるものになむはべりければ、いかでさる方をもて離れて見たてまつらむと思うたまふる。

 その流麗な語りは奈月の声でありながら、別の女性の声にも聞こえた。僕が先入観の中で六条御息所の声だと聞いたのかもしれない。いや、それとも、特定の誰かの声ではないような気もする。いずれにせよ、意味が分からないなりに、その言葉が心の奥を震わせたのはたしかだ。
「六条御息所は、光源氏に向かって、娘である前斎宮のことを託しておきながらも、その直後にそんなことを言ったのです。『不快な取り越し苦労かもしれないですけど、決して娘を、男女関係の対象に思わないでください。不幸な私の身を例に考えても分かるように、女っていうものは、思いがけないことで傷つき、物思いを重ねるものなのです。ですから、どうか、娘を女として見ないでくださいね』と、光源氏に釘を刺したのです」
 奈月はそう説明した後で、再び僕の方を見た。それと連動して彼女が手に取った榊の枝が暗闇の中で揺れた。僕は瞬間的に頭に浮かんだことを口にした。
「奈月に聞きたいことがあるんだ。それも、2つほど」

キラキラ 247

 奈月が僕に何を分かってもらいたいと考えているのか、それから、どうしてこの野宮に来たのか、なぜ彼女は今のような姿になっているのか、不可解なことだらけだ。そう考えると、たしかに僕は彼女のことを分かっていないのかもしれない。
 僕はふと、杉の木立の間から空の様子をうかがった。夜は明けそうで明けない。空だけ時間が止まっているみたいだ。発光ダイオードのように青白く鋭い光を放つ月も、空の端で輝き続けている。まるで月に監視されているようでもある。
 奈月は、もう1度つばを飲み込んでから、話を進めた。
「光源氏が明石の君のことで胸を塞いでいるちょうどその頃、伊勢から帰ってきた六条御息所にはもはや源氏と再会する気力すら残っていませんでした。源氏の方も、彼女と無理をして会うには地位が上がりすぎていました。やはり、野宮での別れが、2人の最後だったのですね」
 奈月は、まるで自分の過去を回想するかのように、しんみりと語った。
「伊勢では、仏を崇めることが禁じられていたということもあって、都に帰った御息所は、出家をします。その知らせを聞いた源氏は、さすがに彼女を慰問します。対面した時、あまりに急に弱った御息所の姿を見て源氏は驚きます。彼女の魂は死んでしまっていた。もはや消滅の寸前だったわけです。源氏は、こだわりを残したまま御息所と死別をするのではないかと思い、涙を流します。彼女の方も自分の命が終わろうとしていることは十分に承知していたし、それ以上に、源氏の気持ちもよく理解していました。
 それで、御息所は娘である前斎宮のことを源氏に託します。もちろん源氏もその願いに応えようと意気込むのですが、その時、御息所は、源氏に向かってこんなことを言います。

 女は思ひの外にてもの思ひを添ふるもの・・・

キラキラ 246

「つまり、奈月の魂も、消滅してしまったと?」と僕は訊いた。無意識のうちに出てきた言葉だが、決して軽はずみというわけでもなかった。
 奈月は僕の質問にも動揺することなく、それでもつばを1つ飲み込んで、こう応えた。
「昨日から先輩は、『思い通りにならないようで、思い通りになっているのが人生』って、何度も言ってます。『源氏物語』の中の人物も、藤壺も、紫の上も、明石の君も、光源氏を愛した女性たちは、その恋の苦しみに翻弄されながらも、最後にはそれぞれの人生にたどり着いてるように見えます。だから、先輩の言葉は、あながち間違いでもないのだろうと思えます。ただ、私の場合、どうしてもそんなふうにうまく割り切ることができないんです。このまま私の魂は消滅してゆくんじゃないかって、本気で恐ろしくなることが多々あるんです」と奈月は声を震わせた。
 実は僕は少し安心していた。暗闇に立つ目の前の女性は少しずつ体温を取り戻し、僕のよく知っている奈月の姿になってきたように感じるのだ。そういうこともあって、僕は「大丈夫だ」と声をかけた。「奈月の魂は消滅なんかしないから」
 すると彼女はふと僕の言葉に耳を傾け、「何が大丈夫なんですか?」と聞いてきた。
「奈月は今生きている。まだ若い奈月は、もちろんこれからも生き続ける。生きる以上、魂は消えないよ。消えるわけがない」
 僕がそう答えた後、彼女の全身から力がふっと抜けたのがうかがえた。
「先輩には、私のことなんか、絶対に分からないんです」
 僕にとっては、全く意外な返答だった。やはりこの女性は奈月ではないのだろうか?
「これまでは、どうせ分かってもらえないって、投げやりになっていました。でも、いつの間にか時間は確実に過ぎて、私もいろんなことを真剣に考えなければならなくなってきました。私には時間がありません。このまま終わりたくないんです」と奈月は声を振り絞った。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

最新の文章
リンク
みなさまの声
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
目次
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。