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キラキラ 260

 奈月はそう言い、空の低いところを見上げた。それにしても、夜は明けそうで明けない。夜も奈月の話に聞き入っているかのようだ。僕にとって、これまでで一番長い夜になるだろう。
「私は、なるべく麻理子さんに近づかないようにしました。麻理子さんの姿を見るだけで、怖くって、動悸がしたんです。それから、先輩ともなるべく距離を置こうって自分に言い聞かせました」
 奈月の話を聞きながら「俺って、本当に何も分かってなかったんだな」とつぶやいた。暗闇の中の奈月はこっちに視線を向けたが、僕の言葉に対しては何も返してはこなかった。
「でも、先輩と会わないっていうのは、すごく難しかったですよ。私の大学生活は先輩との接点だらけでしたからね。私はすごくつらかったんです。研究室の中にいながら、できるだけ先輩の方を見ないようにしても、かえって逆効果でした。何にも知らない先輩は、やさしく声をかけてくれたし。そのうち、私はあきらめました。先輩の方を見ないっていうのは無理だって。
 で、そうやって開き直ると、今度は麻理子さんのことを忘れ始めたんです。人間って、面白いですね。目の前にすごく嫌なこととすごく好きなことが2つある時、好きなことの方を考えてしまうんです。人間の頭って、同時に2つ以上のことを考えることができないって、その時知りました。これって、私だけですかね?」
 奈月はそう問いかけてきた。僕はそれについて少し考えてから、「いいや、奈月だけじゃないと思うよ」と答えた。つまり表現を変えると、「人間は目の前の欲望には勝てない」っていうことだと胸の内で言ったが、それは口に出さずにいた。
「そんなこんなで、私は麻理子さんから逃げることによって、普通の生活を取り戻すことができたんです。まあ、アパートに帰れば東山君もいたんで、いい気分転換にもなりましたし。でも、そんな私の生活が、根底からズタズタに切り裂かれる出来事が起こったんです。麻理子さんからの仕打ちでした」
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キラキラ 259

 何も言葉が返せない。日常的に彼女たちと関わっておきながら、全く身に覚えのない話なのだ。
「あの時はまだ、麻理子さんがアメリカに渡るっていう話も出てなかったと思います。私の目には、先輩と麻理子さんは本当に仲が良く、理想的な2人として映っていました。それが、いつの間にか、麻理子さんは、陰で私にプレッシャーをかけてくるようになりました。たぶん、私が先輩に話しかけたり、いろんな相談をしたりすることが、麻理子さんにとって目障りなんだろうと気づきました」
「そんなことはないよ。俺と奈月は研究室もサークルも同じだったわけだし、話をするのは当たり前だ。おまけに後輩なんだから相談だってするよ。麻理子が奈月の文句を言ったことなんてもちろんない」
 僕がそう返すと、「ですから、麻理子さんは、そういう感情を表には出さない人だったんです。その意志ときたら、巌のように固いんです。私たちのレベルじゃないです」と奈月は口調を強めた。
「先輩はもう忘れたでしょうけど、『ジョルジュ・ムスタッシュ』に3人でお酒を飲みに行った時、私の前で、麻理子さんが先輩にキスをしたんです」
『ジョルジュ・ムスタッシュ』といえば、サークルの仲間がバイトをしていたショット・バーで、僕たちはよくそこに通ったものだ。3人で行ったことも何度かあるが、僕にはその時の記憶はない。というか、麻理子はアメリカンなところがあって、酔って人前でキスをすることなど珍しくはなかったのだ。
「そんな、ものすごいキスじゃなかったですけど、麻理子さんは私を横目で見ながら、先輩の耳元に口をつけたんです。あの時、私は、すごくショックだったんです。絶対に見たくないものを見てしまいました。おまけに、あの後麻理子さんは、私に向かっていろいろと話を振ってきました。私が、何も話したくはないことを知っておきながらです。あの日『ジョルジュ・ムスタッシュ』に行ったのは、麻理子さんが私にそんな思いをさせたかったからなんです。始まりの狼煙みたいなものだったんです。だって、あの頃から、私への仕打ちは、どんどんエスカレートしていったんですから」

キラキラ 258

「俺たちは『宿世』で結ばれてここにいるんだろ?」と言うと、奈月は、ふっと、風のような笑い声を上げ、「やっぱり、先輩はやさしいですね」とささやいた。
「その先輩のやさしさがあったら、私はここまでこれたんです。先輩のやさしさを恨んだことも何度かあります。先輩がもっと私につらく当たっていれば、こんなにも悩むことはなかったかもしれないって思ったんです。でも、そうなったらきっと、別の意味でもっとつらくなっただろうし、やさしくない先輩なんてありえないです。だから、結局は『宿世』だと前向きに受け入れるしかないんです」と奈月は言い「まあ、それが『前向き』なのか『後ろ向き』なのかは、分かりませんけどね」と付け足した。
「前向きだと捉える方が、奈月らしいよ」という僕の言葉に、奈月は何も応えなかった。彼女はただ、榊の葉に置いていた手を頬にあてがい、涙を拭いた。
「麻理子さんは、最初から気づいていたのかもしれません」
 奈月はそう言い、涙をすすった。
「でもあの人は、私よりもずっと大人だから、決して表には出さなかったです。そのへんは、本当にすごいと思います。麻理子さんは私のことが大嫌いだったのに、先輩といる時には微塵も感じさせなかった。いや、私でさえも、2年くらいは全く気づかなかったほどです。私は、麻理子さんのことを、実の姉以上に、姉として慕っていたんですから」
 学生時代の記憶が徐々に頭の内側に広がってゆく。
「だから初めて麻理子さんにつらく当たられた時、ショックと言うよりは、ギャグかと思ったほどです。でも麻理子さんの目は、それまで見たことのないくらいに本気で、迫力があって、まるで底なし沼のように恐ろしかった。その時私は、ああ、やってしまった、って本能で悟りました。何がいけなかったのかは分からなかったです。ただ、私が何やら大きなミスをやらかしてしまったことだけは確かなようでした」

キラキラ 257

「女の、恐ろしさ?」と僕は奈月の言葉をそのまま返した。すると奈月は何も応えぬまま、突然、ゆっくりと歩きだし、杉の木立を離れて本殿の方へと進んだ。野宮神社の境内は本殿に沿って横に広く続いているらしい。
 やがて奈月は建物から10メートル足らずのところでぴたりと足を止めた。ここには比較的背の低い木々が荒れた感じで茂っている。僕にはそれが榊の木であることが直感的に分かった。奈月は涙をすすりながら、その榊の葉をいとおしげに撫で始めた。
「麻理子さんは、すごく優しかったけど、その優しさが全部、負の方向に転化してしまったかのような恐ろしさももっていました」
 僕には心当たりが全くない。麻理子は気遣いのできる素敵な女性という印象しかない。僕たちは3人で食事をすることもあったし、東山を入れてダブルデートをしたこともあった。僕の中古のフォルクスワーゲン・コラードのきわめて狭苦しい後部座席に、麻理子と奈月が2人で乗って、4人でロングドライブをしたことさえある。
 そんな回想をしていると、奈月はまた「先輩は絶対に気づかなかったでしょう」と言った。
「いったい何があったんだ?」
 僕がそう言った時、神社の奥の山で、また何かの獣が鳴き声を浴びた。ホテルの裏山で聞こえたのと同じ声だった。だが今の声は、心なしかさっきよりも近くで聞こえたような気がした。
「女同士でないと分からない世界なのでしょうね。女って、ほとほと嫌になるくらいに面倒くさいし、信じられないくらいに残酷なんです」と奈月は言った。
「でも、今考えてみると、いちばん問題があったのは、私だったのかもしれません。だって、今こうやって先輩とここにいること自体が、アブノーマルじゃないですか?」

キラキラ 256

「ちょっと待ってくれ」とたまらず僕は口を挟んだ。「それって、冗談なのか、それとも本当なのか、まずはっきりしよう」
「これが冗談に聞こえるんですか?」と奈月はさらに声を震わせた。
 もちろん、冗談に聞こえる。奈月が麻理子に殺意を抱いたと言っているのだ。冗談と言うよりは、コメディだ。ただ問題は、奈月の姿からは冗談を言っているようにはとうてい思えないということだ。僕の頭の中でもつれていた糸はぐちゃぐちゃになって、ついに大きな1つの塊になった。
「ほんとうに、ごめんなさい」と奈月はさらに声を小さく震わせ、鼻をすすった。僕の頭は完全に混乱しているが、どうやら奈月が冗談を言っているのではないということを信じてやらなければ始まらないようだ。そう考え直した途端、脇腹からの流血が止まった。
「奈月は麻理子のことを、姉のような存在だっていつも言ってたじゃないか」
 僕がそう言うと、奈月は泣きながら「麻理子さん、私のことを見抜いてたんです」と返してきた。
「何を?」と僕が問い返した瞬間、さっきから奈月が何度も言っている「僕は彼女のことを理解できない」という台詞が頭に浮かんだ。僕は奈月のことを理解していなかったが、もしかすると麻理子はすべて理解していたのではないかと想像した。その時、胸の真ん中にもう一発ピストルを撃ち込まれたような感覚に陥った。今度は出血はない。だが、その衝撃はさっきよりも鋭く、冷たかった。
「女の勘って、ほんとうに鋭いものなのです」と奈月は続けた。「麻理子さんは、私の心の中をすべてお見通しだったのです。もちろん、あの人は、本当に優しくて、憧れの女性だったんです。だから、何も知らない子供の私は、麻理子さんに心を開きました。優しい麻理子さんは、私を妹のように可愛がってくれました」と奈月は言った。すべては僕の知っている奈月と麻理子の関係だった。
「でも私は、女の恐ろしさというものも、麻理子さんから教わりました」 
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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