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キラキラ 最終回

 もう1度、リュックサックのサイドポケットから携帯電話を取り出す。だが、着信は入っていない。まぁ、予想通りだ。これから先、奈月の方から電話をかけてくることはないだろう。心がそう言っている。すべては心の中で起こるのだ。
 それにしても、ついさっきまで奈月の手を握っていたことが、夢の中の出来事のように感じられる。そうだ、これは夢だったのだ。最初から奈月はいなかったと考えればいいじゃないか!
 だが、そうしようとすればするほど、僕の胸はわけもなく締め付けられた。
 ため息を吐いたつもりが「ああ」と声が出てしまった。通路を挟んだ席に座っている女性がちらっとこっちを見た後、うんざりした表情をして顔を元に戻した。
 その瞬間、奈月はもうじき結婚することをふと思い出した。今日もこれから婚約者と会って、結婚式の話でもするのかもしれない。もちろん、僕と2人で旅をしていたことなど絶対に口には出すまい。
 そういえば、この旅の中で奈月は何度か「夢を見ているようです」と言った。僕たちは、共通の夢を見ていたのかもしれない。
 奈月はいつ式を挙げるのだろう? どんな顔をしてウエディングドレスに身を包むのだろう? 奈月のことだ、きっと幸せそうな表情を浮かべ、たくさんの友人や親戚に囲まれながら、ケーキにナイフを入れるに違いない。その隣では、見たことのない男性が、彼女の腰に手を触れている。そうして、何年か経てば、家族が増え、さらなる幸せを手に入れるのだ。この世で最も尊い幸せを。
 そんな想像をしているうちに、自分は今からどこに帰るのか、完全に見失ってしまった。折しも新幹線は長いトンネルに入った。いよいよ京都ともお別れだ。
 窓に映る自分の顔を眺めると、僕の隣には穏やかな表情を浮かべた奈月が寄り添っている。
 奈月と手をつないだぬくもりは、手のひらの中に残っている。 (了)
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キラキラ 348

 物思いに悩む魂は、このように身体を離れて宙をさまよい、あなたのもとへと独りでに行ってしまうものなんですね・・・
 苦悩のあまり、物の怪となって源氏のもとへとさまよった、六条御息所の言葉だ。さっき八条口で奈月の幻を抱きながらこの言葉が聞こえたのは、いったい、何だったのだろう?
 だが、そのことを考えたところで、確固たる答えなど出てこない。事実は目に見えない。すべては心の中で起こることなのだ!
 ふと今の言葉について考える。不思議なことに自分自身を納得させるほどの力を持っているように思われる。すべては心の中で起こる・・・
 心の中にはしわくちゃになったしおりがある。あれを頼りに辿った場所や、あの中に記された言葉たちが、僕に迫ってくるようだ。
 なんだか怖くなったので、ゆっくりと目を開けた。そこには、新幹線の車内の見慣れた光景がある。これこそが現実の社会なのだ。
 だが、すべては心の中で起こる・・・
 軽微なめまいが襲ってくる。疲れすぎているのかもしれない。
 再び目を閉じると、今度は、『源氏物語』の場面が想像された。そこには僕と奈月が含まれている。台詞が与えられているわけではない。だが、僕たちは、たしかに物語の中を生きている。時には手を携え、愛し合い、離反する。そんなことを繰り返しながら、物語のうねりの中に溶け込んでいる。
 新幹線は着実に速度を上げている。この先の長いトンネルを抜けると、たしか滋賀県に入る。もうすぐ京都ともおさらばだ。
 今頃奈月はどこにいるだろうと思う。博多に到着しただろうか。彼女はどんな表情を浮かべているだろう。そうして、何を考えているだろう?

キラキラ 347

 東京行きの新幹線は予定よりも2分遅れで発車した。名古屋駅に停車した車両が何らかのトラブルを起こしたらしい。アナウンスでは、いかにも申し訳なさそうに繰り返し謝罪されたが、僕にとっては、何の意味ももたないことだ。
 薄暗い京都駅のホームが、ゆったりと後ろに流れてゆくのを、漠然と眺める。ホームに立つ人々もどことなく憂鬱そうに見えるのは、僕の心が投影されているのだろうか?
 1時間前に反対側のホームから、奈月は博多行きの新幹線に乗った。リュックサックのサイドポケットから、携帯電話を取り出す。着信は入っていない。
 再び電話をしまい、シートに深く腰かけた時、新幹線はホームの屋根を抜け、窓からは外光が差し込んできた。いつもならシェードを下げるところだが、しばらくこのままにしておこうと思う。
 京都の太陽は、東京のそれとは少し違って、叙景的だ。そんな乾いた京都の町並みが、徐々に速度を上げてゆく。遠くにそびえる比叡山も、ゆったりと後ろに動いていく。
 車内のインフォメーション・ディスプレイには、全国の天気が表示されはじめた。大阪→晴れ、京都→晴れ、名古屋→晴れ、横浜→晴れのち曇り、東京→曇りのち晴れ。
 佐賀の天気はどうだろうと思う。東京行きの新幹線だから、西日本の天気は表示されない。そんなごく当たり前のことを思うだけで、奈月はぐんぐんと遠ざかっていることが実感される。
 やがて新幹線は鴨川を越えた。もうすぐ僕も、京都に別れを告げる。静かに目を閉じると、耳の奥では、八条口で奈月の幻を抱いた時に聞こえた声が、たき火の残り火のようにくすぶっている。

もの思ふ人の魂はげにあくがるるものになむありける

キラキラ 346

 小さな奈月のぬくもりが肌の内側に入ってくる。僕は、徐々に満たされてゆくのを感じた。麻理子や幸恵を抱きしめた時にも同様の充足を覚えたが、奈月の場合は、また別格のような気がする。
 とにかく、なつかしい。年齢と経験を重ねるうちに知らず知らずのうちに失ってきた大切なことを、1つ1つ、訥々と、思い出させてくれる、言うなればそんなぬくもりだ。
 八条口を照らし出す乾いた陽光が僕たちを包む。遠くで蝉の声も聞こえる。さやかに風も吹いている。
 その時、声が聞こえてきた。奈月が何やらぶつぶつとつぶやいているのだろうと思い、身体を少し離して口元を見ても、彼女はただ満たされた表情を浮かべて目を閉じているだけだ。
 いったいどういうことだろうと怪訝に思っている間に、その声が何を言っているのか。聞き取られるようになってきた。どうやら僕の知っている言葉のようだ。

もの思ふ人の魂はげにあくがるるものになむありける

「奈月」と僕は言った。そうして、改めて彼女の顔をちゃんと確かめようとした。すると、たった今抱きしめていたはずの奈月の身体は僕の前から消えてしまっていた。
「奈月」と、今度は声を大きくした。だが、辺りにあるのは、僕に全く関心のない様子で駅に向かう人々と、駅の入口の窓ガラスに映った僕の姿だけだった。ガラスの中の僕は、自分で思っている以上に疲れている。もはや中年男性の風貌だ。
 そんな自分と対面しながら、もう一度「奈月」と言うと、妙に語尾が下がった。僕の声に振り向いてくれる人など、誰1人としていない。
 肩と膝の力が一気に抜け落ちた。

キラキラ 345

「その頃からです。先輩と2人きりになることに、憧れるようになったのは。それも、これまでみたいにただ先輩のそばにいるんじゃなくって、先輩と2人でどこか遠くに行きたくって仕方がなくなりました。特に、想い出の詰まった『源氏物語』を辿る旅を、先輩と2人だけでもう1度やりたかった。そうして、これは、最上の願いだったけど、先輩に抱かれたかった。すごくすごくほしかったんです。麻理子さんにことごとく抑えつけられた反動が、私をもっとわがままにさせたんでしょうね」
 奈月の表情は、徐々にまたもとの輝きを取り戻しはじめた。僕はとりあえず、彼女が言いたいことをすべて吐き出すまで見守っておこうと考えた。実際のところ、そうするしかなかったのだ。
 周りでは、駅に入っていく人たちの動きが慌ただしくなっている。ついさっきまではサラリーマンたちが多かったが、観光客や京都市民と見られる人の姿も混ざりはじめてきた。
 早くここを離れて、僕の方も彼女と2人きりになりたかった。
 そんなことを考えていると、あろうことか、奈月は僕に寄り添い、キスを求めてきた。もちろん僕は彼女を制した。だが、どういうわけか、奈月は僕の手をすり抜けて、僕の口に唇をあてがってきた。
野宮で奈月を抱く直前に聞こえた「危ない」という声が、思い出したかのように、どこかで上がった。しかし、気がつけば僕は、人々の往来の真ん中で奈月とキスをしていた。
改めて抱く奈月の身体は、あたたかく、やわらかく感じられた。それに、ホテルや野宮にいた時よりも、素直になっているようだった。学生時代の奈月を抱きしめているとしか、僕には思えなかった。
「好き、大好き。ずっとこうしてたい。ずっと、ずっとこうしてたい。このままがいい」
 奈月は僕の腕の中でそんなことまで言ってきた。どこからどう見ても、10年前の奈月だ。僕は彼女の勢いに押され、人々の往来の中にもかかわらず、彼女を心から抱きしめた。奈月はこんなにもかわいらしい女の子だったのかと、抱きながらしみじみと実感した。
作者

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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