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渚のシルエット 6

「今日、参加するかどうかずいぶんと迷ったけど、やっぱり来てよかったなあ」
 車に乗り、再びシートベルトを締めながら彼女はそう言った。そろそろ、彼女の乗る電車の時間が近づいている。田舎のローカル線は1時間に1本しかない。
「俺も楽しかったよ。っていうか、ヘンな感じだったな。次に会う時には、もっと年を取っているかと思うと、ぞっとするような、楽しみなような・・・」
「人生って、そう考えると、あっという間よね」
 彼女はしみじみとつぶやいた。その時、僕は不思議なことに気付いた。彼女の顔には、中学時代の顔と現在の顔が半分ずつ同居していたのだ。
「でも、やっぱり、ふるさとでの思い出って、すごく大事だって、今日よく分かったわ」
 彼女はそう言い、氷が溶けてすっかり薄まったアイスコーヒーに口を付けた。その瞬間、彼女のヘアリンスの香りが立ち込め、その後で、潮の匂いがした。
 僕はハンドルを握りながら、心がかきまぜられているようだった。
 5年前に起業した会社が軌道に乗り始め、充実した生活を送っている。たぶん、これまでの半生の中で、最も多忙で、最も自信に満ちた日々を送っているつもりだ。
 でも、今日、25年ぶりに中学時代の、自分の中ではすっかり封印していたはずの時代を一緒に過ごしたクラスメイトたちと再会した途端、瞬間を無我夢中で生きてきたように感じていた人生も、じつは、水あめのように長くつながっていることに気づかされた。
「ところでさ」と僕は言い、助手席の彼女を見た。
 すると、そこには彼女はいなかった。僕は思わず、声にならない声を上げた。
 たしかに彼女はいない。カップホルダーのアイスコーヒーもどこかに消えている。
 僕は自分のアイスコーヒーに口をつけた。少しだけ開いた窓から、渚の香りがほのかに入り込んできた。(了)
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渚のシルエット 5

「懐かしいけど、思い出したくない話だね。25年経っても、まだ十分に恥ずかしい」
 僕がそう言うと、彼女は、足元に落ちていた丸い石を拾い上げ、慣れない動作で海へと放り投げた。
「そういえば、今日、雅子ちゃん来てなかったね、どうしたんだろう?」
 彼女の言う通り、あの頃僕は、堀川雅子というクラスメイトのことが好きだった。恋心をこらえ切ることができず、何枚もラブレターを書いた。堀川が困っていることにさえ気づかずに、最後まで突っ走った。
「雅子ちゃん、今どこで何してるんだろうね。そういえば、さっきの同窓会でも話が出なかったね」
 僕は心だけ中学時代にタイムスリップしたような気がしていた。そして、そこから今を見た時、これまでの時間が愕然とするほどにあっという間だったのを悟った。
「でも、正直、今日はびっくりしたわ。みんな、やっぱり更けてたしね。生徒だったのが、いきなり保護者になったって感じ。柴田君なんて、もうおじいさんになってた」
 彼女は水平線を見ながらそう言い、ショートヘアをかきあげた。眼鏡がきらりと光った。
「それにしても、海って、いいね」
「横浜にも海があるじゃないか?」
 僕がそう言うと、彼女は「横浜の海も素敵よ。私、大好き。でも、なんていうのかな、田舎の海はまた格別ね。心に刷り込まれちゃってるのかな、なんか、すごく落ち着く」と応え、薄く微笑んだ。
 いや、彼女は一見すると笑っているようだが、楽しそうな感覚は、なぜかまるで伝わってこなかった。見方によっては、泣いているようでもあった。

渚のシルエット 4

「楽しくやってるよ」
 彼女は即答した。
「医者と結婚だなんて、ラッキーだったな」と僕が言うと、「ごく普通の生活を送ってるけどね」と彼女は付け足した。
「経済的なゆとりは精神的なゆとりをもたらすものだ」
「そんなに裕福でもないと思うよ。そもそも、お金があればいいっていうもんでもないだろうし・・・」
 それから僕たちは、車を停め、高校の近くの海岸を歩いた。5月の海は金粉をばらまいたかのようにまぶしく広がっている。僕は改めて、彼女と一緒に歩いていることが奇跡のように感じられた。この海岸は、高校生たちには、カップルで歩く憧れの場所だったのだ。
 波が遠慮がちに砂を濡らし、空を舞う海鳥はけだるそうに鳴いた。
「そういえば、橋田君、ハウンド・ドッグが好きだったね」
 彼女はそんなことを言い、足を止め、水平線の方を眺めた。僕はその言葉に驚いた。たしかに僕は中学生の頃、いつもハウンド・ドッグばかり聴いていた。
「橋田君が放送委員で、給食のときにハウンド・ドッグのバラードをかけたのをすごく覚えてる。誰もリクエストした覚えはないのに、橋田君の権限で勝手にかけたのよ」
「25年ぶりに思い出す話だ。そういえば、ちゃんとリクエストした奴からは、散々文句を言われたよ」と僕は述懐した。中学校のランチルームの匂いが思い起された。
「橋田君って、あの時、雅子ちゃんのことが好きだったんでしょ? で、あの曲は雅子ちゃんに捧げたんだって、ちょっとした噂になってた」
 彼女の横顔は、中学生の時に戻っていた。

渚のシルエット 3

「私ね、橋田君のこと、好きだったのよ、じつは」
 高校の正門の前を通過する時、彼女はだしぬけにそう言ってきた。
 僕は、ハンドルを握りながら、まず自分の耳を疑った。彼女は僕の顔を見ている。中学校時代の雰囲気をかすかに残した表情で。
 すると彼女は、「ねえ、何か言ってよ」と催促してきた。
 頭の中ではいろんな言葉が思い浮かんだが、この場に相応しい言葉が見つからなかった。
 彼女はアイスコーヒーのストローに唇を付けた。
「君はずいぶんとモテてたから、何人か好きな人がいたんだろう」
 僕がそう言うと、彼女は心底つまらなそうな顔をし、視線を窓の外に向けた。
「ねえ、ちょっとだけ窓を開けていい?」
 すぐ外には防波堤が続いていて、その向こうは海になっている。彼女が開けた窓からは磯の香りを含んだ潮風が入り込んできて、空の下には白い海鳥が浮かんでいる。
「こういうことを言うのも失礼かもしれないけど、なんで橋田君はまだ結婚しないの?」
 彼女は海鳥の方を見ながら、そう尋ねてきた。僕の中にはうまくいかなかった結婚生活の記憶がよぎったが、それはすぐに後方へと流れ去った。
「結婚しないんじゃなくて、できないんだよ」と僕は答えた。
 すると、しばらく間を置いてから、彼女は、「橋田君って、見た目はだいぶ変わったけど、心はあんまり変わってないね」と漏らした。
「俺のことはいいからさ、そっちはどうなんだよ?」と僕は聞き返した。
 彼女は医療系の短大を出た後、病院に就職して医師と結婚し、子供を2人産み、現在は横浜に住んでいるという話はさっきの同窓会で耳にしたばかりだった。

渚のシルエット 2

 それから僕たちは、アイスコーヒーを飲みながら、再び、高校の近くの海へと車を走らせた。FMからはギルバート・オサリバンの『アローン・アゲイン』が流れはじめた。
 すると彼女は「ねえねえ」と聞いてきた。
「橋田君、結婚してるの?」
 僕は「してないよ」と即答したが、「1度したことはあるけどね」とまでは言わなかった。  
 彼女は「ふうん」とうなずいた後、ストローに口をつけた。
 僕には、彼女が隣にいることが、どうしても信じられない。実を言うと、中学時代、僕は彼女のことが好きだった。彼女は、クラスの中でも一番モテる女だった。彼女の方も、そのことを意識しているように振る舞っているように見えた。中学校時代の僕にとっては、そういう女の子は決して嫌ではなかった。
 だけど、僕は告白はしなかった。彼女に特定の男の子がいたわけでもない。今思えば、彼女は田舎の中学生の男子には、容易に手が出せない存在だったのだ。
 中学を卒業した後、僕たちは同じ高校に進学した。しかし、1学年が100人しかいなかった中学時代に比べると、高校は400人もいて、その分、女の子の数も4倍になった。
 学科が違った彼女とは、高校時代は話をした記憶がない。卒業後、彼女がどこへ進学したのかさえ、知らなかった。
 そんなことを考えていると、僕たちが通っていた高校の校舎が見えた。
「懐かしいなあ」と彼女はつぶやき、ストローに口をつけた。彼女はあの頃はしていなかった眼鏡をつけている。最近流行の黒縁の大きな眼鏡だ。それゆえ、彼女の頬はより小さく白く見える。とはいえ、あの頃の少女の面影は、大人の女性のそれへと変わっている。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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とびっきり寂しい旅に・・・

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