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鎌倉物語 50

 僕は彼女の話に耳を傾けつつ、ただ黙々と足を運んだ。体が温まってきたからか、膝の痛みはさっきよりも落ち着いていた。
 今通ったのは「亀ケ谷坂の切通し」と言って、鎌倉時代は幕府に通じる貴重な抜け道だったのだと明子は説明した。南は海に面し三方を山で囲まれている鎌倉は軍事的には理想的な立地条件だが、地質的に岩盤が厚く、交通網を築く上では難点も多かった。そこで幕府は岩盤をくり抜いて抜け道を造った。それが「切通し」だ。鎌倉時代、御家人たちはこの細い山道を通り「いざ鎌倉」のラストスパートを切ったのだ。
 明子の話が終わると、切通しも終わった。目の前は途端に開け、再び秋の日差しが潤沢に降り注ぐようになった。それは北鎌倉という地区の終わりをも意味していた。
 僕たちは住宅地の中を南に進んだ。白くて四角い家が多くあった。途中、薬王寺と岩船地蔵堂を通り過ぎた。今からどこに行こうとしているのかと尋ねると、明子は「寿福寺よ」と答えた。
 その寺の名前を聞いても僕はぴんと来なかった。
「寿福寺って、建長寺、円覚寺に次ぐ、鎌倉五山の第3位のお寺なの。でも、なぜかそこだけお参りすることがなかったのよね。4位の浄智寺も、5位の浄妙寺にも行ったのに。浄妙寺なんてずいぶん遠くて、わざわざ鎌倉駅前で自転車を借りて行ったのよ。それなのに、なぜか寿福寺だけは縁がなかったのよ」
 そう話した明子の眼鏡は午後の陽光にきらりと照らされた。
「ひょっとして、それは今日のために取ってあったのかもしれないね」と明子は言った。じつは僕も全く同じことを考えていた。

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鎌倉物語 49

 明子はぱったりと喋らなくなった。各々の靴が地面を踏む音だけが人気のない山道に心許なげに響く。彼女はまた自らの思索の淵に迷い込んでしまった。
「そういえば、建長寺には行かないっていう話だったっけ?」と僕は思い切って訊いてみた。すると明子は夢から醒めたような顔でこっちを凝視した。
「私って、一度脱線すると、しっぱなしね。だからいつも目的地にはたどり着けない。O型だからかな?」と彼女は言い、ため息混じりに笑った。
「血液型の問題でもないと思うけどな」と僕は言った。それは君が過去に経験した苦悩と関係してるんだよ。君はあれほどの苦悩からよく立ち上がった。しかしそれはある時何かの拍子にフラッシュバックしてくるんだ。だから君には現実逃避の手段がいるんだ。君がよく脱線するのは、1つの所にとどまっておけない君の精神状態のせいだよ。
 僕は心の中でそう言った。それから少し間を置き、建長寺について再度質問した。
「鎌倉街道のそばに、いきなりドカーンと現れるの。鎌倉五山第1位というだけあって十分な風格だけど、私には豪華すぎるわね」と明子は言った。
「禅の世界は、死と結びついてる。その点で現世利益が期待できた密教とは少し違うのよ。武士は貴族と違って常に死と隣り合わせ。それに、元寇のように多くの戦死者が出る大事件も起こったりして、当時の鎌倉は死の匂いがぷんぷん漂ってた。だから彼らは現世ということよりも来世を大切に考えるようになった」
 もうそれ以上死の話をするのはよそう、と祈るような思いで話を聞いた。
「魂を鍛えて仏と一体化する。そんなお寺が私は好きなのよ」明子はそうとだけ言った。

鎌倉物語 48

「じゃあ次は鞍馬寺に行ってみるか?」
 歩きながら僕はそう言った。ほんの、軽はずみに近い言葉だった。だのに明子はその言葉に対して意外にもぴくりと反応した。光源氏や鞍馬天狗の話をしている時の笑顔は急に冷め、瞳はうつろになった。それはほんの一瞬のことだった。彼女は直ちに元の表情に戻り、何事もなかったようにさっきまでと同じペースで歩き始めた。
 しかしその一瞬だけ急変した表情は僕の心にびったり貼り付いた。まるでサブリミナル効果のような逆説的な印象を植え付けた。次の旅に誘ったことが彼女を傷つけてしまったということなのか。
 この旅が最後になるかもしれない。直感的にそう思う。もちろんそれはあくまで直感だ。しかし僕は直感を信じる。直感とは人間の中に元々備わっているものではなかろうか。その証拠に直感はしばしば真実をとらえる。逆に論理や科学が人間の真実から離れることはよくあることだ。現代社会の混迷は人々が直感を忘れ去ったところから始まった。
 佐織との旅がなぜ想い出に残っているのか。それはあの時僕が直感したからだ。僕たちは愛し合っていたにもかかわらず、それが最後の旅になるような気がしてならなかった。もしかすると佐織の方も同じだったのかもしれない。だから彼女は行きたい場所を指定することなく、共有する時間の中にただ身を委ねようとしたのだ。
 

鎌倉物語 47

「ねえ」と明子はだしぬけに言い、ふと歩を止めた。僕も彼女に倣った。
「やっぱり鎌倉と京都って、つながってるんだ」
 そう言ってしまった後で、彼女は再度ゆっくりと歩き始めた。
「光源氏と源義経が鞍馬寺でリンクした」と明子はそれから独り言のようにつぶやき、深みのある微笑を浮かべた。「しかも光源氏は架空の人物で源義経は実在の人物。なんだか宇宙的ね」
 するとその直後に山肌の隙間から日差しが漏れ出し、明子の上半身を再び照らしはじめた。僕は少しほっとした。
 京都と鎌倉はつながっている・・・
 頭の中でそう口ずさんだ途端に軽い混乱を来した。京都を歩いた感覚が両脚に鮮明に甦ったからだ。それは美咲と有名な場所を巡った時の感覚ではなく、佐織と2人ですずろに歩き回った時のものだった。なぜ佐織なのか?
 その答えは明白だった。佐織は明子の雰囲気に通じるからだ。佐織も出たとこ勝負の所があった。「タカシと一緒ならどこに行っても楽しいから」と言ったことさえある。あの時僕たちはたしかに愛し合っていた。かけがえのないはずの想い出は古い映画のポスターのようにみるみる色褪せてゆく。
 今こうして鎌倉をふらりと歩く。時折、佐織と京都を歩いているような錯覚が覆い被さってくるような気がする。京都と鎌倉は僕の中でもつながっている。
 今回の旅は何かの暗示ではなかろうか。ふとそんなことさえ考える。

鎌倉物語 46

「ところで」と明子は言った。まわりの景色が急変して、ここが鎌倉なのか、はたまたヒマラヤなのか判別しがたくなっていることを彼女は気にもかけていない。
「鞍馬天狗って聞いたことない?」と明子は言い、こっちを見た。僕は「聞いたことある」と答えた。
 僕は大学時代に映画館でアルバイトしていたことがあった。それは美咲が演奏していたジャズハウスの近くにある古い映画館だった。倉庫の整理を頼まれていた時に、ホコリをかぶった昔のポスターが大量に出てきた。『七人の侍』や『鬼平犯科帳』などの中に『鞍馬天狗』はあった。黒い頭巾をかぶり腰に刀を差した浪人風の侍が大きく描かれていた。
 薄暗い倉庫の中のポスターには何かしら不気味な雰囲気が立ち上っていた。よく見るとそれらはどれも手で描いてあり、ある名状しがたい迫力に満ちていた。今のCGで制作されるようなものよりも見方によってはリアルで、怖かった。
「鞍馬天狗は、鞍馬寺で牛若丸に武術を教えるのよね」と明子は付け足した。「牛若丸って言うのは、源義経の幼名ね。たしか義経が鞍馬寺で育ったというのは事実だったわね」
「まったく、君の知識はとどまることを知らないな」と僕は舌を巻いた。
「ずっと本を読んでるから」と明子は言った。山肌の近くを歩いている彼女はすっぽりと影に包まれている。
 明子は1日のほとんどを読書に充てる。彼女には十分な資産がある。マンションもある。そのリビングの窓際で本を読む。それが明子の日課であり人生なのだ。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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