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鎌倉物語 60

「ところで、どうですか、寿福寺は?」と山本氏は訊いてきた。
 そう言われても答えようがなかった。それよりも人と会うことが苦手な明子が窮屈な思いをしているのではないかということが気がかりだった。彼女は僕の背中に隠れるようにして話が終わるのをじっと待っている。
 僕たちが何も言わないので山本氏は間を繋げるように話した。
「いえ、こう言っちゃ、失礼かもしれませんが、何だか絵になるお2人だなって思いましてね。私が撮りたい写真にふさわしいと思えたんですよ」
 それから彼は持っていたライカをショルダーバッグにしまい、ポケットからセブンスターを取り出して慣れた手つきで火を付けた。彼はいかにもうまそうにそれを吸った。まっすぐに立ち上がった煙は空気の中に溶けてゆく。
「貴重なお時間をお邪魔しました。どうぞ、すてきな旅を」
 彼が立ち去ろうとしたところで明子が話しかけた。
「どんな写真を撮られてるの?」
 山本氏は煙草をくわえたまま横目でちらりと明子の方を見た。
「景色じゃないんです」と彼は即答した。「僕は目に見えるものには興味がない。目に見えない、それでいて、確実にそこに存在する、そんなものを撮りたいとは思ってます。ただ、残念ながら、今の日本にはそんなものはそうそう見つかるもんじゃない。だからこうして、あてもなく歩き廻ってるんですよ」
 山本氏はそう言って、半ば真剣なまなざしをこちらに向けた。
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鎌倉物語 59

「やぐらを巡られてるんですか?」と男は話しかけてきた。僕は「ええ、まあ」と応えておいた。
「いやね、ちょっとあなたがたにお願いがありましてね」と男は続けた。「他でもない、写真を撮らせていただきたいんです」
 それはちょっと無理だろうと僕が言うと、男は再び苦笑を浮かべ低くつぶやくように言った。
「後ろ姿でいいんです」
 すると僕の背後でこの男を観察していた明子が訊いた。
「失礼ですが、あなたは?」
「おお、すみません、申し遅れました」と男は言い、ジャケットの内ポケットから財布を取り出し、そこから名刺を抜いて僕に渡した。
「山本耕二」とう名前だけが記された名刺だった。念のため裏も見てみるがやはり白紙だ。
「名前しか書いてない」と明子は耳元でささやくように言った。
 男は僕たちの反応を楽しむかのような笑みを浮かべている。
「私には肩書きなんてないし、住所だって定まらない。電話も持ってない。名前だけで十分なんです」
「お寺の写真を撮られてるんですか?」と僕は名刺に目を落としたまま尋ねた。
「ええ。おととし会社を早期にリタイアしまして、その後写真を撮りながら全国を廻ってるんです」
「じゃあ、カメラマンということですね」
 僕がそう言うと、「ですかね」と何だか煮え切らないふうに言った。
 

鎌倉物語 58

 目を開けると、世界はセピア色に染められていた。実朝の墓に参詣することで心に何かが書き込まれたのかもしれない。あるいは、歩き疲れているだけかもしれない。
 深呼吸をして軽く頭を振ると、正常な血液の循環を取り戻したのか、次第に普段通りの色彩感覚が戻ってきた。ただ、胸のあたりを流れる血液は温かい。自分の人生を全うしようという思いが心に染みわたっている。
 明子に視線を向けると、彼女もちょうど合掌を終えたところだった。
 彼女はやおらしゃがみ込みそこに落ちていたモミジの葉っぱを拾い上げた。まだ鮮やかな緑だが傷のないいかにも端正な形を保ったモミジだ。彼女はそれをティシュペーパーにくるみ、大事そうにハンドバッグにしまった。
 やぐらに別れを告げ、きびすを返そうとした時、背後に誰かの気配を感じた。反射的に目をやるとそこには男性が立っていた。不意をつかれた僕は思わず声を上げてしまった。
 その男性は鼻と顎に白髪混じりの髭を生やしツイードのジャケットを纏っている。50代後半から60代といったところだろうか。ハンチングを深めにかぶり、僕の狼狽に苦笑いともつかぬ笑顔を口元に浮かべている。
「こんにちは。良いお天気で」と男は言った。少ししゃがれたそれでいて張りのある声だった。
 僕は何も言わずにただ頭を下げた。男は左手に黒のライカを持っている。

鎌倉物語 57

「どうしたの、疲れた?」
 ふと気が付くと、明子は隣に立っていた。
「いや、別に何でもないんだ」と僕は言いつつも、こめかみの辺りが重く響くのを感じた。「外に出て、コーヒーでも飲もうか」と明子は言ってくれたが、せっかくだからもう少しここでゆっくりしようと僕は応えた。
 明子は安心したような顔で小さく頷いた。
「ミナモトノサネトモ」と明子はやぐらの横に立てられた札の名前を読みあげた。「北条政子の息子だね。どんな感じがするんだろう、母の隣に眠ってるのは。だって彼は第3代将軍でしょ」
 明子はそう言って膝に手を当て、やぐらの中を覗き込むようにした。
「北条政子も源実朝も、戦いから解放されてようやく本来の平安の中にいるんじゃないかな」と僕は言った。明子はそれについては何も言わず、しばらく経ってから、ただ「静かだね」と小さく声を吐き出した。
 僕は実朝の墓に向かって手を合わせ、目を閉じた。「まさかあなたとこんな所で出会うとは思ってもみませんでした」と声が聞こえた。他でもない自分の声だった。
 私は死を怖れています。中学生の時に仲の良い友人が事故で死に、大好きだった父も病気で亡くなりました。死は常に身近にありました。おそらくあなたのことを忘れなかったのもそういう経緯があったからだと思っています。
 私は生きたいのです。だから不用意に死んだりしないよう注意を払います。
 そう思えるのは、明子がいてくれるからです。私は彼女と一緒に生きたい。

鎌倉物語 56

やぐらの中を覗いてみるとそこには5つの石が積み上げられている。さっき明子が話していた五輪塔だ。鎌倉幕府を支えた執権の墓の割には質素な印象が漂う。塔の両脇には白の水仙が供えられており、薄暗い風景に唯一の色彩を与えている。人の手によって丹念に彫られたと思われるやぐらの内部は苔むしていて、古い石の匂いが鼻にまとわりつく。
 顔を上げると明子は目を閉じて両手を合わせていた。僕は彼女の横をすり抜けるようにして実朝のやぐらに移動することにした。
 一見したところこの裏山の崖にはいくつかのやぐらが彫ってあるようだ。中には現代風の墓石が収められているものもあるが、やはり五輪塔が多い。岩肌の小さなくぼみにはそこに入るほどの五輪塔がわざわざこしらえられて置いてあったりもする。
 鎌倉の歴史を作り上げてきた人物はこうして葬られているのだ。
 そんなことを考えながら歩いていると実朝のやぐらはすぐに見つかった。
 政子の墓よりも奥に深く、内部はより薄暗い。線香が立ててあり、煙がたちこめている。五輪塔の両脇には白とピンクのコスモスの花が供えられている。
 僕は軽い眩暈を覚えた。同時に胸元から魂が吸い取られていくような感覚があった。
 これまでの人生における実朝への想いが、今この瞬間に収斂されるかのようだ。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
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とびっきり寂しい旅に・・・

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