スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鎌倉物語 100

 せっかく購入したマンションだっがわずか3年で明け渡すことになり、2人は荷造りをして福井に移ることになった。一抹の不安を抱えながらの引っ越しだったが、実際に赴いてみると新天地は予想していた以上に住みやすかった。
 国が2人のために用意していたのは敦賀市の中心にほど近い新築の一戸建てで、最新の家財道具も一通り揃えられていた。2階に上がれば管理の行き届いた公園が眼下に広がり、その向こうには敦賀湾の青さを望むことさえできた。整然とした敦賀の街にも好感が持つことができた。普通に生活するには十分な環境が整っていた。交通の便も思ったほど悪くはなく、特急を使えば京都まで1時間足らずだったし、北陸自動車道に乗れば名古屋も射程圏内に入る。2人で生活するにはむしろ快適であった。
 とはいえ明子には嫌な予感が終始つきまとっていたというのもまた事実だった。もちろん原発そのものに危険性を感じていたのはいうまでもない。しかしそのことよりも気がかりだったのは、サエキ氏の様子に微細ながらも変化が見られるようになったことだった。 
 組織から期待されればされるほど、彼は自らの幅を広げようとしていた。眼光は鋭くなり、会話の大半を仕事の話題が占めるようになった。彼がゆとりを失っているのは明らかだった。
 この世代の男の人が仕事に夢中になるということは世の常であるし、それ自体決して悪でもない。それは明子にも理解できた。ただ彼女の心を曇らせたのは、幼い頃の父親の記憶とオーバーラップする部分を感じたからだ。
 サエキ氏の勤務する高速増殖炉で大事故が起きたのは転勤から2年後の冬のことだった。その日の朝彼を見送った直後に、明子は気に入っていた花瓶を落として割ってしまった。
スポンサーサイト

鎌倉物語 99

 サエキ氏は仕事の関係で海外に出ることが多かった。明子も休暇をもらって何度か彼に同行した。フランスやハンガリー、それからオーストリアにも行った。特に印象に残っているのはやはりウィーンだ。目に映るすべてが美しさで研ぎ澄まされていた。
 異国の町を歩きながら人生設計というものを思い浮かべた。もうしばらくこのまま2人だけの生活を満喫したい。孤独に染め抜かれた半生のリハビリはまだまだ必要だ。そのうち心は元気を取り戻すだろう。その時には子供をもうけたい。できれば2人。そのことによって母に対するせめてもの罪滅ぼしができるのではなかろうか。
「明子はこれまで孤独な人生を送ってきたよね。でもその分、幸せになる権利があるはずだ。人生というのはそういうバランスによって成り立ってるんだと僕は思ってるよ」
 彼はよくそういうことを言った。明子にはその熱意こそが嬉しかったし、実際のところ心も次第にほぐれていった。
 しかし結婚して3年目を迎えると同時に、思い描いていた設計とは少し違う方向に人生が歪みはじめた。サエキ氏は新たに開発された高速増殖炉に研究調査員として派遣されることになり、福井に転居することになったのだ。最小限の核燃料で最大限のエネルギーを生み出すという実験的な試みで、実用化にむけて国が推進していた研究事業だった。
「まさか原発に飛ばされるとはね」とサエキ氏はたびたびそう漏らした。彼は目に見えない世界に挑もうとこの分野に足を踏み入れた。大学でも大学院でも研究にすべての情熱を注ぎ込んだ。無我夢中の結果、ふと立ち止まって自らの足下を見てみると、当初の想像とはずいぶんとずれた場所に立っていたのだ。

鎌倉物語 98

 サエキ氏の就職と同時に都内にマンションを買った。手頃な物件だったがそれまで2人で住んでいた明子のアパートと比べると何から何までがアップグレードされていた。
 朝、彼の出勤を見送った後で部屋の掃除をして洗濯物を干す。それが一息つくとFMのスイッチを入れ、新聞片手にコーヒーを飲む。8時半を過ぎたところで身支度を整えて外に出る。自転車にまたがった瞬間、1日の始まりを意識する。朝の新鮮な空気を全身に浴びながら仕事場へと向かう。
 その頃明子は区立図書館の司書として働いていた。正規採用ではなかったが十分に満足だった。本に囲まれて1日を過ごすというのは幸せなことだったし、図書館の中に立ち込める書籍の香りを鼻に吸い込むだけで心が落ち着いた。
 振り返れば心に闇を抱え続けた人生だった。自分を生んで間もなくこの世を去ったという母の影が心の内側にびったりと貼り付いていたのだ。父はそれについて何も語ろうとしない。「病気だった」の一点張りだ。そうやって周囲が沈黙すればするほど、母は出産の際に何らかの危機に見舞われ生命を賭けてまで自分を生んでくれたのではないかと想像してしまう。心の闇は時に罪悪感となり、またある時には人生のプレッシャーにもなった。
 また父との関係も複雑だった。父は地元の高校を出た後すぐに大手の建設会社に入社した。才覚に恵まれていたのか若くして昇格を繰り返した。東京本社の部長級を務めて地盤を固め、ついに40代半ばで独立した。その会社はたった数年で大企業に発展した。
 幼い頃は何度も転校を繰り返した。父は多忙を極め、ひとりぼっちの時間を過ごさなければならなかった。その間彼女はずっと本を読んだ。
 そういう過去をくぐり抜けてきたからこそ、サエキ氏との結婚生活は信じがたいほどにぬくもりと幸福感に包まれていた。

鎌倉物語 97

 夫であったサエキ氏と明子は高校時代のクラスメイトだった。高校卒業後、2人は大学進学のために揃って上京した。大学は別だったがアパートは近くに借りることにした。大学3年の時に同棲しようという計画がもちあがって現実味も帯びたが、明子の父親が障壁となり、結局卒業まで別々に住むことになった。
「どうせ彼は私の部屋で生活していたんだから同じことなのに」と明子はカクテルを飲みながら微笑んだ。サエキ氏との想い出を話す明子の顔は庭先に咲く春の花を連想させるほどに穏やかで、その瞳は森の奥に湧く泉のようにきらめいていた。
「ほら、よくソウルメイトっていうでしょ。魂の深い所で結ばれた関係のこと。彼はまさにそういう存在だった。そして2人でいればいるほど絆は強くなる。彼は前世なんて信じるタイプでは絶対になかったけど、それでもそれに近いつながりを感じていたはず」
 サエキ氏は国立大の理学部に所属していて、専攻は原子物理学だった。目に見えないモノを見ること。その手段として科学を用いる。それが彼の知的探求における根本理念だった。
「科学っていうのはきわめて信用できる領域だ。僕がやりたいのは人間はどこまで神に近づけるかという挑戦だ。でも『バベルの塔』の失敗は繰り返さない。人間は決して全能なんかじゃないと知っているからね。僕は徹底的に研究して、科学の限界点というものをこの目で確かめてみたいんだよ」
 サエキ氏が大学院に進学した年の秋に2人は籍を入れた。彼は指定研究生として国から奨学金を支給され、そのお金で十分に生活できるというのが父親を口説き落とす決め手となったのだ。
 大学院を出た彼は、国の原子力研究所に就職した。

鎌倉物語 96

「ずっと隠しておくのも、それはそれでつらいことだから」と明子が語りだしたのは、付き合ってから1年近く経ってからのことだった。
 その時僕たちは仙台のホテルにいた。季節は冬で、2人で行く初めての旅行だった。とにかく行ったことのない所へ行きたいという明子の要望に乗ったのだ。
 僕たちは仙台空港からリムジンバスで市内に入り、仙台駅近くのホテルにチェックインした後で、JRで塩釜に向かった。外はちらほらと雪が舞っていて、乗客の様子や喋る言葉からも僕の思い描いていた通りの東北の風情があった。
 塩釜の駅で降車して、港に隣接した大がかりな海産物の直売所で岩ガキを食べた。直売所を出てすぐの所には遊覧船の乗り場があり、その船に乗って松島を巡った。
 明子が封印していた過去を語ったのはその夜のことだった。僕たちはホテルの地階にあるショットバーの隅の席に座り2人でカクテルを飲んでいた。客もまばらでホテルのバーの割にはあまりぱっとしない店だったが、かえってその雰囲気が明子を安心させたのかもしれない。
「あなたはもう知っていることだろうけど、私、結婚を経験してるのよ」と彼女は吐き出すように言った。僕は何も言わずにただ頷いた。
「でも今はもう、その人はいない」
 明子がそう言ってから、とても長い沈黙があった。彼女はその間ずっと僕の右肩あたりに視線を落としていた。今でも忘れることのない、ガラス玉のような瞳だった。
 それから明子は自らが作った沈黙に小さな穴を開けるかのようにつぶやいた。
「亡くなったの」
作者

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

最新の文章
リンク
みなさまの声
カレンダー
10 | 2017/03 | 11
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
目次
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。