スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鎌倉物語 110

 ほら、私って、因縁とか必然性とか、その手のことを信じるタイプでしょ。だから今回、あなたと2人で鎌倉に来たというのも、私の人生にあらかじめ組み込まれていたことだって思えるのよ。すべての場面が印象的だった。でも、特に気持ちがよかったのは、あなたも気付いているとおり、寿福寺なの。
 私、鎌倉には強い思い入れがあるのよ。あなたには内緒にしてたけど、私たちの結婚生活は実はここから始まったの。彼が亡くなった後に訪れていたのは、彼の面影を探すためだった。だのに不思議と寿福寺だけには行っていない。今思えば、それも今日の経験を導くための伏線だったんじゃないかとさえ思えてしまうほどよ。
 山本さん、不思議な人です。ちょっと、この手紙では説明できないくらいに不思議な人。あの人、いったい何だったんだろう・・・
 私には神のように見える。いや、神っていうのはちょっと違うか。寿福寺に眠る数え切れないほどの魂の代表者みたいな人。あなたには何のことやら、よく分からないかもね。とにかく私はあの人の話を聞きながら気持ちよくなったの。特に「抜ける」という言葉。これまで私の中に少しだけ残っていた生と死の間の壁がすうっと取り払われた感じがした。
「人は死ぬために生きるのだ」
 あの時私はそんな声を聴いたのよ。その瞬間、死ぬことが怖くなくなった。あ、でも、心配しないで。何も私は今から死のうとしているわけじゃないから。もっとひたむきに自分と向き合おうと思うの。自分の知らない土地に移って本を読みながら暮らすつもり。この世にはまだ多くの本が眠ってる。私は本の中に生き、そこで多くのことと出会い、そしてその時が来れば静かに死んでいくわ。
スポンサーサイト

鎌倉物語 109

 要するに、私は普通に生きていくのが難しい人間なの。「一般社会」の中に紛れ込んではいけないのよ。いくら説得されてもどうすることもできない。理由だって説明のしようもないし。ただ「自分は生きるのが難しいのだ」という思いがずっと私の中に渦巻いてるだけ。努力とか気力とかで何とかなるものでもないのよ。あなただって分かっているはず。そういう星の下に生まれてきたのだと寂しく笑うしかない。
 若い頃は憤りの中で生きていた。主人は犠牲者だっていう無念がずっとあったから。彼は絶対に死にたくはなかった。ましてやあんな形で。でもこの世に大きな未練を残したまま旅立ってしまった。だから私は、せめて彼を私の中で生かしておいてあげたいって、そんなたまらなさを抱えて生きてきた。
 でもね、時間の経過と共に心というのは少しずつ形を変えてゆくものなのね。何年も同じたまらなさを抱えながら生きるのはつらいもの。それで、苦しみを緩和する方向に心が本能的に動くのかもしれない。
 ある時、彼の死を受け容れている自分に気づいたの。心が不思議なほど穏やかになってたのよ。初めはそんな自分に疑いをもったわ。でもね、いろいろな本を読んでいると、それはごく自然な変化だったんだって思えるようになった。つまり生きることと死ぬことには、そんなに大きな差はないのよ。怖れたりするから死は暗いのよ。そうじゃなくてきちんと受け容れることができれば、死はもっと身近に感じられる。
 そういえば同じようなことを言っていた人がいたわよね。さっき寿福寺で出会った山本耕二っていうカメラマン。あの人は死を受け容れることを「抜ける」と表現していた。

鎌倉物語 108

 それはただの白い封筒だったが僕の手にはずっしりとした重みを与えた。明子を追いかけなければという焦りもあったが、彼女の心情をまず理解するのが先だろうと思い直し、とりあえずベッドに腰掛け封を開けた。指先が震える。中には便箋が3枚入っている。明子らしい端正な細い文字が白い紙の上に整然と並んでいる。僕は大きく息を吸ってから文面に目を通す。

貴史君へ

 突然なことでびっくりしてるだろうけど、私、だいたい分かってるのよ、あなたが感じてること。私たちはじきに別れるんじゃないかってことよ。じつは、私も同じ思いを抱いています。
 別れたいというのではなくて、別れなければならないのよ、私たちは。
 今私はホテル「NAGISA」の1階のレストランにいます。あなたはお風呂に入ってる。たぶん、湯船に浸かってボーッとしてるんでしょうね。
 ここからは夜の相模湾がよく見えるわ。あ、そうそう、あの支配人、たしかにちょっと変わってるけど、話してみるといい人みたいよ。この席だって快く貸してくれたしね。
 ここはとってもすてきなホテルよ。いいホテルをとってくれてありがとう。あなたには感謝しきりです。こんなできそこないの私にずっとやさしくし続けてくれて、とっても嬉しかった。でも、その分申し訳ないっていう思いもあるのよ。
 これ以上あなたのやさしさに甘えるのはよくないわ。あなたの人生を狂わせてしまう。

鎌倉物語 107

 ベッドから跳ね上がりサイドテーブルの時計に目を遣る。4:46という無表情な青い数字だけが闇に浮かび上がっている。フットライトを点灯すると客室の様子がぼんやりと照らし出される。ベッド脇に置かれていた彼女のボストンバッグがまず見あたらない。クローゼットにかけてあったコートも、洗面台の上の化粧品も、それから履き慣れた感じのスニーカーもすべてなくなっている。部屋で履いていたスリッパはきちんと揃えて置いてあり、ソファの上に脱ぎ捨てていた僕の服もそこに畳んである。何から何までが明子の消滅を物語っている。
 僕はまずしまったと思った。慌てて電話をかけてみる。しかし彼女は出ない。出るわけがない。
 つまり予感は的中したのだ。僕はずっとこの瞬間を想像し続けてきた。だが現実と直面した瞬間、予想をはるかに超えた不安に駆られる。だいいち僕は彼女のマンションに行ったことがない。把握しているのは僕のアパートから車で30分の所という情報だけだ。すなわち電話の寸断はとりもなおさず明子との寸断を意味している。僕たちは3年間も一緒にいながら、じつはとても脆いつながりしか共有していなかったことを痛感させられる。今思えばすべて明子の思惑だったのだ。
 しかしだからと言って何もしないわけにはいかない。この時刻だ。明子はまだ鎌倉のどこかにいる可能性が高い。僕はほとんど無意識のうちに服を着、靴下に足を通した。鏡を見るとずいぶんと寝ぐせが立っているようだがこの期に及んで髪になど頓着していられるはずがない。急いでスニーカーを履き外に出ようとしたその瞬間、テレビの横のスペースに封筒が置いてあるのが目についた。明子からのものだった。

鎌倉物語 106

 それにしても鎌倉の夜は静かだ。これまで訪れたどの場所にもない独特の空気が流れているようだ。
 さっき明子が点けたラベンダーのキャンドルが揺れている。その香りに包まれながら、月明かりにうっすらと映し出された彼女の寝顔に話しかける。
「なあ明子、君の口から『孤独』なんて言葉は本当は聞きたくはないんだ。あの夜、仙台のバーで僕はよほど言いたかった。死んでいった人たちの分まで人生を全うしてみてはどうかと。それこそが君の存在意義じゃないかって」
「僕は心に闇を抱えたままの君をまるごと包み込むことができる。なぜかって、それは僕も同じように闇を抱えて生きてきたからだ。僕は小さい頃から死を怖れ、友達とも話題が合わなかった。さみしさを忘れるために愛に溺れ、その結果愛したはずの人を裏切ったことさえある。君にも少しは話したはずだ」
「過去を振り返ると胸が痛くなる。自分は数え切れないほどの嘘をつき、そうして多くの人を騙し、傷つけてきたんじゃないかと思えてならない。君を愛するということは、そんな過去を埋め、今を生きることに専念するってことでもあるんだ。だから僕は君がどうあろうとも心底愛したいと願っているし、またそれができると思っている」
 そこまで話した時、遠くに潮騒の音を聞いたような気がした。
 いつの間にか僕も眠りについていた。

 僕が抱いているのは明子だとばかり思っていた。しかし、懐に包んでいるのは彼女ではなく、不安という名の塊だった。彼女の姿はすでにここにはない。キャンドルは最後まで燃え尽き、ラベンダーの香だけがごくわずかに残っている。
作者

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

最新の文章
リンク
みなさまの声
カレンダー
01 | 2017/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
目次
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。