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鎌倉物語 120

 ところが確信とは裏腹に石段を登り切って本殿にたどり着いても明子の姿は見えなかった。そんなはずはないと目を皿にして周辺を見回す。明子はここにいなければならないのだ。
 やわらかな朝の光が境内に注ぎ込み、楼閣に塗られた朱色をより鮮やかに見せるようになっている。しかし本殿の内部の様子がはっきりとしてくればくるほどそこには人の気配はないということも明らかになってくる。何羽かの鳩が地面に降り立ち、土をつついては再び飛び去ってゆくだけだ。
 明子の名を呼ぶ。だがその声はたちまちむなしく消えてゆく。
 仕方なくきびすを返すと眼下には今夢中で駆け上がってきた景色が広がっている。ついさっき支配人がマークⅡを停めた大鳥居があり、そこを起点として若宮大路がまっすぐに南に伸びている。段葛の緑も美しい。はるか先には湘南の海が広がる。ふと昨夜ホテルの窓から見えた月明かりを思い出す。
 視線をもっと近くに移せば八幡宮の境内が身近に迫り、緑に埋もれるかのように点在する建物が俯瞰できる。表参道を横切る流鏑馬の道がはっきりと見え、その手前には丹塗りの建物が2つ並んでいる。たった今この石段に足をかける前に通り過ぎた吹き抜けの能楽舞台のような建物と、その隣には小規模ながらも意匠の凝らされた神社がある。
 うつむき気味に立ちすむ明子の背中が見えたのはその小さな神社の前だった。
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鎌倉物語 119

 僕は息を大きく吐きながら数え切れぬ人々の魂が染み込んでいる石段を登ってゆく。1歩踏み出すごとにその分だけ本殿が迫ってくる。そういえば実朝が公暁に首を取られたのはまさにこの場所のはずだ。そのことを思い出すと別の胸騒ぎがする。実朝の和歌と初めて出会った高校生の時の血が体内に流れ込んでくるような錯覚を感じる。いやそれは錯覚ではないのかもしれない。あれから月日は流れて様々な経験を重ねているが幾つになっても僕は僕のままなのではないか。だからこそ、何年経っても1首の和歌が心から離れないのだ。
 そんなことを考えながらあの時公暁が身を隠したと伝えられる大銀杏をふと探してみる。ところがそこにあるのは巨大な切り株だけだ。いったん足を止めそこに目を遣る。するとそばに看板が立ててあって何やら記してある。
「長年の間鎌倉の歴史を見守ってきた大銀杏は、平成22年3月10日の未明に倒れてしまいました。千年の樹齢を数え、関東大震災にも生き残った大木が倒れてしまったのは非常に残念です。現在は移植を済ませ、新たな芽が出てくるのを祈るばかりです」
 その文言を2度読み返してから大きく息を吸い込む。今の僕にはその事実に対する感想を持つことはできない。明子を捜し出すこと以外に何も考えられない。僕には確信がある。彼女はこの八幡宮のどこかに必ずいる。
 改めて頭上にそびえる本殿に向かって足を踏み出す。本殿は無表情のうちにも威厳をたたえながらこちらを見下ろしている。背後が明るくなってきたようだ。雲に包まれた朝日がぼんやりと石段を照らし始めている。

鎌倉物語 118

 支配人が去った後、僕は眼前に広がる八幡宮の境内を見渡した。ここはまさに「終着点」という表現がふさわしい。鎌倉につながるすべての道が集結するだけの奥行きと威厳がある。すぐ目の前には池に架かる太鼓橋が大きな半円を描いている。橋を渡ったところから始まる参道の両側には松の巨木が威嚇するかのようにそびえ立っている。橋の上、松の隙間に見えている朱塗りの建物がおそらく本殿だ。ここから見ると、ちょうど目の高さに現れる。鎌倉時代の御家人たちは入口の鳥居をくぐるたびに八幡宮と対面し、鎌倉に来たことを真に実感したのだろう。
 僕は足取りを速めて早朝の表参道を本殿に向かって直進する。両側の木立からは新鮮な朝の空気が立ち込める。風はひんやりと冷たく、木の葉のこすれ合いが緑の香りを運んでくる。北鎌倉の静寂と湘南海岸の爽快さ。その北と南の2面性が重なり合い、ほどよく調和された空間がここにはある。やはり鎌倉の中心地なのだ。
「流鏑馬馬場」と記された道を横切ると目の前はさっと開け、いくつかの丹塗りの楼閣が姿を現し始める。左手には手水舎があり、正面には能楽の舞台のような吹き抜けの建物がある。そこを過ぎると目の前にはいよいよ石段が現れる。頂上では鶴岡八幡宮の本殿がこちらを見下ろしている。
 石段に足をかけようとしたその瞬間、足下がふらつく。どういうわけかたまらなくなってきたのだ。これまでここに足を踏み入れた人は数え切れない。頼朝も実朝も政子も、それから芥川龍之介や東条英機も踏み入れたであろう。そして明子もその人たちの渦の中に含まれるのだと思うとなぜか息苦しさを感じずにはいられなかった。

鎌倉物語 117

 若宮大路の真ん中には車道よりも一段高い所にこしらえられた歩道があり、そこに植えられた並木が鬱蒼と続いている。これがかの有名な段葛だ。たしか頼朝の命で造り上げられた参道だ。対向車はこの道の向こう側を走るために、まるで1車線の道路を走っているような窮屈さを感じることになる。
 その段葛が終わった所には、豪華な朱塗りの鳥居がそびえ立っている。支配人はその鳥居の下でマークⅡを停め、「着きました」とやはり事務的に言った。
「ほんとうに助かりました」と僕は思っていることを素直に言葉にした。支配人は顔を半分だけこちらに向けて「たいへん申し訳ございませんが」と切り出した。「朝食の準備がございますので、私はいったんホテルへ戻ろうと思うのですが」
「もちろん。ここまで運んでくださっただけで十分に感謝してます」
 僕はそう言って頭を下げた。
「それから」と支配人は続けた。「朝食の予約は7時となっております。昨日も申しましたがオーダーストップは一応8時でございます。できれば御予約の時間に間に合うように来て頂ければと存じます」
 僕はスピードメーターの横のアナログ時計を見た。あと少しで6時になろうとしている。「分かりました。何とかそれまでに戻るようにします」と言った。すると支配人は僕の顔を横目で見ながら「あれでしたら、もう30分遅らせてもよろしいですが」と言った。
「それは、正直助かります」と僕は応えた。すると支配人は軽く頷いて「では、7時半にお待ちしておりますので」と言った。それから僕を降ろした後で再びマークⅡを走らせた。その洗練さに欠く排気音で鳥居の下の広場に群がっていた鳩たちが一斉に飛び上がった。  

鎌倉物語 116

 やっとのことで若宮大路に入った時、空がうっすらと白みがかってきたことに気づいた。昨夜はあれほどきれいな月が出ていたにもかかわらず、曇り模様のようだ。慣らし運転を終えたトヨタ・マークⅡの挙動は次第に落ち着きを見せ、ようやく時速40キロほどで走行できるようになっている。
 僕はひとまず胸をなで下ろす。そうして昨夜まさにここを走っている時に明子が泣いたことを再び想起する。それは初めて見た彼女の涙だった。この若宮通りに、あるいは突き当たりに待つ鶴岡八幡宮に何かがあるに違いない。彼女はすべてを僕に話していないのだ。
 間もなく鎌倉駅の標識が視界に飛び込んでくる。僕は星条旗の三角巾をかぶったままの支配人に、いったん駅に寄ってもらうように頼んだ。すると彼は「かしこまりました」と軽快に言い、いかにも重そうなハンドルを左に切った。
 駅前広場の静けさはカーンと冴えわたっている。昨夜の賑わいが嘘のようだ。僕は全力に近いスピードで改札に向けて走った。入場券を手に入れてホームに向かう。まだ薄暗いホームには列車は入っていない。そこにある人影もまばらだ。その中に明子の姿がないことを確認してから駅舎に戻りその中をざっと見渡す。やはり人自体少ない。早出のサラリーマンたちが憂鬱そうな顔をして歩いているだけだ。明子の姿はどこにも見えない。
 それらの観察をやってのけた後で再びマークⅡの後部座席に飛び乗る。ルームミラーの中の支配人に向かって「鶴岡八幡宮に行ってもらえますか」と言う。すると支配人は横目で僕を見ながら「はい」と応え、クラッチを踏み込んでギアを1速に入れる。
 僕たちを乗せたマークⅡは若宮大路を突き当たりに向かって北上する。

作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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