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鎌倉物語 140

「山本耕二の残した写真集としてまず思い浮かぶのはやはり『静かな散歩道』であろう。彼は比叡山延暦寺を拠点として京都の密教寺院を写し続けた。今でこそ天台・真言の仏刹は京都盆地にも点在するが、彼が被写体として選んだものはそうした洛中にある寺院ではなく、どれも原理的な山岳信仰に基づいて建立された山深き地の仏刹である。山本耕二は3年にわたり京都の四季に佇む古刹と、そこに参詣する人々の姿を写し続け、現在における信仰の世界というものを表現し続けたのである」
 この文章を誰が書いたのかは明記されていないが、たしかに山本氏は自らそんなことを言っていたことを思い出す。ただ彼が京都に造詣が深かったということは聞いていない。むしろそれは明子が僕に話した内容だった。彼女は昨日円覚寺から寿福寺に抜ける「亀ケ谷坂の切通し」を歩きながら『源氏物語』の話をし、密教の話題を持ち出したのだ。光源氏が後の正妻となる紫の上と出会ったのが京都北山の鞍馬寺で、そには密教の寺院だったという話だ。
 何はともあれその『静かな散歩道』の画像を見てみる。まず目に飛び込んできた「叡山の朝」という作品には朝靄の参道を老夫婦が手を携えつつ登っている光景が写されている。京都の近郊とは思えないほどの深い森で、古木が屹立し幻想的とも言える世界が夫婦を迎え入れている。それから「雪の横川中堂」という写真には朱色の柱で幾重にも組まれた舞台の上に鶴岡八幡宮の本殿を思わすような楼閣が建ち、雪がそこはかとなく舞っている。
 山本氏の作品にはどれもなつかしさを感じさせる何かがあった。
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鎌倉物語 139

「これは今から5年前、つまり山本さんが亡くなった年に撮られた写真で、新聞社が主宰する写真展で特別賞を受賞してるものなのよ」と明子は声を低くした。彼女の説明を聞きながらその題名が目に飛び込んでくる。「静けさ」となっている。
 構図の中心にはやぐらがある。昨日見た実朝の墓だ。空はあまりに青く、湿り気を含むやぐらの内部がいやがうえにも暗く見える。やぐらの奥には五輪塔が建っていて、その両脇にはコスモスの花が生けてある。白とピンクの可憐な花だ。画面の解像度が高ければよりはっきりと見えるのかもしれない。
 写真左上には緑色のモミジが広がっている。男女はモミジに包み込まれるかのように佇立している。そうしてさりげなく頭を垂れている。背格好や着ている服からしても僕と明子であることは間違いなさそうだ。つまりこの写真は昨日山本氏が撮影したものだ。
「これが5年前の写真だというのか?」と明子に質す。すると彼女はこの写真が撮られた年月を表示させる。彼女の言う通りのことがそこに記載してある。
「それでも信じがたいね。写真が昨日の夜にアップロードされた可能性だってあるわけだ」
 僕がそう言うと明子は「私だって同じことを考えたわよ」と言い、マウスをクリックして次のリンクを開く。すると写真愛好者たちの作るウェブサイトが現れる。明子は素早い指さばきで山本氏のページに移動する。そこにはこう書いてある。
「山本耕二は信仰の世界を求めた写真家だった。50代半ばで写真を始め、きわめて禁欲的に写真と向き合い、数々の個性的な作品を残した」

鎌倉物語 138

「それが、山本さん、亡くなってるのよ。今から5年ほど前に」
 明子の目は僕の目をまっすぐに捉えている。最初僕は彼女が何を言っているのかよく分からなかった。中途半端に口を開けて石化した人間のような顔を彼女に向けていたことだろう。
「肺ガンを患っていたらしいわ。苦しい闘病生活だったみたいよ」と明子は付け加えた。
「何かの間違いに決まってる」
「私も初めはそう思ったわ。でもウェブサイトに載っていた写真はどう見ても山本さんだった。髭を生やしてハンチングをかぶり、ジャケット姿でタバコをくわえてる」
「君はだまされてるんだ」
「何に?」
「それは、分からない。たとえば、あの人の悪戯かもしれない」
 僕がそう言うと明子はおもむろに立ち上がり、フロントの奥にいる支配人と何やら交渉を始めた。それからまもなくして例の年季の入ったノートパソコンをテーブルに置き、コンセントを差し込んだ。
 彼女がブラウザを立ち上げる間、僕は窓の外に視線を送った。海岸道路には車が走っている。灰色の海には灰色の波が立ってその上を灰色の海鳥がふわふわと漂っている。すべてが嘘の光景のようだ。
「ほら、ここ」としばらくして明子が見せたのは山本氏の略歴だった。たしかに彼は死んだことになっている。僕が見終わったことを確認してから明子は次のページを開く。今度は山本氏が撮影した写真が掲載されている。
 明子が指し示した1枚の写真を見た時、またデジャブの感覚に襲われる。そこには寿福寺のやぐらの前に立つ男女の姿があった。

鎌倉物語 137

「でもその苦しみを分かってくれるやつなんていなかった。みんな勉強とか部活に一生懸命でそんなことを考えるゆとりがなかったんだろう。だから僕は、表向きはみんなとわいわいやっていても、心の深い部分では孤独を抱え込んでいたんだよ。そんなときふと目に留まったのが源実朝の和歌だった。『大海の 磯もとどろに よする波 われてくだけて 裂けて散るかも』っていう歌だ。そこには何か薄暗くて不気味な世界が感じられたんだ。後で調べてみたら、やっぱり実朝は死を予感しながら生きていた。そして実際に首を取られる。鶴岡八幡宮でだ」
 ふと八幡宮の大銀杏が倒れていたことを思い出す。実朝を暗殺した公暁はあの大木の陰に隠れていたのだ。その時の光景を想像しながら話を続ける。
「寿福寺の門前に立った時、寒気がしてね。実朝はすぐ近くにいるような気がしたんだ。そしたら奥のやぐらには墓があった。偶然足を運んだとは思えないような何かを感じたよ。山本氏に声を掛けられたのはその時だった。あの人は不思議なことを言いはじめた。まるで僕の心の中を見透かしているかのようにだ。実朝は死を怖れていた。だから彼の人生は痛々しいし、死んだ後には不気味な後味が残るのだと主張した。しかも寿福寺は中原中也が最期を遂げた場所でもあると言った。僕にとっては初めて知ることだった。中也の詩や生涯は小学生の時からずいぶんと聞かされていたんだけどね」
 明子は両肘をテーブルに置いて神妙な面持ちをしている。瞳の周りはさっき流した涙の跡が薄く残っている。彼女は小さく息を吐き出し、ぬるくなったであろうレモンティーで唇を潤した。それから口元をすぼめてこう言った。

鎌倉物語 136

 僕は新たに注がれたコーヒーを飲みつつ明子の顔に目を遣る。さっき鶴岡八幡宮で見せた表情からすると、険が取れて落ち着きを取り戻しているようだ。ただ、いつまた変調をきたし僕の前から走り去るのかわからない不安定感を孕んでもいる。
 僕にできることは何か? 再びコーヒーカップを口元に運びながら考える。しかしあらゆる角度から考察してみたところで、結論はやはり1つに絞られる。待つことだ。
 兆しはある。彼女は心に抱えているものを僕に吐き出し始めている。それは彼女自身の力で問題解決するための第1歩となるはずだ。ここまで来ればとことん待ち通すしかない。
「そんなできそこないの私だから、寿福寺に行った時には心がほんとうに温かくなったの」と明子は話を続けた。「あなただって何かをつかんだように見えたよ」
「たまたま足を運んだとは思えないくらいにいろんな出会いがあったな」と僕は応えた。
「それはあなたの過去に関わること?」
 僕は首を縦に振り、コーヒーカップをテーブルに置いた。
「小学生の時に『ノストラダムスの大予言』っていうのがまことしやかにささやかれててね。1999年に地球が滅びるっていう話だ」
 明子は「知ってるよ」とでも言わんばかりの表情を浮かべた。
「あれを本気で信じた僕は、それをきっかけに自分の消滅について考え込むようになったんだ。折しも中学の時に唯一と言っていいほどの親友がダンプカーに巻き込まれて亡くなり、その直後に親父もガンで死んだ。尊敬できる大きな存在の親父だったよ。その深くて暗い悲しみがようやく受け容れられるようになった時、自分もいずれは死ぬのだという実感だけが残っていた」
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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