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鎌倉物語 160

 そういえば鎌倉に来てからというもの、頭痛や眩暈に襲われたりデジャブの感覚にとらわれたりすることが多くなっている。そうして現実感覚がぼんやりと崩れそうになるたびに何らかの暗示を感じ取っていた。それが何を示すのかつかめそうでつかめなかったのだが、山本氏の姿が入り込んだ今になって「生と死にはきちんとした仕切りなんてないのだ」という声がはっきりと耳の奥に響く。最初は山本氏の声だろうと思った。しかし時が経つにつれて別の人間の声のようにも聞こえてくる。聞き覚えがあるが結局誰の声か分からずじまいだ。それでも僕はもやもやが少し晴れたような気がした。
 すると明子が「ねえ」と話しかけてくる。幻聴かと思ったが彼女がこっちを向いたのでそれと気付いた。「もう1カ所だけ寄りたいところがあるんだけど」
 霧雨のせいで風がひんやりと感じられるものの雨粒は大きくなってはいない。むしろ降っているのかどうか空を見上げなければ分からないほどだ。
「こっちは問題ないけど、君の方はできるだけ早く帰りたいんじゃなかったのか?」と僕は言った。明子はとぼとぼ歩きながら「うん、でも、せっかくここまで来たわけだし。このすぐ先のお寺なんだけど、海が見えて私のお気に入りの場所だったの。何十年かぶりに見ておきたいの」と言った。
「お気に入りの場所だった」という言葉の中には、過去にサエキ氏と一緒に訪れたことがあるということが含まれていることくらい僕にも分かった。彼女は「NAGISA」のレストランで、サエキ氏は鎌倉の海が好きだったと言っていたのだ。つまり彼女はサエキ氏が好きだった場所に行って、彼との想い出にもう一度浸りたいのだ。
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鎌倉物語 159

 大仏に別れを告げて再び高徳院の仁王門を抜けようとした時、ついに小雨がぱらつき始めた。霧雨と言った方がよさそうなほどの微細な粒だったが、参道を登ってくる人たちの中では雨傘の花もちらほらと咲き始めていた。
 明子は僕に、傘を持っているかと気遣ってくれた。これくらいの雨じゃまだ傘は必要ないだろう、もし強くなれば長谷駅前のコンビニで買えばいいと答えると、彼女は安心した様子で「そうだね」と言った。
 僕は最後にもう一度振り向いた。仁王門の間からは、人だかりに囲まれた大仏が不機嫌そうに定印を結んで座しているのが見える。そこにこの雨である。ますます寒そうに映ってしまう。
「どうせ人間は寿命が来たら死ぬんだ。今からあれこれ考えたって仕方ない」というサエキ氏の台詞が頭の中でくすぶっている。原子力事故で若くしてこの世を去った人間の言葉だけに、生前のサエキ氏を知らない僕でさえ深く重いものを感じる。いくら達観していたとはいえ、サエキ氏は死にたくはなかったはずだ。そう考えるとこの僕だっていつどうなるか分からない。明子はというと「生きながら死ぬ」という境地に憧れている。
 高徳院の参道を歩く人々。そこにけむる霧雨。今から800年前には名もない民衆がこの場所に集い命がけで大仏建立に尽力したのだ。彼らは何を夢見たのだろう?
 この道を歩きながら僕は生と死の間に一体どれほどの差があるのかと考えた。するとすきま風のように山本氏の記憶が心に侵入してくる。彼は5年前に亡くなっているという。だとすれば昨日僕たちに語りかけてきたのは一体誰だったというのか。雨の参道を下りながら、僕はまた頭痛を覚え、眩暈に襲われる。

鎌倉物語 158

 そう言われるとあべこべな感じもしてくる。
「古い時代の影響があるのかな」と明子は漏らす。「平等院に行ったことある?」
 僕は首を傾げて考える。京都には何度か行ったことはあるが平等院を見たかどうかはあやふやだ。寺院にはそこまで興味のなかった僕は、頭の中に残っている数々の仏閣を峻別することができない。
「平等院鳳凰堂に安置されている阿弥陀如来坐像は私の中では3本の指に入る仏像だけど、あれもたしか定印を結んでた」と明子は回想する。「あの仏像は『源氏物語』の時代のものだから、浄土宗も浄土真宗もまだなかった頃に完成したのよね。つまり古い密教の影響の下で作られてるのよ」
 そう言って明子はボストンバッグを右手に持ち替えた。
「すべての民衆を救うという浄土宗の教えがまだなかった時代の阿弥陀如来なら、自らが瞑想して行を修めるというのはおかしくないことなのよね」
 すると突然強風が吹いて台座の周りの土埃を巻き上げる。観光客たちが騒ぐ中、明子はジャケットの襟を立てて首をすぼめる。
「こんなにも有名な大仏の印相なのにこれまでは気にもしなかった」と明子は埃が入らないように目を細めて言う。
「もちろんその時はサエキ氏も一緒だったんだね」と僕は強風が木立の中に吸収されて行った後でつぶやく。言わなくてもいい言葉だったがはずみで出てしまった。死者に対する優越があったのかもしれない。
「彼は信仰には興味がなかったけど、仏像は好きだったの」と明子は淡雪のような笑みを浮かべて言った。「そういえば、2人で北鎌倉を歩いている時にたしなめられたことがある。『どうせ人間は寿命が来たら死ぬんだ。今からあれこれ考えたって仕方ない』って」

鎌倉物語 157

「何度かここへ来たことがある」という明子の言葉が耳に入ると同時にサエキ氏の幻影が脳裏に浮かび上がる。さっき明子は「NAGISA」のレストランで、サエキ氏は鎌倉をこよなく愛していたと語ったが、ここの大仏にも2人で訪れたことは当然あるだろう。昨日の円覚寺だってそうだ。てっきり明子1人で訪れたと決めつけていた僕の心に、突如として重くて暗い風が吹き込んでくる。誰かに嫉妬するだなんて、ましてや死者に嫉妬するような心がまだ残っていただなんて、思いもしなかった。
 明子は拝観受付で手にした寺のパンフレットに目を落としている。そして「このお寺は浄土宗よね」と確かめるようにつぶやく。
「浄土宗の本尊って阿弥陀如来が一般的なの。宇宙の中でもはるか西方にいらっしゃる慈悲深く寛容な仏様よ。この大仏もそうね。でも、それにしては、印相に違和感があるのよ」
「印相?」と僕は言う。
「手の形よ。実は仏像の手の形っていろいろな意味が込められてるのね。私の知る限り、阿弥陀如来像は死者を招き入れるように両手を縦に広げるような印相を結ぶことが多いのよ。それを来迎印って呼ぶんだけどね」
 目の前の大仏はそんな手をしていない。腹の前で両手を上向きに重ね合わせている。そうして人差し指と親指で輪を作っているだけだ。地味で真面目な印象だ。
「これは定印って言って、瞑想している状態を表しているのよ。修行中ってことね。つまり元々阿弥陀如来というのは寛大な心で死者を受け入れる仏なのに、この大仏さんはまだ瞑想中なのよ。なんだか変じゃない」と明子は言う。

鎌倉物語 156

「大仏さんもさぞかし寒いだろうな」と僕は同情を込めて言った。目つきがずいぶんと鋭いからそういう印象を抱くのかもしれない。それに心なしか前屈みになっているために、たとえばストーブの前で暖を取る人のように見えなくもないのだ。
 近くに歩み寄れば、その体は青緑がかっているのが分かる。より寒々しい。そしてその不機嫌そうな仏像の周りでは観光客が写真を撮ったり物珍しそうに指をさしたりしている。動物園のパンダさながらの状態だ。
「仏殿が飛ばされたからこんな目に遭うんだろうな」と僕は言った。
 すると明子は「奈良の大仏だって野ざらしになればこんな風に扱われるのよね」と僕に同調した。「ただ、奈良の大仏は国家鎮護のために作られたわけよ。だから歴代の天皇を始め、将軍や有力寺院もこぞって崇め奉ったのね。おそらく奈良の大仏殿が飛ばされてもすぐに再建されるはずよ。財力があるのよ。逆にこの鎌倉大仏の建立には謎めいた部分が多いの。一説には頼朝が奈良の大仏に憧れて作らせたと言われるけどそれも定かじゃない。おそらく一僧侶の努力で寄付を集めて造られたんじゃないかしら。だからこんな風になってるのよ、きっと」
 僕はいささかあわれにさえ映る国宝の仏像の周りをゆっくりと歩いてみた。びっくりしたのは背面には内部への入口があって、そこに何人かの人が列を作って待っていることだった。僕の知っている国宝というのはたやすく手を触れることができるものではなかった。ところがこの大仏ときたら胎内まで覗かれるのだ。 
 一周して再び正面に戻って来た時、明子は首をひねりながら大仏の手元に目を遣っていた。それから彼女はしんみりと言った。
「何度かここへ来たことがあるけど、今初めて気付いたことがある」
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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