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鎌倉物語 180

「それに、君と歩きながらこの旅そのものが何かの暗示じゃないかと思うことがけっこうあってね。それは一体何だろう、この旅は僕に何を語ろうとしてるんだろうって、ずっと考えてた。そして今になってやっと分かったよ。この旅は君の魂を象徴してたんだ。君は心に傷を負いながらも、今でもサエキ氏を愛している。死者を愛するだなんて一般的には理解できない。でもそれは理屈なんかじゃ説明できない。君たちは魂の深いところで結ばれた関係なんだ。君を理解するということはそういうことだったんだ」
 明子は口元に疲れた含み笑いを浮かべながら靴先に視線を落としている。
 前向きに生きたい。これまでは彼女を傷つけまいと言動を慎んできた。もちろんそれは間違いではなかった。だからこそ今僕たちは一緒にここにいる。しかし、そのことが3年にも及ぶ停滞をもたらしたのもまた事実だ。それに僕は彼女を傷つけたくないと常に思いながらも、実は自分が傷つくことを怖れていただけではないかとも思う。
「長谷寺に来て良かったよ。君がよく言うように、ここに来たことには意味があったんだと思ってる。僕は君と2人で由比ヶ浜を見ながら、魂が開放されたような感覚があった。そして十一面観音と対面してみて、言葉には言い表せないほどのぬくもりを感じたんだ。どちらも初めての体験だった」
 明子は依然何も言わずに地面の土を踏みしめている。前向きに生きたい。明子は過去に生きている。だからこそ僕は未来を指向していたい。
「君の方も同じような感覚があったんじゃないか?」
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鎌倉物語 179

 太陽は高くなっているのに空も海も来た時から変わることなく灰色だ。ただ潮風だけが心地よく通り過ぎてゆく。
「いい旅だったよ」と独り言のようにつぶやく。携帯電話を取り出すともう10時を過ぎている。さっき明子はできるだけ早く山口に戻りたいと言っていたのを思い出す。
「私も、来てよかった」と彼女はレンゲ畑にでも立っているかのように健気な言い方をする。この旅もそろそろ幕を閉じようとしていることを全身で感じる。
 最後に長谷寺と由比ヶ浜の情景を瞳に焼き付けておく。次に訪れるのはいつになるだろう? そんな名残惜しげな視線を向けたところで風景は何の同情もしてくれない。
 今明子は「来てよかった」と言った。どんな了見でそう言ったのかは分からない。だがたとえ彼女が何を考え何を抱え込んでいようとも、僕は前向きに生きればよい。十一面観音はそう語りかけてくる。
「明子」と彼女の名を呼ぶ。少しだけ山門の方に体を傾けていた彼女はやおらこちらを向く。
「君と一緒に鎌倉に来れてほんとうに良かったよ。僕にとっては何から何まで暗示めいた旅だったけどね」と言う。明子はさっきまでと同様穏やかな表情を浮かべつつも、すうっと足下に視線をそらす。地面は霧雨に湿っている。「たとえばだけど、実朝の和歌がずっと心に残っていたのはこの旅を暗示してたんじゃないかって、妙に納得できるところがあったりするんだ」

鎌倉物語 178

 政子が落飾したのは頼朝の死後だった。そうしてダミーの将軍を立てながら、自らは執権として政治の実権を握ったのだ。
「なんだかへんな感じ」と明子は言う。「出家して仏門に入った女性が政治を司るなんて、矛盾してない?」
「つまり出家した人間は俗世を絶つのが原則だってこと?」
「だね」 
 それについて考えてみる。たしかに政子の立ち位置はどっちつかずでもある。
「政子も生きながら死んでいたんじゃないかしら」
 ふと明子の方を見る。それに連動して彼女もこっちを向く。今何か言ったかと尋ねるが明子はきょとんとした顔でこちらを見上げているだけだ。
「『政子は生きながら死んでいたんじゃないか』っていう声が聞こえたんだけど」と僕が確認すると、彼女はそんなこと言ってないとくすくす笑う。
「でもほとんど同じことを考えてたよ」と彼女は笑顔の合間に真面目な顔をのぞかせる。
 僕にはこの「生きながら死ぬ」という境地が朧げながら実感できるようになっている。たとえばこの由比ヶ浜はそれを象徴しているように思う。義経と静御前の子供はここに沈められた。つまりこの浜は少なくとも800年の間あり続けている。その間数え切れないほどの命を呑み込んできた。「ここには生と死の明確な区切りがないんです」とガンジス川の現地ガイドが言っていたことがこの由比ヶ浜でより身近に感じられる。
 そのうち鎌倉という地自体が生と死を大きく包み込む存在のように思われてくる。

鎌倉物語 177

 観音堂を出た僕たちは境内をひととおり見て回った。その間明子はこの寺にまつわるいろいろな話をしてくれた。実は長谷寺の発祥は奈良で、クスノキの霊木で彫った2体の観音像の1つを本尊として祀ったことに始まる。もう1体を海に流したところ鎌倉に漂着し、この長谷寺が興ったという伝説が残っている。敦賀に住んでいた頃に奈良の長谷寺に行ったことがあるが、ちょうど桜の季節で満開の花に彩られていた。そういえばあの寺は吉野の近くで、義経と静御前が生き別れた場所と近い。義経も長谷寺のことは当然知っていただろう。やはりこの旅は何から何までつながっている。まるで1つの物語のよう。明子はそんなことを話した。彼女の話を聞きながら、僕は観音堂で感じたぬくもりに浸っていた。強く生きたいという思いが踏み出す1歩ごとに胸に刻まれる。
 本殿の周りをそぞろに歩いた後、再び見晴台に戻ってくる。相変わらず空はけだるい様子で、その影響を海にも及ぼしている。
「ねえ」と明子は由比ヶ浜を見ながら言う。「話は戻るんだけどね、よくよく考えたら、北条政子ってすごい女性だと思わない?」
 その言葉を聞き表情を見ただけで、明子がどんなことを考えているのかが手に取るように分かる。彼女は政子の人生に自らを重ね合わせている。夫に続いて息子までも殺された悲しみに共感しているのだ。だが政子は悲嘆に暮れるのもつかの間、亡き将軍たちの遺志を受け継ぎ幕府政治を絶やさなかった。執権政治を開始して陰で政治の安定を図った。
「政子は尼将軍って言われてたのよね」
 明子はタイミング良くそう言った。心の中で僕たちは会話を交わしていた。

鎌倉物語 176

 見晴台を離れてすぐに目に飛び込んできたのは観音堂だった。この建物は長谷寺の本殿で、内部には十一面観音菩薩立像が安置してある。さっき明子が言っていた日本最大級の木造観音像だ。それにしてもエキゾチックな印象の外観だ。反り返った瓦葺きの屋根、ギリシャ神殿を彷彿とさせる丸柱、白の漆喰で丁寧に仕上げられた外壁、唐様の意匠をあしらった窓。まるで竜宮城のように見えなくもない。
「この建物って京都の高台寺と何かが似てるように思うのよね」と明子は言う。「あの寺はねねが秀吉を弔うために造営されてるから、どこか女性的って言うか、おしゃれな感じがするのよ。この長谷寺もモダンよね。円覚寺とは全然違う」
 明子は満足げな視線で本殿を見上げながら「しかも関東大震災後の再建だから比較的新しいのよね」と言って3段ある入口の石段に足をかけた。外から見ると堂の中は薄暗いが、観音像の金色だけはすでにうかがえる。中に足を踏み入れると線香の煙の中に十一面観音は静かに鎮座している。まず僕はその大きさに圧倒される。言葉を失うほどだ。明子も「わぁー」と綿飴のように繊細な声を上げる。観音像は右手に杖を左手には花を挿した瓶を持っている。鎌倉大仏の定印の生真面目さとは対照的だ。
 その慈悲深い表情にさらされた時、ふわりと宙に浮いたような感覚にとらわれる。次の瞬間、明子のことがほんとうに好きだという実感がことごとく僕を包み込む。僕たちがここに来たのは偶然なんかじゃない。僕たちはここに運ばれてきたのだ。だから僕は自信をもってもいいのではないか。
「大丈夫?」と明子は僕の顔を覗き込む。僕はもちろん大丈夫だと応えた。十一面観音は鈍い金色の光を発し続けている。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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