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京都物語 10

 婚約の破棄と同時に結花はそれまで勤務していた整形外科を辞職した。その後2週間ほど無職の状態が続いていたが、職業安定所の仲介により医療法人が経営する介護福祉施設への再就職をすんなりと決めた。高校を卒業した後で専門学校に通い医療事務関係の資格を数多く取得していたのが有利に働いたのだ。
 その無職だった2週間の間、結花は僕の部屋で生活すると言い始めた。家の人は大丈夫なのかと訊いてみたが、彼女は涼しい顔で「心配ないよ」と言った。父親は中学生の頃に離婚しているし、小学校教師の母は毎日忙しく、成人した娘のことだけに拘泥するわけにはいかないのだという説明だった。この話がどこまで真実なのかよく分からないところもあったが、本人がそう言うのだから仕方がなった。しかも「私と一緒に暮らすのが嫌なの?」などと言われるとますます可愛く思え、許してしまうのは当然のことだった。
 夕方仕事を終えて自分の部屋に帰るとそこには料理を作る結花がいた。エプロンを腰に巻き、髪を後ろに束ねて台所に立つ姿はフラメンコを踊る時とはまた違う魅力を醸し出していた。彼女は家庭的な料理を好んで作ってくれた。僕が隣に立って手伝ったりするとキスを求めてきて「こういうのって、憧れてたのよね」と満足そうに言った。そうして彼女のこしらえた料理を2人で食べた。ままごと遊びのようでもあった。
 最初の連休は三重の遊園地に行った。日本最大級のジェットコースターに前から乗りたかったのだという結花の希望だった。おかげで僕はおよそ10年ぶりにそのけったいな乗り物に乗ることができた。なされるがままにことごとく振り回され、やっとのことで停止した時、腰が立たなくなってしまっていた。結花はそんな僕の姿を見て腹を抱えて笑った。
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京都物語 9

 見た目よりもずっとやわらかな結花の乳房を両手に収め、野いちごのように尖った乳首を唇に挟んだ時、この上ない安らぎが僕のすべてを包み込んだ。そうやって彼女に触れながら僕はふと学生時代の風景を思い起こし、そこに立つ自分の姿を見つけた。
 大学の正門から続く並木道、キャンパスの風景、雨上がりの太陽に照らされた緑。僕は仲間たちと一緒に教養部の中庭でよくキャッチボールをした。暑い日は上半身裸になって芝生の上に寝ころんだ。それから何人かの女の子と手をつないで歩き、互いの部屋でふざけるように抱き合ってセックスを楽しんだ。駆け引きのない無邪気な恋愛の日々だった。何もかもが手の届くところにあった。
 そんな心象風景に包まれながら、僕は長く憧れ続けた結花の身体を全身でたしかめた。彼女の方も子猫がじゃれつくかのように僕の身体にすり寄ってきた。
 少女でも大人でもない結花の表情を見ながら、次に立ち上がってきたのはフラメンコパーティーの光景だった。挑発的とも言える濃いピンクのドレスを全身に巻き付け、真っ赤なルージュを輝かせながら腰をくねらせる彼女のダンスは他のダンサーとは一線を画していた。あの夜僕はダンスとは生き方を象徴するものだと知った。そうして結花の躍動感あふれる、それでいて妖艶さ漂うダンスは彼女の過去と未来が同時に体現されていると直感し、うっとりとした眼差しを送った。
 そして今、結花はドレスをすべて脱ぎ捨てて僕の身体の上で踊っている。それが現時点における彼女の姿だ。ならば結花はこれからどこへ行くのだろう? できることならこの素晴らしい女性と一緒に未来を歩みたい。下半身から染みわたる結花のぬくもりを意識しながら、何度も心の中でそう叫んだ。

京都物語 8

 僕は今でも初めて目の前に晒された彼女の裸をはっきりと思い起こすことができる。その光景はおそらくこれからもずっと心に残り続けるだろう。そうやって僕はもう取り返しのつかなくなった過去に感傷的な眼差しを向けながら、虚しさとともに生きていくのだ。
 結花と出会って3ヶ月の間、僕は彼女に触れたいという衝動に駆られながら、寸前で抑圧し続けてきた。もう彼女を抱くことはないかもしれないと諦めかけてもいた。そうでもしないと正常な心のバランスが保てないところまできていたのだ。だからこそ結花が初めてキスを許してくれた時、僕はたちまち非現実の谷底に堕ちてしまった。そうして欲望のすさびに任せて彼女の唇をむさぼった。彼女と唇を合わせながらTシャツをまくり上げブラジャーを剥ぎ取り、それから手こずりながらもショートパンツのボタンを外し、レギンスと一緒にパンティを脱がせた。すべてが3ヶ月分の衝動から来る無我夢中の為せる業だった。
 かくして僕が恋し続けた女性はオレンジの白熱球の下でようやくすべてをさらけ出してくれた。結花の肌は思い描いていたよりも遙かに白く瑞々しかった。その息を呑むほどの美しさはとうてい言葉では言い尽くせない。だからこそ記憶として鮮明に焼き付くことになった。
 結花は僕にも服を脱ぐように促した。そうして僕たちは安物のソファの上で強く強く抱きしめ合った。それは恋が愛に転化した瞬間でもあった。あの時僕は確かに結花を愛していた。結花も同じだった。彼女は医師との婚約を投げ捨ててまでも僕との愛を選んだ。決断するまでの間、僕に指一本触れさせなかった。それは婚約者だけにではなく僕への気遣いでもあったはずだ。深く知れば知るほどますます好きになる。結花はそんな女性だった。

京都物語 7

 結花が婚約を取りやめにしたのはそれから2ヶ月も経たないうちのことだった。
「私には都会の生活は向いてないって、ずっと思ってたんだ」と彼女はけろりと言った。
 その日結花は初めて僕の部屋に来てくれていた。
「それにしても、タッくんらしい部屋だね」
 彼女は僕が10年近く使い込んでいるアイボリーのソファに腰を下ろして室内を概観しながら話題を変えた。僕らしい部屋とはどんな部屋なのかと訊くと「いろんなものが置いてあるけど、余計なものは何もない」と結花は答えた。それについて僕は考えてみた。「つまりおもしろみがない部屋ってことか?」
 すると結花は「ううん、逆。私から見たら、そこがまたおもしろいよ」と言う。よく分からないと僕は言いながらモスコミュールを両手に持って彼女の隣に腰を下ろす。それから2人で乾杯した。フラメンコのパーティーから3ヶ月以上経っていたが、彼女とこんなに近くに座るのは初めてのことで、心はかすかに波打っていた。
 最初のひと口を飲んだ後、僕たちは前を向いたままそれぞれの思考に沈んだ。次に何を話せばいいのかお互いに考えていたのだ。僕はやおら立ち上がりステレオシステムに接続したipodの音楽を再生した。ビル・エヴァンスのピアノは何の変哲もない僕の部屋をたちまち叙情の色に染め抜いた。それから再びソファに戻りもう一度モスコミュールを口に付けた。すると隣で結花は長いため息を吐いた。
「タッくんと出会ったのはほんとにいいタイミングだったよ」と彼女は漏らして、どこかうつろな視線を空間上に向けた。瞳は白熱球のオレンジに濡らされていた。

京都物語 6

「おもしろいって言われても、褒められてるのかどうか分かんないな」と僕はハンドルを握ったままつぶやく。心の深いところでは、いずれ僕は置き去りにされるのではないかという疑念を抱えたままだ。
「いいじゃん、おもしろい人って、素敵だよ」と結花は言う。
「ただ、結花が言うほど僕はおもしろいか?」
「おもしろいっていうか、楽しい。一緒にいるとすごく安らげるんだ」
 結花はフロントガラス越しに広がる青空を眩しそうに見つめながら言う。僕はもう少し詳しく訊きたいと思う。彼女は僕をどう評価しているのか。そしてこれから僕とどう付き合っていこうとしているのか。彼女の心を少しでも知る手掛かりがほしい。
「どういうふうに楽しいの?」
「どういうふうにって言われても難しいんだけど」と結花は言う。たしかにその通りだろう。「タッくんって、一生懸命だもん。そういう人って見ててすごく興味深いし、そういう人の言動にはやっぱ心を打たれるよ」
 僕はアクセルを緩めて助手席の結花を見る。僕の動きに呼応して彼女もこっちを見る。胸がゾクッとするほどに結花は美しい。張りのある唇はリップクリームが塗られてよりきらめいている。僕はこの子にキスしたくなる。今すぐにでも車を停めて抱きしめたいという強い衝動に揺り動かされる。でも彼女は何かを言いたげなふうに目を細めながら笑うだけで、やはり一線を越えようとはしない。僕はそこに何とも言えない虚しさを感じる。しかしその虚しさは心の奥に燃える恋の炎をますます激しくすることにもなる。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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