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京都物語 20

 結花はいつもと同じ時刻に僕の部屋のドアを開けた。彼女の笑顔と対面したとき、自分の顔がおそろしく歪んでいるのをありありと自覚した。明子についての悩みを結花に出すわけにはいかないと焦るあまり、全く別の膜を顔面にびったりと貼り付けていたわけだ。
 土曜の夜は僕が夕飯をこしらえて仕事帰りの結花と2人で食べるのが通例になっていたが、チャーハンの味付けはいつもよりも濃く、スープは逆に何の味もしなかった。これが自分の作った料理なのかとあきれるばかりだった。純粋な結花の感覚がそんな苦し紛れの道化に気付かないはずがなかった。何の罪もない彼女は、チャーハンを食べながら浮かない面持ちで横目がちに僕を見た。心配してくれていたのだ。今朝の僕ならそんな結花がますます愛おしくなり、迷わず抱きしめていただろう。ところが心のど真ん中に罪悪感という巨大な塊を抱えた今は、感情が枯渇している。どうすればいいのやらただ戸惑うだけで必死の道化を演じるのが精一杯だった。
 食事の後は必ずセックスをすることになっていた。1週間分の愛情を慰め確かめ合ったのだ。この日も僕たちはベッドの上で裸になった。結花はいつもと変わらぬふうに心のこもったフェラチオに時間をかけ、それが終わると自らの中に僕を入れて踊った。しかしいくら結花が尽くしてくれたところで、今抱いているのが結花だということがどうしても信じられないでいた。
 そのうち結花はいつもよりも甲高い声を上げ始め、乳房を僕の顔に何度も近づけた。僕の変調を自らの力でかき消そうとするかのようだった。僕もどうにかそれに応えようと努めてはみたが、どうしてもこれまでのようにはいかなかった。心と体がバラバラだった。
 結局、それが結花とのラストダンスになってしまった。
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京都物語 19

 僕はその手紙を3回繰り返して読んだ。1回目は大まかな筋を、2回目は1字1字を凝視しながら、3回目は行間にも注意を払い集中して読み込んだ。しかし読めば読むほど頭がごちゃごちゃするだけだった。率直なところを言うと、明子が僕のことをどう思っているのかが知りたかったのだ。4年前には彼女に愛されているという実感が僕にはあった。たしかに文面の端々に彼女らしい配慮を感じないわけでもない。だが今なお彼女が僕を愛しているという確信をもつには至らないのが何より残念に思えた。
 次に気になったのは今明子はどこにいるのかということだった。手紙の冒頭「西行の気持ちがここにいると、身に染みるようです」とある。こことはどこか? 真っ先に想像できるのは京都だ。ただもし彼女が京都にいるのならどうして橘真琴なる人物を自分で捜すことができないのかという疑問が必然的に浮かび上がってくる。
「秋が深まってゆくにつれて、心の方も枯れてゆくのを感じてしまいます」「私にはもう時間がありません」「きっと、これが私からあなたへの最後のお願いになるはずです」
 これらの表現は一体何を意味しているのだろう? まさか死のうとしているとでもいうのか? それとも僕を試しているのか? ただ、僕の知る限り、明子は駆け引きなどをするような女性ではない。
 ソファにもたれながら僕は頭痛を感じた。ほとんど数年ぶりのなつかしい痛みだ。秋の夕暮れは早い。窓の外ではさっきまで青かった空に金色が混ざり始めている。少しだけ開けた窓からはひんやりとした風が吹き込んでくる。僕は立ち上がり、サッシ戸を閉める。時計は4時を回ったところだ。そろそろ結花が来る時間だった。

京都物語 18

 ただ、その方に封筒を渡すことができたなら、ひょっとして私の心をあなたにより正しく伝えることにもつながるかもしれないというささやかな期待もじつはあるのです。
 とは言うものの、すべてが私の身勝手だということももちろん分かっているつもりです。あなたの元を離れて、そうしてこの手紙を書いてみて、ますます自分の愚かしさがよく見えるような気がします。それを承知の上でさらにあなたにお願いをするわけですから、もうつける薬がない状態だということなのです。
 もしそれでもあなたが私の願いを聞いてくださるなら、あなたのお仕事や生活の上でいろいろなご迷惑もかかりましょう。おそらく宛名の方は京都の中にいらっしゃることと思います。ですから手紙を渡すには京都に足を運ぶことになると思います。
 京都タワーの裏手に京都銀行の京都駅前支店があります。そこの貸金庫にわずかばかりの必要経費を預けてあります。すでに代理人登録が済ませてあり、暗証番号は「akiko-0317」となっています。高木さんという事務部の次長にことづけてありますので、その方に問い合わせてみてください。それと、受け取る際には身分証明が必要ですから、免許証などをくれぐれも忘れないようにしてください。
 本来なら私がやらなければならないことを、よりによってあなたに押しつけてしまい、ほんとうにごめんなさい。きっと、これが私からあなたへの最後のお願いになるはずです。あなたが私の願いを叶えようと行動する過程において、いろいろなことに気付いてくださることを遙かに望んでいます。
 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。 明子

京都物語 17

貴史さんへ
 秋が深まってゆくにつれて、心の方も枯れてゆくのを感じてしまいます。
「心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ」と詠んだ西行の気持ちが、ここにいると身に染みるようです。
 貴史さん、お元気ですか? 
 分かってます。唐突にお便りしてびっくりされてるでしょうし、おそらくひどく憤慨されてもいるでしょう。でも今の段階では、私には心から謝ることしかできないのです。ほんとうにごめんなさい。ただ、どれだけ言葉を重ねたところで、許してもらえないことは十分に承知しています。だから私は別の形であなたへの謝罪の心を表すしかないと考えています。いずれは分かってもらえるように・・・
 もちろん、お便りしてよいものかどうかずいぶん悩みました。いきなりあなたの元を去ってしまったわけですから。あなたはこの手紙を見てさえくれないかもしれない。それも承知です。にもかかわらず今回お便りしたのは、折り入ってあなたにお願いがあるからです。それはこの世であなた以外には頼むことのできないお願いなのです。
 あなたへの手紙と一緒にもう一通封筒を同封しました。それをその方に渡して頂きたいのです。その方は3年前に、京都の大谷大学大学院文学研究科の客員教授でいらっしゃいました。私はそこでその方と出会い、大きな学恩を受けました。ところがその方は自身のことは一切語られなかったために、連絡のしようがないのです。私にはもう時間がありません。だからあなたに託すしかないのです。

京都物語 16

 あえて封を開けないという手もなくはなかった。そのままシュレッダーにかけてしまえば明子のことを封印し、残された人生を結花と送ることができるのだ。その方が何よりも尊い「ありふれた幸せ」を得ることができるというのは自明の事実だった。僕は手紙を持ったままあらゆる想像を巡らしながら、封を開けるか開けまいか悩みに悩んだ。
 座って考えるだけでは埒が開かないので、台所に戻ってコーヒーを入れ、それから簡単にトイレの掃除もした。外に出て青空を見上げればいいアイデアが浮かぶかもしれないと思い、アパートから目と鼻の先にある果物屋に行って艶のいいグレープフルーツを1つ買ったりもした。その後再び居間に戻ってソファの上に放置されたままの封筒を改めて眺めた。だが依然として心は晴れなかった。何の変哲もない事務的にさえ見える封筒がかえって明子らしい。封筒は沈黙のうちに語りかけてくる。「あなたには封を開けないことはできない」
 僕が我慢比べに勝てるはずはなかった。このままずっと考え込んだところで答えが変わるわけでもない。僕は仕方なく封筒を手に取り、ソファに腰掛けた。緊張で息が詰まった。溺れている時のように何度も息つぎをしながらやっとのことで封を開けた。
 中には2通の封筒が入っていて、1つは僕宛で、もう1つには「橘真琴様」と見覚えのない名前が記してあった。とりあえずその封筒を横に置き、僕に宛てられた封筒の方をもう一度慎重に開封した。
 封筒にはきちんと折られた白い便箋が2枚収められていた。その上に整然と書き連ねてある明子の字と久しぶりに対面したとき、ああ、これでひとつのファンタジーが終わったんだなという実感が心を重くした。それは同時に、次なるファンタジーの入口をも意味するのだということも僕には分かっていた。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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