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京都物語 30

 手紙を通じて明子が要求しているのはごく分かりやすいことだ。ことづかった封筒を橘真琴なる人物に渡すだけだ。ただ、それがどうやらそう簡単でもないらしい。
「その方は自身の情報は一切語らず、連絡のしようがないのです。私にはもう時間がありません。だからあなたに託します」という文面がそれを語っている。
 つまり明子は時間の許す限りその人物を捜したのだ。にもかかわらず行方がつかめなかった。唯一の手掛かりは、その人物は3年前に京都の大谷大学の客員教授だったということだけだ。ただ、明子が大学側に連絡を取っていないはずがない。それでもその人物は見つからなかったわけだ。
「おそらく宛名の方は京都の中にいらっしゃることと思います。ですから手紙を渡すには京都に足を運ぶことになると思います」と明子は書いている。もちろん、この記述だけではその人物が京都にいるという確証はない。ただ、明子は単なる思いつきでこんなことを書くような女性ではない。文面には表れない確信があるのだ。その人物は京都のどこかにいると言い聞かせながら、僕は部屋着を着て、再び冷蔵庫の中のビールを空ける。
 結花と別れてしまったことの痛みは脇腹の辺りに疼いている。その一方で明子からの依頼を何とか叶えたいと意気込む自分もいる。僕には予感があるのだ。明子の依頼はあくまで橘真琴氏を捜して欲しいということではあるが、それは僕にとっては失われた時間を取り戻すためのチャレンジにもなるのだと。「人生とは過去である」と明子は言っていた。かつて僕は、過去は変えることができないという点に不毛さを感じていた。ところが今は、過去は変えることができるのではないかという初めての感覚を抱いている。

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京都物語 29

 アパートに帰ってから僕はジンをロックで飲んだ。夕刻に近づいてはいたもののまだまだ日は高く、ことのほかジンが応えた。立て続けに喉に流し込んでいるうちに思考は溶け始め、心に突き刺さっていた氷のとげも徐々に消滅してゆくのを感じた。
 ふと目が覚めたとき日はすっかり落ち、部屋は静寂に包まれていた。ジンのせいで頭が痛み、結花のことで心が痛んだ。携帯電話を手に取って見ると、そこには何の着信も入ってはいなかった。時刻は21:05を示している。
 台所へ行って冷たい水を飲む。頭がいくぶんかシャキッとしたところで服を脱ぎ、熱めのシャワーを浴びた。意識が元に戻り始めても、さっき結花と別れてしまったということだけはどうしても信じられない。彼女のぬくもりはまだそばにあるような気がしてならない。今ならまだ間に合うかもしれないと思うと、ますます意識が冴えてくるようだった。
 濡れた身体にバスタオルをあてがいながら、冷蔵庫を開けてビールを飲んだ。よく冷えたビールだった。それからトランクスを穿き、バスタオルを肩に掛けたまま居間に移動する。そしてテレビの上に置いてある明子からの手紙を手に取る。便箋を広げると、そこには明子の世界がふわっと立ち上がる。僕はその出だしの部分に改めて目を通す。
「秋が深まってゆくにつれて、心の方も枯れてゆくのを感じてしまいます。『心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ』と詠んだ西行の気持ちが、ここにいると身に染みるようです」
 暗記できそうなくらいに読み込んだ手紙だが、読めば読むほどに当初の印象は変わってきている。京都に行くしかないという運命に僕は呑み込まれているのだ。

京都物語 28

 結局僕たちは揃って「トチの木」を出ることになった。そうして何も言わぬままビルの裏の駐車場まで歩いた。この時になって彼女はめったに見ない厚手のロングスカートを穿いているということに気付いた。
 結花の黄色いマーチのそばまで来たところで僕たちは足を止め、互いに向き合った。僕は彼女を見下ろし、彼女はうつむいていた。
「じゃあね」
 結花は息を吐くようにそう言ってからきびすを返し、そっと車のドアに手をさしのべようとした。いつも近くにあったはずの彼女の背中が哀しいくらいに遠くに感じられた。「ああ、結花は本当にこのまま僕の元を去ってゆくんだな」と真に実感した瞬間、これまでずっとこらえてきたさまざまな感情が轟音を立ててあふれ出し、洪水となって僕をさらった。
 結花の肩に手を掛けた後は何がどうなったのか覚えていない。彼女が持っていたハンドバッグを地面に落とした音だけがその場に鳴り響いた。気がつけば結花は僕の胸の中にいた。なつかしい、結花の身体がそこにあった。心が溶岩のように流れ出してしまいそうだった。
 結花は最初こそ小さく肩を震わせるだけだったが、ある時点を過ぎてからは声を上げて泣いた。僕のシャツはまたたく間に結花の涙で濡れた。そして僕の目からも涙が流れ出していた。僕たちは真昼の駐車場の真ん中で抱き合って泣いた。そうして2人とも自分の思いを最後まで言葉にできぬまま、ただ時間だけが経過した。
 結花のマーチが静かな排気音を立てて駐車場を去った後、僕は1人で立ちすくんだ。太陽がまぶしすぎて痛みさえ覚えるほどだった。表通りからは車たちの行き交う音がまるで前世からの声のように暗示的に耳に入ってきた。

京都物語 27

「私は・・・」と結花はさみしそうな声を上げ、すぐに目を伏せた。ほんのりと口紅の塗られた唇はわなわなと震えていた。彼女は歯を食いしばって必死に涙をこらえていたのだ。結局その後に続けようとしていたはずの言葉も外に出さずに踏みとどまった。
 僕は彼女がそれ以上何も言わないのを見て、ああ、これで僕たちは本当に終わるんだなと悟った。焼けるような嫉妬に噛み殺されそうになっている今、結花を目の前にするとますます苦しくなるばかりだった。この場からすぐに立ち去らなければとても身がもたなかった。最後の最後まで僕は卑怯だったのだ。
 明子のことをきちんと説明することができればどれほどよかっただろう。そうすれば結花も少しは分かってくれたかもしれない。だが明子と僕の関係はそう簡単に説明できるようなものではない。魂、宿命、因縁・・・そんな言葉を散りばめたところで何が伝わろう。ますます結花を混乱させるだけだ。
 たしかに僕は卑怯だったが結花のこれからのことを考えると、卑怯なまま、恨まれる存在としてこの場を去るというのも1つの選択肢として有意義だと思った。意を決して席を立とうとしたその瞬間、結花は震える口を開いた。
「最後だけは、きちんとしときたかったんだ」
 それは紛れもなく彼女の本心だった。だが本当に言いたかった言葉はまだ別にあったことだろう。その証拠に彼女の表情には愁いを帯びた大人の女性の色がにじみ出ていた。
「あなたには、言葉にならないくらい、感謝してるんだよ」
 結花はそう続けて、再度作り笑いを浮かべてみせた。歪んだ笑顔だった。

京都物語 26

「今ね、声を掛けてくれる人がいるんだよ」
 僕は結花が何を言ったのかすぐには呑み込めなかった。それで頭の中で何度も今の言葉を再生した。5回以上繰り返したところでようやく意味がつかめた。それと共に全身から血の気が引いてゆくのを感じた。結花はさっきまでの無理矢理な作り笑いではなく、きちんと血の通った笑顔を僕に向けた。窓から差し込む秋の日差しに似つかわしい笑顔だった。
「それがおもしろいのよ。高校の時の同級生なの。フェイスブックに入ってきたの」と結花は言い、すっかり氷の溶けた水を少しだけ口に含んだ。「最初は名前を見ても誰だか分かんなかったけど、いろんな思い出話を書き込んできて、やっと気付いたの。そういえば私、高校を卒業する前に告白されてたんだよ、その人に。不思議な縁だね」
「会ったの?」と僕は思わず訊いた。はしたない言葉だという認識はあったものの、だからといって黙っておくわけにはいかなかった。その質問に結花はゆとりのある瞳を向けて「もちろんまだだよ」と答えた。それからまた沈黙が訪れた。
 苦しくて、息が詰まりそうで、胸が炎上しそうだった。指先は震え、足腰はガクガクした。すぐにでも席を立ち上がって結花を抱きしめなければ心が本当に壊れてしまいそうだった。おそらく僕はとんでもなくひどい表情をしていたことだろう。今思えばすべてが僕の卑怯さの代償だったのだ。結花は目を細めて、「そんなにさみしそうな顔をしないで」と言ってきた。すると僕の喉から「違うんだ」という言葉が荒々しく出てきて、店内に響いた。なぜそんなことを言ったのか自分でも分からなかった。これまで経験したことのないほどの窮境にはまりこんでしまった僕は、必死でそれをかき消そうとしたのだろう。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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