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京都物語 60

 美咲は佐織と同じ音楽サークルに入っていて、2人は親友と呼ぶにふさわしい仲だった。物静かな佐織に対して美咲はバイタリティにあふれ、周りにはいつも誰かが寄ってきて楽しそうに話をしていた。彼女はサークルの先輩と付き合っていて、彼はやがてプロのボーカリストとしてデビューするわけだが、大学時代はその先輩の車で何度かダブルデートをしたこともあった。信号で停車するたびにフロントシートに座っている美咲と先輩はキスをした。それもとびっきり濃厚なやつだ。佐織は静かに口元をほころばせながら横目で僕の方を見た。僕は一度だけ勢いに乗って佐織にキスを求めてみたが、予想通り彼女は苦笑いを浮かべながら手のひらを僕に向けて制した。
 美咲は大学を出た後も山口に残って古いジャズハウスで歌い続けていた。その後先輩とどうなったのか僕の知るところではなかったが、佐織が実家に帰った途端に予想以上の孤独感に襲われた僕は、いつしか美咲の歌を聴きに店に足を運ぶようになっていた。僕は美咲の声がたまらなく好きだった。彼女は若くしてすでに大人のハスキーボイスを持っていた。彼女の歌に浸っているとたちまち現実を離れ、深淵な世界に運ばれた。美咲にそのことを伝えると、ことのほか嬉しそうな表情を僕に見せた。そうして僕は毎日ジャズハウスに通い、歌を聴きながらウイスキーを飲むようになった。そのうち、司法試験の勉強をすることが馬鹿馬鹿しくなってきた。だから美咲を抱くことにも何ら抵抗は感じなかった。僕たちはライブが終わった後、店を出てすぐの所にある薄暗い公園でセックスをするようになった。美咲のハスキーボイスが自分だけに向けられているのを実感するだけで射精が早まった。
 佐織が突然僕の部屋に現れたのは美咲を抱くようになって何ヶ月か経った時だった。
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京都物語 59

 僕と佐織はすっかり近代的に様変わりしていた京都駅の烏丸口を出て、駅前のバスターミナルから市バスに乗り、嵐山へ向かった。僕としては高校生の時に行きそびれていた京都を代表する名刹を巡りたくもあったが、佐織は2人で京都を歩きたいのだと言ってきた。普段めったに自己主張しない佐織の思いを尊重し、嵐山に行ってのんびり散歩でもしようということになったわけだ。
 それにしても、晩秋の嵐山の紅葉は息を呑むほどに美しかった。紅葉の名所なら山口にもある。しかし嵐山の紅葉はどこか趣を異にしていた。これが京都なんだなという感興に誘われながら歩いていると、佐織はぴたりと僕に寄り添ってきた。人目を気にする佐織だけに、それも珍しいことだった。あの時僕たちは天龍寺の前の割烹で天ぷらを食べ、歩いて渡月橋を渡り、阪急嵐山駅で折り返して再び渡月橋を通って清涼寺まで歩いた。その寺の名前は聞いたことはなかったが、じつは『源氏物語』の光源氏のモデルのうちの1人とされる人物の山荘跡なのだという佐織の説明を聞いて印象に残るようになった。その清涼寺の境内を彩る紅葉は炎のように紅く燃え上がっていた。
 ホテルは東山に取っていたので、あくる日は清水寺にも銀閣にも行くことができたし、哲学の道も踏破して、僕も満足することができた。それはもうかれこれ10年ほど前のことで端から記憶が風化しはじめているが、2人でかなりの距離を歩いたということと、清涼寺の燃えるような紅葉だけは心にはっきりと焼き付いている。
 僕が京都を訪れた3回目の時に隣を歩いていたのは佐織ではなく美咲という女の子だった。あの時僕は隣にいるのが美咲であることがどうしても信じられないでいた。

京都物語 58

 2度目に訪れた京都の街は紅葉によって金色に彩られていた。あの時隣には佐織がいた。彼女は僕が愛した初めての女性だった。僕たちは大学1年生の時にたまたま同じ授業を取っていた。それが、どちらからというわけでもなく、あたかも梅のつぼみがほころびるかのように、自然につき合うようになっていた。
 佐織は物静かな女の子だった。そうして話を聞くのが上手だった。佐織への恋は、それまで僕が経験していた胸が激しくときめくようなものではなく、2人の時間を共有すればするほどに自分にとってこの女性は必要なんだと実感させる、そんなものだった。
 大学の授業が終わった後、僕は毎晩のように佐織のアパートに行き、ビールを飲みながら話を聞いてもらった。佐織に話をすると、僕が過去に抱え込んできた問題の1つ1つが具体的に浮かび上がった。そうしてそれらの問題は口に出した瞬間、穏やかな佐織の表情の中にすうっと昇華されていった。付き合って半年も経たないうちに、もはや僕の心は信じられないほどに軽くなっていた。佐織がすべてを聞いてくれていたのだ。
 彼女が突然京都に行きたいと言い出したのは大学4年の晩秋だった。その頃ちょうど僕たちは翌年の身の振り方を決めたところだった。僕は司法試験に向けて大学に残って勉強するという道を選んだ。佐織は実家に戻り脳の病気を患う父の介護をしつつ、図書館の司書のアルバイトをするという道を選んだ。ずっと寄り添いながら生きてきた佐織と離ればなれになることについて、僕にはさしたる不安はなかった。佐織の心はいつでも自分のそばにあると思っていたからだ。だが佐織の方は少し違うようだった。結果的に僕たちは別れることになるのだが、そのことをすでに予感していたのかもしれない。

京都物語 57 

 高槻を過ぎると辺りにはのんびりした風景が広がる。ビルが建っているわけでもなく、かといって住宅街があるわけでもない。民家や工場がぽつぽつ散らばり、その間には田畑が敷き詰められている。遠くの山麓にはサントリーの蒸留所も見える。ウイスキーの香りが記憶の中に漂い、レイナを思い出す。そういえば僕にだってウイスキーが手放せない時期があった。
 次第に濃くなる空の灰色を見上げながら、ふと過去に京都を訪れた時の自分に思いを馳せる。京都の地を踏んだことはこれまでに3回ある。初めて来たのは高校1年の夏だった。あの時僕は家出をしたのだ。僕は中学生の時に父を病気で亡くした。長い闘病生活の末だったのである程度の心の準備はできていたはずだったが、やはり父の死は思春期の僕に暗くて重たい衝撃を与えた。だが僕以上に憔悴したのは母だった。ふさぎ込みがちになり、家から一歩も出ようとせず、夕方には必ず酒を飲むようになった。僕には5つ年上の姉が1人いて、彼女は短大を出て早々に東京に進出した後アパレルメーカーに就職してアジアを飛び回っている。結婚して平凡な暮らしを送るよりも仕事に賭ける人生を選んだのだ。それで姉が短大に入学した後は母と2人で暮らすことになったわけだが、毎晩のように酒に浸る母との時間を耐えることに限界を感じ、ある夏の午後に家を飛び出したのだ。JRを乗り継ぎ、その夜に辿り着いたのが京都だった。
 初めての京都は想像していたよりずっと暗かった。駅ビルも当時はまだ古かったし、周りの情景にしても思い描いていた華やかな都の風情は微塵も感じられなかった。ただ駅前の京都タワーだけが人々の悲しみを集約した灯のように夜空に向かってわびしく伸びていた。あの時僕は金閣も清水も見ぬまま翌朝の列車に乗った。山口に帰りたくなったのだ。

京都物語 56

 そのうちレイナは出口へと続くエスカレーターに足をかけた。そしてそのまま人混みとともに下方に運ばれ、ほどなくして消えた。今日の予定は新大阪駅に降りてから決めると言っていた彼女の横顔をふと思い出す。きっと気ままに歩いているうちに彼女にしか見えないものに目が留まり、それをブログなりエッセイなりに表現してゆくのだろう。僕はリュックのサイドポケットに入れていた彼女の名刺を取り出し、ひとしきり眺めた後で再びしまった。
 新大阪駅では乗り込む人よりも降りてゆく人の方が多かったためにレイナの座っていた席は空いたままになった。「さくら」がいよいよ京都に向けて進み出すと、僕はその空席にリュックを置き、「さて」と心の中で声を出した。今度は僕の番だ。明子を捜す旅。僕の過去を取り戻す旅。さしあたり京都に着いてからの動きを考えなければならない。
 明子からの手紙をリュックから取り出し、その端正な文面に改めて目を通す。まず最初にやるべきことは京都タワーの裏手にある京都銀行に立ち寄り、高木という部長と面会して貸金庫に預けてある資金を受け取ることだ。そのことには何かしらの意味があるものと僕は踏んでいる。明子の消息をつかむための手がかりが金庫に預けてあるかもしれない。あるいは高木という人物が何かを知っているということも考えられる。明子がその人物とつながっている可能性もある。彼女は人を選ぶ。特に失敗できないことについては石橋を叩いて渡るはずだ。
 そんなことを考えるうちに新幹線はグングン加速し、あっという間に高槻を通過した。京都に近づくにつれて雲の色が濃くなっていく。冬の京都らしい空になってきたなと僕は思う。ついに京都に入るのだという実感が、背筋に緊張を走らせる。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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とびっきり寂しい旅に・・・

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