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京都物語 70

 高木氏は自動ドアを抜けた所にあるコントロールパネルの前に立ち、「じゃ、これに暗証番号を入力してもらえますかね」と冷静に言った。
 そこにはキーボードが置かれ、目の前には小さな液晶の画面があった。僕が暗証番号の確認をするために明子からの手紙を取り出している時、隣で高木氏は「本人様がいらっしゃれば、ウチは指静脈認証システムでセキュリティ管理をやっとるんですがね」と自慢げに言った。「あれを使えば、指1本入れるだけで終わりですわ」
 彼の言葉にどう反応してよいのか分からなかった僕は、何はともあれ「akiko-0317」という暗証番号を入力した。するとピピピという電子音が鳴った後でそれらの音が線としてつながり、目の前の画面に「A-2」という番号が表示された。高木氏はそれを見て該当の扉を指さし、「あの部屋ですわ」と教えてくれた。それから金庫を開けるためのカードキーを僕に渡した。
 僕は高木氏が示した部屋の前に移動した。そこにはたしかに「A-2」というプラスティックのシールが貼ってある。冷たいドアノブは潤滑油がきっちり効いているのだろう、すんなりと下に降りた。
 金庫室の内部は思った以上に狭かった。3人も入れば窮屈になりそうだ。突き当たりのの壁には正方形の窓口があって、そこに金庫がはめられている。僕は壁に付いているカードリーダーにカードをスキャンさせた。すると赤色のパイロットランプが緑色に変わり、やはりピーという電子音が鳴った。
 金庫を開けると、そこには和菓子でも入っていそうな紙箱が1つ置かれていた。朱色の和紙で飾られたいかにも明子の好きそうな箱だった。「ここで長いことあなたを待っていたのよ」という暗黙の言葉を聞いた気がした。
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京都物語 69

「手数をおかけしました」と言いながら高木氏は今僕が記入した部分をまるで筆跡鑑定でもするかのように注意深く確認した。オールバック風にセットしてあるように見えた髪は、実際は天然パーマでたまたま後方にまとまっているだけで、薄くなりかけた頭頂部の髪は跳ね上がってさえいる。それに口臭とも体臭ともつかぬ匂いが全体から漂っている。いったいなぜ明子がこの男性に重要な用件を依頼したのか、どうしても合点がいかなかった。
 それから高木氏は僕から免許証を受け取りそれをコピー機にかけた。コピーの終わった免許証を僕に返しながら「はい、これで手続き完了」と言い、ぎろりとした大きな瞳を向けた。肌は異様に白い。この人は普段はめったに外に出ないのだろう。「なら、ご案内しましょか」と彼は言い、窓口の横の灰色の扉を開け深部へと続く廊下を進んだ。高木氏よりも少し背の高い僕は彼の跳ね上がった髪を視界に入れながら後をついていった。銀行の内部はいかにも無機質な空間で、見方によっては何かの研究室のようだった。
 すると高木氏はぴたりと足を止め、そこにあるエレベーターのボタンを押した。ほどなくしてエレベーターは僕たちの前に到着した。足を踏み入れて扉が閉まると、リノリウムの匂いが鼻をついた。そこに高木氏から放出される匂いが混ざり合って、これまで体験したこともないような不気味な香りが立ちこめた。地階に降りるまで僕たちは無言だった。高木氏は何食わぬ顔を浮かべて扉の上方を見ている。エレベーターが地階に到着し、扉が両側に開いたとき「さ、行きましょか」と彼は言い、そのまま進んで自動ドアの前に立ち、暗証番号を押して中に入った。
 その先には小さなドアが整然と並んでいた。刑務所に近い雰囲気だった。

京都物語 68

 佐々木氏は、まばたきをすれば見逃してしまいそうなほどのわずかな瞬間に、僕の頭からつま先までの観察をさっとやってのけた。その後、彼女が抱いたであろう怪訝さを一切表に出すことなく「かしこまりました」と軽やかに応対した。その言い方にはどこかしら品の良ささえ感じられた。彼女は折り目正しい動作で内線電話を使い、「そちらでおかけになってお待ちください」と、待合用のソファに手のひらを向けた。
 男性が目の前に現れたのはそれから10分近くも経ってからだった。彼は水色とも灰色ともつかぬ色のスーツを身にまとい、いかにも年代を感じさせる緑色のペイズリーのネクタイを下げていた。その模様は理科の教科書に載せられたゾウリムシの絵そのもので、あやしい色のスーツとの見事なまでの不協和音を醸し出していた。
「ども、ども、高木でございます」と彼はスーツの内ポケットから革の名刺入れを取り出して、名刺を1枚引き抜いて僕に渡した。そこには事務部次長という肩書きの下に高木信男という名前が明朝体で記してあった。ぱりっとした銀行マンを想像していた僕は、ずいぶんと拍子抜けさせられることになった。
 僕が明子からの用件を簡潔に伝えると、高木氏はさして表情を崩さずに「はい、はい、聞いとります」と、中年男性にしてはやや高めの声を出した。「そしたら、早速ですが」と彼は言い、窓口の内側の自分のデスクに戻って、その引き出しから取り出した1枚の書類を僕に持ってきた。それは貸金庫を開けるための代理人登録の用紙だった。上半分には明子の筆跡で彼女の住所と名前が記してあった。彼女が山口にいたときの僕の知っている住所だった。僕は自分の氏名を彼女の名前の下の所定の位置に署名した。

京都物語 67

 僕はバスターミナルに隣接した観光案内所の軒下に入り、リュックの中から明子の手紙を取り出した。
「京都タワーの裏手に京都銀行の京都駅前支店があります。そこの貸金庫にわずかばかりの必要経費を預けてあります。すでに代理人登録が済ませてあり、暗証番号は『akiko-0317』となっています。高木さんという事務部の次長にことづけてありますので、その方に問い合わせてみてください」
 同じ文面を2度読み返してから、改めて京都タワーを見上げる。初めてここに立った20年前と変わらぬ姿で寒空に向かってもの寂しそうにそびえている。そんなタワーを心のどこかで意識しながら駅前の横断歩道を渡り、ビルの裏手へと向かって歩いた。
 京都銀行・京都駅前支店は文面通り、タワーの真裏にすぐ見つかった。目の前の駅ビルに影響を受けたといわんばかりの近代的で瀟洒な建物だ。その内部は外見に負けぬほどに豪華で広く、窓口付近では多くの客が、まるで巣穴の近くにいる蟻たちのようにあくせくと動いている。どの窓口も順番を待たなければならない中、融資のコーナーがたまたま空いたのが見えたので、そこに行って貸金庫のことを話し、高木次長と会いたいのだという用件を窓口担当の女性行員に申し出た。その女性がこちらを正視したとき、僕は不意にデジャブのような感覚に襲われた。そうしてすぐにこの女性は結花によく似ているということに気付いた。行員は「佐々木」という名札を提げ、左手の薬指には指輪をはめている。そういえば結花は今頃何をしているだろう? フェイスブックで知り合ったという男とうまくいっているだろうか? そんな想像をするだけでトゲが刺さったような痛みが胸に走った。

京都物語 66

 京都駅に到着した「さくら」が完全に停車するのと同時に乗客たちは出口に向かって一斉に動き出した。僕は隣の席に置いたリュックを手に取り、彼らの最後尾につけて新幹線を後にした。京都駅のホームに足をかけた瞬間、明子の幻影は空気中にふわりと昇華されていった。
 眼前に広がっていたのは冬の京都駅らしい情景だった。どこか薄暗いホーム、頬に触れる氷のような空気、寒色系の防寒着を身にまとった人々。外国人も含まれている。列車の発着を知らせる掲示板に頭が届きそうなほどの背の高いアメリカ人が歩いているのも見える。彼は不本意ながらに高く作られたビルのように、窮屈そうに前に進んでいる。
 僕は人々の動きに同調しながら出口に向かって歩を進めた。ホームからの階段を下りた所に烏丸口と八条口の分岐があって、7割以上の人が烏丸口の方へと流れて行く。僕も彼らに紛れて進む。それから自動改札を抜けてそのまま行けば駅ビルの中に入ってゆく。高校生の時に家出をして初めて来たときの京都駅の面影はもはやどこにもない。だが根底に潜む京都の香りだけはどれだけ建物が近代的に様変わりしたところで、宿命的なシミのようにこの駅全体に残っている。
 ああ、本当に京都に来たんだな。駅ビルの中を進みながら僕はそう実感した。平日の午前ということでサラリーマンの姿が目立つかと思いきや、実際は普段着を着た人々で埋め尽くされていた。中には着物を着た婦人も歩いている。すべてが京都らしい。
 烏丸口の中央出口に近づくと目の前には京都タワーが現れる。それから駅の外へ出てバスターミナルにひしめく市バスが視界に入ってきたとき、隣には誰もいないという当たり前のことになぜか違和感を感じた。僕は全くのひとりぼっちだったのだ。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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