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京都物語 80

 僕はベッドに座ったまま目を閉じ、この2ヶ月の間に起こったことを回想した。宝石箱をひっくり返したかのような結花とのまぶしい日々。彼女の透き通った身体。突然届いた明子からの手紙。結花との別れ。そして僕は今、京都にいる。
 状況に直面している瞬間はいつも必死だ。だがこうやって過ぎ去った日々を冷静に見つめると、それらの状況はすべて線路のように現在に向かってつながっていることが分かる。そして思う。今の自分は予め用意されていたのではないかと。僕は誰かが敷いたレールの上をただ歩かされているだけなのかもしれない。このホテルにたどり着いた瞬間の胸騒ぎは僕の中のアンテナが過敏に反応したのではなかろうか?
 ふと目を開ける。カーテンの隙間からわずかに差し込む光が空間に舞う埃を照らし出している。僕は立ち上がってカーテンを開ける。空は相変わらず重い灰色で、その影は遠く比叡山までにも覆いかぶさっている。
 眼下には塀で囲まれた庭園が広がっている。いかにも由緒ありげな建物が整然と建ち並び、その間からは奥にしつらえられた池の様子がうかがえる。かなり大きな池は空の色をくっきりと映している。僕はリュックから京都のガイドブックを取り出して庭園について調べてみる。これは渉成園という庭園らしく、東本願寺の別邸のようだ。地図を見ると六条ホテルは東本願寺と渉成園の間にちょうど挟まれている。
 改めて眼下の庭園に目をやる。すると突如として眩暈が襲ってくる。「ここで遊んだこと、覚えてる?」という声が歪む頭の中で聞こえる。それは紛れもなく明子の声だった。
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京都物語 79

「六条ホテル」のロビーに入るとまず、ずいぶんと年季の入った焦げ茶色のソファセットが目に飛び込んできた。突き当たりの壁には大きな古時計がカチカチと振り子を揺らしている。どうやら客はいないようだ。それにしてもこの胸騒ぎ何だろう? まるでこのホテルはずっと前から僕のことを待ち続けていたかのような、不思議な愛着を覚えるのだ。
 フロントの呼び鈴を押すと、奥から張りのある返事が響いた。まもなくして黒の蝶ネクタイを締めた初老の男性が出てきた。白髪の目立つ髪はきれいにセットされ、手入れの行き届いた鼻髭が表情を引き締めている。そのいでたちには、たとえば京都銀行の高木次長からは全く感じられなかった品の良さが漂っている。右胸には「六条ホテル 副支配人 千明」というバッヂが付いている。僕には「千明」の読み方が分からなかった。
「ようこそ、六条ホテルへ」と千明氏は、熟達の域に達しているともいえる麗しい発声でそう言った。僕は依然として胸騒ぎを感じながら、しばらくの間連泊ができるかどうかを尋ねた。すると千明氏は唇の右端を若干つりあげて「もちろん、可能でございます」と答えた。1泊の宿泊料金は素泊まりで6000円、朝食はプラス800円だが、連泊となると500円で提供できます、と彼は的確に説明した。「できれば前金としていくらかお収めいただけると幸いなのですが」と続けたので、僕は財布の中から1万円札を5枚抜き取ってシルバーのトレイの上に置いた。「いえいえ、こんなにも」と千明氏は恐縮したが、少なくとも1週間は滞在するだろうからと言うと、彼は遠慮がちに金を受け取った。
 部屋は典型的な古いビジネスタイプだった。リュックを床に置きベッドに腰を下ろしても、胸騒ぎは落ち着くどころかますます高まるばかりだった。

京都物語 78

「こっちは忙しくてあんたの対応なんかしてるヒマはないのよ。見ればわかるでしょ」とでもいわんばかりの冷淡な表情を間近に突きつけられた以上、この場で食い下がるのは得策ではないように思えた。何を聞いても彼らは答えてはくれないだろう。個人情報という分厚い鉄の壁に囲まれた今の世の中においては、誰かについて調べるということは金庫の鍵を開けるのと同じくらいに手間のかかることなのだ。
 大谷大学のキャンパスをそぞろに歩きながら、次に打つべき手を考えた。だが妙案は浮かばない。その代わりにひどい空腹を感じた。腕時計は3時になろうとしている。
 僕は大学を出て北大路通に戻り、最初に目に付いたうどん屋に入ってカツ丼とわかめうどんのセットを注文した。この店は授業が始まればおそらく多くの大学生で賑わうだろう。僕はここでうどんを頬張る明子の姿を想像した。京風ならではの薄味のだしを含んだうどんを噛みしめていると、心の焦りが少しは落ち着いた気がした。すると、まずはホテルを探すのが先決よという明子の声を聞いた気がした。彼女は今の苦境を十分に見越した上で300万円という資金を用意したのだ。長期戦になる。活動拠点を確保しておこう。
 大学北門の隣には地下鉄「北大路」駅がある。それを使えばあっという間に京都駅に着いてしまった。再び京都タワーの下に戻った僕はホテルを探して歩き始めた。烏丸通から1本東に入った東洞院通には多くのホテルが建ち並んでいる。佐織が言ったように、歩くといろいろなものがよく見える。東本願寺の近くまで上った時だった。不思議な胸騒ぎがした。明子の声をまた聞いたような気がした。見上げるとそこにはくすんだ茶色のホテルが、うだつの上がらない感じで建っている。薄っぺらい看板には「六条ホテル」と記してある。

京都物語 77

 警備員に教えてもらった通りに学内を進んでみる。ざっと見たところ、ずいぶんこぢんまりとしたキャンパスだ。樹木がふんだんに植えてあるが葉はすべて落ちていていかにも寒々しい。その枝々の隙間から赤煉瓦のレトロな建物もうかがえる。おそらくこの大学のシンボルだろう。ただ、学生の姿は見あたらない。学生はおろか、人の姿がない。
 事務局があるはずの棟に入る。だが建物の中に入っても人の気配は感じられない。入口に示してある棟内の配置図で事務局の場所を探し、その中の学務課を確認する。ひんやりとしたどこかカビくさい廊下を進んでいると、ようやく誰かの声が聞こえた。そこには市役所のようなオフィスがあり、職員があわただしく動いている。学務課のカウンターには大学入試の願書提出用のポストが設けてある。それを見てやっと、今大学は春休み中で、職員たちは入試の業務に追われているのだということに気づいた。
 僕は場違いな感覚を抱きながらも、思い切ってカウンターの小窓を開け、声をかけた。すると一番近くのデスクに座っていた30代とおぼしき女性職員が立ち上がり僕の方に寄ってきた。僕は、この大学の大学院で3年前に客員教授として教鞭を執っていた橘真琴先生は今どこにいらっしゃるのかと聞いてみた。すると女性職員は眠そうな瞳を少し大きくして「は?」と声を出した。それから僕の顔をしげしげと観察した後で「申し訳ございませんが、そういう質問は答えかねるのですが」と思ったよりもきれいな声で応えた。もちろん予想通りの反応だ。それで僕は「だったら、橘先生の所在はどうやって調べればいいでしょうか?」と聞き直した。すると女性職員は「ううん、それもやはりお答えしかねます」と言った。僕なんかには全く関心がないという気持ちがありありと伝わってきた。

京都物語 76

 二条城を見ると翳りのある佐織の横顔を思い出す。あの日彼女と渡月橋を渡り、そこから清涼寺まで歩いて燃えるような紅葉を見た後、市バスで東山に向かっていた。その途中で二条城が現れたのだ。佐織はここで降りたいと急に言い出した。
 僕たちは二条城の外堀をぐるりと1周してから城内を拝観した。そして外へ出て川沿いの道をあてもなく歩き始めた。あの時佐織は「堀川通っていう呼び名は、二条城のお堀の水からきてるんじゃないかしら」とつぶやいた。それから「私、歩くの好きよ。普段気づかないようないろんな発見があるから」と続け、何かに気づいてほしそうな表情を浮かべながら僕に寄り添ってきた。その後1年も経たないうちに僕たちはあっけなく別れてしまった。僕が美咲の魅力にすっかり取り憑かれてしまったからだ。あの時僕は、あろうことか罪悪感を感じなかった。ただ、佐織との別れを起点として、自分の人生が少しずつ世の中の「常識」というものから脱線し始めたのだといううす暗い実感だけはあった。
 そんな回想をしているうちに9系統のバスは二条城を離れ、北大路の交差点を右折した。大谷大学へは次に停車する「北大路バスターミナル」で降りるのが最寄りのようだ。僕はやおら立ち上がり、前へ進んだ。いよいよ橘真琴なる人物を探す旅が本格的に始まるのだ。
 大谷大学は浄土真宗の大学ということで、仏教寺院風の建物を思い浮かべていたが、実際は一般的な鉄筋コンクリートの建築だった。門をくぐった時、守衛室から警備員が出てきて用件を聞いてきた。この大学の集中講義について知りたいのだがと聞き返すと、警備員は厳格な顔つきのまま事務局の場所を教えてくれた。それにしても、不思議な世界に迷い込んだようなこの感覚は何だろう? 学生の姿がまるで見当たらないのだ。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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とびっきり寂しい旅に・・・

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