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京都物語 100

 六条ホテルに滞在したこの1週間で、他の客の姿を見たのはたったの3人だけだった。中年男性が1人と、夫婦とおぼしきやはり中年の男女が1組。3人とも共通して言えるのは何かを抱えているように見えたということだ。もしかすると中年の男女は夫婦ではなかったかもしれない。今思えば夫婦以上のつながりを共有していたような気もする。
 僕は千明氏からノートパソコンを借り、さっそくレイナの名刺に書かれたURLにアクセスした。するとそこにはアイボリーを基調とした可愛らしい意匠のテンプレートが立ち上がり『ひとりとりっぷ』というブログのタイトルが踊った。さっそく昨日の記事を見てみる。彼女は藤原京の跡地を訪れている。そこには「悲劇の都」という題名が記され、その下には写真が3枚並んでいる。どの写真も曇天に鈍く照らし出された枯野が映っている。1枚目は朱雀大路の跡、2枚目は内裏の跡、そして3枚目は石の上に座って煙草を吹かす少年の姿が捉えられている。おそらくこの少年は未成年だろう。遺跡の奥の方を向いていて顔が確認できないが、か細い二の腕とさみしそうな首筋が彼の未成熟さを物語っている。いかにもレイナらしい写真だ。写真には文章が添えられている。
「1度はここに来てみたいと思ってた。大学の時の友達が『トイレ考古学』のゼミに入っていて、彼は寄生虫の卵のサンプルを夢中になってかき集めてた。和紙に書かれた古文書なんてせいぜい数百年しか持たないが寄生虫の卵は二千年以上も残るらしく、そこから当時の人々がどんなものを食べていたのかがわかるんだと言って、目を真ん中に寄せて興奮してた。彼は藤原京の研究をしてて、なぜ日本で最初の本格的な都が滅びてしまったのかということについて論文を書いてた。彼によるとトイレの位置に問題があったというのだ」
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京都物語 99

「つまり、僕たちは会う必要があるということなんだね?」と僕は久々に言葉を発した。
「残念だけどね」とレイナは言った。
「で、どうすればいいんだろう?」
「行くわよ。あなた今、京都にいるんでしょ?」
「いや、でもわざわざ僕のために君の仕事に迷惑をかけることはない」と僕は言った。
「つまり会わなくてもいいってこと、それとも会いたいけど素直になれないだけ? あたしそういうわかりにくい言い方されると、イラッとするの」
 僕は二の句が継げなかった。
「会いたいのか、会いたくないのか、どっちなの?」
 あまりの強引さに口ごもってしまう。だがこんな問答に時間と労力を費やすのは決して賢明ではないと考え直し「会いたいよ」と思い切って口にした。するとレイナは「おっし。よろしい。じゃあ行くわよ、京都に」と言ってきた。「えっとね、奈良といっても今いるのは橿原だから、ちょっと時間がかかるわね。うまくいけば昼過ぎにはそっちに着くかな。京都駅の近くまで行ったら電話するから、その辺にいてくれる? あたし待たされるのあんまり好きじゃないの」
「分かったよ。駅に近いホテルにいるからすぐに駆けつけるよ」と僕が応じると彼女は「オッケー」と言い、「じゃ、また後でね」と締めくくって電話を切った。
 大きな歯車がゴトリと音を立てて1つ進んだような気がした。いくぶんが気が晴れた僕は、レイナを待つ間にブログをチェックしようと思い1階に降りた。ロビーには相変わらず客はおらず、千明氏がモンステラに水を差していた。 

京都物語 98

「そのことについては素直に謝るよ。ごめん、君の言うとおりだ。ブログはまだ見てない」
「ヤマシタ君って素っ気ないように見えて、実はとーっても優しい人なんだろうって密かに思ってたのよ。そういう人、いるじゃない? だからすっごく裏切られた感じ」
 僕はノーガードでパンチを食らうボクサーのように、言われっぱなしだった。
「まあ、いいわよ。あなたは今、女の人のことで頭がいっぱいなんだって分かってるし。新幹線の中で言ったでしょ。あたし、第6感が鋭いのよ」
 レイナの声を聞いていると、彼女はオートバイの事故で左目の視力と左耳の聴力をほとんど失ってしまったことを思い出した。こめかみには大きな傷跡が斜めに横切っていて、それから、これは事故とは関係ないが彼女の胸はとても小さい。
「あたし、あなたが電話してくることを予知してたのよ。だからめったに出ない電話にも出た。どうしても出なければならない運命だったのよ」とレイナは言い、受話器の向こうで何度か咳をした。「で、用件は何?」
 突然の質問に、すぐには言葉が出てこない。なぜ僕は彼女に電話したのだろう? 声が聞きたくなったから? それとも、たまたま彼女の名刺がリュックから出てきたから? はたまた、彼女が今どこで何をしているか気になったから? 
 そうやって考えを辿るうちに、レイナは鼻で笑った息を受話器に当ててこう言った。
「こないだ新幹線の中であたしが言ったこと覚えてる? たぶん覚えてないだろうね」
 彼女の言うとおりだ。たくさん話をした記憶はあるが、具体的な言葉は思い出せない。
「必要ならばあたしたちはまた会えるって言ったのよ」

京都物語 97

「あ、ヤマシタ君だ。久しぶり。やっぱ電話してきたんだ」とレイナはいきなり声を弾ませた。1週間ぶりに話すとは思えぬほどの人なつっこさに、一瞬にして目を醒まされたような気がした。それと同時に、彼女のふっくらとした、それでいてすらりと長い指の感触を思い出した。そういえば僕たちは別れ際に握手をして健闘を誓い合ったのだ。
「正直君が電話に出てくれるとは思わなかったよ」と僕は率直なところを述べた。
「何度か電話した?」と彼女は元々大人っぽい声を少しだけ高くした。
「いや、これが最初の電話だよ」と僕が答えると「へ~、それってすごいかも」と感慨深げにつぶやいた。「あたし、めったに電話に出ないのよ」
 それから僕たちは互いに言葉を詰まらせた。
「ところで君は今、どこにいるの?」と僕は本題に入った。するとレイナは間髪入れずに「奈良」と答えてきた。
「何してんの、奈良で?」と僕が聞くと、「取材に決まってるじゃないのよ。他にすることがあるわけないじゃないの」と今度は怒ったように言った。それから「ブログ、もちろん見てくれたよね?」と口調を元に戻してそうつなげた。ブログといわれても、いったい何のことやら分からなかった。この1週間は明子と橘真琴氏のことで頭がいっぱいだったのだ。
「あ~、さては見てくれてないんだな。それってけっこうショックかも」とレイナはすねるように言った。「せっかくヤマシタ君の記事書いたのに。どうりで何のレスもないと思ったわよ。ずっと待ってたんだからね。かわいそうなあたし」

京都物語 96

 僕は部屋に戻り、「橘真琴様」と書かれた封筒に力のない視線を送った。そのうち、この封筒には僕の過去が透けて見えるような気がしてきた。楽しいと思えることもあったが、それよりも苦しいことの方がはるかに多く詰まった過去だ。どうしようもなくさみしかった。薄暗いアパートの部屋で声を上げて泣いたこともあった。
 僕は自分に嘘をつかずに生きてきたつもりだ。しかしそういう生き方をしようとすればするほど、世間の常識というものから乖離していくのを感じた。そうしてますます孤独の井戸の中に閉じこもってしまうことになった。それはいったいなぜなのだろうかと思う。僕は自分に正直に生きてきたのだ。他人の目も気にしてきた。人生に対して誠実に向き合おうと常に努めてきたはずだ。だがなぜ僕はこうも世の中から離れてしまうのだろう?
 カーテンから漏れる光が少し強くなってきたようだ。そろそろ今日の行動を起こそうと思う。だが、何をどう調べればよいのか、手詰まり状態になってもいる。僕は眠気さえ感じながら明子からの封筒をリュックのサイドポケットに戻した。するとポケットの奥で何かが触った。中を覗いてみると、クシャクシャになった紙切れが押し込まれている。広げてみるとそれはレイナの名刺だった。ふと彼女の真っ赤なスーツケースが思い浮かぶ。そういえば彼女は今頃何をしているだろうか。新大阪駅で別れた後、どこに行ったのだろう? 名刺の真ん中には紫の文字で「reina」と書かれ、下にホームページのURLと携帯電話の番号が記されている。
 まったく不思議な縁だなと心の中で苦笑を浮かべながら、僕はそこにある番号を確かめながら押した。すると、うんざりするほど長い呼出音の後でようやく彼女は電話に出た。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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