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京都物語 120

 図書館の内部は本の香りで満たされていた。レイナは「図書館って、やっぱ落ち着くよね」と言い、スーツケースを置いてカウンターの横のパソコンを操作し始めた。彼女は軽快にキーボードを叩いて「浅茅しのぶ」と入力し、「検索」をクリックした。すると3件の著書が五十音順に表示された。
1 浅茅しのぶ短編小説集
2 チャイコフスキーの恋人
3 藤壺物語
 レイナは顔を画面に近づけてそれらのタイトルと対峙し「文学賞を受賞したのはどれだろう」とパソコンに問いかけるようにつぶやき、「いずれにしてもこの3冊は借りて帰ろう」と言った。その後でふっと振り向いて僕の顔を見つつ「ヤマシタ君は何か借りたい本ある?」と聞いてきた。すぐには思いつかなかった僕は、まずはその3冊を読むことから始めようと答えた。レイナは小さく肯いてからすっと立ち上がり、ソバージュの髪を後ろにかき上げながら図書館の中を進み始めた。目的の書物は2階の文学コーナーの奥の倉庫のような書架の深部に身を寄せ合うように並んでいた。
「まるで私たちに見つけ出されるのをここでじっと待ってたみたいね」とレイナは慈しみ深く言いながらそれらの本をそっと手に取った。
 帰りのバスの中でレイナは「ヤマシタ君と同じホテルに泊まることできるかな?」と話しかけてきた。僕は少しだけ考えた後で「できるよ。間違いなく」と答えた。「ちょっと変わったホテルだけど大丈夫?」と聞くと、レイナは微笑みながら右目でウインクした。
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京都物語 119

「ねえねえ」とレイナは急に歩みを緩めて言った。「図書館に行ってみない?」
「図書館?」
「うん。いろいろ調べてみようと思って」
 そう言った後、レイナは再び元の速度で歩き始めた。それと連動して真っ赤なスーツケースのキャスターが転がる音がコンクリートの路上に響いた。
「あたしの大学の図書館なら、たしか5時まで開いてるはず」とレイナは言った。腕時計に目を落とすと、あと少しで3時半になろうとしている。明日ゆっくり調べた方がいいのではないかと思いはしたものの、レイナにそれを伝えたところで納得はしないだろう。彼女の第6感が何かを察知したのかもしれない。それとも彼女の乙女心かもしれない。
 早速僕たちは京都駅のバスターミナルから206系統の市バスに乗り、東山七条のバス停で下車した。京都に通学していたレイナの動きには無駄がなく、しかも交通量の比較的少ない時間帯だったので駅から10分とかからなかった。バス停を降りると目の前には京都国立博物館の重厚な建物が飛び込んできた。「京都御所の宝物」という特別展覧会の大きな看板が立てられ、入り口付近には多くの観覧者の背中が傾いた太陽に照らされていた。レイナは博物館とは反対の方を向いて「あそこが三十三間堂よ」と右手を差し出した。塀に遮られて本堂は見えなかったが、彼女はなつかしそうな顔でそちらを眺めていた。
 レイナの通っていた大学は東山七条のバス停から歩いてすぐの緑の中に整然と立ち並んでいた。彼女はすんなりと正門をくぐり、そのまま迷いなく図書館に入って行った。京都の歴史が染みこんだような、味わいのある建物だった。

京都物語 118

「君の乙女心がどういうものか、僕なりに時間をかけて想像してみようとは思うよ。おそらくふつうの女の子とはちょっと違う乙女心が君にはあるんだろう」と僕は言った。「でも、僕と明子のプライバシーに関する話はやめとこう。お互いに何の得にもならないから」
 僕がそう言うとレイナは「その言い方自体が乙女心を傷つけるってことに、まず気づいてほしい」と口をとがらせて、ソバージュの髪に手をやった。
「じゃあ、僕は君の質問に対してどう答えればいいんだろう。正解を教えてほしい」と彼女に求めた。するとレイナは「明子とは寝てないよ。抱きたいと思うことは何度もあったけど、彼女はそういう対象で僕を見てなかったんだ」と僕の声を真似て言った。
「なるほど」と思わず声が出た。要するに彼女を安心させてあげればいいわけだ。
「ねえ、出ましょう」とレイナは切り出し、豆茶を最後まで飲み干した。カレーうどんは食べないのかと聞くと、彼女は黙って首を横に振り「ヤマシタ君だってほとんど手を付けてないじゃん」と僕のごぼううどんを見た。たしかにその通りだった。
 太陽はとっくに南中を越え、空気は夕刻に向かって冷たさを鋭くしている。京都銀行前の十字路を京都駅方面に向かって曲がった時、レイナが口を開いた。
「あたし、もう一度美琴ちゃんに電話して頼んでみるね。でも、それまでに満を持しとかなきゃいけないと思うのよ」
「同感だね」と僕は彼女の右耳に向かってそう言った。
「そこまでやったんならお母さんに会ってもらおうって美琴ちゃんが思ってくれるように、きちんと準備をするべきだと思うの。つまりあたしたちはまだ時期尚早なのよ」

京都物語 117

「寝たっていうのは?」と僕は思わず聞き返した。するとレイナは眉間に小さなヒビのようなしわを寄せて「他に何があるっていうのよ。セックスしたかどうかに決まってるじゃないのよ。レディにそんなこと言わせないでよね」と突っかかってきた。
 僕は「何と答えればいいのか・・・」とたじろいだ。
「ちゃんと答えられるでしょうが。イエスかノーか、二者択一なんだから」
「いや、そういうことじゃなくて、その質問に答えなきゃいけないかどうかっていうことだよ」と応戦すると、レイナは風船の空気が抜けていくかのようにたちまち無表情になり「そういう言い方をするってことは、寝たのね」と伏し目がちに言った。僕は何も答えなかった。
「つまり明子さんはミステリアスな部分をもちながらも、やっぱり普通のオンナなんだ」とレイナは恋愛評論家のような言い方をした。「で、どうだった?」
「何が?」と聞き返すと、彼女は右手の甲の上にあごを載せて「すばらしいセックスだったかどうかってことよ。すぐにいっちゃうくらいの」と今度はさながら女医のように言った。
「君は一体何を聞きたいんだろう?」と僕がため息混じりに漏らすと、彼女は近視の人が遠くを凝視するように目を細めて「ねえねえ、あたしだってこんなこと聞くの、恥ずかしいのよ」とかすれ気味の声で言った。「ヤマシタ君に想像してほしいのは、なんであたしがこんな恥ずかしいことを聞かなきゃならないのかっていうことなのよ」
 そう言われても僕には彼女がうまくつかめない。僕たちはまだ出会って間もないのだ。すると彼女は「つまりはあたしの乙女心よ」と自分で答えを言った。まるで僕の心の声が本当に聞こえているかのような言いぶりだった。

京都物語 116

「それでだ」とレイナは突然女子学生のような甲高い声を上げた。「新幹線の中で、あたしのパソコンに入れといた鎌倉の写真に見入ってたのは」
 僕は何も言わずにうなずいた。レイナの言う通り、彼女の撮影した鎌倉の写真を見ながら僕は明子と2人で眺めた鎌倉の海を思い浮かべていたのだ。
「たしかに鎌倉って、何とも言えない場所だよね」と彼女はしみじみ言い、新たに注ぎ足された豆茶を口に含んだ。「あそこへ行くといつも感傷が癒される気がする」
「感傷」という言葉がレイナの口から発せられたとき、鎌倉の海の香りが鼻先にまとわりついた。かすかな胸の痛みを感じつつ、僕は話の続きを語ることにした。
 鎌倉に入ってから明子は精神的な起伏を繰り返した。亡くなった夫に対して罪悪感を感じていたのだ。彼女の苦しみは僕を愛してくれているからこそだと内心そう捉えていた。だが彼女にとっての人生は過去に生きることだった。翌朝彼女はホテルを飛び出した。僕はすぐに彼女が鶴岡八幡宮にいることを直感した。そこは明子たちが結婚式を挙げた場所でもあったのだ。案の定、彼女は八幡宮の本殿に向けて祈りを捧げるかのように立ちすくんでいた。走り去ろうとする明子の肩に手をやったまま、僕はすべての想いを彼女に吐き出した。そうして最後に叫ぶように訴えた。過去ではなく未来を見てほしいと。明子の心が落ち着きを取り戻した後、僕たちは長谷寺へ行った。その寺は夫の好きだった場所だった。僕たちはかつて2人が寄り添い合った見晴台の上に立ち、由比ヶ浜の海を見ながら物思いに耽った。そうしているうちに魂がつながり合う実感を共有したはずだった。
「ねえねえ」とレイナは身を乗り出しながら小声でささやきかけてきた。「あなたたち、寝たの?」
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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