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京都物語 130

 レイナは背中を向けたまま、お尻を少し突き出すような格好で横になっていた。最初僕は彼女に触れないように細心の注意を払っていたが、六条ホテルの狭いベッドは身体のあちこちに力を入れなければ落ちてしまいそうだった。それで体勢を保つために彼女の肩に手を当て、脚を軽く絡めた。とにかく下腹部が彼女のお尻に密着しないように腰だけは引いていた。たった今セーターとジーンズを脱ぎ捨てたレイナは、その下に着ていた長袖のシャツとロングタイツ姿で寝ている。
 レイナの肩を抱いて間もなくして、彼女は幸せそうな寝息を立て始めた。ボリュームのあるソバージュの髪からはヘアリンスの香りがほんのりと立ち上がっている。まだ完全に乾いていないということは、彼女はずっと浅茅しのぶの本を読んでいて、その後でシャワーを浴びたのだろう。僕はレイナの髪にそっと指を通した。
 それにしてもベッドの中は心地よいぬくもりに包まれている。女の子と寝るときに共通するぬくもりだ。ふと僕は結花を思い出す。彼女と過ごした青く輝く日々。若くてしかも気配りのできる彼女とこうして一緒に寝たことが、遙か過去のことのように思われる。そんなすばらしい女の子を僕は傷つけてしまった。結花はフェイスブック上で中学の同級生と再会したという。今頃彼女はその人と上手くやっているだろうかと思う。いくら新しい幸せを手に入れたとしても僕と過ごした日々の想い出だけは心のどこかに刻み込んでおいてほしい。そんなことを想いつつ僕はレイナの頭を撫で続けた。「しかたないんだ、予め敷かれた運命にはどうしても逆らえないんだよ」とつぶやいているとそのうち眠りについていた。
 明くる朝目覚めた時、レイナは椅子に座ってビールを飲みながらニュースを見ていた。
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京都物語 129

 僕はなすすべなくベッドの横に立ちすくんだ。カーテンの隙間から真夜中の京都の明かりが幻のように浮かび上がっているだけで、部屋の隅々までが暗闇に包まれていた。そうしているうちにレイナが「ねえ」と声を上げた。暗闇に慣れてきた僕の目は彼女の黒い頭がこちらに向いたのをうっすらと確認した。「何してんの?」
「何してんのって、僕はいったいどうすればいいんだ?」
「寝ようよ、一緒に」とレイナは何の問題もなくそう言った。事故で左目の視力をほとんど失ったはずの彼女だが、僕よりも暗闇の中で物がよく見えているようだった。
「いや、そりゃまずいよ」と僕は言った。するとレイナは「何が?」と言ってきた。
「何がって、いちいち説明しなくても、まずいものはまずい」
「そっか、ヤマシタ君は言葉で説明するの苦手だもんね」とレイナは穏やかに言った。「でも、よく考えてみて。あたしたちが一緒に寝ちゃいけないっていう理由なんてないよ」
「いや、やっぱりまずい」と僕は繰り返した。そうとしか言いようがなかった。
 レイナは鼻先でフフフと笑った。
「今はまずいかもしれないけど、何日かすれば何の抵抗もなくなるわよ。だってあたしたちはそういう運命なんだから、逆らいようがないよ」
 僕は何をどう言えばいいのか分からなかった。レイナの言い分にはなぜか説得力があるように思えた。
「一緒に寝よう。でもさすがに今日はルールを決めとこうね。ヤマシタ君は布団の中で添い寝してくれればいい。おしりとかおっぱいとか、まさかあそことかは触っちゃダメよ」
 かくして僕たちは同じベッドで眠ることになった。

京都物語 128

「今からそっちへ行っていい?」とレイナはだしぬけに言ってきた。思わず僕の口からは「え?」という声が漏れた。
「何? だめなの?」とレイナは訝しげに言ってきた。
「だめとかじゃなくて、明日の朝でもいいんじゃないか? だってもうこんな時間だ」
 僕がそう言うと受話器の向こうは急に静まりかえった。モスクワの冬のようだった。
「おい」と僕は呼びかけざるを得なかった。すると小さな咳払いの音が聞こえて、その後で「あたし、ずっと引っかかってることがあんの」と言ってきた。
「何が?」と僕はできるだけ彼女を刺激せぬように柔らかめに言った。
「あたし一体、何やってるんだろうって」とレイナは吐き捨てるように言った。「1週間前にたまたま出会った人のために、なんでこんなに一生懸命にならなきゃいけないのよ」
 君は昼にカレーうどんを食べながら僕たちは運命で結ばれてるって言ってたじゃないかという言葉が喉元まで出てきたが、寸前で止めた。代わりに「君には感謝してるよ」というセリフを口にした。それはもちろん本心でもあった。
「そう言う割には冷たくない? あたしの頼みを聞いてくれないじゃない」
 レイナが僕の部屋に入ってきたとき、タイトジーンズに薄手の黒いセーターという昼間と全く同じ格好をしていた。かたや僕はスエットの上下に着替えていた。彼女はいきなり「電気を消して」と要求してきた。「全部消すのよ」
 彼女は完全な暗闇の中で服を脱いでいるようだった。それからためらうことなくベッドに入り「寝ましょう、もうこんな時間だから」と僕に誘いかけてきた。

京都物語 127

 あまりに熟睡していたがために最初それが電話のベルだとは気づかなかった。たとえば遠くで火の気でも上がって僕の知らない人たちが大騒ぎしているのだろうと夢の中でたかをくくっていたほどだ。だがよく聞いてみるとそのベルは何やらメッセージ性を帯びている。しかも1回ずつ近づいてきているようでもある。はっと目を覚ました僕は、条件反射的に受話器を取る。頭の中では浅茅しのぶとチャイコフスキーが性交を繰り広げている。
「なにしてんの?」と受話器の向こうで声がする。僕はもつれてしまった頭の回路が自動的に修復されるのを待つ。「なんでもっと早く電話取れないのよ」
 その言葉を聞いて正常な重力を取り戻した。
「今何時?」とつぶやきながら僕はベッドに組み込まれたデジタル時計に目を遣る。そこには2:37という青白い数字が浮かび上がっている。
「ひょっとして寝てたの?」とレイナは言う。僕の顔をのぞき込んでくるような彼女の亜麻色の瞳がすぐそこにあるようだ。
「さすがに寝るだろ、この時間なんだから」と僕は反論する。
「本読んだ?」とレイナは僕に頓着するふうもなくそう聞いてきた。僕は「読んだよ、いちおう」と答えた。
「で、なにか手がかりはあった?」
「ううん、手がかりっていうほどのことでもないが、浅茅しのぶという作家の1つの傾向みたいなのは見えたような気がする。君の方は?」
 僕がそう聞くと、レイナは「あったよ。やっぱ図書館に行っといて正解だった」と言い、鼻をすすった。

京都物語 126

 その後「私」はサンクトペテルブルグのプルコヴォ空港からシベリア航空を使ってモスクワへと旅立つ。飛行機に乗っている間、彼女はヘッドフォンステレオで交響曲第6番『悲愴』に聞き浸り、涙する。
「交響曲が始まると、彼は目を覚ます。苦悩を噛みしめている彼の声を聴けば、彼を可愛らしいとさえ思うようになり、その分だけ恋は深くなる。恋とはそういうものだ」
 厳寒のモスクワに降り立ってからは、音楽家として活躍するチャイコフスキーの生き様にスポットが当てられるようになる。僕はストーリーを読み進めながらある違和感を感じる。この小説はノンフィクションの色が濃く、作者自身も登場するわけだが、最後の場面では彼女はチャイコフスキーと性交を成就する。現実と幻想が不思議に絡み合っているのだ。
「モスクワの街を歩き、彼の訪れた場所を実際にこの目で確かめていると、私はこの旅の本当の目的を知る。私には傷ついた彼の心を癒すことができるのだ。彼の苦しみを少しでも和らげてあげたい。そう思って私は、はるばるこの共産国に足を踏み入れたのだ。ホテルの部屋に戻ってシャワーを浴び、明かりを落とすと、そこには疲れ果てた彼がソファにもたれかかっていて、寂しげに私を見つめている・・・」
 その後に続く描写を読んだ時、浅茅しのぶは一種の精神異常を来しているようにさえ感じられ、気味が悪くなってきた。小説は2人の濃密な性交の場面で幕を下ろす。彼女はそれを「運命」と呼ぶ。
 僕は本を閉じ、ベッドから起きあがって、冷蔵庫のビールを飲んだ。いくぶんか頭が軽くなってから再びベッドに横たわった。しかし小説の異様な世界は頭から離れなかった。
 内線電話のベルが鳴ったのは、深い眠りに入ってからだった。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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