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京都物語 220

 真琴氏はテーブルから少し離れて座っているために、その表情はテーブルには映っていない。したがって、レイナと橘美琴、2人の顔がテーブルの上にある。2人は共通して思い詰めたような表情をしているが、頭に浮かべているのは全く別のことなのだろう。
 そうやって2人の顔を観察していると、真琴氏が口を開いた。
「でも、現実はそう甘くはなかった」
 その声は曼陀羅模様のペルシャ絨毯に吸い込まれていった。
「美琴には言わなかったことだけど、貴博さんについては、私もずいぶんと悩まされた。あの方の全ての言動が私への当てつけだった」
 レイナはゆっくりと真琴氏の方を向いた。
「初めは順調だった。気さくに話しかけてきてくれもした。でも、それが一緒に住むようになって1ヶ月ほど経った頃、なぜだか態度が180度変わってしまった。まず口をきかなくなった。そればかりか、目も合わせなくなった。その代わりに、頻繁にため息をついた。私に聞こえるような、わざとらしいため息ね。それが胸にぐさりと刺さったの。なにせ、子育ての経験もないのに、いきなり思春期の息子と同居しろというわけだから、どうやって接してよいのやら、全く分からなかった。かといって、お父様に相談することもできない。何と言うか、私には意地があったの。自分の手でどうにかして、まっとうな親子関係を築くのだと、毎晩言い聞かせていた」
 レイナはテーブルに肘をつき、握りこぶしを口元にあてがった。橘美琴は再び天井を見上げ、音を立てずに息を吐き出した。
「貴博さんは、それは才能に恵まれた方だった。成人してからの活躍を見ても歴然としている。『天は二物を与えず』というけど、彼には二物も三物も四物も与えられていた。だからこそ、私だけに向けられる彼の当てつけが、どうしても理解できなかった」
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京都物語 219

 いつしか真琴氏もレイナと同じ目になっている。そうして目の前のスクリーンをぼんやりと眺めている。だが、レイナの場合とは違って、真琴氏がどんな映像を捉えているのか、僕には全くと言っていいほど見当がつかなかった。
 窓の外の雪はやはり涙のように落ち続けている。オープンデッキの上に積もった雪は何度も上塗りされ、表面はこんもりと滑らかになってきている。
 その様を見ている時、真琴氏が話し始めた。橘美琴に向けてだった。「それまで私は、お父様のことをずっと思っていた。もちろん、愛していた。そしてその根底には、お父様に対する尊敬があった。異性に対する尊敬は、さっきレイナさんも言っていたとおり、好きだという思いに直結するもの」
 真琴氏はそこまで言ったところで中国茶を口に入れた。部屋の隅ではラベンダーのアロマミストが蒸散している。
「でも、執筆にエネルギーを注ぐようになると、ふとした時に、不安に駆られることもあった。私は周りが見えなくなってはいないかと。だから、時間を作っては、おうちの掃除や庭の手入れをしたり、本を見ながら手の込んだ料理を作ったりもした。それから貴博さんにも、母親らしいことをしなければならないと思って、あれこれ思案した」
 つい今まで天井を見ていた橘美琴はテーブルの中央付近に視線を落としている。その表情が黒い唐木のテーブルに映し出されている。
「貴博さんは思春期に母親を亡くしているわけだから、私にそう簡単に心を開かないだろうと思ってはいた。とはいえ、私はまだ若かった。あまり年の離れていない息子に対して、できることがあれば何でもしようと気負っていた」

京都物語 218

 僕はレイナの顔を横から見た。彼女は茫然としている。顔のすぐ前にあるスクリーンの映像を眺めているかのように。そこには海が映っている。荒涼たる冬の砂浜だ。灰色の波が打ち寄せては、しぶきを上げている。浜辺を歩く人は誰もいない。波が音を立て、カモメの鳴き声が耳を突っつく。
 レイナはその風景を見るともなく眺めている。そうしてその横顔は、僕の心を何となく不安にさせる。彼女の心が僕に木霊したのだ。
「今思えば、『月と京都タワー』という小説は、主人が私に与えてくれた命の火種だった。美琴から聞いてると思うけど、主人は亡くなってしまった。長いこと病気を患っていらした。だから私も、主人の命を輝かせることのできる、限られた人間なの」と真琴氏は言った。レイナは目をほんの少しだけ伏せた。
「でも、私は、過去に人生を諦めた人間。主人の命どころか自分自身の命すら輝かせることができずに、こんなところで毎日引きこもっている。それでも、なんとか人々に貢献しなければと思って、時々大学に出て、学生たちにお話をさせていただいくこともある。それが私の精一杯。だから、レイナさんに対して偉そうなことが言えるような立場ではない」
 母の言葉に橘美琴は顔を上げ、天井の方に目を遣った。
「主人が点火してくれた火種は、たちまち激しく燃えさかりだした。でも、文章を書けば書くほどに、恐ろしくなってきた。『チャイコフスキーの恋人』の頃になると、それは言霊によるものだということを、はっきりと感じるようになっていた。それでも私は筆を止めることができなかった。『藤壺物語』の執筆中は、完全に私を忘れてしまっていた」

京都物語 217

「当たり前のことをうかがうようだけど」と真琴氏はレイナの視線をはね返すかのような、どこか冷淡さ漂う瞳でそう言った。「あなたはその恋人を愛してらしたの?」
 レイナはすぐに「はい、愛していました」と答えた。
「真剣に?」
「そのつもりですけど」
 真琴氏は、明子からの手紙を読んでいる時に見せたろう人形のような表情をレイナに向けた。
「その恋人は、自身の命を託すかのように、あなたに左目と右目の傷害を残した。それを機にあなたの人生が変わったというのは、どうやらほんとうのこと。だから、あなたは、彼からもらった第6感を使って、いろんな人に貢献する。それがあなたにとっての最も自然な生き方ね」
 真琴氏には迷いがなかった。文字に書かれた言葉を正確に朗読しているかのようだった。対するレイナはメドゥーサに睨まれて石化してしまった人間のようにたちまち動けなくなった。
「あなたは今、ブログを書いていらっしゃるのね?」と真琴氏は質問を変えた。レイナは、したのかどうか分からないくらいに小さく首を縦に振った。
 すると真琴氏は「命って不思議なもの」とこぼした。「生きている人間でさえ、命のないような人がいる。それとは反対に、死んでいるのに、命を輝かせる人だっている」
 レイナはその亜麻色の瞳だけ動かして真琴氏を見た。
「たとえば、紫式部なんて、まさにそう。彼女の命は千年経った今なお輝いている。そう考えると、あなたは亡くなった恋人の命を輝かせることのできる、この世でたった1人の人」と真琴氏はさりげなく言った。「今は、あなたのブログで多くの人々に喜んでもらえるように、力を注ぎなさい。そこにはきっと真実があるから」

京都物語 216

 それから2人はぱたりと口を閉ざした。僕の目には、言葉以外の手段を使って交信しているかのように見えた。緊張した面持ちで、何か大事な情報をやりとりしているようだった。
 そんな2人を同時に視界に入れていると、目の奥がくらくらしてきた。真琴氏とつながっているような奇妙な感覚を覚えたのだ。僕は高校生の時、家出をして、初めて京都に来た。京都駅を出てすぐに、夜空に寂しく伸びる京都タワーを見上げた。これが千年の都なのかと、期待を裏切られた思いがして故郷が恋しくなったのを今でもはっきりと覚えている。その記憶が真琴氏が描いた『月と京都タワー』の場面とぴたりと重なるのだ。僕にはそれが偶然のようには思えなかった。あの家出は、むしろここで真琴氏とつながるために起こった出来事ではないかとさえ思われた。
「レイナさんにはかなわないところがあるわね」
 真琴氏は固く結んでいた唇を、ほんのわずかばかりほころばせてそう言った。
「さっきも話しましたが、私はタイで恋人の運転するバイクに乗って、事故を起こし、左の耳と目に障害を残してしまいました。その恋人は、私の命と引き替えるかのように死んでいきました。あの件以来、第6感が冴えてきたように思います。きっと、視覚や聴覚に頼らずに物事を捉えるようになったのでしょう。世の中のいろいろなつながりを感じ取ることが出来るようになったのも、それからです」とレイナはまっすぐに真琴氏を見据えてそう言った。「それにしても、これまでの私の人生は、どうやら真琴先生とつながっていたようです。今、私ははっきり自覚しました。この旅は、ヤマシタ君に協力することがそもそもの発端でしたが、じつは私の過去を整理するという意味があったのですね」
作者

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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