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京都物語 320

 明子に語りかけた直後に、延暦寺まであと2.5㎞という標示が目に飛び込んできた。道路脇には雪が残っている。さっき鴨川を渡る際に見えた雪だ。比叡山の山頂付近に、粉砂糖のようにふりかかっていた。
 この雪を見ると、昨日の橘家での記憶が甦る。大きく取られた窓の外に、雪は1日中降り続いていた。明子もどこかで眺めているのではないかという予感が胸を騒がせた。
「君も、さみしかったんだな」
 明子に向けてそうつぶやきかけた。だが、返答はない。助手席にはもう彼女の気配は感じられない。光源氏の詠んだ和歌も、須磨の情景も、あたかも幻のごとく、僕の周りからすっかり消え去ってしまっていた。レンタカーは、ただくぐもったエンジン音を這わせながら、坂道を上っている。
 すると「女性たちは皆、この道を歩んでいったのよ」と真琴氏の声が聞こえた。
「藤壺だけではない。空蝉も、女三宮も、浮舟も、決して許されぬ恋に堕ち、その結果、心の行き場をなくしてしまった。苦しみ抜いた彼女たちは、ついに魂の居場所を現実世界の中に見つけ出すことができずに、最後は仏の道へと入っていった」
「真琴先生はどうなのですか? 仏の道に入られないのですか?」と僕はいつもの癖で、思ったことを率直に聞いた。
「私は、生活を捨てきることができなかった」と真琴氏はかすれた声で返した。「逆に明子さんは、それができた。あの方はさんざん苦しまれたあげく、現実社会に見切りをつけた。そうして『源氏物語』の女性たちと同じく、自らの魂を仏に差し出すという道を選ばれた」
「だとすれば」と僕は言った。「明子は、先生の肩代わりをしたということですか?」
 それについて真琴氏は何も答えなかった。
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京都物語 319

 僕は、時折木々の間から姿を見せる琵琶湖に目をやりながら須磨の海を思った。そこを訪れたことはないのに、どういうわけか懐かしい砂浜の情景が思い浮かんだ。海には月が映っている。浜辺には従者を引き連れた光源氏が潮風にたたずんでいる。 
 その瞬間、蝉の鳴き声がぴたりと止み、耳元で和歌がささやかれた。

見るほどぞ しばしなぐさむ めぐりあはん 月の都は 遙かなれども

 藤壺との禁忌の恋をはじめ、様々な過ちを犯してしまった光源氏は、謹慎の意味を込めて自ら須磨に退去していた。この和歌には、光源氏が月を見て都を恋しがっている情景が詠まれている。僕にはそのことが、不思議とすんなり理解できた。不思議なはずの現象は、もはや不思議ではなくなっている。
 すると、今度は胸の中に様々な情景が去来してきた。それは明子と過ごした日々の記憶だった。彼女は過去を大切にしながら生きてきた。そんな彼女と共有してきた想い出の数々が、たちまち僕の心を支配した。
 会いたい。そう思った。どうしても明子に会いたい。
 結花との幸せな日常を捨て、レイナとも別れ、こうして比叡山を上っている理由が、今はっきりしたように思えた。すべてはこの感情のせいだったのだ。
「ほんとうは、とてもさみしかったのよ」
 明子は助手席でそうつぶやいた。
「ずいぶんと悩んだの。でも、私には、この道しか残されていなかった」
「僕だって、さみしかったんだ」と僕は明子に向けて返した。「置き去りにされることほどつらいことはなかった。だからこそ、僕は君を見つけ出すために、すべてを捨ててここまでやってきたんだ」

京都物語 318

「それにしても、山道の緑はほんとうにキラキラしていて、窓を開けると蝉の鳴き声の中に小鳥のさえずりまで聞こえてきた。そのうち森の間からは琵琶湖の水面がちらほらと見え始めた。琵琶湖を見下ろすなんて初めてのことだったから、思わず声が上がっちゃった。お兄さんはそんな私を横目で見て、おかしそうに笑った」
 昨日、橘美琴が述懐した声が近くで聞こえた気がした。思わず助手席に目をやる。しかし、そこには誰もいない。いるはずがない。それでも高校生の橘美琴の声は、耳の奥に残っている。いや、それは彼女の声ではないようにも思う。聞き慣れたはずの声だ。そしてずいぶんと長い間、恋い焦がれていた声だ。
「延暦寺を開いた最澄は、琵琶湖畔の生源寺で産まれたとされるのよ。そこの古井戸は最澄の産湯だという言い伝えもあるの。最澄が自らの修行の地に比叡山を選んだのには諸説あるようだけど、私は生まれ故郷に近いという意味合いもあったように思うの。ほら、人ってやっぱり、どこかで故郷を恋しがるところがあるでしょ?」
 明子は木々の間に垣間見られる琵琶湖を遠く眺めながらそう説明した。普段はめったに話すことをしない彼女だが、ひとたび自らの世界に入ると、別人のように饒舌になる。僕はそんなところに好感を抱いたものだ。明子の声にうっとりしていると、今度は別の声が聞こえた。
「今宵は十五夜なりけり・・・」
 真琴氏の声だった。
「新しい物語の執筆を命じられた紫式部は、琵琶湖畔の石山寺に祈願した。その夜、琵琶湖には月が映っていた。その情景は、『源氏物語』の「須磨」の場面に反映される。都を離れることを余儀なくされた光源氏は、須磨の海に映る月を見て、都を恋しがる」
 車窓からは霧に煙る琵琶湖が見えた。

京都物語 317

 この界隈は貴博氏が学生時代を過ごした場所で、ここを通る時、彼は何度も、懐かしいなあ、日本はいいなあ、とつぶやいた。その時助手席に座っていた橘美琴の心には、それまで感じたことのなかったほどの強い感情がこみ上げてきた。一体何だろうと思っているうちに、町並みはみるみる遠ざかり、車は山道に入って行った・・・
 暗示的とも言える橘美琴の回想と並行するように、僕の運転する車も同じ山道に入った。今まで市街地を走っていたことが信じられぬくらいに、右も左も枯れた木々に囲まれ始めた。
 あれっ、と思う。どこかで似たような感覚を抱いた気がする。そうだ、昨日、真琴氏の家に行く際、橘美琴の運転するシトロエンで愛宕山に向かったときの風景に近い。たしかにあれは昨日の出来事とは思えない。1年という月日が経っていたのは本当ではないかと実感してしまう。愛宕山は京都の北西で、かたや今登ろうとしている比叡山は北東に位置する。京都を旅しながら、僕は時間を旅しているような感覚に陥る。
 つづら折りの坂を何度も越えていくうちに、木々はどんどん生い茂ってゆく。すっかり葉の落ちてしまった枝々たちは、まるで僕に手招きしているかのように見える。その時、不思議な幻聴を聞いた。蝉の鳴き声だった。思わずアクセルをゆるめ、道路脇に車を停める。まさか冬枯れの時期に蝉が鳴くはずはない。ただの耳鳴りに違いない。そう思って耳を凝らすと、間違いなく蝉の声だ。そういえば橘美琴も、蝉の声に包まれながら山頂を目指したと話していたのを思い出す。
 大丈夫だ。自らに向けてそう励ます。昨日の1日は、1年だったのだ。もはや何が起ころうとも不思議ではない。ここは真琴氏の作り上げた言霊の世界なのだ。
 震える手でハンドルを握りながら、僕は改めてアクセルを踏み直した。

京都物語 316

 京都駅八条口のレンタカー店で車の手配を待っている間に、橘美琴の話が思い出された。周辺にはレンタカーの看板がいくつか見えるが、ひょっとして彼女と貴博氏が比叡山に登った時に利用したのもこの店ではないかと本気で思った。すべての話はつながっているのだ。僕はまだ、浅茅しのぶ、つまり真琴氏の作り上げた物語の中を生きている。
 2人が比叡山に上がった日との違いは、空が薄曇りだということだ。京都での最後を締めくくる旅が快晴ではないということにも、何らかの意味があるのかもしれない。
 用意された車のシートに座り、エンジンをかける。車が動き出すにつれて、橘美琴の話がさらに鮮明に再生される。あの日貴博氏は八条口を出た後、新幹線の高架をくぐって、河原町の方に抜けていった。僕も同じ道を進んでいる。
 思うに、真琴氏は明子に何かを語ったのだ。その言葉に従って、明子は比叡山に籠もったに違いあるまい。そうして僕も今、明子を追っている。僕たちは言霊の中に含まれている。
 三条大橋を通って鴨川を渡る。河川敷の遊歩道では、ウインドブレーカーを着たランナーが1人、一定のスピードで上流に向かっているのが見えるだけだ。その先には、曇天を背にした比叡山がそびえている。山頂はうっすらと雪をかぶっている。昨日、橘家では大粒の雪が降り続いていた。もしかすると明子のいる比叡山にも同じ時間が流れているのかもしれない。雪の白さを遠くに眺めながら、僕は身震いを感じた。
 鴨川を渡った後、すぐに北に進路をとった。京都の地理に詳しいわけでもない僕だが、道の選択に迷わない。そのうち貴博氏が通っていたという京都大学が見えてきた。大学を過ぎ、百万遍の交差点を東に進んだ時、「比叡山ドライブウェイ」の看板が現れた。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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とびっきり寂しい旅に・・・

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