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京都物語 360

 やっとのことで起きあがった僕の顔を、中原氏は「大丈夫ですか?」と心配そうに覗き込んできた。しっかりと首を縦に振ると、氏はほっとした表情を見せ、「明如さんを見ていますとね、危ないなって思うこともあったんです」と慎重に話を進めた。
「あれほど敬虔な姿勢で仏に向き合ってこられた明如さんだったのに、話がその師と仰ぐ方に及んだ途端、まるで別の魂が宿ったかのように目つきを変えられました」
 今の立ちくらみの余波が完全に消え去らぬまま、僕は中原氏の薄くて控えめな唇に目をやった。
「何かに執着するというのは、仏に携わる者として超越してゆかなけらばならない煩悩なのです」
 中原氏の語りから、明子の姿が手に取るように浮かび上がる。さっき感じたばかりの胸のぬくもりが、どういうわけか今度は胸を抑えつけ始めた。
「私がずっと気がかりだったのは、明如さんが千日回峰行に出られる前の夜に、やはりその師と仰ぐ方のことを話されていたということです」
「何を話したんですか?」と僕は反射的に訊いた。
 中原氏はゆっくりと顔をこちらに向け、小さな瞳をわずかに細めて答えた。
「修行に入ることを、師に伝えるかどうか、迷っているというようなことをおっしゃっていました。どうやら明如さんは、その方に比叡山に登ることを言わぬまま、ここへ来られたようで、もちろん、それは何か思うところがあってのことだったのでしょうが、そのことを最後まで気にしていらっしゃいました。首吊り用の紐とか短刀などを準備しながら、明如さんは自らの死と真剣に向き合われたのだと思います」
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京都物語 359

 中原氏の話は、僕の認識の中で大きくかけ離れていた明子と明如なる人物を、引かれ合う磁石のように一気に近づけた。中原氏はそんな僕を気にも掛けず、短く切り揃えられた短髪に、いかにもいとおしげに手をやった。過去には長い髪がそこにあったのかもしれない。氏は凛と顔を上げ、日差しに向けて眩しげなまなざしを送っている。
 たしかに明子は急に多くを語り出すことがある。僕なんかが間に入ることができないくらいの一方的な話し方をする。もっともそれは、非常に限られた場合においてのみだが。
 しかも明如なる人物には「師として仰ぐことのできる方」がいた。真っ先に橘真琴氏の存在を思いつかないわけにはいかなかった。
「その方は、大学教授じゃないですか?」と恐る恐る尋ねると、中原氏は、ゆとりのある表情をこちらに向け、「はい。やはり、ご存じでしたか」と落ち着き払った声で答えた。「たしか大谷大学の客員教授をなさっていた方で、はっきりとした名前は失念してしまいましたが、過去に文学賞を受賞するほどの作家の先生だと伺っております」
 その返答を耳にした途端、膝の力が一気に抜けてしまった。気がつくと、その場にしゃがみ込んでしまった。
 中原氏は目を丸くして、大丈夫ですかと声を掛け、僕の肩に手を差しのべた。僕は大丈夫だといいつつも、しばらく立ち上がることすらできなかった。
 僕はしゃがんだまま、冷たい土の地面に手をつき、中原氏に、明子は今どこにいるのかと尋ねた。すると氏は「ですから、明如さんは、どこかへ消えてしまわれたのです」と声を落とした。僕の背中から風が吹いてきて、地面の落ち葉を転がした。その風はますます強くなり、周りの木立全体を揺さぶった。

京都物語 358

 僕の耳には、もはや中原氏の話は入ってこなかった。僕が会いたいのは明子であり、明如なる人物ではなかった。明如さんがどこへ消えようと、僕の心には何の痛みを加えなかった。
 とはいえ、明子がこの比叡山にいることだけは間違いないはずだ。中原氏は深川明子という名前を知っていたし、何より真琴氏は明子からの手紙にそう書いてあると断言したのだ。
 千日回峰行の話を続けている中原氏に、改めて、それはほんとうに深川明子という女性の話なのか、もしかして、同じ名前の尼僧が他にもいたのではないかと問い直そうとした時だった。杉の木立の間に駐車場へと抜ける道が再び見え、そこに日差しが差し込んでいる。中原氏はそちらに目をやりながら、こんな話をしてきた。
「延暦寺の中でも、あまり他の僧侶と関わりをもたなかった明如さんでしたが、どういうわけか、私には比較的、多く語りかけてくださったように思っています。今振り返ってみて、どうも心に引っかかることがあるのです。明如さんの背後には、何か、大きなものが見え隠れしていたのです」
 それを聞いた時、僕の意識は再び中原氏の話に入った。もちろん、話の内容も気になりはしたが、それ以外に僕の心に語りかける何かを感じたのだ。
 すると中原氏はこう続けた。
「明如さんには、どうやらこの延暦寺以外にも、師として仰ぐことのできる方がいらっしゃるのではないかと思っています。普段めったに自身のことを語られなかった明如さんでしたが、その方の話となると、たちまち饒舌になるのです」
 その話を聞いた時、僕は、鎌倉での明子の姿を鮮明に思い出した。あの時彼女は何かに取り憑かれたように多くを語っのだ。

京都物語 357

「つまり、明如さんは、その頃に消息を絶たれたわけですね?」と僕は念を押すように言った。あくまで中原氏の話の順序を尊重しなければならないという思いはある。だが、この人の話を聞けば聞くほど、明如という尼僧は明子とは別の人物だという解釈が有力になってゆく。
 中原氏は、今の僕の質問にはすぐには答えなかった。その代わりに、頭の中で何かを思い浮かべているようだ。僕には決して想像できそうにない何かとてつもなく大きな世界を。
 するとその時、僕の心には、ふいに、明子への思いがこみ上げてきた。今すぐにでも明子に会いたいという衝動が、かまいたちのように僕の胸にくらいついた。明子はすぐにでも手の届くところにいる。そんな不思議な実感が、彼女に会いたいという欲求を抱かせた。
 だが、現実には明子の姿などどこにも見あたらない。辺りは杉の木立に囲まれ、古池があり、寺院が点在し、あちこちに石仏が立っているだけだ。そこに風が吹いている。
 その不思議な実感と現実との落差に、僕の胸はさらに痛みを増した。精神的な痛みのはずなのに、それは肉体としての胸を実際にえぐった。
 だが、痛みの中に、どこかなつかしい感覚が含まれているのを僕は感じていた。それはまさに、鎌倉・長谷寺の見晴台で、明子と一緒に湘南の海を眺めながら、お互いの魂が同化した感覚に違いなかった。
 同化・・・
 そういえば中原氏は、横川中堂の前で、密教の本質とは、1つになることだ、と教えてくれた。精神と肉体、仏と自己。
 胸の痛みの奥底で心を温めているのは、これまで明子としか共有したことのない、特別なぬくもりだった。僕と明子は1つだったのだ。
 明子に会いたい。今すぐに会いたい。僕の心は胸の奥で何度も叫び声を上げた。  

京都物語 356

 中原氏はそう言って、さっきの風でなびいた輪袈裟を指先で丁寧に整えた。そこに描かれた鳳凰が、一瞬、空の青さを映した。
「明如さんがどこかへ消えてしまったという話ですけど」と僕はあくまで話の続きを求めた。すると中原氏は、足下に視線を落とし、歩みを緩めた。氏の踏みしめる土の音が僕の耳にもはっきりと届く。
「明如さんは、私と会った後、予定通り修行に出られました。実際にあの方の姿を見た行者も、何人かおります」
 中原氏は呪文でも唱えるような口調で言った。密教とは秘密の呪文によって師から弟子へと伝授されるものなのだ、というさっきの中原氏の説明をふと思い出す。密教の世界に生きる人は、話し方もそんなふうになってゆくのだろうか。
「ところが」と中原氏は言葉を刻んだ。「ある時点から、明如さんの消息は、ぴたりと途絶えてしまったのです」
「ある時点、ですか?」
「はい。明如さんが修行に入られて2年目までは、その合間に、何度か坂本にあるそば屋でおそばを食されています。ところが、3年目にさしかかったあたりから、あの方の姿は、この比叡山からぱったりと消えてしまったのです」
 中原氏は、地面の固さを確かめるかのように、大地を踏みしめながら進んだ。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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