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京都物語 390

 その段落の後で、もう2枚写真が貼られている。1枚目は「金子文英堂」と書かれた看板が掲げられた古い書店で、金子みすゞの自宅が再現された建物だ。撮影の時間帯はやはり早朝のようで、朝日が昇る前の薄暗さが、人の気配のない建物をセピア色に浮かび上がらせている。これまでのレイナの写真の文脈に則った、ノスタルジア漂う世界だ。
 その下には漁港の風景をとらえた写真が貼ってある。これもほぼ同じ時間に撮影されたものと思われる。港湾に並べられた外灯が、そこに停泊している漁船を照らしている。船の奥には小さな島が浮かび、その周りには海が広がっている。磯の香りがそのまま運ばれてくるようだ。
「静かな海です。それでいて、人のぬくもりを感じることができます。これまで私は鎌倉の海を何枚も撮ってきたけど、あそこにはない風景を見つけることができました。
 ここは山口県の仙崎という小さな港町です。さっきも書いたように、金子みすゞのふるさとです。ホテルを出たのが朝の5時過ぎだったので、みすゞさんの旧宅付近にはまだ誰もいませんでしたが、こうして港まで出てみると、漁師の方とか、市場の人の姿が見えます。
 港に続く路地に、みすゞさんの詩を見つけました。「大漁」という詩です。

朝焼け小焼けだ 大漁だ  大羽鰯の 大漁だ
浜は祭りのようだけど  海の底では何万の
鰯のとむらい  するだろう

 この詩は以前から知っていましたが、この仙崎の路地で出会った今、以前とは違う響きで胸に染みこんできました。思わずシャッターを押さずにはいられませんでした。そうして、自分の撮った写真を見ながら、ああ、これが山口へ来た理由だなって思いました」
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京都物語 389

 パソコンの画面上に表示された文字に、レイナを感じた。彼女が僕の元から去って3日しか経っていないことが信じられぬほど、その言葉は、なつかしいぬくもりにあふれていた。
 僕はビール片手にマウスを動かし、次の文章に目をやった。
「この1年の間に何が起こったのか、ずっと考え続けています。でもおそらく、答えなんて出ないというのが結論です。あまりにも不可解なことだらけなので・・・
 ただ、1つ言えるのは、これまでに起こったことには、きっと何らかの意味があるということです。しかもそれは、すごく大事な意味なんだろうと思います。私の一生に関わるような、いや、そんなちっぽけなことじゃない。おかしな表現になるかもしれないけど、私の永遠に関わるような、それほど大事な意味をもつんじゃないかと思えてなりません。だからこそ、今すぐそれを理解して説明することが難しいんじゃないかなって。
 その意味が分かるのは、私が死んだ後なのかもしれません。でも、もしそうだとしたら、哀しいです。その意味を分かってくれる人は誰もいないから。    
 切ない。それが今の私の心境にもっとも近い言葉です。
 いずれにせよ、この1年の間に起こったことの意味が何なのか、私は一生考え続け、このブログを通じて表現し続けていこうと思います。もしかすると、私はライフワークを見つけたのかもしれません。そう考えることで、少し元気になれます。
 ところで、私は今、海にいます。どこの海でしょう? 昨日の朝、京都駅に立ってどこへ行こうかと考えると、どうしても行きたいところが思い浮かびました。金子みすゞっていう詩人、ご存じですか? この海は、彼女が毎日見た海なのです」
 金子みすゞ? 山口の人だ。ということは、レイナは山口にいる。そこは僕の帰るべき場所じゃないか!

京都物語 388

 その日の記事はそこで終わっている。僕は画面をスクロールして、次のページを見る。更新日時を見ると、昨日の朝に書かれたものだ。やはり文章のはじめには写真が貼り付けてある。海の写真だ。冬の海とは思えないほどおだやかで、まさに朝日が昇ろうとしているのだろう、水平線からはオレンジがかった赤色がにじみ出ている。水平線の左には半島がつきだしていて、漁港と防波堤、それに集落の明かりも見える。
「海に来てまーす!」
 太字でそう書いてある。
「久々に海が見たくなりました。昨日、1年ぶりにブログを更新して、ありがたいことに、いろんな方から、たくさんのレスをいただきました。こんな私のことを忘れないでいてくださって、ほんとうに幸せなことだと思います。ありがとうございました。(中には警察の方からの連絡もありました。ゴメンナサイ。もうしばらく1人にさせてください。必ず私の方から出て行きますので)
 じつを言うと、私は1年も失踪していたということに気づいていませんでした。・・・と書いたところで、みなさんに対して何の説明にもなっていないことくらい、自分でも分かってます。でもとにかく、この1年の間に自分の身に起こったことが一体何だったのか、きちんと呑み込めないのです。夢でも見ていたのではないか。誰かに薬を打たれて、1年間眠らされていて、気がつけば時間だけが経っていた。そんな感覚です。そうして、私と一緒にいた山下貴史という男の人も同じことを感じているはずです。私たちは決して事件に巻き込まれたわけではありません。私たちはただ、時間の中を旅していただけなのです。私が何を言ってるのか、絶対に理解していただけないでしょうが、それはほんとうのところです。そうとしか言いようがないのです」

京都物語 387

 パソコンには、見たことのないオペレーション・システムがインストールしてあり、立ち上がりも驚くほどに早かった。本体のデザインも洗練されたものになっている。真琴氏の家に行っている間に、1年分の技術が進行しているのだ。
 僕は財布の奥からレイナの名刺を取り出し、そこに書かれたURLを直接入力した。エンターキーを押す瞬間、心拍が強くなったのが分かった。この画面の先には、はたしてレイナがいるのだろうか? そんな不安を感じる間も与えぬほどに、ページは機敏に開かれた。
 画面上にはレイナのブログがちゃんと存在していた。それが嘘ではないかと何度も確認した。だが、紛れもなく彼女のブログだった。
 僕は心拍を落ち着けるために、とりあえずミニ・バーに移動し、そこに添えられたチーズ鱈の袋を開け、再びデスクに戻ってビールと一緒に口に入れながら、改めて画面を見た。長いこと休止していたブログは、レイナが六条ホテルからいなくなった日の夕方から再開されている。例によって、文章には大きな画像が付いている。それは六条ホテルの写真で、彼女が僕の元を離れた早朝の風景だと思われる。50年の歴史に幕を閉じようとしているホテルが、青白い朝靄の中にそびえ立っている。そこに看板の照明だけがくっきりと浮かび上がっている。
 ビールを飲みながら、彼女の文章に目を通す。
「まずはみなさん、ごめんなさい。長いことご無沙汰していて、しかも私の失踪が世間を騒がせていたようで、ご迷惑をおかけしました。うまく説明できないところもたくさんありますが、少なくとも私は今ここでちゃんと息をしております。心配してくださった方々、本当に申し訳ありませんでした・・・」

京都物語 386

 支配人が出て行った後、僕は広い部屋の窓際まで進み、そっとカーテンを開けた。眼下には日本庭園をモダンにアレンジした中庭が、優雅にライトアップされている。六条ホテルの窓から見えた渉成園が懐かしくさえ感じられる。
 その人工的にしつらえられた空間を眺めていると、ある名状しがたい感情が心を動かした。長かったこの旅もついに終わりを迎えようとしている。そんな声を聞いた気がした。そろそろ僕は帰らなければならない。山口へ戻って、前の生活の続きを再開しなければならない。旅は終わっても、人生はまだ終わっていないのだ。
 職場にも連絡しなければならない。もちろん、僕が使っていたデスクには、もう他の誰かが座っているだろうけど。幸い、明子が京都銀行に預けておいてくれたお金がまだ残っている。それで何ヶ月かは生活をつなげることができるだろう。その間に新たな職を探せばいい。
 そんなことを考えながら、窓際を離れ、明かりを落とし、冷蔵庫の中を覗き込んだ。六条ホテルの冷蔵庫と比べると、中に入っている飲み物のクオリティが確実に上がっている。おまけに「冷蔵庫及びミニ・バーのお飲物はすべて無料でございます」と丁寧に但し書きまでしてある。さすが、プレミアム・フロアだ。
 僕はとりあえずエビス・ビールの缶を開け、ふかふかのソファに腰掛けてそれを飲んだ。さっきのカレーの風味が口の中に残っている。ビールの苦みがすべてを中和してくれるはずだった。だが、心はちっとも晴れない。
 旅は終わりにさしかかっているというのに、問題は解決していないのだ。僕は明子に会うためにここに来たのだ。でも、どうしようもなく、独りぼっちじゃないか! 誰かの声が聞きたい! 誰か僕の声を聞いてほしい! 
 本能的に求めたのは、レイナだった。六条ホテルのベッドの上で彼女を抱いたぬくもりがたまらなく恋しい。
 ふと、デスクの上に置いてあるノートパソコンに目が行った。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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