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京都物語 420

 京都から戻ってきて2日目の晩には、僕の部屋のライフラインはほとんど復旧し、普通のまともな生活があらかた送られるようになっていた。
 これまで長いこと外食が続いたために、久しぶりに手料理が食べたくなり、仕事帰りにスーパーマーケットに立ち寄ってひととおりの食材を揃えることにした。西高東低の冬型の気圧配置がいくぶんかゆるんだせいで、寒波もやわらいだようたが、これまでの寒さが体に染みこんでいるようで、鍋焼きうどんが食べたくなった。
 台所に立って包丁を使っていると、去年までここで結花一緒に料理をした記憶が突然襲ってきた。後ろ髪をまとめてエプロンをしている彼女の後ろ姿は、フラメンコを舞う時とはまた違った魅力を漂わせていた。結花の記憶はこれまで付き合ってきたどの女性よりも鮮明で現実的な色彩にあふれている。それほど彼女はみずみずしい女性だったということだ。
 真琴氏の家に行っていた間に1年が経っていた。つまり結花と別れてからそれだけの時間が流れたということになる。彼女は今何をしてるだろう? フェイスブックで再会したという高校時代の友達とのつきあいは順調にいっているだろうか? ひょっとして、結婚して幸せな生活を送っているかもしれない。
 もちろんそれは喜ぶべきことだ。あのまま僕と付き合ったところで彼女はどこへもたどり着けやしない。むしろ傷つくばかりだったろう。
 鍋焼きうどんは上々の出来映えだった。春菊と鶏肉の出汁がよく出ていて、芋焼酎の湯割りと共に、体を芯から温めてくれた。だが、ひとりぼっちの静かな夕食は、僕を決して幸福にはしなかった。
 気がつけば、結花もレイナも明子も、みんな失ってしまったのだ!
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京都物語 419

「どうしよう、涙が止まんないよぉ。胸が詰まって、理性的に物事をとらえることができない。ヤマシタ君といると、ほんとうに楽しかったなぁ。あなたのギャグが面白かったというわけじゃないよ。そもそもあなたは、ギャグを言うようなキャラじゃないしね。それでも、楽しかったのよ。なんて言うんだろう、安心感に満ちてるの。あなたといると、私の心にもゆとりができちゃって、その部分が物事を楽しくとらえたんだろうね。
 あー、思いがあふれちゃう・・・(p_;)
 今思うんだけど、T・M氏が小説を書く時も同じような感じだったのかな? 愛する人のために胸が詰まって、それを言葉にしたらあの作品ができあがっちゃった、的な。
 でもね、あの人の物語の主役は、藤壺であり明子さんであり、そうしてあの人自身だった。ヤマシタ君は脇役だったの。つまりあなたは明子さんと愛し合う男として、T・M氏の言霊の世界に端役として設定された。だったら、藤壺は明子さんなんだから、あなたは光源氏だということ?
 え? まさか、あなたが光源氏? (≧∇≦)ノ彡
 T・M氏は『源氏物語』における主役は光源氏じゃないって言ってたの、覚えてる? 天皇の子でありながら臣籍に降下させられた光源氏は、政治的敗者だって。つまりはそういうことなの。
 だからこそ、今度はあなたが主役の小説を書きたいの。でも大丈夫。あなたの個人情報はちゃーんと守るから。私はペンネームを使う。もう決めてるの。きわめて有能な編集者から助言もいただいて、かっこいい名前がついた。だから、私の小説が幸運にも世の中に出回ったとしても、あなたのことはだーれも気づかない。
 もちろん、あなたも気づかない。
 おっし、胸が熱いうちに、書き始めるわよ!!」

京都物語 418

「だとすれば、私はヤマシタ君という人物をきちんと書いてあげたい。『選ばれる』ことの『恍惚』の部分をしっかり描きたい。誰のためにか? これはなかなか難しい問題ね。でも、世の中には、ある特定の人物のためだけに書かれる小説があってもいいと思うの。
『源氏物語』の「紅葉賀」の巻で、光源氏が青海波という舞踊を奉納する場面がある。これは先帝の長寿を祝うために桐壺帝が取り計らったものだったけど、観客たちは本来の目的そっちのけで、光源氏の美しさに心奪われるのね。でも、当の光源氏の心は見物者の中の1人の女性にあった。藤壺よ。その時彼女はお腹に源氏との子供を孕んでいた。もはや2人は気軽に会うことを許されない仲になっていた。
 だからこそ光源氏は藤壺のために精一杯舞ったの。言うなれば、歌手がコンサートの舞台上で満員の観客に向けて愛を歌っているように見せながら、実はたった1人の秘密の恋人のために熱唱しているみたいなものかな。
 私はヤマシタ君を描く。あなたのために。でも、きっと、あなたの物語はたくさんの人に共感してもらえるはず。なぜならあなたは、問題を抱えながらも、精一杯生きてるから。それと、あなたについて書くことによって、私たちが過ごした不思議な1年間を記録することにもなると思うの。
 もちろん私はあなたに未練があってそうするわけじゃない。私たちはもう2度と会うことはない。残念だけど。ものすごく寂しいけど。神上寺に行った時、私の第6感がはっきりそう悟った。
 これは記念碑。あなたをすごく愛していたという証。あなたへの感謝。私は前に『2人を同時に愛することができる』と言ったわ。でも、あれから私は変わった。あの時はまだ子どもだったの。あなたがそれを教えてくれた。やだ、涙が出る」

京都物語 417

「私の胸の中の銀幕には、これまで出会ってきた人たちが次から次へと現れては消えてゆく。やさしい顔をしている人もいれば、無愛想な人もいる。あからさまに私を嫌っている人もいる。
 女子大時代の親友に京都の愛宕に住んでた子がいて、その子が『徒然草』を研究してたことをふと思い出す。作者兼好は序段で『心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ』と述懐した。『心の中に浮かんでくる些細なことをとりとめもなく書いていると、なんだか気が狂いそうな心持ちになるものだ』と。その子はその部分にすごくこだわっていた。『徒然草』の中でも、的確に訳すのに、ずいぶんと悩む文章なんだって。
 でも、今の私なら、ああ、鎌倉時代に兼好さんが感じたことはこんなことだったのかなって、想像することはできる。つまり、書くことによって初めて、異様にはっきりと見えてくることがあるの。
 私はヤマシタ君のことを書きたい。
 あら、やだ、本音が出ちゃった・・・
 うん、でも、私が書きたいのはヤマシタ君のこと。彼は本当に魅力的な人なの。うまく言えないけど、どこか人を惹きつけるような、ミステリアスなところがある。おそらく彼は自分では気づいていないと思う。彼は自分のことを凡人だと評価している。でも違うの。彼はれっきとした『選ばれた人』なのよ。
 もちろんそのことが彼を幸福にするかどうかは別の問題。ボードレールという詩人が言っているように、『選ばれる』ということには『恍惚』と『不安』の両方ある。たぶん彼には『不安』しかないんじゃないかな?」

京都物語 416

 僕のデスクの近くにも同僚たちがぞろぞろと戻ってきた。時計に目をやると、あと10分で昼の休憩が終わろうとしている。コーヒーは完全に冷たくなっている。
 レイナのブログを読んでいると、頭が混乱する。彼女の中にどうしても明子を垣間見てしまうからだ。レイナと明子では表面上の性格はまるで違う。だが明子も、依存症じゃないかと思うくらいに本を読んでいた。その物憂げな横顔がレイナの文章中に何度も浮かび上がる。
「それにしても狭くて汚くて寒い部屋。それこそ昔の文豪が使いそうな小さな座卓が置いてあるのがせめてもの救い。こうやってパソコンに向かっている間に、これまで見たことのないような長い足の虫が何度も畳の上を横切る。何虫だろう? 毒とかないよね。タイに行った時でさえ、それなりのホテルに泊まったのに、ここが日本だとは信じられない。
 ただ、この手垢の染みこんだ部屋にも何かの縁があると思おう。小説って、ひょっとしてこんな世界なのかもしれないし。
 小説には必ず登場人物が出てくる。夢中になるのは、その登場人物と自分との境目がなくなる瞬間。それは完璧な人物でも人工的にこしらえられた人物でもない。生身の等身大の、手垢にまみれた人間。
 そうだ、私も人間を書こう!
 これまでいろんな目に遭い、その中でいろんな人と出会ってきたことが、今なら私の誇りと言えるのかもしれない。その人たちを描こう! 
 今、私にアイデアが浮かんだ。ある程度の構想が瞬く間につながった。まるで花火みたい。小さな種が、心の中で一気にぱーっと花を咲かせる感じ。私はそれらを印象に焼き付け、そこに出てくる人たちを注意深く観察しながら、できるだけ丁寧に言葉に置き換えてゆく」
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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