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京都物語 430

 結花はそう言った後で、月を見上げた。目元には涙の粒が光っているが、それが思いあふれて出たものなのか、それとも夜風が目に入って出たのか、僕には分からない。
「でもね、今だから言えるのかもしれないけど、待つのって、そんなに苦じゃなかったよ」と結花は述懐し、小さく鼻をすすった。
「待つって、2種類あると思うの。1つは、絶対にその人が来ると分かってて待つ場合。それからもう1つは、ほんとうにその人と会えるのかどうか、分からないで待つ場合」
 彼女はそう続けてから、夜風で乱れた髪を軽く指先で整えた。
「どっちが不安かって聞かれたら、そりゃ、会えるかどうか分からないで待つ場合だろうけど、じゃあ、どっちが幸せかって問われると、人それぞれいろんな答えがあると思うの」
 狭い湾を小舟の明かりがゆっくりと横切っている。それはやがて橋の下をくぐり、広い海の方へと消えていった。
「たしかに、会えるかどうか分からないのに待つって、つらくて苦しいよ。待ってる間は、ほとんどマイナス思考になっちゃうし。でも、それでも待とうって思うことは、それほど思いが強いってことなんだって、私気づいたの。無理して忘れようとして、ますます忘れられなくなるよりも、ひたすら待ち続ける方が、私らしいなって」
 結花はそう言って、さりげない笑みを浮かべた。これまで待ち続けた彼女自身をねぎらうような笑みだった。
「1度きりの人生で、こんなにも会いたい人がいるということ自体、ものすごく幸せなの」
 結花は、今小舟が消えていった方向を見ながら目を細めた。
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京都物語 429

 結花はそう言い切っておきながら、その直後に「前みたいにね」という部分を、力なく反復した。
 もう前のような関係には戻ることはできない。それは重々承知のことだ。なにしろ僕は彼女を裏切ったのだ。
 だのに結花は今、心に何かを抱えている。それが何なのか、僕には想像できない。心に負い目を感じている以上、僕はあらゆることについて受動的な立場をとるしかないのだ。そんなことを考えながら黙っていると、結花の方から口を開いた。
「私ね、待ってたんだよ。ずっと」
 夜空の薄明かりが結花の横顔をも照らしている。僕はその横顔に向けて「ごめん」と声をかけた。それが精一杯だった。
 真琴氏もレイナも「言葉には力が宿る」と言った。だが、一方でこういう時には言葉とは何と無力なのかと、ため息しか出ない。いかなる言葉を並べたところで、謝罪には辿り着けない。むしろ言葉を重ねようとすればするほど、思いはどんどん遠ざかっていく。
「待ってたの。ずっと、ずっと、待ってたんだよ」と結花は、そんな僕の横で、さっきと同じ言葉を、さっきよりも大きな声で繰り返した。「でも、奇跡は起こったの。こうしてまた会うことができたんだから。ほんと、今でも夢みたい」
 彼女の肩にかかるストレートヘアが夜風にさらされ、ヘアリンスの香りを運んでくる。
「でもね、かりに、まだタっくんの行方が分からなかったとしても、私、待ち続けてるよ。いつまでも、ずっとずっと、待ってたよ。そうして、いつあなたが帰ってきてもいいように、ちゃんとスタイルを保って、おしゃれして、お化粧だってしてた。そうやって毎日を超えてきたの」

京都物語 428

 僕たちは小1時間のドライブの末に、瀬戸内海に出た。目の前には湾に架かる大きな橋が延び、そのたもとがちょっとした公園になっている。車を停めた後、2人で公園の端まで歩き、海のほとりに立った。
 春とはいえさすがに夜風は冷たく、結花はデニムジャケットの中に肩をうずめた。僕は海を眺めながら、京都からの帰りに、新幹線で瀬戸内沿岸の街を通過したことをふと思い出した。この海は、ここ山口で日本海と1つになる。そう考えると、こうやって海と対峙することにすら特別な感慨を抱く。
「やっぱり、癒されるね、海は」と結花は言い、肩を寄せてきた。京都に思いを馳せていた僕は、結花のぬくもりを身近に感じた。
「おまけに今日は満月」
 空を探すと、彼女の言う通り、橋の上に真ん丸な月が夜空を照らしている。
「ほんとだ、今まで気づかなかった」と僕はつぶやいた。すると結花はふっと笑って、「私もよ」と答えた。「1時間も車を運転してたのにね」
 それから僕たちはベンチに腰掛け、潮風にさらされながら、静かに月を見上げた。
「どうしようと思ってるの、これから?」と結花はだしぬけに聞いてきた。
 僕は結花の横顔を見て、それから再び視線を月に戻して答えた。
「これまでと何にも変わらない、普通の生活を送るよ」
 それについて結花は考え込んでいるようだった。
「ただ、結花と、前のように付き合うことはできない。僕は1人で生きてゆく」
 結花は少し間を置いてから口を開いた。
「もちろん私もよ。前みたいに、タっくんと付き合うことなんて、とてもできないよ」

京都物語 427

「トチの木」の外に出た時、辺りはすっかり闇に包まれていた。店の近くに流れる川のほとりが夜桜の名所になっていて、そのせいか、夜風が人々の気配を運んでくるように感じられる。
 マーチに乗り込んだ後で、結花は「明日、仕事早い?」と聞いてきた。僕は普通どおりだと答えた。すると「じゃあ、もう少し付き合ってもらえる?」と結花は言ってきた。
「いいけど、結花の方は大丈夫なの?」と僕は聞き返した。
「大丈夫って、何がよ?」
「明日早いんじゃないのか?」
「だったら、誘わないわよ。私の性格、タっくんなら分かってるでしょ」
 結花はあきれた感じで声を大きくした。
「ま、そうだな」と僕は言い、フロントシートに深く腰掛けた。「タっくん」、なつかしく、そして恥ずかしい呼ばれ方だ。
 それにしても僕は結花と一緒にいてもいいのだろうかと思う。僕たちは別れたのだ。僕は結花を残し、明子を求めて京都に旅立った。1度に2人を好きになることはできないと、さっき結花は言った。僕も、そう思ったからこそ、結花と付き合ってはいけないと判断したのだ。あのまま一緒にいたところで結花を傷つけるだけだということは、わかりきっていた。
「せっかく再会したんだから、もうちょとだけドライブしよう」と、僕の心とは裏腹に結花はささやいた。
「夜桜でも見に行くか?」と言うと、「タっくんはそういうとこ行かないでしょ」と切り返された。その通りだ。僕は賑やかさを好まない。
「夜の海が見たいの」とつぶやいた結花は、まっすぐ前を向いている。

京都物語 426

「もう一生会えないかと思った」と、物思いに耽っている僕に結花は吐息のような声をかけ、ハンバーグを口に入れてからそれをゆっくりと噛みしめた。
「君の方は、元気にしてたの?」と僕は聞いた。すると彼女は「元気といえば元気だったけど、でも、心はずっと不安だった」と続けた。
「れいの彼氏とはどうなったの?」
 僕は思い切って尋ねてみた。すると、結花は「彼氏?」と語尾を上げ、手に持ったフォークの動きをぴたりと止めてから僕の顔をまっすぐに見た。
「ほら、言ってたじゃないか。フェイスブックで知り合ったっていう、中学か高校の時の同級生。卒業する時に告白されて、それ以来の出会いだって」
 僕の言葉に、結花は瞳に込めた力をゆっくりと弱め、目尻を下げながらこう答えた。
「彼とは今でもフェイスブック上のお友達よ。1度だけ会って、食事を取ったけど、中学の時と変わらない、いい人よ」
「いい人」と僕は思わずつぶやいた。「で、進展はなかったの?」
 結花はナイフとフォークを持った両手の肘をテーブルに置き、ため息をついた。
「進展があれば、よかったんだろうけどね」
 僕はとりあえずハンバーグを食べた。あふれる肉汁と濃厚なデミグラスソースが口いっぱいに広がった。なつかしい充足感だ。
「やっぱり1度に2人を好きになるってことは無理なのよ」と結花は意外にもレイナと同じような言葉を口にした。思わず背筋が伸びた気がした。「あなたのことを忘れようと努力しようとすればするほど、かえって忘れられなくなるの。それってとても苦しいこと」
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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