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キラキラ 40

 僕が残りのうどんを再びすすりはじめると、奈月は質問を変えてきた。
「先輩、東山君の結婚式に呼ばれたんですよね?」
 思わず口の動きが止まった。
「うん、まあ、ね」と僕は言い、改めてうどんを噛みはじめた。
「相手の人、やっぱりきれいでした?」
「よく覚えてないんだけど、たしか、いかにも都会の女の人って感じだったかな」
「シュッとした人だったんですね」
「その、シュッとした人っていうのがどういう人を指すのかいまいちよくわからないが、正直なところ、東山には奈月の方がお似合いだと、俺はそう思ったよ」
 僕はあの時感じたことをそのまま言葉にした。すると奈月は「ありがとうございます、嘘でもうれしいです」と、寂しげに笑った。
 さっき奈月は、僕はまだ麻理子のことを忘れていないと言ったが、それ以上にこの子は東山のことを忘れていない。奈月は大学生の頃から、心の中にあることを隠すのが上手じゃなかった。
 うどん屋を出た時、日差しは一段と強くなっていた。国道まで歩くと、須磨水族館の三角屋根が再び目の前に現れ、その横の須磨海浜公園の砂浜には、水着姿の人たちがちらついていた。
「せっかくだから、海に出ましょ」と奈月は言い、国道を渡る横断歩道のボタンを押した。
 あの時東山も僕たちを連れて海に出た。そうして、砂浜に置かれたベンチに腰掛けて、感慨深げに海を眺めた。そんな記憶を思い起こしながら、僕は東山が作ったしおりを開いた。
「・・・光源氏にとって、須磨での生活は、予想以上に寂しいものだった。距離の隔たりが寂しさをさらに助長したのだ。彼は、都に残してきた女性たちに向けて文を送った。せめてもの慰めを求めたのだ」
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キラキラ 39

 僕と幸恵は他にもいろいろな所に出かけたが、この仙台への旅を思い出す時だけは、どうしても特別な重苦しさに襲われる。というのも、それは、東山たちと須磨へ行った直後のことだったからだ。
 もし僕が幸恵と出会っていなければ、きっと麻理子も須磨について来たはずだ。だが彼女は、ずいぶんと悩みはしたものの、結局は教師になるための勉強の方をとった。今振り返ってみると、その時すでに、麻理子は僕と別れるつもりでいたのではないかと思う。愚かな僕は、彼女が1人で抱え込んでいたせつなさにさえ気づくことができなかったのだ。
「先輩」
 ふっと顔を上げると、奈月が僕の顔を覗き込んでいる。その健康的な瞳を前にすると、今までとらわれていた過去の暗さがより強調されるようだ。 
「先輩、大丈夫ですか? せっかくのうどんなのに、全然美味しそうに食べてないですよ」
 器の中のうどんは、まだ半分以上も残っている。青ネギと鰹節はぐんにゃりとして、うどんに絡まり込んでいる。
「大丈夫、ちょっと考え事をしてたんだ」と答えて再びうどんをすすると、奈月はこう言った。
「先輩、まだ、麻理子さんのこと、忘れてないんですね」
 僕はうどんを口に入れたまま「全部過ぎたことだよ」と答えた。奈月は割り箸を置き、両手で頬杖をついて、こっちを見ている。
「麻理子さん、何してるかなぁ、今頃」
 奈月は、僕と彼女との間にできたわずかな空間をぼんやり眺めながら、そうつぶやいた。
「麻理子のことだ。きっと、うまくやってるよ」と僕は言った。すると奈月は、「麻理子さん、もう、結婚とかしてますかね」と続けた。それについては、僕は何も答えられなかった。

キラキラ 38

 友克の高校入試が終わると、僕と幸恵は2人で遠出するようになった。初めて出かけたのは福岡だった。セレクトショップで買い物をし、カフェでランチをとった後、一緒に映画を見た。僕にとっては初めて知る、豊潤な大人の時間だった。移動中、僕は幸恵のBMWのハンドルを握った。アルバイトをしてようやく手に入れた中古のコラードと比べると、何から何まで洗練された車だった。
 春先には、新幹線で神戸にも行った。大丸で幸恵の買い物に付き合って、元町で昼を食べた。そして、港を望むホテルに入った。幸恵は僕の前で裸になり、お風呂に入りましょうと言ってきた。そうして十分に泡立てたスポンジで、僕の身体を洗ってくれた。その日僕は初めて幸恵を抱いた。抱きながら、何度も麻理子の姿が浮かんできた。日本人学校の教師になるために勉強している彼女を思うと大きな罪悪感を感じたが、それ以上に幸恵は僕をやさしく包んでくれた。もはや、どうすることもできなくなっていった。
 夏には仙台の七夕祭を見に行った。仙台駅に着いた後すぐにホテルにチェックインして2人の時間を過ごした後で、駅前の商店街に繰り出した。祭りの明かりが幸恵の表情を鮮やかに彩っていた。ベージュのノースリーブを着て髪を後ろに結った彼女は、ずいぶんと若返ったように見えた。
 あくる日はJRで塩竃まで走り、岩ガキを食べ、ワインを飲み、それから松島に渡った。幸恵は島の小さなペンションを取っておいてくれた。完全予約制で僕たち以外には客はなかった。日が傾きかけたのを見計らって浜辺で泳ぎ、ペンションに戻ってから、コース料理を食べた。
「あなたといるとね、やすらぐのよ」
 幸恵は手に取った線香花火をぼんやり眺めながら、そんなことを言った。僕はどきっとした。麻理子と同じことを言うからだ。幸恵は僕といることで過去を埋め合わせようとしているかに見えた。彼女は過去のどこかに何かを置き去りにしていたのだ。それが何なのかは、結局最後まで口にしなかったが。
 その夜は、波の音を聞きながら、明け方まで深く愛し合った。

キラキラ 37

 幸恵を初めて見た時、「あぁ、世の中にはこんな人もいるのだなぁ」と、うっとりした気分にとらわれたのを覚えている。裕福で、社会的地位も高く、高級ホテルのような家に住み、おまけに容姿だって申し分のない人。「天は二物を与えず」とはいうものの、実際には「二物」も「三物」も与えられた人。
 息子の友克にしても、なぜこの子に家庭教師が必要なのかいまいちよく分からなかった。そもそも僕はこの子に「勉強」を教える必要などなかった。彼が高校受験用の問題を解く時にストップウオッチのボタンを押し、自己採点させた後で、質問があれば受け付ける程度のことしかしていない。しかも、彼はほとんど質問などせずに、参考書を見ながら自力で解決していった。
 にもかかわらず、友克は僕に感謝しているようだったし、幸恵にしても、僕の先輩が辞めるということで心配したが、後任として誠実な先生がついてくれてほんとうに幸運だといつも言ってくれた。僕にはそれらの言葉が、本心から出たものとはとうてい思えなかった。
 入試本番が近づくにつれ、友克はますます集中しだした。それで、彼が問題を解いている間は、隣の応接室で幸恵と雑談するようになった。この家には家政婦が雇われていたが、僕に出す紅茶は幸恵自らがいれてくれた。彼女の出すものは、紅茶にしてもコーヒーにしても、クッキーにしても、どれも見たことのないものばかりで、すべて上質で味わい深かった。僕がラベルを見たり、美味しそうに食べるのが珍しかったのか、幸恵は新しいものを買ってきては、うれしそうに振る舞ってくれた。
 僕たちはそうやって、勉強のことや今どきの中学生の事情などを話題に談笑していたが、そのうち幸恵は自らのことを語るようになっていた。高校時代はあまり人と話すことが得意ではなく、英語を勉強して海外に出たいと思っていたことや、大学生になって実際に留学してみると、日本の良さが身にしみてわかったので、結局ここに住んでいるのだというようなことを話した。   
 麻理子はアメリカに憧れているが、幸恵はその逆の生き方をしていると僕は思った。

キラキラ 36

 およそ恋に落ちた人間なら、えてして皆同じようなことを考えるものなのかもしれないが、幸恵との出会いは、僕にとっては運命だった。仮に僕の人生が10回与えられたとすると、10回とも幸恵と出会うにちがいないという確信のような思いが僕にはあった。
 もちろん、僕は麻理子を愛していなかったわけではない。彼女とずっと付き合うことができていれば、どんなにか幸福感に満ちた人生を送っていただろうと、今でも思うくらいだ。
 だが、幸恵の存在は、僕と麻理子の関係すら完全に包み込むほどの勢いをもっていた。もしこのことを僕の友人に話したりしたら、きっと彼らは僕を責めるに違いない。たんにお前が弱いだけだと。だが、当事者である僕にしてみれば、弱さ云々の話ではなく、つまりは運命だったということになってしまう。それほどどうしようもない恋だったのだ。
 幸恵は、僕が初めて家庭教師をした友克という中学3年生の、母親だった。
 大学3年の秋に、僕はフォルクスワーゲン・コラードを手に入れることによって、アルバイトの選択肢を大幅に増やした。そんな時、研究室の先輩が、自分の教え子の面倒を引き継いでほしいという話を持ちかけてきた。本来なら家庭教師の派遣会社の方で、そこに登録してある大学生を割り振りするしくみになっているが、その生徒に関しては、先輩が直接会社に働きかけてでも僕を担当させたいということだった。
 そんないきさつで、僕は車で30分離れたその家の生徒を担当することになった。初めて門の前に車を停めた瞬間、なぜ先輩が直接会社に働きかけたのかが、すぐに分かった。そこは医師の家で、親は教育熱心だという話は聞いていたが、僕の想像をはるかに超えるほどに大きく立派な家だった。門の並びには大きなガレージがあり、シャッターが閉めてある。庭には木が生い茂っていて、その隙間から瀟洒な建物が窺えた。
 あまりにカジュアルな格好で来てしまったことを後悔しながらベルを押すと、女性の返事が聞こえ、門の鍵がカシャリと開いた。通路に沿って玄関まで歩くと、きちんとした容姿の婦人が出迎えてくれた。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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とびっきり寂しい旅に・・・

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