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キラキラ 100

 そう言った後、奈月はふと思い出したかのように、足下の白いトートバッグからスマートフォンを取り出して時刻を確認した。そのうえで、「先輩、喉渇きません?」と聞いてきた。喉も渇いたし、何より小腹がすいたと答えると、彼女は申し訳なさそうな表情を僕に向けて「とりあえず、あそこの自販機で、飲み物買ってきます」と立ち上がりかけた。
 僕は、じつは自分も同じことを考えていたのだと伝え、奈月の動きを制した。そうして彼女の飲みたいものを聞いて、ホームの外へ出た。新幹線の発車にはもう数分あるので、ホームの中央に見える売店まで走り、そこでジュースとポテトチップスを買って、再び奈月の隣に戻った。
「ほんとうはたこ焼きが食べたかったんだけど、さすがにあの小さな売店には置いてなかったな」と僕は笑って言いながら、のり塩味のポテトチップスの袋を開けた。そこには「関西限定」と記してある。
 奈月は僕に礼を言って備え付けのテーブルを倒し、そこにアイスティの入ったペットボトルを置いた。僕はテーブルにポテトチップスの袋を載せ、2、3枚つまんだ。
「この中に入っている海苔って、瀬戸内海で採れるのかな?」とチップスを噛みながら言うと、奈月は袋の裏側を見て、「海苔も塩も、瀬戸内海産だって書いてありますよ」と該当部分を僕に見せた。
「須磨・明石は古くから塩の産地だったということだけど、今でもその伝統は続いてるんだな」と僕は続けようとしたが、直前でやめて、代わりにもう1枚チップスをつまみそれを口に放り込んだ。東山の話題になりそうなことは、今は避けておいた方がよさそうだ。
 すると奈月は、「いただいていいですか?」と聞いてきた。僕が「もちろん、どんどん食ってくれよ」と答えると、ありがたそうにチップスを口に入れた。彼女はいい音を立てながらそれを噛んだ。
「なんか、こういう時に食べるポテトチップスって、本当に美味しいですよね」
 奈月はそう言って頬を緩めた。その表情を見た僕は「せっかく明石にいるんだから、話の続きを聞かせてほしいな」と思いを述べた。「光源氏と明石の君が会うようになってからの話だ」
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キラキラ 99

 明石駅からJRを使って西明石駅に着いた途端、急に空腹を感じた。新幹線口への連結通路を歩いていると、どこからともなくカレーの香りが漂ってきたからだ。そういえば、『魚の棚』でたこ焼きでも食べたいと僕は考えていたのだ。前回行きそびれてしまったから、今回はぜひ、奈月と一緒に明石のタコを食べておきたかった。だのに奈月は、『魚の棚』の前を素っ気なく通り過ぎてしまった。楽しみにしていたからこそ、余計に空腹を感じる。コインロッカーから取り出したばかりのボストンバッグが、肩にずっしりと応える気がする。
 京都行きの『ひかり』は、ホームに上ってほどなくして滑り込んできた。汗を染みこんだTシャツはもはや濡れ雑巾のように重くなっているが、そんなことはどうでもよく、とにかく早くどこかに座りたかった。
 新幹線の中には適度に空席があった。この駅で、後方から来る『のぞみ』を通過させるために、数分間待たなければならなかったが、それでもシートに腰を下ろした瞬間、ほっとした気分になった。
 奈月はわずかにリクライニングを倒してから、「暑かったですね」と実感を込めて言った。
「少しは元気になったか?」と彼女と同じ角度にシートを倒しながら僕は問いかけた。
 すると奈月は前を向いたままふっと笑みを浮かべ、「別に元気がなかったわけじゃないですから」とつぶやいた。「ただ、いろいろと考え事をしてただけです。でも、ずっと歩いてるうちに、ある程度の気持ちの整理はつきましたよ。ご心配をおかけしました」
 そう言った後、奈月は少し頭をもたげて、髪を整えてから、再び深く座り直した。
「いろいろありましたけど、やっぱり楽しかったなぁ、明石は」と奈月は空間上の一点を見つめたまま言葉を吐き出した。
「前回来た時よりも、ずいぶんと勉強になったよ」と僕が言葉で寄り添おうとすると、「せっかく『源氏物語』の話をしてたのに、途中で切れてしまいましたよね」と東山を責めるかのような言い方を奈月はした。「たしか、源氏と明石の君が接近し始める、ドキドキの場面でしたね」

キラキラ 98

「東山の可能性もあるけど、100%そうとは限らないだろう」と僕は、自分でもわけの分からないことを口走った。
「スポーツマンふうの人で、『源氏物語』に興味があって、学生時代に友達とここを訪れて、今は上海で働いている、そうして熱く語る。それだけ条件が揃えば、かなり限られてきますよね」
 奈月はそう言った後、うつむき加減に無量光寺の山門を抜けた。「蔦の細道」にも見向きもしない。「光源氏が『明石の上』の住む岡辺の家に通った道」という毛筆の標示が、さっきよりも力なく僕の目に映る。
 彼女はうつろな表情のまま、時折ため息などをつきながら、墓石だらけの路地を進んだ。来た道とは違う路地に入り込んだりもしたが、明石駅の方角に進んでいることは確認できたので、僕は何も言わずに彼女の斜め後ろを歩いた。あと少しで16時になろうとしているが、空はまだ十分に青く、南の空にはいつのまにか入道雲も盛り上がっている。
 車通りの多い道に抜け出た途端、彼女はふと我に戻って「道、間違ってませんよね?」と聞いてきた。
「『魚の棚』が近づいているから、間違ってはいないね」と僕は地図で現在地を確認しながら言った。
「東山君も、ここに来たんですね、先週」と奈月はつぶやいた。彼女の横には古い理髪店がある。
「それって、ほんとうに、東山かなあ?」と返した僕の声は、彼女の耳には届いてないようだった。
「何ともいえないですよね。私と東山君が、ここへ来たいと思ったタイミングがほとんど同じだっただなんて」という奈月の言葉に、何も返すことができない。
「ただの偶然かもしれませんけど、どこかであの人とつながるところはあるんでしょうね」と彼女は続けた。「でも、1週間ほどずれてた。やっぱり、縁がないんですよ、私たち」
 奈月は痛々しい笑顔を見せた。
「鉢合わせしなくてよかったですよ。あの人もびっくりしたでしょうし、私だって、会いたくはない。あの人の幸せな姿を見ると、すごく傷つきそうです」

キラキラ 97

「とくに私たちの世代となると、高校とか大学の時に古典文学に興味があって、その上で、社会に出て仕事を持ちながらも、それなりにゆとりのある人に限られてきますよね」
 奈月はやや首を傾けてそう話した。すると僧侶は小さな目を急に丸くして「でも、そういえば、ごくたまにですけど、ここを訪ねられるお若い方もいらっしゃいますよ」と言った。「先週のことでしたかね、ここにお見えになった方が、あなたと同じようなことを話されてました」
 奈月はおだやかな表情のまま、僧侶を見た。
「若くて、スポーツマンふうの男の人でしたけどね、学生時代に読んだ『源氏物語』が懐かしくなって、久しぶりに訪ねてみたんだっておっしゃってました。たしか、大学の時に、お友達と来て以来だって言われてましたかね。なんでも、その方は、今は上海で働いてらっしゃるとかで、明石を出た後は、関西空港からそのまま中国に戻るんだって言われてました。今時の人には珍しく、えらい熱心に話されてたんで、印象に残ってますわ」
 僧侶の野太い声は、誇らしげだった。
「その人は、1人でした?」と奈月はさっきまでの穏やかな表情を棄て、口元をきゅっと結んで言った。 
「いえ、奥様とごいっしょでしたね。それから、女の子が1人おられたですかね」と僧侶は答えた。
 僕がその人物についてさらに突っ込んだ質問をしようとした時、僧侶は慌て気味に僕たちの背後に視線を移し、「法要にお越しになられた方ですかね?」と、さっき僕たちに言ったのと全く同じ言葉を発した。振り返ると、そこには家族連れが立っていた。紺のサマースーツをまとった清楚な感じの女性と、少しくたびれた感じの腹の出た男性。2人の間には、夏服を着た中学生と思しき女の子がいる。
「それじゃ、よい旅を」と僧侶は僕たちに笑顔を向けた後で、その家族を本堂の方へと導いていった。
 山門をくぐる瞬間「まさか、東山君じゃないですよね」と奈月は低く言った。

キラキラ 96

 僕たちは本堂に背を向けて、緑豊かな短い参道を山門の方へと戻った。左手には小さなビニールハウスが緑に埋もれるかのようにあり、中では観葉植物が育てられている。右手には瀟洒な和風建築がある。近寄ってみると、「無量光寺窯」と記してある。どうやら陶芸の窯になっているらしい。玄関脇には水色の紫陽花がちらほらと咲いている。奈月が「わぁ、きれいですねぇ」と言ったその時、奥の勝手口から作務衣姿の僧侶が出てきて、「法要にお越しになられた方ですかね?」と関西なまりで問いかけてきた。
 いや僕たちはただ旅行をしている者ですと答えると、僧侶は完璧に剃髪された頭に手を遣って、「そりゃ失礼しました」と、やはりなまりのある言い方で謝った。若いが、身体も声も大きい男だ。
 奈月が、「私たち、『源氏物語』にまつわる場所を訪ねてるんです」と、どこか得意げに言うと、僧侶は真顔に戻って「ああ、なるほどですね」と返した。「ここらへんは、古くからの言い伝えがけっこう残ってますからね」と彼は続け、昔から海産物の売買でずいぶんと賑わっていたことや、善楽寺や「蔦の細道」の話などもしてきた。まるで当時からずっとここにいるかのような話しぶりだった。
「で、この無量光寺は、光源氏の邸宅があったとされる場所ですよね」と奈月は感じのよい顔を僧侶に向けた。
 すると僧侶は「一応はそういうことになってますけどね、この寺は再建されたものでして、厳密に言えば、源氏の邸宅とされるのはもう少しあっちの方だったみたいです」と答え、山門の間に見える風景に向けて左手を差し出した。
「あの角の辺りですか?」と奈月はさっき善楽寺から曲がってきた交差点を指さした。すると僧侶は首を縦に振りつつ、「当時の風景は全く想像できませんけどね」と申し訳なさそうに言った。
「でも、『源氏物語』にまつわる所にしては、あまり人は歩いてないようですね」と僕が聞くと、僧侶は「ここは京都からちょっと外れてますしね。それに『源氏物語』っていっても、今じゃそこまで深く読む人は、なかなか少なくなったんじゃないですかね」と言い、豪快な感じの笑顔を見せた。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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