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キラキラ 130

 少しずつ記憶が甦ってきた。あれはちょうど今日と同じような、よく晴れた夏の夕方だった。
 嵐山の大堰川沿いの宿に付いた僕たちは、それぞれの部屋に入った。メンバーの中で女の子は奈月1人だったということもあって、彼女と東山だけが2人部屋で、他のメンバーは1つの部屋に入った。僕を含めて男4人の部屋だった。さっき奈月が言っていたように、みんな泳ぎ疲れていて、せっかくだから街に出ようと僕が提案したものの、彼らは押入から枕を取り出し、横になってテレビを見ているうちに眠り込んでしまった。それで僕は、1人で街ることにしたのだ。
 あの時の情景が次々とつながってゆく。
 ホテルを出てほんの少し歩くと渡月橋があった。橋を渡ったあたりから観光客がどんどん増え始め、嵐山の商店街は、まるで何かのお祭りのように賑わっていた。人混みに紛れても、僕は決して気詰まりではなかった。むしろ楽に感じられた。これでゆっくりと幸恵のことを思い浮かべることができる、あの時たしかに僕はそんなことを考えた。
 それでも麻理子にはちゃんと連絡しとかなければならなかった。僕が付き合っていたのは麻理子の方だったのだ。それで僕は彼女に電話を入れた。だが、あの時話したことは何1つとして覚えていない。きっと、当たり障りのない会話をして、そのまま電話を切ったのだろう。
 その電話を終えた後、幸恵のことだけを考えて僕は商店街を巡った。彼女が喜びそうな土産を買って帰りたいと思った。
 街は熱気に満ちあふれていた。たくさんのカップルが幸せそうに歩いていて、その中に、僕と幸恵のような秘密の恋に落ちているカップルはいないものかと、きょろきょろ見回したのを覚えている。だがそんなことを考えているうちに、急に寂しくなった。今頃幸恵は彼女の夫と2人で出かけているかもしれないと思うと、いつものように胸が詰まってきたのだ。
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キラキラ 129

 そんな僕をよそに、奈月はバス乗り場に向かってすたすたと歩いた。17時を過ぎているというのに日差しは衰えるところ知らず、それどころか、ターミナルに入ってくるバスの熱気で、辺りは異様にむんむんしている。
「やっぱり、京都の夏は、ちょっと違いますね」と奈月は言いながら、バルーンの写真が貼ってあるうちわを久々に取り出してあおぎ始めた。それを見て僕も彼女に倣った。うちわの風の中に、バスの排気ガスの匂いが混じっていた。
 僕たちは嵐山行きのバス乗り場の前に立った。どうやら、先のバスは発車したばかりらしく、僕たちの前に待っている人の姿はなかった。
「それにしても暑いですね」と奈月は繰り返した。こめかみには玉のような汗がにじみ出ている。
「前回来た時にも、ホテルまでバスを使ったっけ?」と僕は聞いた。依然として記憶が甦ってこない。
「使ったと思いますよ。だって、それ以外に行きようがないじゃないですか」と奈月は返した。「私、ここからバスに乗って嵐山に行ったことが何度かあるんで、いろんな記憶が錯綜してますが、たしかあの時もみんなでバスに乗ったと思いますよ。すごいぎゅうぎゅう詰めで、須磨で海水浴した人たちは吊り輪を持って立ったまま寝てたような記憶もありますね。曖昧ですけど」
 奈月はそう言い、白いトートバッグを肩にかけ直した。そんな彼女の背中を見ていると、今回の旅は、今この瞬間から始まるような気がしてならなかった。須磨と明石を歩いたのはほんの序章で、今から本論に入ってゆく。そう思えた。
「前回来た時も、そのままホテルに直行したっけ?」と僕は次の質問を投げかけた。すると奈月は「とりあえずホテルに直行しといて、それから嵐山を散策しようという話でしたが、ホテルに着いた瞬間、みんなぐったりして、けっこうばらばらになっちゃいましたね。先輩はたしか、単独行動されたんじゃなかったですかね」と奈月が言った時、ようやく記憶の断片が蘇った。あの時僕は麻理子に電話した後で、幸恵の土産を買いに1人で街に出たのだ。

キラキラ 128

 新幹線のホームを出た後でエスカレーターに乗り、出口に向かって降りていると、眼下に広がる大きなフロアに多くの人々がひしめき合っているのが見えた。
「うわぁ、すごい人ですね」と奈月は声を上げた。「先輩はあんまり驚かないでしょ?」
「東京も人が多いからなぁ。ただ、人混みには驚かないけど、この京都駅の様子は、東京とはまた違う感じがするね」と僕は答えた。
 奈月は「佐賀から出て来た私は、圧倒されちゃいますよ」と甲高い声を上げたが、僕の目にはウキウキしているように映った。
「前に来た時もこんなに人が多かったかな?」と問いかけると、「多かったと思いますよ、たぶん。正直、あんまりよく覚えてないですけどね」と奈月は返してきた。
 じつは僕も同感だ。前回ここに来た時の記憶は、おそろしいくらいにきれいに消えている。
 須磨と明石の風景は鮮明に残っているのに、京都駅に近づくにつれて記憶が溶けてゆく。東山と奈月の後を付いてサークルの他の仲間たちと一緒にここの改札を抜けたはずなのに、その時の情景がどこにも見あたらない。
 そんな奇妙な錯覚にとらわれながら1階に下りると、そこにはさらなる人だかりができていた。どうやらミニ・ライブが行われているようだった。軽快な男性ボーカルの声がギターに合わせて高らかに響き渡っている。奈月はその人垣の中に小さな体を突っ込み、しばしの間音楽に耳を傾けていた。テレビでも活躍するような知名度の高いデュオがそこにいたらしく、彼女は「やっぱ、本物はかっこいいっすね」と興奮気味に戻ってきた。僕にとっては、何から何までが非現実の世界の出来事のようだった。
 駅ビルの外に出ると、胸のすくような青空を背景に京都タワーがそびえ立っている。足を止めて見上げると、初めてここへ来たような錯覚がますます強くなるばかりだった。

キラキラ 127

 奈月はどこか煮え切らないような表情を浮かべてそう言った。
「どんなに会えない時間が長くても、好きな人を思う気持ちは色褪せないものだって私は思うんです。でも、他に好きな人ができた場合、それも、会えない人の存在を埋めるような人のことを好きになった時、これまで思っていた人への気持ちって、自然と移ろい消えてゆくものなんじゃないでしょうか」
 奈月は、実体験を話しているように見える。東山のことを言っているのかもしれない。
「なんか、せつないです」
 奈月がそう漏らした時、新幹線はさらに減速した。窓の外には東寺の五重塔が青い空に向かって黒くそびえ立っているのが見える。いよいよ京都に入ったんだなと僕は実感した。奈月もふっと我に戻ったような顔をして、「おっ」と小さく口走った。「いつの間にか着いてましたね」
 そうつぶやいた奈月は、膝の上のしおりをやさしく真ん中で折り、白いトートバッグの中に仕舞った。
 東寺を過ぎた新幹線は八条の街を右手に眺めながら、京都駅ビルの中にゆっくりと潜り込んでいった。ここへ来るといつも僕は、ある名状しがたい暗さを感じてしまう。もちろん駅ビルがあまりに大きいために日差しを遮ってしまうといえばそれまでだ。だが僕は、それ以上の何かを感じる。歴史の重みというのはあまりに陳腐な表現に思われる。とにかくこの京都駅は、たとえば東京駅とは明らかに違う世界に覆われているといつも思う。前回東山たちとここへきた時にも同じことを感じた。
 だが、明石から新快速列車に乗ってきたあの日と比べても、今日はひときわ暗く感じられる。さっきまであまりにまぶしい日差しに照らされていたから、そのコントラストによるのかもしれない。
 ホームに降り立った瞬間、熱気が全身を包み込んだ。時計は17時を過ぎている。奈月は「とりあえず、宿に行きましょうかね」と言った。「前回と同じホテルをとってますから」 

キラキラ 126

「いかにも東山らしい、大胆な見解だな」と僕は感想を述べた。
 奈月はいったんしおりを膝の上に置き、「でも、それなりに説得力ありますよね」と応えた。「『源氏物語』では、ラブシーンは省略されるわけですから、なんというか、比喩的な表現になってしまうのは十分に考えられますもん。たしか、人妻である空蝉と関係を結んだ時や、藤壺と密通した時にも、同じような感じで、さりげなく、なまめかしい描かれ方がされてましたよ」
 奈月がそう言った後、僕は改めて比叡山を眺めた。距離が近づいた分、さっきよりも緑が濃く見える。その瞬間、新幹線はもう1段減速したように感じられた。すると、オルゴール調の甘い音楽が流れ、「まもなく、京都。京都です・・・」というアナウンスが控えめに響いた。
 それでも奈月は、「でも、私の場合は、明石の君よりも、やっぱり六条御息所の方が気になっちゃいますね」と話を終わらせなかった。僕は彼女の横顔に目を遣った。
「源氏にとって、初めて明石の君と過ごす夜は、ドキドキだったんです。だって、須磨に流れて以降、独り寝の寂しさを味わい続けてたんですから。そもそも明石の君に近づいたのは『心細き独り寝の慰めにも』という思いがきっかけでしたし。だからこそ、明石の君との夜は、いくら源氏とはいえ、あっという間に感じられたことでしょう。でも朝になれば、平安時代の恋のルールに従って、自分の屋敷に戻ります。そして、後朝(きぬぎぬ)の手紙といわれる、愛を交わした翌朝に送る手紙をこっそりと送るんです。源氏には、半ば強引に明石の君を抱いたという良心の呵責のようなものがありました。都から流れた身でありながら、このようなことが起こってしまったのを包み隠そうとも思うわけです。   
 でも、決して悲しい場面に見えません。六条御息所と別れた野宮の朝と比べると、むしろ前向きにさえ感じられます。これから明石の君との新しい生活が始まってゆくわけですから。そう考えると、どうしても六条御息所に、私は同情しちゃいますね」
作者

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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