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キラキラ 180

「なぁ、奈月」と彼女につぶやきかけた。「そういうことって、程度の違いはあっても、おそらく誰しもが考えることだと思うんだ」
 奈月はふっと顔をこっちに向けた。
「ただ、奈月の場合、感受性が人一倍強いところがあるから、深刻に考え込んでしまう。それで自分を追い詰めてしまうんだと思うよ」
 奈月はガラスに映る彼女自身と対面して「じゃあ、私と同じようなことをみんな考えるとして、その人たちはどうやって解決してゆくんですか?」と聞いてきた。
「解決のしかたは人それぞれだろうけど、きっとほとんどの人間は諦めてゆくんだと思う」と僕は答えた。「人はみんな死ぬ。逆に永遠の生を与えられたとして、それはそれで苦しいことだと思う。死を前提として生かされている僕たちは、自分の人生が終われば、次に生まれてくる人たちにバトンタッチするようになっている。諦めるっていうのは、その自明の事実を受け容れるってことだ」
 僕はそう言った後、いったん膳に戻って、ビールと新しいグラスを2つ持ってきた。そうして2人で乾杯しなおした。新しいビールを不味そうに飲んだ奈月は、その後でこう言ってきた。
「今先輩が言われたのは、あくまで一般論ですよね?」
 僕はグラスを口に運ぶ手を止めて、奈月の横顔を見た。
「すごくよく分かるんです。でも、私は諦めたり受け容れたりする境地にはまだ達してないんです」
「大丈夫だよ。そのうち達することができるよ。すべては時間が解決してくれる」
 僕の言葉に彼女は弱々しく首を振りながら、「諦めるっていうのは、ほんとうに寂しくてつらいことです」と言った。
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キラキラ 179

「私、大丈夫なんですかね? この先まともな人生送れるんでしょうか?」
 奈月はそう問いかけてきた。だが、声はさっきほど震えていない。取り乱している自分を傍観するかのような冷静な口調になっている。
「べつに後悔してるわけじゃないんです」と奈月はうつむいていた顔を上げた。窓ガラスに映る表情には自嘲の色がにじんでいる。
「後悔してるわけじゃなくって、追い詰められてるんです」と奈月は少し声を大きくした。「人生って、なんで一度きりなんですかね? この人生が終わったら、どうなっちゃうんですかね。私は、また私として生まれ変わることができるんでしょうか?」
 そう言って奈月は横目で僕を見た。彼女の目の下を横切っていた渡月橋が耳の方にずれた。
「奈月は、今の自分が好きなんだな」と僕は言った。すると彼女は「自分のことが好きなんじゃなくて、私の周りにいる人たちが好きなんです」とすぐに返してきた。
「私って、なんだかんだ言って、周りの人たちにすごく助けられてここまで生きてきたんです。お父さんとお母さんはもちろんですけど、お姉ちゃんにしても、弟にしても、みんな私を支えてくれた。それから、友達も、職場の同僚も、困った時には相談に乗ってくれたり、アドバイスしてくれたり。私、その人たちの期待を裏切りたくない一心で、とにかく一生懸命にやってきたんです」
 奈月はそう言い、大きく息を吐いた。その瞬間、ヘアリンスの香りがふわっと広がった。
「すごくいいと思うよ。そんな生き方。いかにも奈月らしい」と僕は返した。
「でも、いくら大好きな人たちに恵まれたって、死んだら終わりじゃないですか。私、今人生のターニングポイントに立ってるから、余計にそんなことを考えるんです。私にとっての1つの時代が終わって、私の周りから人どんどん離れてゆくようで、それがたまらなく哀しいんです」

キラキラ 178

 僕の横で奈月はぼんやりと窓の外を眺めている。ふと手前に目を遣ると、僕と奈月の姿が窓ガラスに映っている。さっき新幹線の中でも感じたことだが、こうして2人の姿を客観的に眺めてみると、僕たちはただの先輩と後輩の仲には見えない。そもそも、過去から未来へと永遠に流れ続ける時間の中で、こうして奈月と2人きりでガラスに映っていること自体が、僕にとってはミラクルに感じられる。
 ガラスの中の奈月は物憂げな表情を浮かべている。瞳のすぐ下は幽玄に照らし出された渡月橋が横切っている。すると彼女は肩で息を吐き出した。どうかしたのかと聞いても返事はない。奈月はただ漠然と窓の外を眺めているだけだ。
 しばらく経ってから奈月はこうつぶやいた。
「何だか、私が私じゃないみたいです」
「またそんなことを言う。大丈夫だよ、どこからどう見ても、奈月は奈月だよ」と僕はささやいた。
 だが彼女は首を振り、「いや、私はいったい誰なのか、分からないです」と哀感を込めて畳みかけた。「私は、六条御息所なんじゃないかって、すごく思います」
「六条御息所?」
「あぁ、やっぱり、私、頭がおかしいです。私は一体誰なんですかね?」
 奈月は両方の手で頬を押さえながら、泣き出しそうな声を震わせた。
「酔っちゃったんだよ」と僕は言った。すると彼女は頬に手をやったままもう一度首を振り、「酔ってなんかないです。最近になって、私、よくこんなふうになるんです。特に夜になると、いろいろと考えちゃって、頭がゴチャゴチャになっちゃうんです」と訴えてきた。
 僕は奈月をただ見守るだけで、他には何もできなかった。それよりなぜ、奈月が六条御息所にこだわるのかがどうしても呑み込めなかった。

キラキラ 177

「はい。っていうのも、この場所からほんの少し離れたところに、光源氏が御堂を造営中だったんです。じつは、大堰は、洛中に住む光源氏にとっても、けっこうなじみがあったわけです」
「なるほどね。つまり源氏にしても、妻である紫の上に嵐山へ向かう口実ができたわけだ」
 僕がそう言うと、奈月は「ですね」と軽やかに応えた。
「もっとも、これも全くの偶然っていうわけじゃないんです」
「わかった。明石の入道の頭の中には、ちゃんとそのことが入ってたんだ。娘を住ませるのに、いきなり都のど真ん中にもっていくよりは、光源氏の御堂の近くの方がいろんな意味で都合がいい。そう踏んだんだな」
「その通りです。でも、たまたま大堰に土地があったというのは、偶然ですよ。この辺りは、平安時代では一等地とまではいかないまでも、相当な価値はあったはずですから。そこに手つかずの土地があって、知人が領有している。こんな美味しい話、ありえないですよ」
 僕は「これも住吉の神の導きっぽいな」と言った。奈月は「かもしれませんね」と応えた。
 それから彼女はすっと立ち上がり、しおりを椅子の上に置いてから、僕の隣に来て窓の外を眺めた。
「光源氏が造った御堂は、まさににあの辺にあったとされるんですよ。今は清涼寺っていう、大きなお寺になってます」と奈月は窓の外に向けて指さした。「その清涼寺の少し手前には、野宮神社があります。源氏と六条御息所との別れの舞台ですね」
 ぼんぼりのような嵐山の街の明かりの奥には、濃紺の空間が続いている。そういえば、東山は京都に来ると仏教的な迫力を感じるのだと奈月によく話していたらしい。こうやって嵐山の夜を覗き込んでいると、僕もその闇の中に静かな迫力を感じる。何だか不吉な迫力のような気がした。

キラキラ 176

 奈月の指さした画面上を見ると、たしかにそうなっている。この川の総称は「桂川」と記されているが、上流へ行くと「保津川」、渡月橋の架かる嵐山公園の辺りでは「大堰川」と名前を変えている。
「大堰川って呼ばれるのは、まさにこの辺りだけなんだ」と僕は改めてそうつぶやいた。
 奈月はスマートフォンを椅子の下に丁寧に置いた。コトと音がした。それから再びしおりを開き、ページをめくった。
「明石の君はさんざん悩んだあげく、入道の用意したこの大堰の地に姫君と一緒に住む決心をします。転居の日は順風が吹いて舟もすいすい進み、予定通りすんなりと京に入ったと書かれてます」
「源氏が須磨から明石へ移った時とよく似てるね。あの時もたしか神風が吹いたんだった」
 奈月は僕の方を見て、わずかに頬を緩めた。
「長年親しんだ明石を離れ、父とも別れ、しかも光源氏の住む洛中からも距離のある暮らしに、明石の君の心細さも募ります」と奈月は同情気味に続けた。「ただ、明石の入道は娘の新居を趣のある雰囲気にしつらえていました。それに、この川岸はどことなく明石の海辺を思い出させてくれたりして、明石の君にとっては不思議と場所が変わったような気がしなかったようです。だから彼女は昔のことを思い出しながら、少しずつ新天地での生活に慣れていったんです」
 奈月は自らの過去を回想しているように見える。
「大堰に到着した夜、明石の君は琴をかき鳴らします。すると音色に合わせて松風が吹いてくるんです」
 僕は奈月の話に耳を傾けながら立ち上がり、窓の外を眺めた。外灯に照らされた渡月橋が嵐山公園の向こうに白く浮かび上がっている。ぼんぼりのような街の明かりも大堰川の川面に揺れている。
「それに、この大堰の地には、もうひとつ偶然がありました」
「偶然?」
 嵐山公園の草木がかすかにざわついている。少し風が出てきたようだ。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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