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キラキラ 190

「お告げ?」と僕は言った。すると奈月は身体ごとこっちに向けた。浴衣の擦れる音が闇に覆われた部屋の隅々に当たった。「東山とのニアミスに、いったいどんなお告げが込められてるっていうんだ?」
 僕がそう聞くと、奈月は「私と東山君との関係を象徴してるような気がするんです」と答えた。
 その言葉だけで、僕には奈月がどんなことを考えているのかが大体伝わった。ふと胸に浮かんできたのは、さっき奈月が語ってくれた明石の君の話だった。
 失意の日々を送っていた明石の君にとって、光源氏との子である姫君の誕生でさえ、寂しさを根本から埋めることにはならなかった。それが、住吉詣の折に、目映いばかりの源氏の行列とたまたま出くわし、彼女は心に大きな痛手を負う。だが、後で考えれば、そのことが2人を引き合わせたわけだ。明石の君はますます源氏のことが頭から離れなくなるし、源氏も彼女の苦悩を思うと、いてもたってもいられなくなる。2人の邂逅はまさに、住吉の神による『お告げ』だったのかもしれない。
 かたや、奈月と東山は1週間の差で会えなかった。しかもその事実を知っているのは奈月だけだ。おそらく彼女も心に何らかの痛手を負っているだろう。これは対等ではない。もちろん、すでに家族をもつ東山が奈月と出会ったところで何がどう変わるわけでもなかろう。奈月が僕と2人でいることに驚くくらいのことだろう。僕は知っている。東山とはそういう男だ。
 奈月が嫌いだという「縁」という言葉が頭の中をゆっくりと横切ってゆく。明石の君には縁があり、奈月にはなかった。
 思わず奈月の肩に手を回す。すると彼女は僕の腕の中に入ってきた。その時、窓の外からさっきの獣の声を聞いたような気がした。奈月に尋ねてみると、何も鳴いてないと返ってきた。僕の幻聴なのか、それとも奈月には聞こえなかったのか?
 すると奈月は突然「先輩、私って、つくづく縁のない女ですよね」と言ってきた。
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キラキラ 189

「先輩・・・」
 それは幻聴を聞いたのかと思って返事をためらうほどにか弱い声だった。奈月の声が耳の奥に落ちた時、うとうとしかけていた僕の目は、再び暗闇に包まれた部屋の中を捉えた。
「たとえば東山君のことなんですけど」と奈月は続けた。「今回の旅で、なんだかいろいろと考えちゃうんですよね」
 奈月は依然として天井を見上げている。まるでそこに東山との想い出が映し出されているかのようだ。
「あの人、ほんとに、1週間前に明石に行ったんですかね?」
「分からんね」と僕は答えた。明石から京都へ向かう時の奈月の落胆ぶりを思い起こすと、あえて東山の話はしない方が彼女のためだと思った。
「私は間違いないと思いますね」と奈月は小声で断言し、額にかかった髪をかき分けた。いくら窓を開けているとはいえ、真夏の夜だ。僕も奈月も汗ばんでいる。
「さっきの無量光寺のお坊さんの話からすると、訪れたのはまず東山君だと思いますね。それに、虫の知らせって言うんでしょうか、第6感も訴えてくるんです」
「だとすれば、すごい偶然だな」と僕は答えた。
「でも、新幹線の中でも話しましたよね。いかにも偶然に見えても、じつは人生の中に予め組み込まれていたことなんじゃないかって」
 後ろの山の方で、何か獣の鳴く声が夜空に響いた。鳥の声のようにも聞こえたが、それにしては野太いように思えた。その音が消え去ると同時に奈月は言った。
「そう考えると、無量光寺に東山君が1週間前に奥さんたちと訪れて、それをさっきたまたま出てきたお坊さんが教えてくれたっていうのは、なにかのお告げのような気がするんですよ」

キラキラ 188

「ありえないな」
 奈月と2人で布団に戻ってから、僕は再びそう言った。
「俺の頭は狂ってるよ」
 奈月は僕の方を見ている。子猫のような彼女の表情が闇の中に感じられる。
「俺の頭の中だけ、タイムスリップしたのかもしれない」
「きっと、私が変なことを言いだしたからですよ」と奈月は申し訳なさそうに寄り添ってきた。
「今も平安時代もあまり変わらないっていう話か」と言うと、「いいえ、その話じゃなくって、私は六条御息所じゃないだろうかっていう話です」と奈月は応えた。外からはまた風が入ってきた。
「奈月と明石の君が重なるっていうのなら分かるんだ」と僕は言った。「ずっと待ってたわけだから」
 すると奈月はすぐさま「六条御息所こそ待ったじゃないですか。時間的にも悩みの大きさ的にも、明石の君よりも待つ苦しみを味わってますよ」と返してきた。
「ただ、彼女の場合、光源氏の妻に嫉妬して、生霊となって取り憑いたっていうイメージが強いじゃないか。そこがどうしても奈月と重ならないんだ」と僕は反論した。こっちに顔を傾けていた奈月は天井を見上げて、「ですから、さっき言ったでしょ。先輩には、私の心の深いところまでは分からないんだって」とぼやいた。
「まさか、奈月が誰かに取り憑いたわけじゃないだろ?」と僕は冗談半分に言ってみた。あくまで、奈月の心に近づこうとするための試みでもあった。だが、それに対して奈月は何も反応しない。距離は逆に広がったように思えた。   
 それから僕たちは互いの肩を触れ合わせたまま天井を見上げた。このまま眠りに就くかと思った時、奈月が口を開いた。

キラキラ 187

「窓を開けて正解でしたね」と奈月はおだやかにつぶやきかけてきた。ふと気がつけば、僕は首筋と脇の下に嫌な汗をかいている。風がことのほか心地よく感じられるのはそのせいだ。
「いい松風が入ってくるからな」と僕は言い、Tシャツの襟を軽く引っ張って首筋の汗を拭いた。
 すると奈月は「松風、ですか?」とこっちを向いてきた。
「ホテルの外に松が茂ってるって、今奈月が言ったばかりじゃないか」と僕も彼女の方に首を傾けた。奈月は何も言わずに僕を見ている。布団に横たわった僕たちは、驚くほど近い距離で見つめ合っている。
「言いましたっけ、そんなこと?」
「言ったじゃないか、窓の外を見ながら」
 僕はそう言って窓際に移動し、奈月が開けた窓から外を見下ろした。ホテルの明かりは、渡月小橋のたもとに植えられた木々を照らしている。
「ほら、あれが松なんだろ?」と僕は指さした。背後に立っている奈月は、僕の肩口から外を覗きつつ、「先輩、大丈夫ですか?」と耳元でささやいた。
「私、植物には詳しくないですけど、あの木はどう見ても松じゃないかことくらいは分かりますよ。だいいち、私、そんな話した記憶がないんですけど」
 奈月は真顔でそう言った。それで僕はもう1度外灯に照らされた木々を凝視してみた。たしかに、松の木ではないようだ。さっき見た時は枝々は曲がりくねっていたと思ったが、改めて見てみると枝はピンと張っている。おそらく桜の木だ。
「ありえないな」と僕は漏らした。
「奈月がこの窓際に立って、しおりを読んだのは間違いないよな?」と僕は確認した。奈月は肯き、その後で「でも、松風の和歌は読みましたけど、あそこに松の木が生えているだなんて、話してないです」と答えた。

キラキラ 186

 その朗読の声は、奈月のものとは思えないほどに低かった。読み上げる速度の遅さと相まって、何となく不気味な調子に響いた。
「ずっと待ってたんです」と窓際に立つ影は、声の低さを保ったまま語りかけてきた。「だって、それしかできなかったんですもの」
「まつ?」と僕の口からさっきと全く同じ言葉が出てきた。その時、また風が入り込んできた。たしかにそう言われてみれば、松の香りが感じられる気もする。
「待つことは、信じることでした」と影は言う。「でも、信じることの裏側には、叶わないかもしれないという不安が常にひっついてるわけで、だから、信じることは耐えることでもありました。ずっとそうやって耐えてきたんです」
「奈月?」と僕は影に向かって言う。だが、影は動かない。
「最初から分かってたんです。待っても無駄だってこと」と影は続ける。だがそれは、誰に向けられた言葉かなのかはっきりしない。
 その瞬間、なぜか琴の音が耳元にちらつきはじめる。さっき奈月が、源氏が明石の君のために琴を演奏したという話をしたからだ。そのせいで、風呂にいく時にたまたま廊下のスピーカーから流れていた音が、耳の奥に残っていたにちがいない。
 だが音は頭から離れない。それは体系化された音楽ではなく、1つ1つの弦をつま弾く単発の音色として響いてくる。そのうち、音どうしが和音のように共鳴しはじめる。
 やがてそれらは不協和音のように揺れはじめた。その混乱の中、僕は本当にタイムスリップしているのではないかと疑った。
 不協和音がようやく治まったかと思うと、隣には、いつの間にか奈月が横たわっていた。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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