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鎌倉物語 6

 新幹線の車内にオルゴール調の「いい日旅立ち」が流れ次の停車駅は新横浜ですというアナウンスが耳に入ってきた時、僕はある奇妙とも言える感覚にとらわれていた。それはもしかするとデジャブに近いのかもしれない。
 隣には明子が座っている。彼女は浜松を過ぎたあたりからずっと窓の外を眺めたままだ。2人で新幹線に乗るのは初めてのことなのに、この既視感は何だろうと考えてみる。 
 僕はよく夢を見る。自分がまさに今から死ぬという瞬間の夢だ。目が覚めた時には首筋に嫌な汗をかいていてほっと胸をなで下ろすのだが、冷静に考えればその瞬間はいずれ僕の身にやってくる。それが遅いか早いかという違いだけだ。
 今のこの状況も夢に出てきたような気がしてならない。あるいは過去のどこかにおいてこの旅を無意識のうちに予感していたのかもしれない。いずれにせよ、それらは現実の光景と驚くほど酷似している。一定の早さで窓の外を流れてゆく景色、それをぼんやりと見つめる明子、どうすることもできずに彼女を眺めるだけの僕・・・
 そんなことを考えていると新幹線は徐々に減速をはじめ、窓の外にはビルや大きな広告が間近に立ち並ぶようになってきた。何人かの乗客は荷物を抱え出口に向かって動き始めている。明子はようやく視線を窓から離し、その人たちの背中に向けた。それから「降りよっか」と僕にしか聞こえないような声でささやいた。 
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鎌倉物語 5

 明子は休日には外へ出たがらない。彼女とつき合い始めてもう3年経つが、2人で外出するのはもっぱら平日のことだ。それでも彼女は仕事のある僕に気を遣ってか、出かけるのは平日ねと丁寧に断りを入れてくる。裏を返せば、その台詞は普段は外にさえ出たがらない明子が出かける気になったというしるしでもある。ほんの軽い気持ちで持ちかけた提案に対して明子がまじめな顔をして乗ってきたことに多少の戸惑いを感じる。
「仕事ならどうにでもなるよ。有給休暇は余ってる」と僕は言った。喉の渇きを感じたので、ソファを立って冷蔵庫からジンジャー・エールを取り出し、それをラッパ飲みする。
「ということは、鎌倉に行くというのは現実的な話なんだね?」
 僕はそう言ってソファの背もたれから出ている彼女の後ろ頭を見る。
「行ってみたいわね」明子は半分だけ顔をこちらに向けてそう応えた。「今晩、よく考えてみて、それからまた連絡するわ」
 僕の方も気づかぬうちにその気になっていた。ただ漫然と過ぎるだけの日常生活の流れを変えるのには悪くないアイデアだ。
「いい返事を待ってる」と僕が言うと、明子は頬を緩めてそっと立ち上がり、コットンのカーディガンを羽織った。それからいつものように僕にキスをしてから、今日もありがとうまた来るわと言い残して、ドアの向こうの夕闇の中に消えていった。

鎌倉物語 4

 ローカル線は次の駅に停車していた。テレビカメラは駅を離れて周辺の景色の映像を映している。理想的とも言えるほどの青空が広がり、海面はその青さを鏡のように反射している。波の白がことのほか鮮やかに飛沫をあげている。その情景を見ているとふと源実朝の和歌を思い出す。明子が鎌倉の話をしたからだ。
 
 大海の 磯もとどろに よする波 われてくだけて 裂けて散るかも
 
 僕はどちらかといえば理系畑の人間で特に文学に興味があるというわけでもないが、頭の中に残っている和歌や漢詩の1つ2つくらいはある。この実朝の短歌もその中の1つだ。実朝は元々将軍になるような豪傑ではなく、自身も頼朝や頼家と同じように暗殺される運命にあることを幼い頃から予感していた、そんな話を読んだことがある。そして実朝は予感通り、雪の降る宵に鶴岡八幡宮の石段で公暁に首を取られた。公暁とは頼家の子、つまり実朝の甥に当たる人物だった。
 もちろんテレビの中の景色にはそんな不吉な世界は感じられない。そこにあるのは胸がすくほどに美しい海岸線だ。しかしえてして美しいものの裏側にはそれにふさわしい陰影が存在するというのが僕の捉え方だ。
 ふと明子に目をやると彼女もテレビに目を向けている。しかしその瞳は画面を見てはいない。明子は時々こういう顔をする。その瞳の中には彼女以外誰もいない。
 しばらくして彼女はすっかり冷めてしまった紅茶をそっと口に運び、独り言のように言った。
「行くなら、できれば平日の方がいいな」

鎌倉物語 3

「鎌倉ってね、不思議な街なのよ」
 明子はそう言って右手で髪をかき上げた。ヘアリンスの香りがふわっと広がった。
「北と南で全然違うの」
 僕は彼女の話を聞きながらまだ見たことのない鎌倉の街を想像した。真っ先に思い浮かぶのは大仏だ。それも青い空を背景に堂々と鎮座している絵だ。それから由比ヶ浜や江ノ島など、美しい相模湾の情景もイメージできる。海には何艘ものヨットが風を受けている。
「街の真ん中にあるのが鎌倉駅。でね、そこから南は海に向かって開けてるの。観光客も多いし、ハイカラな町並みが続いてる。それが、北に上がると、とたんに鬱蒼としてくるのよ。鎌倉独特の静寂に包まれるの」と明子は言い、テレビの上の方を見上げた。「私がよく行っていたのは、北鎌倉。杉や檜の木立に囲まれて、古い禅寺が並んでる」
 明子の言う景色が僕にはうまく想像できなかった。ただ、こんなに目を輝かせて話す明子はこれまであまり見たことがなかった。
「行ってみるかい?」とためしに僕は言ってみた。
 明子は少し驚いたような顔で僕の方に顔を向けた。しかし表情は時間の経過とともに次第にゆるやかになっていった。

鎌倉物語 2

「ずいぶん前に横浜に住んでいたことがあってね。あなたにも言ったことがあるかもしれないけど、そうね、もうかれこれ20年近く前になるかな」
 明子はそう言ってティーカップをサイドテーブルに置いた。コトッという乾いた音がした。
「あの頃は週末になるとよく列車に乗って遠出してたなあ」
 明子はテレビの中に広がる景色に目を細めながら言った。「はるか昔のことのようにも思えるし、ついこの間っていう気もする」
 僕はソファにもたれて彼女の横顔を眺めていた。カーテンの間から漏れた夕暮れの明かりが、彼女の頬にふわりと広がっている。
「都会から離れて、1人で現実逃避するの。その頃気に入っていたのが、鎌倉。タカシくん、行ったことある?」と明子は言い、僕の方を見た。僕は首を横に振った。箱根には何度か足を運んだことがあるが、その場合鎌倉は地理的に外れてしまう。しかも鎌倉の渋滞は有名だからどうしても避けてしまうのだ。
「静かなところよ、鎌倉は」
 明子はそう言って再びティーカップを手に取り、ゆっくりと口を付けた。ローカル線はいつの間にか海岸線沿いをひた走っている。

鎌倉物語 1

「お寺が見たいわね」と明子はつぶやくように言った。
 その時僕たちは僕の部屋のラブソファに座って紅茶を飲みながらケーブルテレビの旅番組を見ていた。画面の中には緑の中の無人駅にクリーム色に塗られたローカル線の車両が停車している。
「寺?」と僕は訊いた。
「そう、お寺。なんだか急に行きたくなったの」
 明子はそう言い、ティーカップをそっと口に付けた。
「君が寺に興味をもっているだなんて、知らなかったな」
「こういう番組見てると、無性にどこかに出かけたくなるだけのことよ。それも心が癒されるようなとこにね」
「で、それが君の場合は寺というわけなんだね」と僕が言うと、明子は静かに微笑んでテレビの画面に目をやった。ローカル線はすでに無人駅を出発し、青い空をかき分けるようにして進んでいた。
 
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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