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鎌倉物語 68

「少し話しすぎましたかね」と山本氏は自らに言い聞かせるように言い、その後で細く長い息を吐いた。「あなたがたが魅力的に映ったものだから」
 彼の目元に込められていた力がしだいに緩まってゆく。
「特にあなたは静かな女性だ」と山本氏はどこか慈悲深い視線を明子に向けた。
 明子は突然の指名に背中をびくりとさせた。彼女は何も言えずにいる。彼女がどんなことを考えているのか僕にもよく分かっている。思いが大きすぎて言葉にならないのだ。
 山本氏の話をまともに受け止めちゃだめだよ、と僕は言いたかった。君はその手の話を信じ込みすぎるきらいがあるからね。人間誰しも認められたいという欲求を抱えている。彼はただ僕たちに話を聴いてもらいたいだけだ。そして願わくば僕たちを自分の世界に引き込もうとしている。
 彼はやぐらの前で静かに手を合わせる君を見て直感したんだ。この人なら受け容れてくれるにちがいないと。だから彼は僕にではなく君に向かって話をした。そして読み通り君は話に引き込まれた。もうこの世にいない人を愛し続けている君にとっては、「抜ける」という考え方はすんなりと入っていったかもしれない。事実君は死を怖れていない。むしろそこに憧れているようにさえ見える。
 しかし山本氏の話には欠落があることにも君は気づくべきだ。「生きることの意味」だ。生きている自分を抜けて仏の世界に辿り着くのが究極の境地であるのなら、なぜ神は人生というものを設定したのだろう? 僕たちは生きなければならないんだ。せっかく与えられた生きる権利を全うすることにまず目を向けなければ、本末転倒の人生になってしまう。
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鎌倉物語 67

「東条は徹底的な自己批判・自己否定の末に地獄の底まで堕ちました。さらにそこにはもっと複雑で難解な感情もあったかもしれない。あれほどの軍事裁判です。様々な思惑や欺瞞が渦巻いていたはずです。東条は我々凡人にはとうてい及びもつかないほどの地獄を味わっているのです。そしてその果てに見えたのが仏の光だったのではないか、私はそう捉えてます。彼が抜けたのはそのあたりです」
 山本氏はそう言ってお腹のところで軽く腕を組んだ。
「その証拠に東条は死刑執行の数分前に車の中で熟睡したというエピソードが残っています。それに勇んで処刑台に上がったということです。抜けた後の彼にはもはや処刑されることすら怖くはなかったのです」
 もちろん僕は山本氏の話を信じ込むことはしなかった。えてしてこの手の話にはどこか偏りがあるものだ。それが不可能なことだと分かっていても、あらゆる関係から常に中立的な立場でものごとを捉えていたいというのが僕の理想だ。
 とはいえ山本氏の話に説得力がなかったわけではない。源実朝と中原中也は最後まで人間的であった。だからこそ死んだ後に異様な印象が残った。
 そういえば以前知人に連れられて豚が屠殺される場に居合わせなければならないことがあったが、恐怖におののき、断末魔を上げ、ついには絶命させられた彼らの姿を見た時にも同じような後味の悪さがあった。
「ちょいと話は逸れましたが、つまりは信仰とは死すら怖れることのないくらいの静けさなんです」と山本氏はやわらかな声で言った。それから組んでいた腕の力を抜いた。

鎌倉物語 66

「非現実的な話ですね」と僕は言った。素直な感想だった。
 すると山本氏は「その通り」と言い、右手の人差し指を何かのアンテナのようにぴんと立てた。「非現実的ですよ。凡人にはとうていたどり着けない境地だし、そんなことすら考えずに人生を終える人間だっているでしょう。でも、だからこそ信仰には価値がある。全人生を賭けてでも目指すだけの価値が」
 山本氏の声はずいぶんと大きく太くなっていた。
「そう考えると、実朝も中也も、最後まで抜けることができなかったんだと私は思っています。逆の言い方をすれば彼らはきわめて人間的なまま死んでいった。今なお人々の心を惹き付けるのは、彼らにそういうところがあったからではないでしょうか」
 彼の頬はさっきよりもいくぶんか紅潮しているようだ。
「しかし、自分自身を突き抜けた人間っていうのは現実にいるんですか?」と僕が訊くと、山本氏は「いる」と間髪入れずに言った。
「ただ彼らは静けさの中に生きているわけだから、多くを語らない。だから目立たない」
 山本氏はそう言ってから握りこぶしを口元にあてがって、小さく2、3度咳払いした。
「東条英機、ご存じですよね?」と彼は言った。
「東条英機って、あの?」
「そう。あの東条英機です。彼は太平洋戦争後の東京裁判でA級戦犯として死刑判決が出た後に抜けています。彼は巣鴨にあった拘置所の中で浄土真宗に出会っています。獄中で抜けたのです。彼の和歌を見れば分かります」

鎌倉物語 65

「ホラホラ、これが僕の骨だ」と山本氏は続けた。それはたしか中也の晩年の詩の一節だったと記憶している。
「象徴的な詩だ。焼かれた後の自分の骨を眺めてるわけだから。生きることへの未練がひしひしと伝わってくる」と山本氏は言い、白髪の交じった顎髭を右手で撫でた。
「でも、逆に死を恐れない人間っているんですか?」と僕は訊いた。初対面の人に対してはずいぶんと大胆な質問だという自覚はあった。しかし日頃からそのことを考え続けている僕にとってはどうしても訊いておかなければならないことでもあった。
「それが信仰の世界に生きる人間ですよ」
 山本氏は深海魚のような表情を浮かべて言った。
「でも信仰なら、多くの人がもっている」
 僕がそう言うと彼の笑顔はぴたりと止まった。
「ですから、信仰というものは、『ある』とか『ない』とか、『もってる』とか『もってない』などというものさしでは計れないんですよ。そこにたどり着くかどうかってことだから。そのためには抜けなければならない」
「抜ける?」
「そう。抜けるんです。自分自身を突き抜けるんですよ。そうやって抜けた人間だけが信仰の世界にたどり着くことができる。そこには何もない。静けさに満ちている。まさに仏の世界だ。したがって死の恐怖すらない」
 山本氏は両方の手のひらを上に向けてそう語った。

鎌倉物語 64

「中原中也は、お好きで?」と山本氏は僕の顔を見て訊いてきた。
 特に好きというわけでもないが、自分は中也と同じ小学校に通っていたのだと言うと、山本氏は「ほお」とテナーサックスのような声を響かせた。
「じゃあ、ご出身は山口で?」
 山本氏の問に僕は頷いた。
「そりゃ、奇遇だ。いや、じつはね、僕の祖母も山口なんですよ。だから小さい頃なんかはよく遊びに行ったものです」と山本氏は言って口元を緩めた。「なつかしいなあ」
 爽やかな風が吹き頭上のモミジが揺れる。さらさらと葉のこすれる音がする。
「汚れっちまった悲しみに今日も小雪の降りかかる」と山本氏は中也の詩を口ずさんだ。
「小学生の頃は暗唱させられたものです」
 いつの間にか僕も彼の話に乗っていた。
「源実朝と中原中也って、どうも、似ているところがあると思いません?」
 山本氏は意外な問を投げかけてきた。僕はそれについて考えた。そう言われてみれば似ているような気もする。しかし何がどう似ているのかはうまくはつかめない。
「痛々しいんだよね」と山本氏は自身の解釈を述べた。「もう少し言うとさ、どこかで死を怖れてる」
 そう言って彼は僕の目を見た。僕はどきりとする。ひょっとしてこの人は自分と近い感じ方の持ち主なのかもしれない。
「死を怖れているから痛々しいし、だから死んだ後には不気味な後味が残る」

鎌倉物語 63

 山本氏の話を明子は神妙な面持ちで聴いている。僕には彼女がどんなことを考えているのかよく分かっている。
「私は特定の信仰をもっているわけではない。でも特定の人なら今なお想い続けている。心の底から。あなたには私の心の底が見えるというのですか?」
 山本氏はそんな明子の心中を察するわけもなく、少しだけ間を置いてから再び話し始めた。
「このやぐらに漂う静けさはいいですねえ」
 明子はうつろな瞳をしている。
「歴史の教科書よりも多くのことを語っている」と山本氏は続け、まるで僕たちを尻目にかけるかのようにして実朝のやぐらに近づき、火のついたタバコを指に挟んだまま墓前に手を合わせた。
 明子は深い思索の淵に迷い込んでいる。
 礼拝を終えた山本氏はゆったりときびすを返し、思い出したかのようにつぶやいた。
「そういえば、中原中也が亡くなったのもこのお寺なんですよね」
 そう言って山本氏はタバコを携帯式灰皿の中でもみ消した。
「中原中也ですか?」と僕は口走った。自分でも声が上ずったのが分かった。
「ええ、中原中也です」
 山本氏はいささか怪訝そうな顔を僕の方に向けた。
「以前はこの場所に家が建っていたんです。中原中也は、今我々がいるまさにこの辺りで亡くなったんですよ」

鎌倉物語 62

 山本氏はカメラを磨き終わった後で再びセブンスターに火を付けた。
「ということは、私たちには信仰があるように見えたんですか?」と明子は訊いた。
 彼はくわえていたタバコを手に持ち替えて言った。
「信仰というものは『ある』とか『ない』とかいうものさしで計られるもんじゃない。目には見えないが確実に存在するもの、それが信仰じゃないですか」
 明子はよく分からないという顔をした。僕も同感だった。なぜ僕たちが被写体になったのか?
 その思いが伝わったのか、山本氏はより具体的に説明しはじめた。
「あなた方は、やぐらに向かって静かに手を合わせていらしたでしょ。その静けさにこそ、僕は惹かれました」
「静けさ?」と明子はつぶやくように言った。
「そう。静けさです」そう言ってから山本氏は頭上に覆い被さるモミジの葉を愛おしそうに見上げた。「今の世の中って、本物の静けさを感じることがなくなったと思いません? 物質文明ですから。ただし、その社会の中であくせくと働く人も、そりゃ、必要だ。実際に社会を支えているのは彼らなんだから。でも、それは残念ながら、人間としての本質じゃない。人間とは本来宗教的な存在なんだと思うんです。5年ほど前に死にかけましてね。あの時天から声が聞こえたんですよ。このままがむしゃらに働いて貴重な人生の残り時間を浪費するよりも、人間としての静けさを取り戻すことの方が大事だと。それから写真を撮り続けているうちに、少しずつ分かってきました。信仰の世界にいる人間というのは、静けさに包まれているのです」

鎌倉物語 61

「私たちを撮りたいとおっしゃったのは?」と明子は続けた。
「ですからあなたがたには私の心を惹き付ける何かがあるわけですよ」
 山本氏はそう言い、煙草の灰を指先で弾き落とした。
「悪用はしないですよね」と明子は声を低くした。彼女らしい質問だ。すると山本氏はタバコをくわえたまま声を出して笑った。
「悪用のしようがない」
 明子は僕の方に顔を向け、写真くらいいいんじゃない、とささやいた。明子がそう言うのであれば僕はかまわなかった。僕には失うものなんて何もないのだ。
 というわけで、僕たちは写真を撮られることを承諾した。山本氏は礼を言って煙草を携帯式の灰皿の中に入れ、ライカを取り出した。それから彼の指示通り、やぐらや五輪塔、木々の緑などを背景に2人でカメラの前に立った。
「いやはや、おかげでいいのが撮れましたよ」
 と山本氏は撮影を終えた後でしみじみとそう言った。
「私、こんなに一生懸命に写真を撮られたことなんてなかった」と明子は満足そうに言った。彼女は山本氏に心を許しているように見えた。初対面の人とこんなに話をするなんて明子にとってはきわめて珍しいことだ。彼女は休日には外にさえ出たがらないのだから。
「今の写真はどうされるんですか?」と僕は訊いてみた。
「僕は信仰というものを追求しているんです。写真でその世界に迫りたいと思っているんですがね、納得いくものが揃えば写真集としてまとめ上げたいと思ってるんです」と言いつつ山本氏はクロスでライカのボディを拭いていた。

鎌倉物語 60

「ところで、どうですか、寿福寺は?」と山本氏は訊いてきた。
 そう言われても答えようがなかった。それよりも人と会うことが苦手な明子が窮屈な思いをしているのではないかということが気がかりだった。彼女は僕の背中に隠れるようにして話が終わるのをじっと待っている。
 僕たちが何も言わないので山本氏は間を繋げるように話した。
「いえ、こう言っちゃ、失礼かもしれませんが、何だか絵になるお2人だなって思いましてね。私が撮りたい写真にふさわしいと思えたんですよ」
 それから彼は持っていたライカをショルダーバッグにしまい、ポケットからセブンスターを取り出して慣れた手つきで火を付けた。彼はいかにもうまそうにそれを吸った。まっすぐに立ち上がった煙は空気の中に溶けてゆく。
「貴重なお時間をお邪魔しました。どうぞ、すてきな旅を」
 彼が立ち去ろうとしたところで明子が話しかけた。
「どんな写真を撮られてるの?」
 山本氏は煙草をくわえたまま横目でちらりと明子の方を見た。
「景色じゃないんです」と彼は即答した。「僕は目に見えるものには興味がない。目に見えない、それでいて、確実にそこに存在する、そんなものを撮りたいとは思ってます。ただ、残念ながら、今の日本にはそんなものはそうそう見つかるもんじゃない。だからこうして、あてもなく歩き廻ってるんですよ」
 山本氏はそう言って、半ば真剣なまなざしをこちらに向けた。

鎌倉物語 59

「やぐらを巡られてるんですか?」と男は話しかけてきた。僕は「ええ、まあ」と応えておいた。
「いやね、ちょっとあなたがたにお願いがありましてね」と男は続けた。「他でもない、写真を撮らせていただきたいんです」
 それはちょっと無理だろうと僕が言うと、男は再び苦笑を浮かべ低くつぶやくように言った。
「後ろ姿でいいんです」
 すると僕の背後でこの男を観察していた明子が訊いた。
「失礼ですが、あなたは?」
「おお、すみません、申し遅れました」と男は言い、ジャケットの内ポケットから財布を取り出し、そこから名刺を抜いて僕に渡した。
「山本耕二」とう名前だけが記された名刺だった。念のため裏も見てみるがやはり白紙だ。
「名前しか書いてない」と明子は耳元でささやくように言った。
 男は僕たちの反応を楽しむかのような笑みを浮かべている。
「私には肩書きなんてないし、住所だって定まらない。電話も持ってない。名前だけで十分なんです」
「お寺の写真を撮られてるんですか?」と僕は名刺に目を落としたまま尋ねた。
「ええ。おととし会社を早期にリタイアしまして、その後写真を撮りながら全国を廻ってるんです」
「じゃあ、カメラマンということですね」
 僕がそう言うと、「ですかね」と何だか煮え切らないふうに言った。
 

鎌倉物語 58

 目を開けると、世界はセピア色に染められていた。実朝の墓に参詣することで心に何かが書き込まれたのかもしれない。あるいは、歩き疲れているだけかもしれない。
 深呼吸をして軽く頭を振ると、正常な血液の循環を取り戻したのか、次第に普段通りの色彩感覚が戻ってきた。ただ、胸のあたりを流れる血液は温かい。自分の人生を全うしようという思いが心に染みわたっている。
 明子に視線を向けると、彼女もちょうど合掌を終えたところだった。
 彼女はやおらしゃがみ込みそこに落ちていたモミジの葉っぱを拾い上げた。まだ鮮やかな緑だが傷のないいかにも端正な形を保ったモミジだ。彼女はそれをティシュペーパーにくるみ、大事そうにハンドバッグにしまった。
 やぐらに別れを告げ、きびすを返そうとした時、背後に誰かの気配を感じた。反射的に目をやるとそこには男性が立っていた。不意をつかれた僕は思わず声を上げてしまった。
 その男性は鼻と顎に白髪混じりの髭を生やしツイードのジャケットを纏っている。50代後半から60代といったところだろうか。ハンチングを深めにかぶり、僕の狼狽に苦笑いともつかぬ笑顔を口元に浮かべている。
「こんにちは。良いお天気で」と男は言った。少ししゃがれたそれでいて張りのある声だった。
 僕は何も言わずにただ頭を下げた。男は左手に黒のライカを持っている。

鎌倉物語 57

「どうしたの、疲れた?」
 ふと気が付くと、明子は隣に立っていた。
「いや、別に何でもないんだ」と僕は言いつつも、こめかみの辺りが重く響くのを感じた。「外に出て、コーヒーでも飲もうか」と明子は言ってくれたが、せっかくだからもう少しここでゆっくりしようと僕は応えた。
 明子は安心したような顔で小さく頷いた。
「ミナモトノサネトモ」と明子はやぐらの横に立てられた札の名前を読みあげた。「北条政子の息子だね。どんな感じがするんだろう、母の隣に眠ってるのは。だって彼は第3代将軍でしょ」
 明子はそう言って膝に手を当て、やぐらの中を覗き込むようにした。
「北条政子も源実朝も、戦いから解放されてようやく本来の平安の中にいるんじゃないかな」と僕は言った。明子はそれについては何も言わず、しばらく経ってから、ただ「静かだね」と小さく声を吐き出した。
 僕は実朝の墓に向かって手を合わせ、目を閉じた。「まさかあなたとこんな所で出会うとは思ってもみませんでした」と声が聞こえた。他でもない自分の声だった。
 私は死を怖れています。中学生の時に仲の良い友人が事故で死に、大好きだった父も病気で亡くなりました。死は常に身近にありました。おそらくあなたのことを忘れなかったのもそういう経緯があったからだと思っています。
 私は生きたいのです。だから不用意に死んだりしないよう注意を払います。
 そう思えるのは、明子がいてくれるからです。私は彼女と一緒に生きたい。

鎌倉物語 56

やぐらの中を覗いてみるとそこには5つの石が積み上げられている。さっき明子が話していた五輪塔だ。鎌倉幕府を支えた執権の墓の割には質素な印象が漂う。塔の両脇には白の水仙が供えられており、薄暗い風景に唯一の色彩を与えている。人の手によって丹念に彫られたと思われるやぐらの内部は苔むしていて、古い石の匂いが鼻にまとわりつく。
 顔を上げると明子は目を閉じて両手を合わせていた。僕は彼女の横をすり抜けるようにして実朝のやぐらに移動することにした。
 一見したところこの裏山の崖にはいくつかのやぐらが彫ってあるようだ。中には現代風の墓石が収められているものもあるが、やはり五輪塔が多い。岩肌の小さなくぼみにはそこに入るほどの五輪塔がわざわざこしらえられて置いてあったりもする。
 鎌倉の歴史を作り上げてきた人物はこうして葬られているのだ。
 そんなことを考えながら歩いていると実朝のやぐらはすぐに見つかった。
 政子の墓よりも奥に深く、内部はより薄暗い。線香が立ててあり、煙がたちこめている。五輪塔の両脇には白とピンクのコスモスの花が供えられている。
 僕は軽い眩暈を覚えた。同時に胸元から魂が吸い取られていくような感覚があった。
 これまでの人生における実朝への想いが、今この瞬間に収斂されるかのようだ。

鎌倉物語 55

「ちょっと、行ってみようか」明子は非公開の本殿にいささか名残惜しそうな視線を残した後、裏山へと続く脇道を歩き始めた。
 実朝の死について思いを巡らせていた僕はしばらくして我に返った。気がつけば明子はずいぶんと前に進んでいた。
 彼女の背中を追いかけながら進んでいると、「北条政子墓所 → 」と記された立て札が視界に飛び込んできた。緑に囲まれた小径はどこか湿っぽく、途中、赤い衣をまとったお地蔵さんが5体ほど並んでいたりする。突然岩肌がむき出しになっている所もある。
 明子に追いついた時には、本殿の裏側にたどり着いていた。そこは少しだけ開けていて、山際の斜面には墓が所狭しと立ち並んでいる。なるほど、たしかにこの寺は墓所としての性格が強いのだ。
 さらに奥に進むと切り立った大きな崖が現れる。おそらく凝灰岩の地層だ。陽光に照らされた木々の緑が灰色の岩肌にうっすらと映り込んでいる。所々に大きな空洞が空いているのも分かる。どうやらこの辺りが寿福寺の最深部らしい。
「昔、ここが海だった時に波が削ったのか、それとも風でさえ何万年も吹き続ければ岩に穴を開けるのか」と明子は空洞を見ながらつぶやいた。そこからはひんやりとした空気が流れ出している。山口に秋吉台という石灰岩が作ったカルスト台地があるが、そこの地下にある鍾乳洞の空気をふと思い出す。
「これがやぐらね。鎌倉独特のお墓よ」と明子は言い、空洞の中の墓石に視線を送った。北条政子の墓を見つけ出したのはそれからまもなくのことだった。
 日差しは降り注いでいるのに、やぐらの中だけは真っ暗でひんやりとしていた。

鎌倉物語 54

 それにしてもなぜ実朝の和歌が心から離れなかったのか?
 実朝のこの和歌に描かれているのは写実的でかつ分析的な世界だ。読む者にはきわめて鮮烈な印象を与える。だがそれだけではない。なにかしら暗くて不吉なものが心にまとわりつくのは僕だけだろうか?
 大学生の時、図書館で法学のレポートを作っているその合間に、実朝についての文献を繙いたことがある。そこには興味深い内容が書かれてあった。
 実朝は幼くして自らの死を予感する。彼は将軍家に生を受けたにもかかわらず和歌の才能に恵まれていて、数多くの秀歌を残すが、その中には死の香り漂う歌も多くある。
 当時鎌倉は空前の「暗殺ブーム」真っ只中で、結局実朝も雪の鶴岡八幡宮で甥の公暁に首を取られるのだが、その死は当時の人たちに異様な印象を与えたようだ。公暁は実朝の首を取った後、夕食の場所にそれを提げてきたというのは有名な話らしい。そのニュースは瞬く間に知れ渡り、翌日100人以上の御家人たちが一斉に出家したという記録も残っている。
 その記述を目の当たりにした時、妙に納得できるところがあった。僕が実朝の和歌から感じ取ったのもまさにそういう「異様な印象」だったからだ。
 だが実際に彼の墓所があるという寿福寺の境内に立ってみると、その印象は少し変わってくる。うまく言葉にできないが、実朝の亡霊が近くに立っているような気がするのだ。
 もちろんおそろしい。しかしどこかぬくもりを伴うおそろしさなのだ。

鎌倉物語 53

 そもそも旅のきっかけはケーブルテレビの旅番組だった。あの時明子は僕の部屋に来ていて、彼女の持ってきたショートケーキを食べ、紅茶を飲みながら2人でテレビを見ていた。すると彼女は鎌倉に行きたいと言いだしたのだ。
 あの時テレビの画面にあったのは胸のすくような海岸線の情景だった。どこまでも青い水平線が続き、白い波飛沫が上がっていた。そのさまを見て心に浮かんだのが他でもない実朝の和歌だった。

 大海の 磯もとどろに よする波 われてくだけて 裂けて散るかも

 今思えばこの和歌が今回の旅に何らかの影響を及ぼしている気がする。高校生の時に初めて出会って以来、忘却することなく心の深奥に留まっていたのだ。だとすればこの和歌は1つの暗示であり、この旅そのものが僕の人生における何らかの暗示ではなかろうか。
 この寿福寺には何かあると僕はそう直感した。

鎌倉物語 52

「ということはこの寺の中には誰かが眠っているんだな」と僕は言いながら門をくぐった。その瞬間、古木の香りがつんと鼻を差した。
 参道はまさしく森だった。頭上にまで緑が覆いかぶさりアーチを形作っている。入口から50メートルほど進んだ所にもう1つ朽ちかけた感じの門があり、それは開放さえされていない。ここから先は進めないようだ。門には柵が掛けられいて、そこから前を望むと大きなお堂が1つひっそりと鎮座している。どうやらこれが本殿らしい。鎌倉五山第3位の古刹だというのに参詣している人は僕たちの他には誰も見当たらない。
 明子はそこに立てられた説明板を食い入るように見ていた。
「さっきの赤い門は、どうやら山門じゃなくて外門みたいね」と彼女は言った。「山門はどうやらこれみたい」と明子は続け、門を見上げた。柱は所々ひび割れていて、屋根の裏には大きな蜘蛛が巣をかけている。
「逆にこういう門の方が、かえって修行する覚悟が湧いてくるのかもしれないな」と僕は柵に手を置いてそう言った。
「私も、好きよ。こんな感じのお寺。ただ、ここはおそらくは修行の場と言うよりは、墓所としての性格が強いんだと思う。だからこんな感じだし、公開もされていない」
 そう言って明子は帽子を脱ぎ、左手で髪をといた。
「ここには北条政子のお墓があるみたいよ」と彼女は山手に続く脇道に目をやった。「北条政子といえば頼朝の奥さんね」
 彼女は再び帽子をかぶった。
「それともう1人、源実朝のお墓もある。ここにそう書いてある」
 実朝の名前を聞いた時、僕は再びデジャブの感覚にとらわれた。

鎌倉物語 51

「亀ケ谷坂の切通し」を過ぎてからというもの、僕たちは横須賀線と平行して南下した。線路の向こうには閑静な住宅地があり、その奥には緑の茂みが広がっている。茂みと言っても大木の集合体で、1つの孤立した森のようにも見える。
 踏切を渡ろうとしたところでちょうど目の前を東京方面行きの横須賀線が通過した。遮断機が上がって線路の反対側に出ると、初めて「寿福寺」の看板が見えた。
 案内に従って古木の中の小径を進む。すると屋根と柱だけの至ってシンプルな門に突き当たる。なるほど、これは総門で、ここを抜けると大きな山門が現れるんだなと思っていると、「どうやらこれが山門みたいね」と明子が隣でつぶやいた。
「しかしこれが山門じゃ、威厳も何もないな」と僕はいささか拍子抜け気味に漏らした。
 木々の間からは日差しがこぼれ、高いところでは鳥が鳴いた。
「たしかに意外ね。地方のお寺でさえ山門は立派なのに。鎌倉五山の第3位っていうのが、なんだか信じられないね」
 そう言いながら明子は1歩下がって門全体を見渡した。色褪せた柱はうっすらと赤みがかっている。往時は丹塗りだったのだろう。それにしても寂れた感じの漂う門である。力強いのは入口の石柱に彫ってある「壽福金剛禅寺」という文字だけだ。
「ここ、誰かのお墓なんだ」と明子は声を低くした。「ほら、五輪塔が置いてある」
 そう言って彼女は門の左脇に手のひらを差し出した。そこには苔むしかけた石が頼りなさそうに積み上げられている。
「これは供養塔で、鎌倉では要人のお墓に必ずと言っていいほど置かれる石なのよ」

鎌倉物語 50

 僕は彼女の話に耳を傾けつつ、ただ黙々と足を運んだ。体が温まってきたからか、膝の痛みはさっきよりも落ち着いていた。
 今通ったのは「亀ケ谷坂の切通し」と言って、鎌倉時代は幕府に通じる貴重な抜け道だったのだと明子は説明した。南は海に面し三方を山で囲まれている鎌倉は軍事的には理想的な立地条件だが、地質的に岩盤が厚く、交通網を築く上では難点も多かった。そこで幕府は岩盤をくり抜いて抜け道を造った。それが「切通し」だ。鎌倉時代、御家人たちはこの細い山道を通り「いざ鎌倉」のラストスパートを切ったのだ。
 明子の話が終わると、切通しも終わった。目の前は途端に開け、再び秋の日差しが潤沢に降り注ぐようになった。それは北鎌倉という地区の終わりをも意味していた。
 僕たちは住宅地の中を南に進んだ。白くて四角い家が多くあった。途中、薬王寺と岩船地蔵堂を通り過ぎた。今からどこに行こうとしているのかと尋ねると、明子は「寿福寺よ」と答えた。
 その寺の名前を聞いても僕はぴんと来なかった。
「寿福寺って、建長寺、円覚寺に次ぐ、鎌倉五山の第3位のお寺なの。でも、なぜかそこだけお参りすることがなかったのよね。4位の浄智寺も、5位の浄妙寺にも行ったのに。浄妙寺なんてずいぶん遠くて、わざわざ鎌倉駅前で自転車を借りて行ったのよ。それなのに、なぜか寿福寺だけは縁がなかったのよ」
 そう話した明子の眼鏡は午後の陽光にきらりと照らされた。
「ひょっとして、それは今日のために取ってあったのかもしれないね」と明子は言った。じつは僕も全く同じことを考えていた。

鎌倉物語 49

 明子はぱったりと喋らなくなった。各々の靴が地面を踏む音だけが人気のない山道に心許なげに響く。彼女はまた自らの思索の淵に迷い込んでしまった。
「そういえば、建長寺には行かないっていう話だったっけ?」と僕は思い切って訊いてみた。すると明子は夢から醒めたような顔でこっちを凝視した。
「私って、一度脱線すると、しっぱなしね。だからいつも目的地にはたどり着けない。O型だからかな?」と彼女は言い、ため息混じりに笑った。
「血液型の問題でもないと思うけどな」と僕は言った。それは君が過去に経験した苦悩と関係してるんだよ。君はあれほどの苦悩からよく立ち上がった。しかしそれはある時何かの拍子にフラッシュバックしてくるんだ。だから君には現実逃避の手段がいるんだ。君がよく脱線するのは、1つの所にとどまっておけない君の精神状態のせいだよ。
 僕は心の中でそう言った。それから少し間を置き、建長寺について再度質問した。
「鎌倉街道のそばに、いきなりドカーンと現れるの。鎌倉五山第1位というだけあって十分な風格だけど、私には豪華すぎるわね」と明子は言った。
「禅の世界は、死と結びついてる。その点で現世利益が期待できた密教とは少し違うのよ。武士は貴族と違って常に死と隣り合わせ。それに、元寇のように多くの戦死者が出る大事件も起こったりして、当時の鎌倉は死の匂いがぷんぷん漂ってた。だから彼らは現世ということよりも来世を大切に考えるようになった」
 もうそれ以上死の話をするのはよそう、と祈るような思いで話を聞いた。
「魂を鍛えて仏と一体化する。そんなお寺が私は好きなのよ」明子はそうとだけ言った。

鎌倉物語 48

「じゃあ次は鞍馬寺に行ってみるか?」
 歩きながら僕はそう言った。ほんの、軽はずみに近い言葉だった。だのに明子はその言葉に対して意外にもぴくりと反応した。光源氏や鞍馬天狗の話をしている時の笑顔は急に冷め、瞳はうつろになった。それはほんの一瞬のことだった。彼女は直ちに元の表情に戻り、何事もなかったようにさっきまでと同じペースで歩き始めた。
 しかしその一瞬だけ急変した表情は僕の心にびったり貼り付いた。まるでサブリミナル効果のような逆説的な印象を植え付けた。次の旅に誘ったことが彼女を傷つけてしまったということなのか。
 この旅が最後になるかもしれない。直感的にそう思う。もちろんそれはあくまで直感だ。しかし僕は直感を信じる。直感とは人間の中に元々備わっているものではなかろうか。その証拠に直感はしばしば真実をとらえる。逆に論理や科学が人間の真実から離れることはよくあることだ。現代社会の混迷は人々が直感を忘れ去ったところから始まった。
 佐織との旅がなぜ想い出に残っているのか。それはあの時僕が直感したからだ。僕たちは愛し合っていたにもかかわらず、それが最後の旅になるような気がしてならなかった。もしかすると佐織の方も同じだったのかもしれない。だから彼女は行きたい場所を指定することなく、共有する時間の中にただ身を委ねようとしたのだ。
 

鎌倉物語 47

「ねえ」と明子はだしぬけに言い、ふと歩を止めた。僕も彼女に倣った。
「やっぱり鎌倉と京都って、つながってるんだ」
 そう言ってしまった後で、彼女は再度ゆっくりと歩き始めた。
「光源氏と源義経が鞍馬寺でリンクした」と明子はそれから独り言のようにつぶやき、深みのある微笑を浮かべた。「しかも光源氏は架空の人物で源義経は実在の人物。なんだか宇宙的ね」
 するとその直後に山肌の隙間から日差しが漏れ出し、明子の上半身を再び照らしはじめた。僕は少しほっとした。
 京都と鎌倉はつながっている・・・
 頭の中でそう口ずさんだ途端に軽い混乱を来した。京都を歩いた感覚が両脚に鮮明に甦ったからだ。それは美咲と有名な場所を巡った時の感覚ではなく、佐織と2人ですずろに歩き回った時のものだった。なぜ佐織なのか?
 その答えは明白だった。佐織は明子の雰囲気に通じるからだ。佐織も出たとこ勝負の所があった。「タカシと一緒ならどこに行っても楽しいから」と言ったことさえある。あの時僕たちはたしかに愛し合っていた。かけがえのないはずの想い出は古い映画のポスターのようにみるみる色褪せてゆく。
 今こうして鎌倉をふらりと歩く。時折、佐織と京都を歩いているような錯覚が覆い被さってくるような気がする。京都と鎌倉は僕の中でもつながっている。
 今回の旅は何かの暗示ではなかろうか。ふとそんなことさえ考える。

鎌倉物語 46

「ところで」と明子は言った。まわりの景色が急変して、ここが鎌倉なのか、はたまたヒマラヤなのか判別しがたくなっていることを彼女は気にもかけていない。
「鞍馬天狗って聞いたことない?」と明子は言い、こっちを見た。僕は「聞いたことある」と答えた。
 僕は大学時代に映画館でアルバイトしていたことがあった。それは美咲が演奏していたジャズハウスの近くにある古い映画館だった。倉庫の整理を頼まれていた時に、ホコリをかぶった昔のポスターが大量に出てきた。『七人の侍』や『鬼平犯科帳』などの中に『鞍馬天狗』はあった。黒い頭巾をかぶり腰に刀を差した浪人風の侍が大きく描かれていた。
 薄暗い倉庫の中のポスターには何かしら不気味な雰囲気が立ち上っていた。よく見るとそれらはどれも手で描いてあり、ある名状しがたい迫力に満ちていた。今のCGで制作されるようなものよりも見方によってはリアルで、怖かった。
「鞍馬天狗は、鞍馬寺で牛若丸に武術を教えるのよね」と明子は付け足した。「牛若丸って言うのは、源義経の幼名ね。たしか義経が鞍馬寺で育ったというのは事実だったわね」
「まったく、君の知識はとどまることを知らないな」と僕は舌を巻いた。
「ずっと本を読んでるから」と明子は言った。山肌の近くを歩いている彼女はすっぽりと影に包まれている。
 明子は1日のほとんどを読書に充てる。彼女には十分な資産がある。マンションもある。そのリビングの窓際で本を読む。それが明子の日課であり人生なのだ。

鎌倉物語 45

「光源氏が垣根越しに少女の姿を見つけるの。その子は飼っていた雀の雛を逃がして泣いてるのよ。その子が成長した姿を思い浮かべた源氏は心奪われてしまう。その少女というのが後の紫上。後に妻となる人ね。その時源氏は義母である藤壺を想い続けてて、幼い紫上に藤壺の面影を重ねるのよ」
「なんだか、ロマンティックというか、危険な感じの話だな」と僕は言った。明子は含み笑いを浮かべながら話を続けた。
「源氏は結婚を前提に少女の後見を申し出るんだけど、そりゃ、承知されないよね。でも彼は、後日、少女をさらうようにして都に連れて帰ってしまう」
 明子は再び饒舌になっていた。彼女の話を聞いていると物語には彩りのようなものが与えられ、『源氏物語』を読んでみようかという気にさえなるから不思議だ。
「その、紫上を初めて見た場所が、お寺の僧坊だったの。源氏はわらわ病みと言って、今のマラリアみたいな病気に罹って、加持祈祷の治療を受けに来ていたのよ。そのお寺は京都の北山の、鞍馬寺じゃないかって憶測されてるのね。もちろん密教のお寺よ」
 僕は小さくなったのど飴をかみ砕いた。口の中はさっぱりしていた。
「密教は現世利益があって、病気なんかも治るということで、平安京の貴族たちに支持されたの。その結果都には多くのお寺ができることになるのね。京都は元々盆地だから、手頃な山があってお寺を造りやすかったんだろうね。でも逆にそれは、本格的な山岳修行をするには少し物足りないようなお寺を増やすことにもなったのよ」
 道の両側には崖と言った方がいいような岩肌がむき出しになっていて、日差しも遮られるようになっている。今自分がいる場所がどこなのか、見失いそうになる。

鎌倉物語 44

「もちろんそれはあくまで私の仮説。でも、きっとそういうことだと思うの」と明子は歩を少しだけ緩めてそう言った。
「『源氏物語』読んだことある?」と明子は訊いてきた。
「教科書に出てきたところは読んだ記憶があるけど、内容まではよく憶えてないな」と僕は答えた。
「あの物語の時代の仏教っていうのは、禅じゃなくて密教なのよ」
「密教?」
「そう。秘密の方法で修行を繰り返し、仏と一体化しようとする教えよ。空海とか最澄とか、聞いたことない?」
「なんとなくあるかな。特に、空海とか」と言うと、明子は小さく頷いた。
「あの人たちが出てくるまでは大陸から伝わった仏教を朝廷が日本風にアレンジして行っていたのよ。奈良の東大寺を中心にね。でも空海や最澄は自ら唐に行って密教を学んできて、日本に修行というものを取り入れたの。ほら、たとえば山の中に入って滝に打たれるようなやつ」
「あるね、そういうシーン」
「『源氏物語』の頃の仏教は、だからその密教が主流で、格式のあるお寺は山岳に造られるのよ。特に比叡山の延暦寺は京都から近いということもあって、修行の中心地になるのね。で、京都周辺の山にも必然的にお寺ができてくるの。光源氏が初めて紫上を垣間見る場面、知ってる?」
 もちろん知らない。古典の授業といえば、動詞とか助動詞とか、今となってはどう役立っているのか不明なことばかりを詰め込んだ記憶しかない。

鎌倉物語 43

「君が行こうとしているのも建長寺なんだな」と僕が言うと、明子はふっと笑いながら首を横に振った。
「私、あのお寺はどうも好きじゃなくてね。1回行ったらもう十分って感じ」
 彼女はそう言って横断歩道を渡り、鎌倉街道に別れを告げて細い路地に入って行った。
「昔、よくここへ来てた時にね、鎌倉五山だけは制覇したいなって思ってたのよ。でもほら、私って、出たとこ勝負のところがあるでしょ。寄り道しすぎて、結局5つのお寺すべてに行くことはできなかったのよ」と明子は言い、ハンドバッグの中からハーブのど飴を取り出して、1つを僕にくれた。
「鎌倉五山って、なんだっけ?」と僕はのど飴を口に入れた後で訊いた。はっかの香りが広がり、まだ口の中に残っていたビーフシチューの風味をたちまち中和した。
「簡単に言うとお寺の格付けのことよ」と明子はあっさりと答えた。
 鎌倉街道から100メートルも行かないうちに道は急に細くなり、まるで山道のようになってきた。
「何も寺にまで格付けする必要もないのにな」と僕は思ったことを口にした。というのも僕は年功序列に代表される東洋的ヒエラルキーに日頃から違和感を覚えるタイプなのだ。
 そのうちアスファルトの舗装はコンクリートに変わった。時折スニーカーが小石を踏んづける。僕の不安をよそに明子はすたすたと足を前に運ぶ。
「当時はそれだけお寺が重要な地位を占めてたってことなんだよ、きっと」と彼女は言い、「なぜだと思う?」と逆に質問してきた。僕は分からないと即答した。
「死を身近に感じる時代になったからよ」と明子は言い、微笑んだ。

鎌倉物語 42

「無窓庵」の石段を降りる時、膝に疲れがたまっているのを感じた。ここのところの運動不足が祟っているのかもしれない。
 僕たちは再び鎌倉街道に出て、「無窓庵」に置いてあった「北鎌倉さんぽマップ」という手作りの地図を広げながらゆっくりと歩きはじめた。明子は僕の広げた地図にちらと目をやって、「もう1つ、お寺に行ってもいい?」と言った。もちろん僕は同意した。
「けっこう歩くけど、大丈夫?」
「たぶん大丈夫だろうけど、君の方は?」
「私も大丈夫。後になっていろんなところが痛くなりそうだけど、今は楽しいから痛みは感じないよ」
 それなら行こうと僕は言い、両方の膝を交互に軽く振ってからもう一度歩き出した。
「ほんとに大丈夫?」と明子は僕の膝に心配そうな視線を向けつつ念を押した。
「いい運動になるよ」と僕は言い、地図を畳んでジーンズのポケットに突っ込んだ。 
「タクシー使ってもいいよ」と明子は言った。しかし車を使ったりしたらせっかくの風景や土地の様子が楽しめなくなってしまう。便利さは味気なさとほとんど同義だと僕が主張すると明子はいかにも彼女らしい穏やかな笑顔を浮かべた。それで僕たちは鶴岡八幡宮方面に向かって再び歩くことになった。
 時間の経過と共に空気はますます軽やかになり、風も心地良い。明子のヘアリンスの香りがかすかに立ち上がる。歩道を歩く人々もさっきよりも増えているように思う。
「この人たちはきっと建長寺をお参りしてきたのね」と明子は歩きながら言った。

鎌倉物語 41

「無窓庵」の窓の外に揺れる青竹の群れを見ていると、何ともやるせない心持ちになる。これまでの人生がいかに綱渡りのようなものであったかということを痛感させられるようだ。僕は今たまたまこの場所に存在しているにすぎないのだという思いが強くなる。何かのはずみでどちらに転ぶか分からなかった。今、この世に存在しているということがかえって不思議に感じられるほどだった。
 鎌倉にいながら、京都のホテルのビュッフェにおける光の揺らめきを思い出す。あれから美咲のことをウェブ・サイトで調べようとするが、彼女につながる情報は何1つとして得られない。バークリーに入学することができたのだろうかと思う。
 鎌倉の秋の空はからりとしている。京都の朝日とは少し趣が異なっている。しかし青竹が光を揺らす光景だけはあの時と酷似している。
 明子はややまぶしそうな顔を窓の外に向けている。彼女の眼鏡には光の揺らめきがかすかに映っている。
 僕たちは時間をかけてビーフシチューを食べ、アフターのエスプレッソ・コーヒーを口にした。
「良いお店だったね」と明子は視線を僕の方に移してそうつぶやいた。僕は頷いた。
「やっぱり私たちの直感が正しかったのよ。ここには来るべくして来たんだわ」と明子は言い、萩焼のコーヒーカップに残った最後のコーヒーを静かに飲み込んだ。彼女は僕のカップが空になっているのを確認してから、「じゃ、行こっか」と言って、ゆっくりと立ち上がった。

鎌倉物語 40

 美咲が旅立って半年もしないうちにジャズハウスは閉鎖した。40年間の歴史に幕が下ろされたのだ。残された建物はただちに数台のショベルカーで叩き壊されて瓦礫の山と化し、跡地にはセブンイレブンが建った。あっという間の出来事だった。
 店がなくなってから1ヶ月もしないうちにママから葉書が届いた。
「山下君にはほんとうにお世話になりました。正直ほっとしてるのよ。これからはホームヘルパーの資格でも取ろうかなって思ってます。その前に自分が介護されないようにしなきゃね」
 僕も簡単な返事を書いた。それをポストに投函した後で、自分は完全なる独りぼっちになっていることに気づいた。これまで大切にしてきたはずのものは、何1つとして残ってはいなかった。向こうに着いたらメールするねと言った美咲からも何1つ連絡はなかった。
 美咲は僕を愛してさえいなかった。つまりはそういうことなのだ。
 何より苦しかったのは、孤独に陥ると同時に佐織への罪悪感が沸き上がってきたことだ。取り返しのつかないことをしてしまったと、その時になってようやくそう思った。はじめそれは彼女からの遅まきながらの報復だと解釈した。しかしそのうち単なる僕のエゴイズムだったことに気づいた。そして、最後には、佐織は僕と別れて正解だったのだと思うように至った。
 僕に生きる意味なんてあるのだろうか? そんな問が常に頭をもたげた。
 その後、地方公務員の試験を受験するまでの1年と半年の間、僕はアパートの部屋にひきこもった。この世の中には希望などというものはないと固く信じる日々だった。

鎌倉物語 39

 ホテルの部屋に入り窓のシェードを上げると、眼下には京都国立博物館がひっそりと佇んでいた。セピア色にライトアップされたその重厚な建造物は何かの遺跡を連想させた。美咲は珍しくしんみりとした顔つきでそれを眺めていた。僕たちは窓際のコーヒーテーブルで軽くビールを飲み、シャワーを浴びた後で最後のセックスをした。
 それも終わって、静かに寝息を立てる美咲の隣で、僕だけはうまく寝付くことができなかった。

 あくる日の朝食はホテルのビュッフェでとった。大理石調の広々としたフロアには大きな窓から差し込む朝日の光があふれていた。
「すてきだ」と美咲はテーブルにつくと同時にそう言った。たしかに、京都らしい静謐さを含んだ美しい朝日だった。時折その光線はテーブルの上で揺らめいた。窓の外には日本庭園がしつらえられてあり、朝の風に吹かれる一群の青竹が光を揺らしていたのだ。  
 僕たちはその揺らめく光の中で朝食をとった。周りの席には外国人を含む多くの宿泊客がにぎやかに朝を楽しんでいた。その中で僕たちは淡々とそれぞれの思考に沈みながら食事を口に運んだ。
 その日は午前中の新幹線で帰った。出国の手続きがある美咲は、いつまでも京都にいるわけにはいかなかったのだ。新幹線の中で僕はこれから旅立ってゆく美咲の横顔を見るともなしに眺めた。少なくとも彼女は僕のものではなかった。だったらなぜ今僕たちは2人でいるのか、その理由がどうしても呑み込めなかった。
 すべてが形而上的な旅だった。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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