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鎌倉物語 106

 それにしても鎌倉の夜は静かだ。これまで訪れたどの場所にもない独特の空気が流れているようだ。
 さっき明子が点けたラベンダーのキャンドルが揺れている。その香りに包まれながら、月明かりにうっすらと映し出された彼女の寝顔に話しかける。
「なあ明子、君の口から『孤独』なんて言葉は本当は聞きたくはないんだ。あの夜、仙台のバーで僕はよほど言いたかった。死んでいった人たちの分まで人生を全うしてみてはどうかと。それこそが君の存在意義じゃないかって」
「僕は心に闇を抱えたままの君をまるごと包み込むことができる。なぜかって、それは僕も同じように闇を抱えて生きてきたからだ。僕は小さい頃から死を怖れ、友達とも話題が合わなかった。さみしさを忘れるために愛に溺れ、その結果愛したはずの人を裏切ったことさえある。君にも少しは話したはずだ」
「過去を振り返ると胸が痛くなる。自分は数え切れないほどの嘘をつき、そうして多くの人を騙し、傷つけてきたんじゃないかと思えてならない。君を愛するということは、そんな過去を埋め、今を生きることに専念するってことでもあるんだ。だから僕は君がどうあろうとも心底愛したいと願っているし、またそれができると思っている」
 そこまで話した時、遠くに潮騒の音を聞いたような気がした。
 いつの間にか僕も眠りについていた。

 僕が抱いているのは明子だとばかり思っていた。しかし、懐に包んでいるのは彼女ではなく、不安という名の塊だった。彼女の姿はすでにここにはない。キャンドルは最後まで燃え尽き、ラベンダーの香だけがごくわずかに残っている。
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作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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