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京都物語 90

 さて、ちょうどその頃、空蝉という女性が夫とともに伊予へと下ることとなりました。空蝉といえば、自らの身の程を思って彼への恋心をひたすら抑圧し、求愛を拒絶し続けた女性です。彼女の旅立ちの日、彼は薄衣の小桂を返します。この衣は空蝉が彼を拒絶した際に、後に残していったものでした。2人の決して実ることのない一夜限りの恋の象徴ともいえる衣です。彼女にとっては自分の着物が彼の元にあるというだけで、密かなときめきを覚えたことでしょう。その思い出の品が返却されたのです。空蝉は彼が恋の終わりを決意していることを悟りました。そうして静かに夫とともに伊予へと下ってゆきました。
 夕顔は死に、空蝉は都を去りました。こうして彼が惹かれた「中の品の女性」との恋は終焉を迎えたのです。そして彼は本来の「上の品」の世界に戻ってゆきます。それはちょうど立冬の日で、いかにもその日らしく時雨が降っていました。彼は過ぎ去った日々と過ぎ去った人々に思いを馳せながら、一日中時雨に目をやっています・・・

 千明氏は依然としてカウンターの白熱灯に表情を浮かび上がらせている。彼は満足そうな笑みを浮かべつつ、タバコでもふかすかのように細くて長い息を吐いた。
「夕顔が亡くなった廃院こそ『河原の院』なのです」と千明氏がつぶやいたとき、僕は夢から醒めたような錯覚を感じた。「源融は、天皇になりたかった。しかし政敵である藤原基経はそれを許さなかったのです。ところがその後に即位した宇多上皇は融と同様、一度天皇家を降りていながら再び帝になることを許された。融はその不条理を目の当たりにさせられます。彼は『河原の院』に耽溺することで心を癒したのです」
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京都物語 89

 ようやく届いた明かりを夕顔の枕元に灯した途端、彼女の肩に手をかけていた美しい女の姿はふっと消えてしまいました。彼は咄嗟に夕顔の方を見ました。しかし、なんということか、彼女はすでに息絶えてしまっていたのです。彼は悪い夢であってほしいと切に願いました。しかしおぞましいことに、目の前に起こったのは紛れもなく現実でした。彼はただただ茫然とするばかりでした。
 あくる朝になり、夕顔の亡骸は惟光の協力もあって東山に運び出されました。東山は葬送の地として知られていました。やっとのことで自宅へ帰った彼は、衰弱のあまり寝込んでしまいました。昨夜から帝が心配しているということで、親友の頭中将が見舞ってくれましたが、彼はどうにか口実をつけて帰ってもらいました。その夜、彼は密かに東山へ出かけました。とある尼の家に夕顔は生前と変わらない可憐な様子で横たえられていました。彼は冷たくなった夕顔の手を取って「どうかもう一度、せめて声だけでも聞かせてください」と人目も憚らずに泣きじゃくりました。
 彼はすっかりやつれてしまい、1ヶ月が経ってもなお心の傷は癒えることを知りませんでした。帝の心痛は言うまでもありませんが、世の中にも彼の様子は伝えられ、至る所で祈祷があげられました。ようやく回復の兆しがあったのは、秋も深まった頃でした。
 後で分かったことですが、夕顔はやはり頭中将の想い人だったのです。彼女は早くに両親を亡くし、頭中将との間に女の子を1人もうけていました。ところが身分の高い頭中将の母に脅かされて、あの夕顔の咲く家に身を隠していたのです。彼女の四十九日の法要は、比叡山で密やかに、しかしねんごろに営まれたのでした。

京都物語 88

 そこは人の気配がなく、見るからに薄気味の悪い廃院でした。2人は寄り添うようにして過ごします。天皇の皇子である彼は、女性との逢瀬はもっぱら夜のことだと決まっていたのですが、この廃院ではそんな日常の習わしも気になりません。恋する夕顔と人目を気にせず思う存分に語り合うことができる解放感に深い喜びを得ていました。
 朝が訪れて辺りが明るくなった時に彼は初めて自分の素顔を見せます。彼はたわむれながら「いかがですか?」と尋ねます。すると夕顔は「思ったほどでもありませんわ」とおどけて返します。そのまま2人はまるで幼なじみのように、1日中寄り添って語り合うのでした。2人の時間を過ごすほどに心を開く夕顔を、彼は心の底から可愛らしいと思いました。その一方で、父の帝がさぞかし心配しているだろうとも思い始めました。それに愛人である六条に住む女君も思い乱れているだろうという想像もありました。人一倍嫉妬深い女君は、彼のことを心から愛していました。彼の方も女君の気品の高さに惹かれておりました。彼女は早くに夫を亡くし、娘と2人で細々と暮らしています。夕顔に惹かれて以来彼の訪問はぱったりと途絶えがちになっていました。女君は年上であるし、未亡人の身でもあるわけですから、彼とは不釣り合いなのだと言い聞かせてきたつもりです。しかしそうやって恋心を抑圧すればするほど、彼への恋慕はますます激しさを増すばかりです。
 廃院での夜、彼は枕元に美しい女を見ます。女は隣で寝ている夕顔の肩に手をやり「私のことを忘れて、こんなどうでもよい女にうつつを抜かされるとは、なんと残念でつらいことなのでしょう」と唸りながらかき起こそうとします。目を覚ました彼は魔よけの太刀をそばに置き、院の外で待っていた随身たちを呼んで急いで明かりを灯させました。

京都物語 87

「幽霊の話にたどり着くまでには、もう少し話を進めなければなりません」と千明氏は言った。僕はまるで怖い話でも描かれた紙芝居を語り聞かされているかのような気分だった。

・・・彼はどうしても素性を隠さなければなりませんでした。なぜならその女は、親友でありライバルでもある頭中将の元恋人かもしれなかったからです。それで彼は、随身の惟光を遣わせて密かに女のことを調べさせました。そのうちすっかり好奇心の虜になってしまった彼は、いつしか夕顔のもとに忍んで通うようになるのでした。
 服装も普段の直衣ではなく狩衣に袖を通し、顔も隠して決して誰にも見せないようにしました。念入りに身をやつす彼の素性を、夕顔も知りたいと思うようになります。彼女は尾行をさせたりもしましたがいつも彼はそれを上手にまいていました。
 ある夜、夕顔は暗闇の中で不安がります。すると彼は「私とあなたのどちらが狐なのだろうね」と冗談っぽくかわします。彼は思ってもみなかったほどに心を奪われる夕顔との恋に戸惑いを覚えながらも、自分たちはそういう運命だったのだと思うのでした。
 八月十五夜のことでした。彼は夕顔の家で夜を過ごしていました。明け方近くになって、近隣の家から漏れる音を聞き、貴族である彼は珍しさを覚えるのでした。夕顔は特にどこかが優れているというわけではありませんでしたが、守ってやりたいという可愛さをもった女性でした。彼はこんな気詰まりな家ではなく、もっとうちとけた話をたくさんしたいと思うようになります。そこで彼は「もっと安らげるところに行こう」と提案します。そうして牛車に乗り、ある荒れ果てた廃院に出かけるのでした。

京都物語 86

「幽霊ですか?」と僕は聞いた。
「はい、幽霊です」と千明氏はカウンター上に顔を照らし出したままそう言った。「『源氏物語』に出てくる夕顔という女性、ご存じですか?」
 僕は首をゆっくりと横に振った。
「若い光源氏は、ある人のお見舞いの途中、牛車が停車している間に見知らぬ白い花を見つけます。それは粗末ながらも涼しげにこざっぱりした家の塀に絡まっていたのです」
「夕顔の花だったんですね?」
「そうです。でも源氏はそれが夕顔であることを知りませんでした。なぜだと思います?」
「その花は宮中では咲かないということですか?」
 すると千明氏は素早くうなずいて「そうなんです。夕顔は花を観賞するというよりは、庶民がその実を食べるために栽培されていたと言われています」と説明した。「つまりそれは貴族の家ではなかったわけです。家の中を覗いてみると、簾ごしに多くの女性たちがこちらを見ています。源氏は不思議に思いながらも随身に夕顔の花を採ってこさせようとします。すると家の中から花を乗せる扇をわざわざ持ってきた女の子がいるではありませんか」
「それが夕顔という女性なんですね?」
「その頃源氏は『中の品の女』と言って、中流階級の女性に強く惹かれます。夕顔はまさに彼の求める女性だったわけです」と千明氏はしみじみと述懐した。
「で、この話がなぜ幽霊に結びつくのですか?」と僕は聞いた。すると千明氏は神妙な顔をしつつも、口元を不気味にほころばせた。

京都物語 85

「その通りです。よくご存じで」と千明氏は目をぱちりと開けて声を高くした。「源融(みなもとのとおる)は天皇の皇子でありながら母の身分が低かったために、天皇家から降りることを余儀なくされたのです。彼は官僚ではナンバー2の地位である左大臣にまでのぼりつめたわけですが、ライバルである藤原基経が彼の上位についてからは政治的な発言力を失います。融は失意の中、広大な邸宅である『河原の院』を造営するのです」
 千明氏はそこまで話した後で、水やり用のポットをそっとフロントに置いた。
「融は賀茂川から水を引いて海をこしらえ、その岸辺には仙台の名所である塩竃の浜を再現しました。政治の世界では天皇になることはできなかった彼ですが、『河原の院』という仮想世界においてはその所有者となったわけです」と千明氏は言い、まくり上げた白いワイシャツの袖を元に戻しながら狭苦しいフロントの中に入って行った。
 なつかしい。潮の香りがする。京都なのに海がある。明子は対岸から僕に向かって手を振っている。僕は海を前に立ちすくむ。彼女の元に歩み寄っていいものかどうかためらっているのだ。僕の心は彼女と2人きりの世界に憧れている。だが身体はそれとは反対の方向に引き離れようとする。彼女の元に行ってはいけない。なぜならそれは憧れの世界であると同時に不毛の世界でもあるからだ。
「融にとって、ですから河原の院はユートピアだったわけです」と千明氏は言った。「ところが彼の死後、河原の院の評判は豹変します」
 彼の顔はカウンターの白熱灯の明かりにぼんやりと照らし出されている。「幽霊が出るという噂が絶えず、誰も近づかなくなったのです」

京都物語 84

 千明氏は観葉植物用の小さなポットを傾けて再びモンステラに水をやりながら「そういうわけで京都の神社仏閣の多くが、じつは江戸時代に再建されたものなのです」とつぶやくように言った。すると目の前のパソコンの画面がスクリーンセイバーに変わった。いくつもの紫の水玉が画面の中をふわふわと漂っている。
「じゃあそれ以前の京都の面影はほとんど残ってないんですね?」と僕は聞いた。
「ということになりますかねえ。平安時代の画像が残ってるわけでもないですから」
 千明氏は最後の1滴まで水を差した後で、左手に持っていた白布をポットの先にあてがった。
「ただ京都には数多くの文献や古典文学が残っております。そこから当時の街や生活を推し量ることはできますね」と千明氏は言い、空になったポットをしげしげと見つめた。
「たとえば渉成園は平安時代の貴族の別荘の跡地だったんです。源融(みなもとのとおる)という人物をご存じですか?」
 その名前には聞き覚えがある。記憶は蜃気楼のように確かな輪郭をもたぬまま脳裏に横たわっている。千明氏はそんな僕を前に淡々と話を続けた。
「源融は嵯峨天皇の8番目の子で、日本史の教科書には大きくは出ておりませんが、じつは当時のキーパーソンだったと言われております。彼はこの地に『河原の院』と呼ばれる別荘を構え、風流な生活を楽しみます。宇治の平等院や嵐山の清涼寺も源融の別荘の跡地だと伝えられております」
 思い出した。現在清涼寺がある場所に別荘を作った人物だ。佐織が僕にそう説明したのだ。
「それはひょっとして光源氏のモデルとされる人物ですか?」と僕は興奮気味に聞いた。

京都物語 83

「渉成園というのは、本願寺の別邸なんですよね?」と僕は聞いた。
「ええ、その通りでございます」と千明氏はやはり折り目正しい答え方をした。「元々は徳川家が所有していた土地らしいのですが、3代将軍家光の時代になって、本願寺に寄進したのだと伝えられておるようですね」
 千明氏があまりに気持ちよさそうに説明するものだから、いろいろなことを聞いてみたい気分になった。
「京都の中心なのに、徳川家が所有していたんですか?」
 僕の質問を意外に思ったのか、千明氏は少し考えた後で逆に聞き返してきた。
「徳川幕府が260年も続いたのはなぜだと思われます?」
 僕はソファに座ったまま腕組みをして考えた。そうして「武力ですか?」といい加減なことを答えると、千明氏は「もちろんそれはありますですね。武力は財政力の証ですから」と丁寧に返してきた。「でも私は、そういう外的な要因だけではないと捉えております」
 千明氏はそう言って、水をやったばかりのモンステラの葉にいとおしげな視線を送った。
「徳川家は天皇を大事にしたのです。彼らは天皇を政敵として討伐するのではなく、むしろ国家の安定のために尊重しました。御所と並ぶかのように二条城を造り、そこを京都の拠点にしたのです。その懐の深さが無用な対立を避け、政局の地盤を固めたのではないのでしょうか」と千明氏は言い、窓の外の曇天をまぶしそうに見上げた。
「ご存じの通り、室町時代の終わりに京都は応仁の乱で焼け野原になります。戦乱の後、悪党たちがことごとく荒らし回ったのです。それを見事に復旧したのが、徳川家光だったというわけです」

京都物語 82

「橘真琴」はウェブサイト上では2件のヒットがあった。1人はひたすら官能小説をブログ上に公開し続けている人物(おそらくは女性と推定される)。もう1人は愛媛県の高校の新体操の選手だ(かなり有望な選手らしい)。2人とも僕の捜している橘真琴ではない。
 京都に来る前に書き込んでおいた質問にもめぼしい回答はない。「近所のホームセンターで橘さんという方がレジを打っています。私はその人と会うためにわざわざそこに足を運びます」「橘真琴さんって、ひょっとして何年か前に事故で亡くなった方ではないですか? 彼女はサハラ砂漠をバイクで踏破するという壮大な夢を持ちながら、志半ばで事故死した伝説のライダーです」「その名前の人、知っているかもしれません。ひょっとしてあなたに協力できるかもしれません。よろしければ右のURLをクリックしてください。http://www.・・・」
 僕はうんざりしながらソファにもたれ直す。置き時計の振り子の音だけがフロアに鳴り響いている。水飴のように過去からだらしなく延びた時間を1秒ずつ切り刻んでいるかのようだ。その音を聞くともなしに聞いていると千明氏がフロントから出てきて、玄関脇に置かれたモンステラの鉢植えに水を差し始めた。僕は彼の横顔に向けて話しかけた。
「このホテルは古くからここに建っているんですか?」
 すると千明氏は水をやる手を止め、背筋をぴんと伸ばしてこっちを向いた。それから「はい、今年で52年になります」と誇らしげに答えた。「元々は渉成園の敷地だったようですが、戦後になって私の父がここを購入しまして創業したのです」
 渉成園と聞いて、僕は明子とのままごと遊びの記憶を思い出した。

京都物語 81

 なつかしい。僕はそう感じた。僕は明子とままごと遊びをしている。庭先に出て、ゴザを敷いて2人でじゃれ合っている。そんな光景が眩暈の中でおぼろげに立ち上がる。その時僕たちはこの庭園にいた。それが渉成園という名前だったかどうかは定かではない。でもたしかに僕にはここで明子とままごと遊びをした記憶があるのだ。
 あやうい。次にそう思う。誰かに敷かれたレールの上をただ歩かされるだけの人生。自由意志で行動決定しているつもりが、実はそうではない。僕は来るべくしてこのなつかしい場所に運ばれてきたのだ。ならばここからどこへ行こうとしているというのか? あやうい・・・ 
 かといって逃げることもできない。仮に「逃げた」と自分で思っていても、それはレールから解放されたことにはならない。「逃げる」というレールの上を歩かされるだけだ。つまり僕にできることは目の前に与えられた課題に誠実に向き合うことなのだ。生きることとはその積み重ねでしかない。
 僕はカーテンをきつく閉め、ベッドに腰掛けてから深呼吸する。そうしてリュックの茶封筒から「橘真琴様」と端正な筆跡で宛名書きされた小さな封筒を取り出す。今僕に与えられている課題とはこの人物を何とかして捜し出すことだ。僕はすっと立ち上がり、インターネットの力を借りようと思い立つ。
 フロントに降りるとやはり誰もいない。古い病院みたいな匂いが前世からの因縁のようにしみついている。呼び鈴で千明氏を呼び、パソコンを借りることができるか聞いてみる。すると彼は慣れた顔つきで「かしこまりました」と言い、奥からノートパソコンを持ってきた。僕は焦げ茶色のソファに座り電源を入れた。なかなか悪くないソファだった。

京都物語 80

 僕はベッドに座ったまま目を閉じ、この2ヶ月の間に起こったことを回想した。宝石箱をひっくり返したかのような結花とのまぶしい日々。彼女の透き通った身体。突然届いた明子からの手紙。結花との別れ。そして僕は今、京都にいる。
 状況に直面している瞬間はいつも必死だ。だがこうやって過ぎ去った日々を冷静に見つめると、それらの状況はすべて線路のように現在に向かってつながっていることが分かる。そして思う。今の自分は予め用意されていたのではないかと。僕は誰かが敷いたレールの上をただ歩かされているだけなのかもしれない。このホテルにたどり着いた瞬間の胸騒ぎは僕の中のアンテナが過敏に反応したのではなかろうか?
 ふと目を開ける。カーテンの隙間からわずかに差し込む光が空間に舞う埃を照らし出している。僕は立ち上がってカーテンを開ける。空は相変わらず重い灰色で、その影は遠く比叡山までにも覆いかぶさっている。
 眼下には塀で囲まれた庭園が広がっている。いかにも由緒ありげな建物が整然と建ち並び、その間からは奥にしつらえられた池の様子がうかがえる。かなり大きな池は空の色をくっきりと映している。僕はリュックから京都のガイドブックを取り出して庭園について調べてみる。これは渉成園という庭園らしく、東本願寺の別邸のようだ。地図を見ると六条ホテルは東本願寺と渉成園の間にちょうど挟まれている。
 改めて眼下の庭園に目をやる。すると突如として眩暈が襲ってくる。「ここで遊んだこと、覚えてる?」という声が歪む頭の中で聞こえる。それは紛れもなく明子の声だった。

京都物語 79

「六条ホテル」のロビーに入るとまず、ずいぶんと年季の入った焦げ茶色のソファセットが目に飛び込んできた。突き当たりの壁には大きな古時計がカチカチと振り子を揺らしている。どうやら客はいないようだ。それにしてもこの胸騒ぎ何だろう? まるでこのホテルはずっと前から僕のことを待ち続けていたかのような、不思議な愛着を覚えるのだ。
 フロントの呼び鈴を押すと、奥から張りのある返事が響いた。まもなくして黒の蝶ネクタイを締めた初老の男性が出てきた。白髪の目立つ髪はきれいにセットされ、手入れの行き届いた鼻髭が表情を引き締めている。そのいでたちには、たとえば京都銀行の高木次長からは全く感じられなかった品の良さが漂っている。右胸には「六条ホテル 副支配人 千明」というバッヂが付いている。僕には「千明」の読み方が分からなかった。
「ようこそ、六条ホテルへ」と千明氏は、熟達の域に達しているともいえる麗しい発声でそう言った。僕は依然として胸騒ぎを感じながら、しばらくの間連泊ができるかどうかを尋ねた。すると千明氏は唇の右端を若干つりあげて「もちろん、可能でございます」と答えた。1泊の宿泊料金は素泊まりで6000円、朝食はプラス800円だが、連泊となると500円で提供できます、と彼は的確に説明した。「できれば前金としていくらかお収めいただけると幸いなのですが」と続けたので、僕は財布の中から1万円札を5枚抜き取ってシルバーのトレイの上に置いた。「いえいえ、こんなにも」と千明氏は恐縮したが、少なくとも1週間は滞在するだろうからと言うと、彼は遠慮がちに金を受け取った。
 部屋は典型的な古いビジネスタイプだった。リュックを床に置きベッドに腰を下ろしても、胸騒ぎは落ち着くどころかますます高まるばかりだった。

京都物語 78

「こっちは忙しくてあんたの対応なんかしてるヒマはないのよ。見ればわかるでしょ」とでもいわんばかりの冷淡な表情を間近に突きつけられた以上、この場で食い下がるのは得策ではないように思えた。何を聞いても彼らは答えてはくれないだろう。個人情報という分厚い鉄の壁に囲まれた今の世の中においては、誰かについて調べるということは金庫の鍵を開けるのと同じくらいに手間のかかることなのだ。
 大谷大学のキャンパスをそぞろに歩きながら、次に打つべき手を考えた。だが妙案は浮かばない。その代わりにひどい空腹を感じた。腕時計は3時になろうとしている。
 僕は大学を出て北大路通に戻り、最初に目に付いたうどん屋に入ってカツ丼とわかめうどんのセットを注文した。この店は授業が始まればおそらく多くの大学生で賑わうだろう。僕はここでうどんを頬張る明子の姿を想像した。京風ならではの薄味のだしを含んだうどんを噛みしめていると、心の焦りが少しは落ち着いた気がした。すると、まずはホテルを探すのが先決よという明子の声を聞いた気がした。彼女は今の苦境を十分に見越した上で300万円という資金を用意したのだ。長期戦になる。活動拠点を確保しておこう。
 大学北門の隣には地下鉄「北大路」駅がある。それを使えばあっという間に京都駅に着いてしまった。再び京都タワーの下に戻った僕はホテルを探して歩き始めた。烏丸通から1本東に入った東洞院通には多くのホテルが建ち並んでいる。佐織が言ったように、歩くといろいろなものがよく見える。東本願寺の近くまで上った時だった。不思議な胸騒ぎがした。明子の声をまた聞いたような気がした。見上げるとそこにはくすんだ茶色のホテルが、うだつの上がらない感じで建っている。薄っぺらい看板には「六条ホテル」と記してある。

京都物語 77

 警備員に教えてもらった通りに学内を進んでみる。ざっと見たところ、ずいぶんこぢんまりとしたキャンパスだ。樹木がふんだんに植えてあるが葉はすべて落ちていていかにも寒々しい。その枝々の隙間から赤煉瓦のレトロな建物もうかがえる。おそらくこの大学のシンボルだろう。ただ、学生の姿は見あたらない。学生はおろか、人の姿がない。
 事務局があるはずの棟に入る。だが建物の中に入っても人の気配は感じられない。入口に示してある棟内の配置図で事務局の場所を探し、その中の学務課を確認する。ひんやりとしたどこかカビくさい廊下を進んでいると、ようやく誰かの声が聞こえた。そこには市役所のようなオフィスがあり、職員があわただしく動いている。学務課のカウンターには大学入試の願書提出用のポストが設けてある。それを見てやっと、今大学は春休み中で、職員たちは入試の業務に追われているのだということに気づいた。
 僕は場違いな感覚を抱きながらも、思い切ってカウンターの小窓を開け、声をかけた。すると一番近くのデスクに座っていた30代とおぼしき女性職員が立ち上がり僕の方に寄ってきた。僕は、この大学の大学院で3年前に客員教授として教鞭を執っていた橘真琴先生は今どこにいらっしゃるのかと聞いてみた。すると女性職員は眠そうな瞳を少し大きくして「は?」と声を出した。それから僕の顔をしげしげと観察した後で「申し訳ございませんが、そういう質問は答えかねるのですが」と思ったよりもきれいな声で応えた。もちろん予想通りの反応だ。それで僕は「だったら、橘先生の所在はどうやって調べればいいでしょうか?」と聞き直した。すると女性職員は「ううん、それもやはりお答えしかねます」と言った。僕なんかには全く関心がないという気持ちがありありと伝わってきた。

京都物語 76

 二条城を見ると翳りのある佐織の横顔を思い出す。あの日彼女と渡月橋を渡り、そこから清涼寺まで歩いて燃えるような紅葉を見た後、市バスで東山に向かっていた。その途中で二条城が現れたのだ。佐織はここで降りたいと急に言い出した。
 僕たちは二条城の外堀をぐるりと1周してから城内を拝観した。そして外へ出て川沿いの道をあてもなく歩き始めた。あの時佐織は「堀川通っていう呼び名は、二条城のお堀の水からきてるんじゃないかしら」とつぶやいた。それから「私、歩くの好きよ。普段気づかないようないろんな発見があるから」と続け、何かに気づいてほしそうな表情を浮かべながら僕に寄り添ってきた。その後1年も経たないうちに僕たちはあっけなく別れてしまった。僕が美咲の魅力にすっかり取り憑かれてしまったからだ。あの時僕は、あろうことか罪悪感を感じなかった。ただ、佐織との別れを起点として、自分の人生が少しずつ世の中の「常識」というものから脱線し始めたのだといううす暗い実感だけはあった。
 そんな回想をしているうちに9系統のバスは二条城を離れ、北大路の交差点を右折した。大谷大学へは次に停車する「北大路バスターミナル」で降りるのが最寄りのようだ。僕はやおら立ち上がり、前へ進んだ。いよいよ橘真琴なる人物を探す旅が本格的に始まるのだ。
 大谷大学は浄土真宗の大学ということで、仏教寺院風の建物を思い浮かべていたが、実際は一般的な鉄筋コンクリートの建築だった。門をくぐった時、守衛室から警備員が出てきて用件を聞いてきた。この大学の集中講義について知りたいのだがと聞き返すと、警備員は厳格な顔つきのまま事務局の場所を教えてくれた。それにしても、不思議な世界に迷い込んだようなこの感覚は何だろう? 学生の姿がまるで見当たらないのだ。

京都物語 75

 七条堀川の交差点を過ぎるとすぐに西本願寺が現れる。「すごおい、なんてゴージャスなお寺なのよ」という美咲のハスキーボイスが甦る。今思えばいかにも彼女らしいコメントだった。あの日も今日と同じような空模様だったからどうしても重なる場面が多いのだ。
 美咲は今頃何をしているだろう? あれからジャズの専門誌やウェブサイトで注意深く調べたが彼女に関する情報は何一つとして得られなかった。いつだったかジャズハウスのママさんから葉書が来て「美咲ちゃんもニューヨークで元気にやってるみたいよ」と付け足しのように書いてあった。ママさんはジャズハウスを閉鎖した後でグループホームに再就職し、ヘルパーとして働き始めたらしい。「私にはどう考えても似合わない仕事だけど、何年後かにそのまま入所できそうだから、体が動く間は奉公しとこうと思ってね」と書いてあった。
 9系統のバスは西本願寺前の停留所に入る。ここでは多くの人が降りていった。やはり年配の参詣者が多い。新たに乗り込んだ人は2、3人だ。おかげで僕はシートに腰を下ろすことができた。
 五条堀川の交差点を過ぎてからは車は比較的快調に流れるようになった。この辺りは平凡な景観が続く。あえて低く抑えられたビルが寒そうに軒を連ね、古い商店街や民家がその間を埋めている。歩道の幅だけは広々と取ってあるが歩く人の数はまばらだ。その光景は今の僕の心を象徴しているようで、ため息がこぼれる。
 ところが、バスが北上して四条堀川の交差点を抜けた途端に人通りが復活する。二条城まで来たのだ。城壁の白が曇天に染められている光景がなつかしい。前にここへ来たのはいつのことだったかと記憶を辿る。すると、その時隣を歩いていた女性のぬくもりが先に思い出される。彼女は僕にぴったりと寄り添ってきた。まるで悲しい運命に必死で抗おうとしているかのようだった。

京都物語 74

 高木氏と別れた後、ひとまず京都駅に戻ることにした。今から行くべきは大谷大学だということだけははっきりしている。京都タワーに見守られながら再び塩小路通に出る。駅前通とあって、さすがにバスや車がひしめき合っている。歩行者信号が青に変わるまでの間にリュックからクリアファイルを取り出し、予めプリントアウトしておいた地図を抜き取る。それによると、烏丸通をひたすら北上し、その突き当たりに近い所に大谷大学はある。地下鉄に乗った方が早く到着するのだろうが、使い慣れた市バスを利用することにする。
 横断歩道を渡ってバスターミナル横の観光案内所で無料配布されているバスの路線図を手に入れ、それから1日乗車券カードを購入する。どうやら「9系統」のバスに乗れば大学の近くまで運んでくれそうだ。
 バス乗り場に行き掲示された時刻表を見るともなしに見ていると、過去の記憶がふっと浮かび上がる。そういえば僕は観光で京都に来たことはない。常に何らかの事情を抱えながらここでバスを待ったものだ。そして今日、やはり同じように立ちすくんでいる。
 ターミナルに充満する排気ガスが底冷えのする京都の空気をかき乱す。9系統のバスを待つ人の列は東山や嵐山に向かう系統よりも短く、しかも年齢が高めの人が目立つ。オレンジ色に縁取られた「9」という番号を掲げたバスがようやく僕の前に入ってきたのは、その列で20分近くも待ってからだった。僕は足を踏みしめるようにして久方ぶりの市バスに乗り込んだ。ターミナルを出たバスは何度も赤信号で停まりながら堀川通に入った。この通の交通量もやはり多い。ただ、道行く人々の表情がおしなべて陰鬱そうに映るのは、気のせいだろうか?

京都物語 73

「上司って、彼女は京都で仕事をしてたんですか?」
 僕がそう聞くと、高木氏はぎろりとした目をほとんど動かすことなく答えた。
「ああ、上司って言っても、大学の先生ですわ」
 僕は橘真琴なる人物が勤務していた大学をふと思い出し「その上司の先生というのはもしかして大谷大学の教官じゃないですか」と聞いてみた。すると高木氏は「いいや、佛教大ですわ」と即答した。彼が嘘をついているようには見えなかった。そもそも彼が橘真琴の所在を知っているはずもなかろう。
「深川明子は、つまり佛教大に通ってたんですね?」
 僕が語気を強めたところで高木氏は表情1つ変えない。色白で平べったい彼の顔はまるで砂地をひらひらと泳ぐ魚のようにさえ見えた。
「いや、深川さんの大学まではよう分かりませんねえ。ただあの方がどこかの大学に通われていたのは間違いないことです。個人情報なんでこれ以上は言えませんが」
「じゃあ、質問を変えますね」と僕は言った。「なぜ高木さんは、深川明子に対してそんなに懇切丁寧なんですか?」
 すると高木氏は「深川さんの上司と私は、切っても切れない仲だからですよ」とあっさり答えた。「私の熱意じゃなくて、深川さんの上司の熱意なんです」
「なるほど」と僕は言った。「だったら、どうしてその大学の先生は深川明子についてそんなに熱心になられるのだと思います?」
 僕の問いに高木氏はフッと笑みを漏らして「深川さんはさぞかし魅力的な方なんでしょう」と答えた。それと同時に口臭が鼻先に届いてきた。 

京都物語 72

 高木氏は玄関口までわざわざ見送りに出てくれた。僕はこの機会を利用して今まで気になっていたことを聞いておこうと思った。これから旅を進めていく上でどんな小さな情報でも手に入れておいた方がいいに決まっている。
「深川明子と会われたんですね?」
 僕がそう問うと高木氏は少しだけ歩みを緩めて「ああ、ええ」と間の抜けたような答え方をした。
「いつ頃?」
「ああ、たしか、今年に入ってすぐのことでしたね。1月の中頃だったと思います」
 この男の言うことが正しければ、およそ1ヶ月前のことになる。
「彼女は何度かここへ来たんですか?」
「ああ、うん、初めてお会いしたのは、たしか去年の暮れのことですわ」
 話をしながら僕たちは揃って玄関の自動ドアを抜けた。再び冬の京都の空気に晒された僕の頬には、冷たさがぴったりと貼り付いてきた。
「失礼ですが」と僕は切り出した。「高木さんは深川明子と元々面識があったんですか?」
 高木氏は表情を全く崩さずに「ええ、深川さんの上司と私がたまたま知り合いだったんですわ」と答えた。「どうして?」
「いや、高木さんの僕への対応があまりにも丁寧だから」と僕は言った。話せば話すほどに、この男自体が明子からのメッセージのように思えてきた。

京都物語 71

 僕は箱を両手で取り上げ、備え付けの小さな台に載せて静かに蓋を開けた。中には薄っぺらな茶封筒が1通、心細そうに横たえてあった。封の口を広げて中身を覗けば小さな紙が2枚、抱き合うようにして入っている。そのうちの1つを手に取ると、それは藤の花が右下に描かれた薄紫の一筆箋だった。
「京都に来てくれると信じてました。ありがとうございます。お仕事にご迷惑をかけるでしょう。わずかばかりですが、どうぞお納めくださいますよう」
 僕は封に入ったもう1枚の紙を手にする。それは小切手だった。額面の欄には3の後に0がいくつも並んでいる。1桁目から数え上げると、300万円ということになる。桁を数え間違えたのではないかと思い何度も確認するが、本当に300万円の小切手のようだ。
 たしかに明子には潤沢な資産がある。彼女は過去に主人と父親を亡くしていて、一生暮らすのにも有り余るほどの現金を手にしている。この額は、だから彼女にとってはそう驚くような金額というわけでもない。ただその額の大きさは僕の心を締め付けることにもなった。僕にはそれが手切れ金のように思えたのだ。
 重い心を引きずりながら金庫室を後にすると、覚えのある体臭が再び近くに感じられた。
「深川さんからの伝言です」と高木氏は言った。深川というのは明子の名字だ。「その小切手を当銀行で換金して、通帳を作っておくことを勧めるということです」
 かくして僕は京都へ来ていきなり300万円の通帳とATMのカードを手にすることになった。何かによって動かされている。僕はそう感じずにはいられなかった。その時心の裏側に寒気のようなものが走った。

京都物語 70

 高木氏は自動ドアを抜けた所にあるコントロールパネルの前に立ち、「じゃ、これに暗証番号を入力してもらえますかね」と冷静に言った。
 そこにはキーボードが置かれ、目の前には小さな液晶の画面があった。僕が暗証番号の確認をするために明子からの手紙を取り出している時、隣で高木氏は「本人様がいらっしゃれば、ウチは指静脈認証システムでセキュリティ管理をやっとるんですがね」と自慢げに言った。「あれを使えば、指1本入れるだけで終わりですわ」
 彼の言葉にどう反応してよいのか分からなかった僕は、何はともあれ「akiko-0317」という暗証番号を入力した。するとピピピという電子音が鳴った後でそれらの音が線としてつながり、目の前の画面に「A-2」という番号が表示された。高木氏はそれを見て該当の扉を指さし、「あの部屋ですわ」と教えてくれた。それから金庫を開けるためのカードキーを僕に渡した。
 僕は高木氏が示した部屋の前に移動した。そこにはたしかに「A-2」というプラスティックのシールが貼ってある。冷たいドアノブは潤滑油がきっちり効いているのだろう、すんなりと下に降りた。
 金庫室の内部は思った以上に狭かった。3人も入れば窮屈になりそうだ。突き当たりのの壁には正方形の窓口があって、そこに金庫がはめられている。僕は壁に付いているカードリーダーにカードをスキャンさせた。すると赤色のパイロットランプが緑色に変わり、やはりピーという電子音が鳴った。
 金庫を開けると、そこには和菓子でも入っていそうな紙箱が1つ置かれていた。朱色の和紙で飾られたいかにも明子の好きそうな箱だった。「ここで長いことあなたを待っていたのよ」という暗黙の言葉を聞いた気がした。

京都物語 69

「手数をおかけしました」と言いながら高木氏は今僕が記入した部分をまるで筆跡鑑定でもするかのように注意深く確認した。オールバック風にセットしてあるように見えた髪は、実際は天然パーマでたまたま後方にまとまっているだけで、薄くなりかけた頭頂部の髪は跳ね上がってさえいる。それに口臭とも体臭ともつかぬ匂いが全体から漂っている。いったいなぜ明子がこの男性に重要な用件を依頼したのか、どうしても合点がいかなかった。
 それから高木氏は僕から免許証を受け取りそれをコピー機にかけた。コピーの終わった免許証を僕に返しながら「はい、これで手続き完了」と言い、ぎろりとした大きな瞳を向けた。肌は異様に白い。この人は普段はめったに外に出ないのだろう。「なら、ご案内しましょか」と彼は言い、窓口の横の灰色の扉を開け深部へと続く廊下を進んだ。高木氏よりも少し背の高い僕は彼の跳ね上がった髪を視界に入れながら後をついていった。銀行の内部はいかにも無機質な空間で、見方によっては何かの研究室のようだった。
 すると高木氏はぴたりと足を止め、そこにあるエレベーターのボタンを押した。ほどなくしてエレベーターは僕たちの前に到着した。足を踏み入れて扉が閉まると、リノリウムの匂いが鼻をついた。そこに高木氏から放出される匂いが混ざり合って、これまで体験したこともないような不気味な香りが立ちこめた。地階に降りるまで僕たちは無言だった。高木氏は何食わぬ顔を浮かべて扉の上方を見ている。エレベーターが地階に到着し、扉が両側に開いたとき「さ、行きましょか」と彼は言い、そのまま進んで自動ドアの前に立ち、暗証番号を押して中に入った。
 その先には小さなドアが整然と並んでいた。刑務所に近い雰囲気だった。

京都物語 68

 佐々木氏は、まばたきをすれば見逃してしまいそうなほどのわずかな瞬間に、僕の頭からつま先までの観察をさっとやってのけた。その後、彼女が抱いたであろう怪訝さを一切表に出すことなく「かしこまりました」と軽やかに応対した。その言い方にはどこかしら品の良ささえ感じられた。彼女は折り目正しい動作で内線電話を使い、「そちらでおかけになってお待ちください」と、待合用のソファに手のひらを向けた。
 男性が目の前に現れたのはそれから10分近くも経ってからだった。彼は水色とも灰色ともつかぬ色のスーツを身にまとい、いかにも年代を感じさせる緑色のペイズリーのネクタイを下げていた。その模様は理科の教科書に載せられたゾウリムシの絵そのもので、あやしい色のスーツとの見事なまでの不協和音を醸し出していた。
「ども、ども、高木でございます」と彼はスーツの内ポケットから革の名刺入れを取り出して、名刺を1枚引き抜いて僕に渡した。そこには事務部次長という肩書きの下に高木信男という名前が明朝体で記してあった。ぱりっとした銀行マンを想像していた僕は、ずいぶんと拍子抜けさせられることになった。
 僕が明子からの用件を簡潔に伝えると、高木氏はさして表情を崩さずに「はい、はい、聞いとります」と、中年男性にしてはやや高めの声を出した。「そしたら、早速ですが」と彼は言い、窓口の内側の自分のデスクに戻って、その引き出しから取り出した1枚の書類を僕に持ってきた。それは貸金庫を開けるための代理人登録の用紙だった。上半分には明子の筆跡で彼女の住所と名前が記してあった。彼女が山口にいたときの僕の知っている住所だった。僕は自分の氏名を彼女の名前の下の所定の位置に署名した。

京都物語 67

 僕はバスターミナルに隣接した観光案内所の軒下に入り、リュックの中から明子の手紙を取り出した。
「京都タワーの裏手に京都銀行の京都駅前支店があります。そこの貸金庫にわずかばかりの必要経費を預けてあります。すでに代理人登録が済ませてあり、暗証番号は『akiko-0317』となっています。高木さんという事務部の次長にことづけてありますので、その方に問い合わせてみてください」
 同じ文面を2度読み返してから、改めて京都タワーを見上げる。初めてここに立った20年前と変わらぬ姿で寒空に向かってもの寂しそうにそびえている。そんなタワーを心のどこかで意識しながら駅前の横断歩道を渡り、ビルの裏手へと向かって歩いた。
 京都銀行・京都駅前支店は文面通り、タワーの真裏にすぐ見つかった。目の前の駅ビルに影響を受けたといわんばかりの近代的で瀟洒な建物だ。その内部は外見に負けぬほどに豪華で広く、窓口付近では多くの客が、まるで巣穴の近くにいる蟻たちのようにあくせくと動いている。どの窓口も順番を待たなければならない中、融資のコーナーがたまたま空いたのが見えたので、そこに行って貸金庫のことを話し、高木次長と会いたいのだという用件を窓口担当の女性行員に申し出た。その女性がこちらを正視したとき、僕は不意にデジャブのような感覚に襲われた。そうしてすぐにこの女性は結花によく似ているということに気付いた。行員は「佐々木」という名札を提げ、左手の薬指には指輪をはめている。そういえば結花は今頃何をしているだろう? フェイスブックで知り合ったという男とうまくいっているだろうか? そんな想像をするだけでトゲが刺さったような痛みが胸に走った。

京都物語 66

 京都駅に到着した「さくら」が完全に停車するのと同時に乗客たちは出口に向かって一斉に動き出した。僕は隣の席に置いたリュックを手に取り、彼らの最後尾につけて新幹線を後にした。京都駅のホームに足をかけた瞬間、明子の幻影は空気中にふわりと昇華されていった。
 眼前に広がっていたのは冬の京都駅らしい情景だった。どこか薄暗いホーム、頬に触れる氷のような空気、寒色系の防寒着を身にまとった人々。外国人も含まれている。列車の発着を知らせる掲示板に頭が届きそうなほどの背の高いアメリカ人が歩いているのも見える。彼は不本意ながらに高く作られたビルのように、窮屈そうに前に進んでいる。
 僕は人々の動きに同調しながら出口に向かって歩を進めた。ホームからの階段を下りた所に烏丸口と八条口の分岐があって、7割以上の人が烏丸口の方へと流れて行く。僕も彼らに紛れて進む。それから自動改札を抜けてそのまま行けば駅ビルの中に入ってゆく。高校生の時に家出をして初めて来たときの京都駅の面影はもはやどこにもない。だが根底に潜む京都の香りだけはどれだけ建物が近代的に様変わりしたところで、宿命的なシミのようにこの駅全体に残っている。
 ああ、本当に京都に来たんだな。駅ビルの中を進みながら僕はそう実感した。平日の午前ということでサラリーマンの姿が目立つかと思いきや、実際は普段着を着た人々で埋め尽くされていた。中には着物を着た婦人も歩いている。すべてが京都らしい。
 烏丸口の中央出口に近づくと目の前には京都タワーが現れる。それから駅の外へ出てバスターミナルにひしめく市バスが視界に入ってきたとき、隣には誰もいないという当たり前のことになぜか違和感を感じた。僕は全くのひとりぼっちだったのだ。

京都物語 65

 美咲が渡米して1年も経たないうちに、ジャズハウスは60年の歴史に幕を閉じた。「私ももう、いいバアさんだしさ、グッド・タイミングだったんだよ」
 ママさんはキャビネットの隅に残った誰かのウイスキーを僕のグラスにも注ぎながらそう言った。
 店が建っていた場所は重機によって半日で更地になり、3日で立派な駐車場になった。自転車で通りかかったとき、佐織も美咲もそれからジャズハウスも僕の元からすっかり消えてしまったことを痛感させられた。それから2年後に僕は地方公務員の試験に合格して就職するわけだが、その間の僕は部屋に放置されたままの空っぽのペットボトル同然だった。
 高槻を通過した「さくら」は京都府に入った。雲は厚みを増し、周囲の山々にグレイな影を落としている。雲にはいくつかの切れ目があって、そこがうっすらと明るくひび割れている。3回目に美咲と来たときと同じような空だ。
 窓ガラスに映った自分の顔をぼんやりと見ていると、あれっ、と思う。京都に来たのは本当に3回だけだろうか? いや、たしかそれ以外にも訪れたような気がしてならない。1人ではなかった。隣には誰かがいた。明子だ。僕には明子と一緒に京都を歩いた記憶がある。だがそれは意地悪な魔術師の繰り出す世界のように、現実なのか、それともただの妄想なのか、はっきりしないまま僕に覆いかぶさってくる。その記憶と格闘しているうちに「さくら」は減速を始めた。
 乗客たちが席を立つための準備を始める中で僕だけは曖昧としない記憶の世界に置き去りにされていた。「さくら」は近代的な駅ビルの中に吸い込まれていく。その光景を目の当たりにしたとき、明子と2人で来た時の記憶の色が一瞬濃くなったような気がした。 

京都物語 64

 美咲が京都に行きたいと言い始めたのは、渡米を1週間後に控えた年末のことだった。
「旅立ちの前って、不思議と故郷が恋しくなるもんだね」
 美咲はすっかり整理された彼女のアパートの部屋の真ん中にあぐらをかいてそう言った。「アメリカに行くと思うと、なんだか日本の良さをあまり知っていないような気がするのよ。だから京都に行っときたいんだ」と彼女は続け、天井を見上げながら煙草を吹かした。その時の僕は受験勉強から完全にドロップアウトしていて、学生以下の生活を送っていた。親からの仕送りは絶たれ、アルバイトを複数かけ持ちすることによって何とかその日暮らしを送っていた。京都までの旅費も馬鹿にはならなかったわけだが、このまま美咲と離ればなれになるのもあまりにつらい気もして、名残惜しさで同行することにした。
 京都駅の烏丸口を出てバスターミナルを見渡した瞬間、軽い眩暈が襲ってきた。1年前に佐織とここに立ったことがまるで昨日のことのように感じられ、今一緒に歩いているのが美咲なのか佐織なのか、見失ってしまったのだ。「私、京都初めてだから、しっかりナビゲート頼むよ」という美咲のハスキーボイスを聞いて、ふと我に戻った。
 この日の京都は分厚い雲がけだるそうに立ち込め、気温も例年以上に低かった。僕たちは凍てつくような都大路を市バスで移動して、まずは金閣を訪れた。そういえば僕にとっても初めての金閣だった。美咲はうっとりとした目をして日本を代表する風景を眺めた。その後龍安寺の石庭を鑑賞し、二条城を拝観し、銀閣、清水寺と巡った。
 美咲はこれまで見たこともないほどの神妙な面持ちを終始浮かべていた。祖国の美を記憶の中にずっと焼き付けておこうという想いがありありと伝わってくるようだった。

京都物語 63

 ママさんは美咲がニューヨークに出たいと言ったことについて、表向きは歓迎していた。「このジャズハウスから世界的なシンガーが誕生するのは光栄だ」と言って満面の笑顔を浮かべ、「じゃあ盛大にラストライブしなきゃね」と張り切っているように見えた。しかし内心は複雑だったはずだ。古いジャズハウスにとってもはや美咲の存在はなくてはならないものであり、事実彼女の歌を聴くだけのために足を運ぶ客もかなりいたのだ。
 美咲はそんなママさんや僕の思いを尻目に、旅立ちへの準備をさくさくと進めていた。美咲に興味をもっている音楽事務所の後ろ盾もあって、夢だったはずの渡米は日に日に現実味を帯び、それと比例するように彼女はますますパワフルになっていった。
 美咲のラストライブは満席で立ち見も出るほどだった。こんなこといったい何十年ぶりだろうねとママさんは眉をひそめながら、珍しく仕事中に水割りを飲んだ。僕はすり鉢状になっている席の最後尾に座り、いつもは水割りのウイスキーをこの日ばかりはロックで飲んだ。
 その夜美咲は自身の真骨頂を見せた。声はいつも以上にハスキーで、それでいて声量はいつも以上に豊かだった。得意にしていたナンシー・ウイルソンやクリス・コナ-のナンバーを立て続けに披露し、満席の客をたちまち酔わせた。僕はいつも抱いているのがこの女性だということが信じられずに、おぼろげに彼女を眺めた。
 美咲はアンコールを1時間近く歌い切った後で、自分は夢に向かって踏み出すがこのジャズハウスは永遠に不滅だという挨拶で締めくくった。だが涙だけは最後まで見せなかった。 
 ライブが終わった後で僕とママさんと3人でお別れ会をした。それは簡素でいかにももの寂しいパーティーだった。

京都物語 62

 佐織からの連絡はその後完全に途絶えてしまった。どうして僕が彼女を追おうとしなかったのか、今考えてもよく分からないところがある。佐織は僕が何か行動を起こすのをただひたすら待っていたに違いなかったのだ。だがその時の僕にはどういうわけか彼女に対しての気力が沸いてこなかった。もちろん、美咲が近くにいたということもある。僕に必要だったのは遠くにいる恋人よりは近くの友達だったのかもしれない。
 ただ、美咲はもはや友達として簡単に割り切ることのできる女性というわけでもなかった。僕たちはセックスしたりそれからたまに食事に出るような関係が続いていた。セックスする場所もいつしか公園から美咲のアパートへと移り、僕はそのまま朝まで彼女と一緒に寝た。司法試験への望みは完全に断ち切られていた。その時の僕はちょうど空っぽのペットボトルのような状態になっていたのだ。
 僕は美咲のことが好きに違いはなかったが、だからといって恋人同士として付き合っているという実感はまるでなかった。その理由は明確だった。美咲は僕のことを愛しているわけではなかったのだ。美咲にとって一番大事だったのは恋人ではなく、夢だった。だから美咲にとっては相手が僕でなくてもよかったわけだ。
 その年の暮れに、美咲はニューヨークに出たいと言いはじめた。
「私だっていつまでも今のようにやれるわけじゃないんだから、若いうちに本場に出ときたいんだ」と美咲はライブが終わった後、タバコを吹かしながら僕とママさんに向かってそう言った。彼女が歌手としての実力を着実に上げているのは誰の目にも明らかだった。実際に興味を示す音楽事務所もあった。だから彼女がそう言いだしたのは必然的なことだった。
               
                                 

京都物語 61

 佐織は僕の部屋のドアを開け、僕の顔を見るやいなや胸に飛び込んできて、声を上げてむせび泣いた。僕は彼女の冷たい涙をTシャツに受けながらただ狼狽するしかなかった。それと同時に心の裏側では「助かった」という声にならない声が何度も響き渡っていた。というのもその日は美咲のライブの日で、もちろん僕は店に足を運ぶつもりでいたのだが、たまたま風邪をこじらせてしまい、迷ったあげくアパートに籠もることにしていたのだ。佐織は僕の部屋に飛び込む前にジャズハウスの方に顔を出していたという話をあくる日美咲から聞いた時、身の毛のよだつ思いが全身に駆け上がってきた。
 僕の部屋に飛び込んできた後、佐織は少しは落ち着きを取り戻したようで、どうしても急に会いたくなったのだと突然の来訪のわけを説明してからは、近況の報告やとりとめのない話などをした。だがその表情は不自然にこわばっていた。佐織は僕に何か大事なことを言いたかったのだ。だが結局、最後まで口を開かなかった。
 その夜僕たちは数ヶ月ぶりにセックスをした。毎晩のように美咲を抱いていた僕には佐織の身体がか細く感じられてならなかった。戸惑いさえ覚えながらも僕はできる限りのサーヴィスを尽くした。佐織はわずかに身体を震わせて反応したものの、声は全く上げなかった。そうして気づかぬうちにオルガズムを迎えていた。僕は射精するのにずいぶんと手間取ってしまった。それからシャワーを浴びて互いの身体を隅々まで拭いてからベッドに入った。
 佐織は真夜中を過ぎても眠れないようだった。僕は彼女が眠りにつくまでと髪を撫でていたが、いつの間にか先に眠ってしまっていた。結局それが佐織との最後の夜となった。
 美咲が京都に行きたいと僕に言ってきたのは、その年の冬のことだった。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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