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京都物語 354

 僕が過去を振り返っている間、中原氏は、内陣の奥に青白く浮かび上がっている聖観音菩薩像と静かに対峙していた。僕を見る中原氏の小さく丸い瞳には、その本尊がまだ焼き付いているように感じられる。冬のやわらかな日差しは、遣唐使船をモチーフに造形されたという横川中堂の流麗に反り返った屋根の先端を、より尖らせて見せている。
「さて、もうちょっと歩きましょうかね」と中原氏は息を吐きながら言い、さっき上ってきた石段を下り始めた。道脇に立つ愛嬌のある石仏が、やさしいまなざしを向けている。
「じつはですね」と中原氏は一歩ずつ足取りを確かめるように進みながら、つぶやきかけてきた。「明如さんは偉大な尼僧でいらっしゃるのに、あの方の存在を知っている人は、この比叡山の中にもそうそういないんです」
「どういうことですか?」
 僕の問いかけに、中原氏は足下を見つめたまま「さっきも申しましたけど、あの方は謎に包まれているんです」と応じた。
 もちろん、それは回答になっていない。僕は息を呑んで中原氏の次なる言葉を待った。きちんと説明するためには、正しい順序で話さなければならない。
「明如さんは、実在しなかったという人たちがいるんです」
 中原氏はしばらく間を置いてからそう言った。
「明如さんは、女人救済にしがみつく私たちのような者がでっちあげた偶像だって言われるんです」
「すみません、僕には全く意味が分からないんですけど」
 すると、中原氏はぴたりと歩みを止めて、僕を直視した。
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京都物語 353

 結花という理想的とも言える女性と出会いながら、結局彼女との離れを選んだのも、明子のぬくもりが心にくすぶっていたからだ。
 明子にとっての幸せが、夫と一緒に暮らしたうたかたの結婚生活だったならば、僕にとっての幸せは、結花とのきらめく瞬間の数々だった。人を愛することなどできないと諦めていたこの僕が、結婚することまで考えたのだ。ありふれた幸せ以上の幸せはないという世俗にまみれた言い回しを、結花を抱きしめながら何度も実感したものだ。
 結花は、それまで付き合っていた医師との婚約を反古にしてまで、僕を選んでくれた。あの子の体には、その婚約者の影がまとわりついてるのが分かった。おそらく、とても可愛がられていたのだろう。だが、彼女の心は、時間を重ねるごとに、僕の方にもたれかかってくるのを感じ取っていた。彼女は恋心を言葉にすることをしなかったが、何を捨てても僕のことを最優先してくれるその姿勢にこそ、この上ない充足を覚えていた。
 そのことは、逆に言えば、決して思い通りにはならなかった明子との対比による充足だったのかもしれない。結花は彼女の恋心を「楽しい」という言葉に置き換えて僕に伝えるようになったが、僕の見地から述べると、結花との生活はとても「楽」だった。もちろん、幸福な意味においてだ。
 だが、そんな時間にも、簡単にピリオドが打たれた。明子の手紙と対面した瞬間、あの長谷寺での感覚が、瞬く間に甦ってきた。結花はどこまでも魅力的な女性だった。だからこそ、こんな僕と結婚してはいけなかった。別れの時、彼女はフェイスブックで知り合った高校時代の同級生とつきあい始めると言った。それで良かったのだ。
 すると、思い出したかのように「つらい別れを経験されたからこそ、明如さんは、女人救済を求められたのでしょう」と中原氏が言った。僕にはそれが天からの声のように聞こえた。

京都物語 352

 鎌倉は、明子と亡くなった夫との想い出の地だった。科学者だった夫は、歴史を愛し、自然を愛した。結婚式を挙げたのも鶴岡八幡宮だった。東京に住んでいた新婚時代は、週末になるとよく2人で鎌倉を訪ねたものだ。
 僕はその話を、長谷寺の見晴台で、直接明子から聞いた。目の前には霧雨に煙る湘南海岸が横たわり、海面にはヨットの帆がいくつも立っていた。だが僕は、決してつらくはなかった。明子と魂を共有しているような感覚を得ていたからだ。明子は過去の中に生きる女性だった。だが、彼女はこれまで封印してきた過去を僕に語ることで、その想い出を清算しようとしているように映ったのだ。
 だが、鎌倉から帰ってきた次の日、明子は僕の元から消えた。彼女に関するあらゆるものは完全になくなっていた。僕が愛していた女性は幻だったのではないかと思わせるほどに、何もかもがすっかり消滅してしまった。
 要するに僕は置き去りになってしまったのだ。孤独で、恐ろしいくらいに単調な毎日が再び幕を開けた。そんな生活は、慣れていたはずだった。大学を卒業した後、同じように廃人同様の生活をしばらく送ったことがあったのだ。
 だが、その時とは違い、明子を失った痛みは決して弱まることを知らなかった。会えないことを、どうしても諦めることができなかった。何があろうとも、僕たちは、お互いにずっと思い合っているはずだ。だからきっと、またどこかで会えるだろう。そう信じ込もうとしていた。長谷寺で得た魂が同化した感覚は、ことごとく傷ついた心の内奥で、せめてもの慰めを与えてくれていたのだ。

冷たい雨

 夕方、暗くなりつつある空に向かって車を走らせていると、突然、雨が落ちてきました。その、フロントガラスを叩く雨粒を何気なく眺めていた私の耳に、カーラジオから『雨』という歌が聞こえてきました。あまりの偶然(?)に思わず苦笑を浮かべながら、森高千里の懐かしい声に、しばし耳を傾けました。「雨は冷たいけど濡れていたいの あなたのぬくもりを流すから 思い出も涙も流すから・・・」

 そういえば、伝説の美女といわれた平安朝の歌人、小野小町は、

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

 と詠みました。雨に向かって物思いに耽っている間に、時は移ろいゆく。作者のため息が聞こえてきそうな和歌です。
 この歌の中で、「ながめ」とは、ぼんやりと物思いに耽るという意味の「眺め」と、「長雨」とが掛けられているというのは、ご存じの方も多いかもしれません。平安時代の女性たちは、寂しい時、雨をぼんやりと眺めていたのでしょう。その先に、愛する人の面影を浮かべながら。
 夜空に浮かぶ月が孤独を照らすものだったのであれば、涙のように空から落ちてくる雨は、孤独な心に語りかけてくるものだったのかもしれません。
 

京都物語 351

「明如さんがまだ深川明子という名前だった頃、あの方の身に何かつらいことが起こったのは間違いないでしょう」と中原氏は訥々と語りを再開した。「これは私の勘ですが、さぞかし不幸な別れを経験されたのだと思います」
 白い頬、黒々とした瞳、か細い声・・・。寂しげに笑う明子の顔が思い起こされる。
 明子は幼い頃に病気で母親を亡くし、思春期には建設会社を経営していた父親が何者かによって殺された。全くの孤児になってしまった彼女は、それでも完全なる絶望の淵にまで堕ちずにすんだ。心を許すことでのできる彼の存在があったからだ。大学を出てすぐに2人は結婚した。その結びつきは血のつながりを遙かに超えるものだった。明子にとっては全てが夢のようだった。幸せになる権利が自分にもあったことが信じられなかった。
 だが、その幸せな時間は、本当に夢だった。原子力の研究者だった夫は、結婚して3年も経たないうちに、原子力発電所で起きた事故の対応に追われる中で、過労死してしまった。
 すべてを失った明子は、過去に閉じこもり、父と夫の残した膨大な遺産によって、身をやつすように生活していた。そんな時、社会保険庁の不手際から生じた年金問題の問い合わせのために、僕が務めていた保険事務所の窓口に、彼女は現れたのだ。その日を境に、僕たちは運命の渦の中に転げ落ちていった。逢瀬を重ねるうちに、僕は一生明子と暮らしたいと思うようになった。人生を彼女に捧げてもいいとさえ考えた。
 3年前の秋、僕の部屋でケーブルテレビの旅番組を見ながら、明子は突然旅に出たいと言い出した。今思えば、彼女はそれを僕との最後の旅にしようと考えていたのだ。

京都物語 350

 空を見上げながら苦笑を浮かべている中原氏の目尻には、しわが刻み込まれている。この人がまだ俗世にいた頃、どのような姿をしていたのか、想像すらできない。
「小松原さんに、延暦寺会館でのお仕事を紹介させていただいたのはね、あの子に同情したからなんです」と中原氏は漏らした。「私も女人救済の教えにすがりついた1人です。苦しい恋の罪悪感から解放されたい一心で、修行に耐えてきました。途中で何度も投げだそうと思いましたけど、今こうして尼僧として袈裟を着ています。私の生きる道は、結局、ここしかなかったわけです」
 気がつけば、空の大部分を青色が占めている。さっきまで分厚かった雲も、脱脂綿のように白く薄くちぎれている。
「でもね、修行を積んだはずの私でさえ、過去に愛した人の面影を、まだ、心のどこかで、追いかけながら生きてるんです。俗世に残してきた夫や子供を思うと、生きた心地がしません。それでも、やっぱり、私の中にはあの人がいる。それは、どうすることもできない事実なんです。つまり、まだまだ修行が足りてないんですね。そう考えると、修行から降りた小松原さんと私との間に、優劣をつけることなんてできないと思いません?」
「小松原さんにお仕事を与えられたのは、あの人を救済するということだったんですね」
 僕がそう言うと、「急に世間に出て仕事を探すというのも、大変でしょうしね」と中原氏は答え、深いため息をついた。「私たちからすると、ですから、明如さんはとてつもなく偉大な方なんです」
 空が青くなるに従って、中原氏が首に掛けている輪袈裟の鳳凰が光沢を増している。明如氏は明子ではない。僕には確信がある。さっき中原氏は、明如氏が7年かけて修行を終えたと語った。明子にそんな時間があるはずがないのだ。

京都物語 349

 その瞬間、頭の中にある様々な想念が、釣り糸のように複雑にもつれてゆくのを感じた。それらをほどく間もなく、中原氏は話を進めた。
「この山に上ってくる行者でも、男と女では、その動機がずいぶんと違うというのが私の見方です。特に女性が尼になろうとするのには、大きな決心が必要です。自らの力では解決不可能な苦境に陥った者でなければ、そうそう踏み切れるもんじゃありません」
 そう言って中原氏は、青白く照らされている聖観音像に改めて目を向けた。ふくよかな体型と、優雅に腰をくねらせているあたり、やはり女性的な仏像だ。この前にひざまづいていたのは、ほんとうに明子なのだろうかと思うだけで、息が詰まった。
「延暦寺会館の小松原さん」と中原氏はだしぬけに言い、僕を見た。「彼女もまた、人生に挫折して、救いを求めに上がってきた女性の1人でした。個人の事情をばらすのはよくないことかもしれませんけどね、あの人は過去にとても不幸な破局を経験したのです」
 そういえば、似たような話を聞いたことがある。レイナだ。彼女は今頃、どこで何をしているだろう?
「そうして、私だってご多分に漏れず、過去から抜け出せなくなった女の1人なんです」と中原氏は苦笑を漏らし、空を見上げた。「どうしても忘れられない人がおりました。どうしても。他の人と結婚して、出産までしたのに、その人への思いは募るばかりだった。女性は男性よりも過去を断ち切るのがうまいという話を聞きますけど、私の場合、どうしてもできませんでした。正直言いますとね、このような身になった今でも、その人のことを思い浮かべることがあるんです。もう、2度と会うことができないのだと思うと、胸が張り裂けそうになって、気が狂ってしまいそうになるんです」

京都物語 348

「明子、ですか?」と僕は言った。中原氏は本尊から目を離し、ゆっくりと僕の方に顔を向け、「はい。深川明子さんです」と答えた。
「ただ、あの方は改名されて、深川明如(めいにょ)というお名前になられましたけど」
「明如?」
「この世界においては、経験に応じて名前も格上げするというのはよくあることです。明如というお名前も本人が付けられたとうかがっております」
 中原氏は陽光をまとうように揺れる杉の木立をいとおしげに眺めた。森の匂いが辺りに立ちこめている。
「それにしても、明如さんほど謎めいた方もそうそういらっしゃいません」と中原氏はゆったりとした口調で続けた。「そもそも、あの方がいつこの比叡山に上られたのかを知る者もおりませんし、ましてその理由など、全くの謎に包まれておりました。もとより、あの方は多くを語られなかったですし」
 名前とは不思議なものだ。中原氏の話に出てくる明如という人が明子であるなんて、僕にはまったく信じられないでいた。そのことは、逆説的に、慰めにもなった。その人は明子ではない、全くの別人だと。
「明如さんはこの横川をこよなく愛されておりました。あの、聖観音菩薩の前にひざまづく姿を何度見たことでしょう。あの方は女人救済を深く信仰し、その教えと同一するかのように、お勤めに励まれました。延暦寺では常行三昧や念仏三昧といった修行が行われますが、誰よりも真摯なお姿で取り組まれました。円仁の開かれた千日回峰行という、7年にもわたる厳しい修行も満行されたと噂されております。延暦寺の歴史の中でも、満行者は50人とおられないほどの、想像を絶する修行なんです」
 7年? 僕は心の中でつぶやいた。

京都物語 347

 中原氏は風と戯れるかのように、穏やかな表情を浮かべた。短く切り揃えられた白髪交じりの頭髪には木漏れ日がちらついている。見上げると、雲の切れ間からは、陽光が顔を覗かせている。
「唐から無事帰還した円仁は、ですから多くの衆生を救済するための新たな教えを展開されたのです。そこから浄土宗が生まれ、鎌倉時代には浄土真宗へとつながっていったんですね。浄土真宗なんて、悪人さえも救済されるっていう教えですから」
 赤山明神が宿るという石の周りも明るくなってきた。横川中堂の朱色は鮮やかさを増している。
「さっき、私は、この横川は女性的な世界があると言ったでしょう。ここは、女人救済の地でもあるんですよ」と中原氏はつぶやいた。「あの本尊が、まさにその象徴といえます」
 氏はそう言いながら、聖観音菩薩像が見える位置にまで足を動かした。
「観音様って、ご存じですか?」と氏は青白い本尊に目をやったまま問いかけてきた。僕は、恥ずかしながらよく分からないと答えた。すると氏は、僕に光を降り注ぐかのように「この世の人々を救ってくださる菩薩なんですよ」とやわらかく言った。
「あの世に旅立たれた人に慈悲を施すのではないのです。今を生きている、自らの人生に立ち向かっている、そんな人たちを救ってくださるのが観音様なんです。特に、あの聖観音様は、母性的な懐の深さで私たちを包み込んでくださいます」と氏は、本尊を見ながらしみじみと言った。「しかも、円仁自らが刻まれた観音様だと伝えられるんです」
 本尊は依然として青白く浮かび上がっている。
「深川明子さんは、あの聖観音像を、ことのほか深く信仰されておりました」

京都物語 346

「遣唐使船には120人もの日本人が乗っていたといわれます。それを、手で漕ぎながら東シナ海を渡るわけです。過去に最澄と空海も乗った船に、42歳の円仁は、命がけで乗り込んだのです」と中原氏は言い、輪袈裟から手を離した。「乗船を決意されたのは、さっきヤマシタさんがおっしゃったように、最澄の夢のお告げによってのことです。ですから、円仁の心の中には常に師の姿があったことでしょう」
 僕は千年以上も前に、海を渡った人たちのことを思い浮かべた。彼らの心は、おそらく、この国をもっと良くしたいという志でつながっていたのではないかと思った。すると、目の前に、東シナ海の荒波が飛び散った。波が砕ける音を聞いていると、千年という時間はそこまで離れていないような気がしてきた。
「生存率6割というその危険な航海で、幸運にも円仁は上陸を成功させます。3度目の挑戦の末でした。しかし、唐に漂着した後で、さらなる苦難が待ち受けていました。言葉も文化も違うわけです。おまけに唐ではすでに仏教は勢力を弱め、道教が台頭していました。円仁はそんな逆風の中、ひたすら唐の都長安を目指します」
 円仁の心の中には常に最澄がいた。誰かのことを心に秘めながらひたすら歩く。そこには共感できるところがある。
「実際に関わった唐人が、円仁についてこんなことを言っています。『性格温厚で、生活水準が上下しても平常心を失わず、人との交際がとてもうまい人』だったと」
 中原氏はそう言って、細長い息を吐き、さらに話を進めた。
「円仁は師の遺志を継ぐために、道を信じて歩かれたんですね。そうして、歩きながら人に出会い、自然に触れ、風の音を聞き続けた。だからこそ、蘇悉地経を手に入れた時、それが感動をもって心の中に入っていったんではないでしょうか。つまり、円仁が唐から持って帰られたものは、法だけではなく、唐での経験を通じて体感した、仏教の神髄だったと私は思っています」

京都物語 345

「ただ、ほんとうに大切なのは、円仁が唐で何を学んだかということではないと私は思っています」と中原氏は付け加えた。
「さっきも言いましたが、師である最澄の教えはまだまだ未完成でした。たとえば、いくら厳しい修行をしたとしても、うまくいかないことだってあるでしょう」
 修行経験のない僕には共感することはできない。だが、これまで繰り返してきた挫折の日々を思い起こせば、ある程度の想像はつく。うまくいかないことが前提になっているのが人生だと僕はとらえている。
「最澄の教えには、そんな時の救済法がありませんでした。その点、唐に渡った円仁は、苦難の末、『蘇悉地経(そしつじきょう)』という法を手に入れたんです」
「ずいぶんと難しそうですね」
「そりゃ、難しいですよ。たやすく理解できるもんじゃない。しかもそれは、さっき言ったように、秘密の呪文なわけだから、師と弟子との間でのみ伝授されるものなんです」
 雲はだいぶ薄くなってきたようだ。横川中堂の朱塗りの柱には杉の影が映っている。
「それでも、その蘇悉地経とは、仏と同一するための妙法が伝えられていたんです。つまり、それまでは一部の行者にしかつかむことのできなかった奥義を、多くの者に、よりわかりやすく伝えることのできる法だったわけです」と中原氏は言い、黒い法衣の襟元を整えた。
「でも、ここで大切なのは、円仁が蘇悉地経を手に入れたという結果ではなく、なぜあの方がそれを手に入れることができたかというその過程なのです」
 中原氏は、首に掛けた輪袈裟にそっと指を触れた。そこに描かれた鳳凰が再びゆらめいた。

月夜の浜辺

 今宵は月がきれいです。
 今日は「寒の戻り」と申しましょうか、久しぶりに肌寒い1日でした。だからこそ、月の光は夜空に冴え渡っているように感じられます。
 そういえば、中原中也は『月夜の浜辺』という詩の中で、亡き息子を偲びました。


月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。


 また、千年以上も前、阿倍仲麻呂は遣唐使として渡った異国の地で、

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
 
 と奈良の都を詠みました。
 
 さらに、光源氏は、須磨に退居した折に、都に残した藤壺を思って、

見るほどぞ しばしなぐさむ めぐりあはん 月の都は 遙かなれども

 と詠みました。

 今も昔も、月は孤独を誘うようです。そうしてその孤独の先には、愛しくても会うことのできない人がいつもいるようです。
 皆さんは今宵の月をどのように眺められますか? 

京都物語 344

「ここからは少し七面倒くさい話になりますけど、ヤマシタさんなら、おつきあいいただけますでしょう?」と中原氏はおだやかに言った。どんな話であろうと、明子を見つけ出す手がかりになるのであれば聞かないわけにはいくまい。中原氏が首に掛けている輪袈裟の鳳凰が時折風に揺れるたびに、明子の息づかいを近くに感じるような気がする。
 僕は中原氏に向けてうなずいた。木立の奥で鳥が甲高い声を響かせた。
「平安時代に広く信仰されていたのは密教でした」と中原氏は話し始めた。「秘密の呪文によって仏と同一になるっていう教えです」
「秘密の呪文、ですか」と僕は復唱した。
「そうです。秘密なんです。だからこそ、俗人には決して知られることはない。つまり、修行がいるわけです」と中原氏は答えた。「当時の密教は、空海が開いた真言宗の密教が主流でした。空海さんは、天才だった。その教えはすでに完成されていたんです」
 中原氏はそう言って、赤山明神が宿るという石に再び目をやった。
「真言密教の本質は、1つになる、ということです。空海は、精神世界と物質世界の同一を目指した。秘密の呪文を唱えることで、身体が仏と1つになる。その境地に達することができれば、悩みや苦しみも乗り越えられる。現世利益も得られるわけです。当時の貴族の間で流行したのはそういうことです。それに対して最澄の密教は、未完成なところがあった」
「つまり、それを完成させたのが円仁だったというわけですね」
 僕がそう言うと、中原氏は目を細めてしっかりとうなずいた。輪袈裟の鳳凰がきらりと光沢を放った。

京都物語 343

「ところがね」と中原氏は言い、石に向けていた視線を、杉林の上に広がる空に投げた。延暦寺会館を出る時には厚くのしかかっていた雲にも、空の青さがうっすらと透けている。そのせいか、今日は昨日ほどの寒さを感じない。
「この横川を開いた円仁は、それまでの厳しかった教えとは違う流れをもたらしたんです」
 中原氏は穏やかな表情で空を仰ぎながらそう言った。首に掛かっている輪袈裟には繊細で優雅な模様が描かれている。鳳凰の絵だ。
「円仁は、唐に渡って、さまざまなことを学びました。それはまさに師である最澄の念願でもあった。ほら、中島敦の『山月記』にありますでしょ。『人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりに短い』って。日本の天台宗を確立するためには、最澄1人の時間では足りなかった。円仁はその遺志を継いだわけです」
「最澄が夢に現れて、道を示したという話ですね」と僕は中原氏に同調した。氏は僕の目を見ながら、笑顔で小さくうなずいた。
「円仁が遣唐使船に乗ったのは40歳を過ぎてのこと。当時では相当の高齢です。たとえば、この横川中堂は清水寺みたいに舞台の上に乗っかってるでしょ。なぜだか分かりますか?」
 僕は分からないと答えた。
「海に浮かぶ遣唐使船をモデルにしたんじゃないかって言われてるんです。そんなしゃれた発想、それ以前の延暦寺にはなかったことです」
「つまり円仁は、修行の厳しさの中に、ゆるさを採り入れたんですね」と僕はいつもの癖で、率直な感想を述べた。すると中原氏は口を結んで考えた後で、「ゆるさとは少し違いますね」と応じた。「ゆるさじゃなくて、真理。大事な教えを手に入れたのです。たとえば、円仁はそれまでなかった女人救済を行いました」
 その言葉を聞いて、再び心に明子が甦ってきた。

京都物語 342

「ここはね、浄土教の聖地、とも言える場所なんです」と中原氏は青白く見える聖観音菩薩を見ながらつぶやいた。
「浄土教ですか?」と僕が聞くと、中原氏は「円仁って、ご存じ? このお寺の3代目の座主だった僧侶だけど」と聞き返してきた。円仁といえば、最澄の遺志を継いで、延暦寺を発展させたという高僧だ。道に迷った時、幾度となく最澄が夢に現れて、進むべき方向を示されたという話を聞いたことがあると答えると、「まぁ、よくご存じ」と中原氏は小さな丸い目を見開いた。
 それから中原氏は、「ちょっと、外に出ましょうかね」と円仁の話を中断し、僕たちは再び入口の外に出た。中原氏は出て左側にある大きな石の隣に立って「この石はいわれがあるんですよ」と言った。
「この横川を開いたとされる円仁は、天台宗のさらなる発展のために唐に渡ったんです。この石には中国山東半島の赤山明神が宿ると信じられてきたんです。円仁の赤山明神への思いは強くて、延暦寺の中には赤山禅院という守護神がまつられているほどなんです」
 中原氏は恋人を見るような視線を石に向けながら話を続けた。
「この比叡山は、想像を絶する修行の場なのです。山岳信仰と言って、古くから山には霊が宿るとされ、僧侶たちは自らの魂を仏の世界に合一させようと、修行に励んできたのです」
「でも、修行している方を見かけることはないですけどね」と僕は思ったことをそのまま述べた。すると中原氏は「修行の場は決して表に出ることはありません」ときっぱり言い切った。厳しい口調だった。明子もその厳しさの中に全てを投げ出したのかと思うと、急に息が苦しくなった。

京都物語 341

 横川中堂は、まるで清水寺を彷彿とさせるほどの、幾重にも組まれた朱色の舞台の上に造営されている。レイナと自転車に乗って清水寺に参詣した日の情景を心に重ねながら、堂へと続く石段を上った。
 中原氏は今、明子のことを「伝説的」だと評した。その意味を詳しく聞きたくもあったが、とりあえず今は、この人のペースに委ねようと思う。ほんとうに大切なことは説明できない、レイナは僕にそう言った。それから真琴氏と橘美琴は、大切なことをきちんと伝えるためには、順序をふまえて話さなければならないと口を揃えるように言った。言葉とは本来、そういうものなのかもしれない。
 堂の正面に辿り着いた時、息を切らせている僕を尻目に、中原氏は「この横川中堂はね、特に好きな場所なんですよ」とやわらかく言った。見上げると、いかにも流麗な印象の造りだ。この点において、威厳に満ちた佇まいの根本中堂とは異なっている。どうやら比較的新しく再建されたらしく、鮮やかな朱塗りが周囲の森に鮮烈な色彩を与えている。
 中原氏に倣って軽く一礼した後で、堂内へと足を踏み入れた。まず最初に目に飛び込んできたのは、廊下に並べられたおびただしい数のろうそくの炎だった。その先には、根本中堂と同様、一段低いところに内陣が設けてあり、奥には本尊が安置されている。中原氏はいかにも宗教的な手つきで、内陣に向かって合掌礼拝し、それが終わってから、「この横川中堂は、どこか、女性的な雰囲気を感じません?」とささやきかけてきた。「特にあの本尊はどうです? 聖観音菩薩像と言いましてね、この地を開いた円仁という高僧が刻んだと伝えられてるんです」
 本尊は、内陣の中央に青白く浮かび上がっている。そう言われてみると、顔つきも体つきもふっくらしている。女性的と言えるかもしれない。

京都物語 340

「ずっと気になってたことがあるんですが」と僕は前を歩く中原氏の肩に向かって尋ねた。「この延暦寺には女性のお坊さんが多いようですね?」
 すると中原氏は歩みを少しだけ緩めて、「そんなもんですかねえ」と、白い息と一緒に言葉を吐き出した。
「おととい根本中堂に行った時にも尼さんの姿を見ましたし、延暦寺会館の小松原さんだって、修行するためにこの山に入ったということだし」と僕は言った。
 すると中原氏は「そんなこともないでしょうよ」とおっとりした口調で返した。「この横川へ来る前に西塔っていう地区がございましたでしょう。あそこが現役の修行の場になっておりましてね、僧侶たちが毎日お勤めをするんですが、ほとんどが男の坊さんですよ」
 中原氏がそう言った時、道ばたの小さな石仏が目に飛び込んできた。そういえば、さっきから至る所に石仏が置いてある。慈悲深い表情をしたのもいれば、ひょうきんなものもある。彼らからの視線を感じながら、僕は中原氏の少し後を歩く。
「おそらく、それは、ヤマシタさんの意識の問題でしょうね」と中原氏は話を続けた。「あなたは深川明子という人をひたすら追い求めてこの山に登られた。それで、どうしても、女の僧侶ばかりが目についてしまうのでしょう」
 中原氏は僕の方に顔を傾けて、頬を緩めた。
「それにしても、あの方ほど伝説的な人物もなかなかいらっしゃらない」と中原氏は急に神妙な面持ちになった。
「伝説的、ですか?」と僕が追及しにかかった時、森の中に朱色の建物が現れた。
「あれが、横川中堂です」と中原氏は建物を見上げながら言った。

京都物語 339

 車を降りてまず、僕はその僧侶に向かって頭を下げた。すると向こうも礼を返してきた。銀縁の眼鏡をかけ、感じのよい笑顔を浮かべているのが分かる。
「はじめまして」と声をかけると、僧侶は「ようこそおいでくださいました」と丁重に応えた。驚くことに、この僧侶は女性だった。
 僧侶は僕のそばまで歩み寄り、「中原洋香と申します。どうぞ、よろしゅうお願いします」と品のある会釈をした。黒い法衣の上には、光沢のある黄緑色の輪袈裟を首に掛けている。その立ち居振る舞いから、この人は、僧侶の中でも高位にあることがうかがえた。
「ヤマシタと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」と僕は中原氏を見ながら挨拶した。「小松原さんから紹介いただきました。縁を感じています」
 中原氏はいかにも柔和な笑顔で、「まさにそのとおりやと思います」と同調してきた。「ま、ここで立ち話というのもなんですから、ちょっとそこいらを散歩しましょうかね」
 中原氏はそう言って、僕の少し先を歩き始めた。
「比叡山に登られたのは、初めでですか?」と、さっそく中原氏は聞いてきた。
「はい。今回が初めてですね」と僕は応えた。「来たのはおとといのことですが」
「じゃ、2泊されたんですね? あそこの延暦寺会館にね」
「そういうことになります」
「で、そこで小松原さんと出会われた」と中原氏は低めの声でそう言った。僕は小さく頷いた。
 濡れた石段を下りると、杉林の間に小径が現れ、風景全体がうっすらと霧に煙っている。中原氏と話をしながら、まるで真琴氏を前にしている時のような緊張を感じていた。

京都物語 338

 約束の日にも、空には厚い雲がかかり、杉の木立は霧に覆われていた。この時期の比叡山はだいたいがこんな空模様ですね、と小松原はさらりと言った。延暦寺会館を出る前、僕は彼女に思い切って尋ねてみた。
「ところで君は、どうしてこの比叡山に入ろうと思ったんだろう?」
 すると小松原は、翳りに縁取られた瞳をまっすぐに僕に向け、眼球を震わせた。それから「個人的な問題です」とだけ答えて、薄く笑った。もっと深く話を聞いてほしいようにも映った。だがそれをしたところで、彼女にも僕にも、何の救済はないことを直感で悟った。
「ここで君と出会ったのは、すごく大きな縁だった」と僕は本音を語り、「昼過ぎには戻ってくるから、申し訳ないけどチェックアウトはその時でいいかな?」と申し添えた。小松原は「いいですよ」と答えた。
 2日ぶりにレンタカーのエンジンを呼び覚まし、延暦寺会館のフロントで手にしたばかりの比叡山全図を見ながら、横川へと車を進めた。十分に手入れの行き届いた比叡山ドライブウエイからは、のっぺりとした雲海を臨むことができた。時折、切れ間が現れるたびに、琵琶湖がうかがえた。僕はおとといの月夜に見た夢を思い、琵琶湖の近くに生を受けた最澄の肖像が心に浮かび上がった。紫式部が湖畔の寺で『源氏物語』の執筆を開始したことを併せて鑑みると、何か大きな世界に呑み込まれているような感覚に囚われ、軽い浮遊感に襲われた。
 横川は比叡山の北の端にあたり、根本中堂のある東塔からは車で10分ほどかかった。駐車場にも薄い霧は上がっていて、その中に黒の法衣を着た僧侶が立っているのが見えた。

京都物語 337

 すると、玄関の自動ドアが静かに開き、扉の間から冷気と枯れた草の匂いが流れ込んできた。ここに宿泊していた年配の参詣者グループが、こぞって外に出て行ったのだ。その参詣者たちの気配が完全に遠ざかった後で、僕は小松原という女性に話しかけた。
「その人が明子を知っているわけですね?」
 すると小松原は、またうつむいて、かすかに口元を震わせた。僕は何も言わずに、ただ彼女の顔を見た。髪を後ろで簡単にまとめ、化粧もしていないに近い。つぶらに見える瞳にも、この女性が宿命的に背負っている薄幸さの影が忍び寄っている。
「修行に関することを話すのは、タブー中のタブーなんです。でも、深川明子さんのこととなれば、話はまた変わってきます」
「つまり明子は、何らかの事情に絡んでいるわけですね?」
 僕の質問に、小松原はうつむいたまま、口だけ動かして答えた。
「何かに絡んでいるというよりは、私を見捨てずにいてくださったその方が、明子さんをとても尊敬していらしたのです」
「その人はまだこの比叡山にいるのですか?」と聞くと、小松原は、首をかしげるようにしながら頷いた。
 彼女がその人物と連絡を取っている間、僕は部屋で待機することにした。部屋には相変わらず冷気が居座っていたが、それでも窓の外の霧には切れ間ができはじめている。そこから琵琶湖の灰色の湖面をぼんやり眺めていると、内線電話が鳴った。
 小松原は、明日の朝、横川でその人物と会えるように手はずを整えてくれた。六条ホテルの千明氏と約束した期限は今日を入れて後2日。つまり、これが僕にとっての最後のチャンスだ。今日1日は、琵琶湖の見えるこの部屋でゆっくり過ごそうと思った。

京都物語 336

「明子?」と思わず声がこぼれ落ちた。「明子の居場所を知ってるの?」
 僕の顔を見ていた女性は、咄嗟に視線を斜めにずらし、下唇を噛んだ。それから少し間を置いてから、改めてこっちに向きなおした。
「深川明子さん、でしたよね?」
 女性は念を押すように聞き返してきた。僕は「どこにいるんですか?」と結論を急いだ。
「私には分かりません。昨日言ったとおりです。ただ・・・」
「ただ?」
「その名前の人の話を、聞いたことがあります」
「どこで?」
 女性は口をつぐんだ。まるで自白を強要されているようだ。それで僕は、息を1つ吐き出して、心を落ち着けた。世界は信じることで成り立っている。道を求めようとする時、それは信じる方向に必ず見つかる。だから焦る必要はない。
「失礼だけど」と僕は質問の矛先をずらした。「あなたはこの施設に、住み込みで働いてるの?」
 女性はすっと背筋を伸ばし、昨日までの素っ気なさを忘れさせるほどのたどたどしさで話し始めた。
「私は、元々はこのお寺で勉強させてもらおうと思って、ここへ来たんです。ただ、このお寺での勉強は、本当に厳しくて、人生のすべてを捧げなければなりません。そこにどうしてもためらいを感じてしまった私は、途中で投げ出して山を下りようとしました。そんな、異端者であるはずの私に、声を掛けてくださった方がいらっしゃるのです」
 ベージュの制服の名札には「小松原」と記してある。

京都物語 335

 あくる朝目を覚ますと、部屋にはいっそうの冷たさが居座っていた。ぶ厚い羽布団の中でさえ、冷気が侵入している。恐る恐る寝床を出た僕は、身体を震わせながらカーテンを開けた。昨日の朝と同様、杉の木立には脱脂綿のような霧が絡みついている。その切れ間からはかすかに琵琶湖が見える。昨夜の月がまるで嘘のように、湖面は灰色に霞んでいる。
 僕は備え付けのファンヒーターのスイッチを入れ、それから浴室に行って熱いシャワーを浴びた。夢の残像が頭の中で揺れている。たちの悪い2日酔いのようでもある。
 朝食会場に向かうためにフロントの前を通ると、昨日の女性が所在なさげに立っていた。彼女はやはり素っ気ない言い方で「おはようございます」と声を掛けてきた。あるいはこの施設に住み込んでいるのかもしれない。
 質素だが地元の食材を丁寧に使ったという感じの朝食を食べていると、昨夜の夢の中の言葉が再び去来してきた。
「道を求めるとき、それは信じた先に必ず見つかる。信じることをやめたとき、永遠に道は見つからない」
 宴会用の広々とした和室で朝食を取っているのは僕だけだ。大きく取られた窓の外には霧をまとった杉が間近に見える。まるで天上界にいるようだ。ふと真琴氏の部屋の外に降り続く雪を思い出した。
 そういえば真琴氏の家にいる間に、1年が経っていた。それを思うと、今がいつなのかが急に気になりだした。それで、食事を終えた後でフロントに直行し、女性に日付を聞いた。彼女の口から返ってきたのは、紛れもなく今日の日付だった。僕とレイナが失踪してから1年経っている。一安心したところに、女性がだしぬけに話しかけてきた。
「昨日話されていた、深川明子さんというお方のことですが・・・」

京都物語 334

 すると、僕の質問に呼応するかのように「すべては夢に含まれる」という声が心に響いた。真琴氏のものだと思っていた声は、もはや誰のものなのか分からなくなっている。根本中堂で不滅の法灯と対峙した時に感じた、すべての区別が取り払われたような感覚が、僕を呑み込んでいる。
 依然として浮遊感に囚われている僕は、様々な想念がひしめきあう夢の世界で、とにかく明子の姿をだけを探し求めた。しかし、どこにも見あたらない。
「明子はほんとうにこの夢の中にいるのですね?」と、再度質問を投げかける。だが声はただ同じ回答を繰り返すだけだった。すべては夢に含まれると。
「円仁は夢に現れた最澄のお告げによって、この比叡山に入った。『源氏物語』の時代、すでに延暦寺はこの地に存在していた。つまり、この山は丸ごと夢の世界なのだ」
 声はどんどん近づいてくる。まるで、プールの底から聞いているかのような響き方で。
「僕と明子の物語の結末は、一体どうなるんですか?」と僕は急かすように聞く。
 すると、突如として砂嵐が起こった。砂嵐は夢の世界に存在するいろいろなものを容赦なく巻き上げる。僕は必死に全身に力を込める。嵐の先には真実がある。僕の直感がそう訴えかける。だが、あまりの激しさに、目を開けることすらできない。
 信じるしかない、と叫び声にも似た声が聞こえる。いや、それは自分で自分に言い聞かせているだけなのかもしれない。道を求めるとき、それは信じた先に必ず見つかる。信じることをやめたとき、永遠に道は見つからない、と声は続く。
 砂嵐の中に、月明かりに照らされた最澄の肖像画が見え隠れした。

京都物語 333

 僕は声に向かって、全身で問いかけた。
「今僕は、夢の中にいるのですか?」
 すると「すべては夢とつながっている」と聞こえた。「円仁は夢に現れた最澄のお告げにより、この延暦寺を発展させた。また、光源氏は、愛する藤壺と、せめて夢の中で会い続けたいと切願した」
 抑揚のない淡々とした調子で声は続く。まるで自分の声のようでもある。
「当然、夢の世界に憧れたのは、紫式部自身だった。彼女は言葉によって登場人物に命を吹き込み、物語を完結させた。紫式部の実生活は今なお謎に満ちているが、彼女が人生の哀しみを味わったのは間違いない。そんな紫式部の紡ぎ出した言霊が、夢の世界を創出し、『源氏物語』として体系化された」
 身体の動かぬ僕には、ただ声を聞くことしかできない。おそろしくもあるが、どこかで安らかな心持ちでもある。
「紫式部だけでなく、平安時代の貴族たちは目に見えない世界を信じた。夢占いも盛んだった。桐壺帝は息子である光源氏の将来を、高麗の相人の占いに委ねるほどだった。平安時代も今も、人の心は何ら変わってはいない。今でも我々は夢とつながりながら生きている」
 声を聞いていると、突然身体が浮き上がったような感覚を覚えた。今僕は夢の世界に含まれている。僕は世界の一部に過ぎないが、それはとても重要な一部だ。なぜなら、この世界は僕の目を通してとらえられているからだ。その時、一隅会館のそば屋に掲げてあった最澄の言葉が心の中でぱっと花開いた。

一隅を照らす これ則ち国宝なり

 僕は力を振り絞って、声に向かって問いかけた。
「明子も、この夢の世界に含まれているのですね?」

京都物語 332

 青い光を放つ月を眺めていると、どうしようもなく眠くなってきた。今日1日、冷たい風の中を歩きっぱなしだったので疲労ものしかかっている。それで僕は、半分夢を見ているような状態のまま、寝床を敷いて布団の中に潜り込んだ。明かりを落とした部屋には、月明かりだけがぼんやりと窓から差し込んでいる。
 ・・・どれくらい時間が経ったろう。深い眠りに落ち込んだはずだったのに、僕ははっきりと目を開けている。薄暗い部屋、窓から漏れる淡い月明かり。それらをこの目にとらえている。だが体を動かすことはできない。
 すると声が聞こえる。真琴氏の声だ。
「琵琶湖のほとりで産まれた最澄は、この比叡山に延暦寺を築き、天台宗を開いた。最澄の死後、弟子の円仁によって、延暦寺は発展してゆく。円仁がこの山に入ったのは夢のお告げによるものだった。円仁15歳の時、枕元に最澄が現れた。その後最澄に師事した円仁は天台仏教確立のために唐に渡る。そうして念願だった金剛界曼陀羅を手に入れる。金剛界曼陀羅とは、大日如来を中心とした仏教的宇宙が描かれたもので、信仰のよりどころとなる大切なもの。円仁は自ら唐に渡り、苦労の果てにそれを手にした。その夜、すでに入滅していた最澄が、再び円仁の夢に現れ、弟子の功績をたたえた」
 床の間に掛けられた最澄の肖像画が、動けない僕を見下ろしているかのようだ。
「光源氏は藤壺との逢瀬が叶わないことを嘆き、せめて藤壺を夢の中で愛したいものだと願った」と声は話題を変えて続いた。「光源氏は藤壺と結ばれた後、その心を和歌に表した」
 
見てもまた あふよまれなる 夢のうちに やがてまぎるる わが身ともがな

京都物語 331

「新しい物語の執筆を命じられた紫式部は、琵琶湖畔の石山寺に祈願した。その夜、琵琶湖には月が映っていた。その情景は、『源氏物語』の「須磨」の場面に反映される。都を離れることを余儀なくされた光源氏は、須磨の海に映る月を見て、都を恋しがる」
 真琴氏の声だ。山道を登る途中に聞こえた話が繰り返されている。ほろ酔い気味の僕は、月明かりに照らし出される琵琶湖に目をやりながら、まだ見ぬ須磨の海を思った。海には月が映っている。浜辺には従者を引き連れた光源氏が潮風にたたずんでいる。

見るほどぞ しばしなぐさむ めぐりあはん 月の都は 遙かなれども

 光源氏は、海に浮かぶ月を見ながら都を恋しがっている。都には愛する藤壺がいる。源氏は謹慎の意味を込めて、自ら須磨に退去していた。愛する人が常にそばにいた源氏にとっては、初めてとなる別離の哀しみだった。

なくてぞ人は 恋しかりける  

 光源氏の心にはその言葉が痛切に突き刺さっていた。会えなくなってからこそ、その人のことがとても恋しくなるものだと。源氏は須磨の海に映る月を見ながら、藤壺への思いをひときわ募らせていた。胸が焦がれるほど会いたかった。彼女は今頃一体何をしているだろうと思った。願わくば、自分のことを思っていてほしいと。もし自分のことを思ってくれているならば、きっと彼女も都の空に浮かぶこの月を見てくれているだろう。
 レイナと別れた寂しさが払拭されたわけではなかった。だがそれ以上に、明子と分かち合った過去の記憶が一気にこみ上げてきた。
 会いたい。明子に会いたい。いつしか光源氏の心は、僕の胸に溶け込んでいた。

京都物語 330

「おかえりなさいませ」とフロントの女性は棒読みふうに言った。朝ここへ来たときには陽光が差し込んでいたので質素な作りのロビーが見渡せたが、今は夕刻の薄暗さに包まれている。フロントだけが意図的にライトアップされているかのように明るい。
 女性は僕に部屋の番号が刻印してあるルームキーを差し出し、部屋は本館3階の和室で、ロビー奥のエレベーターで上がるとすぐに分かると教えてくれた。やはり素っ気ない言い方に違いないが、この女性も朝からずっとここに立たされていることを思うと、多少同情するところもある。
 部屋は思った以上に広かった。畳の数は10枚もあり、窓側にはソファセットも置いてある。1人で泊まるには有り余るほどだ。床の間の掛け軸にはやはり最澄の肖像画が描かれている。
 カーテンを開けると、まず手前に杉の木立が並び、その遙か眼下には夕暮れの琵琶湖を臨むことができる。僕はふと六条ホテルの窓から見えた渉成園の緑を思い出した。琵琶湖と渉成園。両者にはどこか共通する世界が感じ取れるようだ。
 1階の和室で手の込んだ郷土料理を食べた後、再び部屋に戻ってシャワーを浴びた。40度に設定した湯がことのほか熱く感じられた。それほど体が冷え切っていたのだ。それから館内の自動販売機で買っておいた缶ビールを開けて、窓際のソファに座って飲んだ。窓の外はすっかり夜に覆われている。昨日の夜、レイナと2人でビールを飲んだ記憶が心にしみた。彼女は酔ったままベッドに入り、そのまま僕たちは初めて交わった。その記憶を辿ると、どうしようもなく寂しくなる。缶ビール1本で酔ってしまったようだ。
 すると、外が薄明るいことにふと気がついた。琵琶湖の上には満月が出ている。
「今宵は十五夜なりけり」
 どこからか声が聞こえてきた。

京都物語 329

 しかし、声はどこかへ消えてしまっていた。自分のそばに手を付けると、それはすっかり冷めてしまっている。声を聞く間に、思った以上の時間が経っていたようだ。
 一隅会館を出て、再び歩き始める。さっきまでの霧はすっかり晴れ、杉の木立の間からは冬枯れの比叡の山脈が見渡せるようになっている。陽光が出ているにもかかわらず、気温は全く上がる気配がない。それでも、せっかくだから、東塔地区をひととおり見て回ろうと思い、歩を進める。
 坂を下りて根本中堂とは反対方向に進むと、大講堂と呼ばれる大きな寺院があった。内陣には堂々たる大日如来像が据えられていて、ここ比叡山で修行した高僧たちの像がその両脇を固めるように並べてある。法然、親鸞、道元、一遍、日蓮・・・僕でさえ知っている人物たちがここに籠もり、独自の新仏教を開いていったわけだ。つまりこの高僧たちも、さっきの不滅の法灯に頭を垂れたということになる。もしこの世に永遠というものがあるとすれば、きっとそんな世界なのだろうと、僕は想像した。
 昨夜六条ホテルの千明氏は、直感が大切だという話をしてくれた。その言葉がきっかけとなり、僕は直感の赴くままに比叡山に登った。もちろん、明子を捜し出すためにだ。レンタカーが山道にさしかかってからというもの、感覚が冴え渡り、様々な声が聞こえるようになった。そうして今、次なる声を待っている自分がいる。僕も真琴氏の作り上げた言霊の世界に生かされているのだ。ここまで来た以上、その結末がどうなるのか、自分の目と耳で確かめるしかない。
 だが、東塔地区を歩いても声は聞こえなかった。僕の思いを逆なでするかのように、風がますます冷たくなってきた。しかたなく僕は延暦寺会館に戻った。さっきの素っ気ない対応の女性は、依然としてフロントにぽつんと立っていた。

京都物語 328

 延暦寺の境内にあるからか、一隅会館のそば屋にはどこかゆったりとした空気が流れている。他の客も、1人として急ぐ者はいない。じっくり味わいながらそばをすすっている。
 僕はいったん箸を置き、ほうじ茶に口を付け、椅子にもたれた。真琴氏の声はすぐ近くにまできている。「あなたはきっと、直感が鋭くいらっしゃるのね」
 その時、壁に掛けられた最澄の肖像画がふと視界に入ってきた。そこには「一隅を照らす、これ則ち国宝なり」という毛筆が添えられている。その意味を正確に理解することはできない。ここにレイナがいれば、たやすく説明してくれるだろう。ただ僕には、その言葉から、なぜか不滅の法灯が連想された。
「あなたはさっき、明子さんは私の肩代わりをしたとおっしゃった」と声は続いた。僕は繊細な筆遣いで描かれた最澄の坐像を見ながら声に耳を傾けた。「私にとっては痛い指摘でもあった。でもその指摘は必ずしも真実ではない。たしかに、あなたがおっしゃる通り、明子さんは私の作り上げた言葉の世界に生きていらっしゃる。しかし、作家とはそういうもの。紫式部にしても、桐壺更衣や藤壺、夕顔や空蝉など、『源氏物語』に登場する女性に、自らの言葉の世界の中で命を吹き込んだ。紫式部の人生を登場人物に託したの。つまり彼女たちは言霊の世界で人生を全うした」
 僕はもう一口ほうじ茶を飲み、それから箸を手に持って、そばの上に載せられたにしんをかじった。独特の苦みが口の中に広がった。
「私たちはみな、言霊の中に生きている。もちろん、明子さんも同じ」
 その声は落ち着き払っていた。
「分かりました。じゃあ、今ふと思いついたことを聞いてもいいですか?」と僕は声に向けて問いかけた。「明子が巻き込まれた言霊の世界の結末は、いったいどうなるのですか?」

京都物語 327

「ちょっとお伺いしますが」と僕は、素っ気ない対応の女性に聞いてみた。「ここに泊まることはできるのですか?」
 すると女性は穏やかな表情になり、「はい。宿泊もやっておりますが」と少し声を高くして答えた。
「今晩ここに泊まりたいのですが」と言うと、笑顔さえ浮かべて宿泊の手続きを始めた。いかにも見え見えな手のひらの返し方だ。部屋にはいくつかのタイプがあるが今日はどの部屋も選ぶことができる。チェックインは15時になっているのでもし荷物があればフロントで預かっておく。そんな事務的な説明をよどみなくやった。
 できれば昼食をここで取りたいのだと申し出たところ、食事に関しては予約制になっているので急には準備できないとあっさり断られた。根本中堂の前の坂を上ったところに一隅会館という休憩所があって、地下にそば屋が入っているから、もしよかったらそこを利用したらいいと教えてくれた。いずれにせよ、ぬくもりを感じさせない言い方だった。僕はしかたなくリュックサックを女性に預け、部屋の予約を済ませた後で外に出て、坂を上り一隅会館に入った。
 地下のそば屋では数名の参詣者が湯気を立ててそばをすすっていた。僕はそこでにしんそばを食べた。凍てついた身体がたちまちほぐれるようだった。その時、心の中には不滅の法灯の明かりが甦った。すべてのものには区別などない。そんな感覚が改めて入ってきたかと思うと、再び真琴氏の声が聞こえ始めた。僕はそばをすするのをやめて声に耳を傾けた。
「あなたには、ドキッとさせられるわね」と真琴氏の声は言った。「あなたはさっき、明子さんは私の肩代わりをさせられたとおっしゃった」
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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