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縁の下の力持ち

 それにしても、今日は暑かったですね・・・
 気温はそうでもなかったように思いますが、なにせ、これまでが曇り続きだったために、身体が日差しに馴れていないというか、とにかく気温以上に暑く感じられました。
 私は、ずっとイベントで屋外に出ていて、約3万人の方々の前で、仕事のPRをさせていただいたりもしました。これほどの人数の前に立つと、逆に緊張しませんね。テレビの生放送に出たことがありますが、自分に向けられた1台のテレビカメラの方が、プレッシャーを感じたりもします。
 とにかく今日は朝から晩まで走り回りました。気がつけば真っ黒に日焼けしてしまいました・・・
 さて、話が少し変わりますが、最近のマイブームは、1日お世話になった靴を磨くことです。元々、洗濯物にアイロンをかけたり、車の内装を掃除したりするのが好きだったのですが、今年になってあくせくと駆け回ることが増え、自ずと靴にこだわりを持つようになりました。
 今履いているものは、専門店の店員の方にちゃんとサイズを計測してもらい、内部にインソールをいくつか敷いて、自分向けにしっかりとカスタマイズしてあります。店員によると、手入れと補修をきちんとすれば10年は履ける靴だということで、今から大事にしています。
 で、さきほど帰宅して、靴を脱ぎ、ブラシで埃を落としてから靴用のクリーナーで汚れを取りました。この段階で十分にきれいなるのですが、さらに専用のクリームをまんべんなく塗って、クロスで丁寧に磨き上げます。すると、少しくたびれ気味だった靴が、みるみる生き返っていくのが分かります。それと同時に、今日1日、必死になって駆け回ったことが思い出され、靴への感謝も沸き上がってきます。
 普段は気づかないですが、靴は本当の意味で自分を支えてくれているなぁとつくづく思います。そうして、靴に限らず、自分はいろいろなところで支えられていることを、ふと実感しました。
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石の上にも30年

 今日と明日の2日間行われるイベントのステージに、明日出演することになっているので、さきほど大会本部と打ち合わせをしてきました。
 折しも、私の敬愛する歌手がリーダーを務めるバンドが遥か熊本から駆けつけて、今夜のステージの大取をとるということで、打ち合わせが終わった後、そのまま客席に残りました。
 思えば、彼女にはほんとうに助けられてきました。今から15年前、私は高校の教師をしていたのですが、初任校は山間のごく小さな学校でした。私が初めて就職した年の秋、彼女たちのバンドはボランティア同然で学校に来てくれて、古い体育館でものすごいライブをやってくれました。それが田舎の高校生にどれほど大きな勇気を与えてくれたことか・・・
 ギタリストは、実は彼は全盲なのですが、今や世界的な舞台で演奏するほどになっています。そうして、彼のアテンドを進んでやっていたボーカルの彼女は、地元に残り、結婚して熊本に引っ越し、それでもなお、ライブハウスで歌い続けています。
 そんな彼女が、今夜私の地元に来て歌ってくれるということで、内心わくわくしていました。実際にライブを聴いてみて、私は、あの日のライブの光景を鮮明に思い出しました。驚くのは、もう50歳になる彼女の歌声は全く衰えていないということです。ステージの上でもバイタリティがみなぎっていました。
 今の仕事の関係上、新進の歌手の演奏を間近で聴くこともあるわけですが、50歳の彼女のパフォーマンスは、若手のミュージシャンには決して表現することのできない輝く世界があります。
 今日は仕事でミスをしたりして、うつむき加減だったのですが、ライブを観て、勇気をもらったような気がします。何より、地方のライブハウスで地道に活動し、確実に人々の心を元気づけている彼女たちの姿に、1つのことを繰り返すことの本質を教わったように思えて、それがとても清々しくさえありました。
「継続は力なり」と、口で言うのは簡単なことですが、実際に行動を積み重ねることは、何よりも尊く、そして何よりも強いのだと感覚から教わった気がします。

ふと気がつくと・・・

 あと少しで今日も終わり。
 8月に入ってからというもの、時間が経つのが早いように思います。

『鎌倉物語』→『京都物語』→『キラキラ』に続く新しい小説を早く書き始めなければと思うのですが、その裏側では、「いや、もう少し構想を練ってからの方がいいんじゃないか」という慎重さがぴたりと引っ付いていて、なかなか第一歩が踏み出せないでいます。

 でも、それって、小説を書くことに限らず、何かを始めようとする時にはよくある心理状態なのかもしれません。いったん始めてしまうと、後はすんなり行くものですが、その「始める」ということに、ちょっとした心の踏ん切りがいりますね。

 本来なら、「食欲の秋」「スポーツの秋」「読書の秋」と、秋は意欲に満ちた季節なのですが、どうも今年は天気だけではなく、心もじめじめしています。
 とはいえ、そんな心をさえ、言葉で表現することができるというところに、小説の良さがあるのだと思います。
 
 最高に切ない小説。

 どうやら、次作はそんな感じになりそうです。

 みなさま、今しばらくお待ちくださいますよう・・・ 
 

こんばんは

 本日も『静かな散歩道』にご同行くださいまして、ありがとうございます。
 
 さて、みなさまの町にも、秋風が吹いているのでしょうか?
『源氏物語』においても、秋という季節は、ことのほか象徴的に描かれています。まして秋風となると、登場人物たちの心と重なり合って、物語に深みを与える役割を果たしています。

 おそらく、これは全くの私見ですが、千年前も現在も、秋に吹く風だけは同じように人々の心に響いているのではないかと思います。
 だからこそ、私たちは千年前の物語に共感することができるのではないでしょうか。

 そんなことを考えながら、ウッドデッキに出て、秋風にさらされていました・・・

 明日もまた、このブログでお会いできるのを、楽しみにしております。

窓から秋の風が入ってきます・・・

 なんだか、本物の夏が来ないままに秋になってしまいそうですね。真夏の暑さは、時に恨めしくもありますが、こんなに曇りばかりが続くと、やはり夏は夏らしい方がいいのだということをひしひしと感じます。

 それにしても、今日はいろんなことがありました。
 いいことも、よくないことも・・・

 人間って、よくないことを考え込んでしまう傾向があるのでしょうか? だからこそ、頭の中にいいことを詰め込むことが大切だと、いろんな方が提唱されるのかもしれません。

 とはいえ、そんなに簡単にはプラス思考になれない時だってあります。
 前向きに生きることが理想的だと分かってはいますが、あえてくよくよ考え込みたい時も私にはあります。

 そんな時には、そのよくないことからあえて逃げないようにします。不思議なことに、人間の心って、適応力があるんですよね。どんなにつらいことがあっても、ある程度時間が経てば、そのつらさにも慣れてしまう。

 そう考えると、くよくよふさぎ込むことも、心を保つための1つの方法なのかもしれませんね。

どうして私たちはダイエットをするのか? その③

 仕事をする上では、計画ってすごく大事ですよね。特に、多くの人が協力して行う場合、これがないとなかなかスムーズにはいかない。行き当たりばかりというのも楽しいですが、どうしても失敗できないような仕事は、やはり計画を立てないと効率的に前には運ばれません。
 ところが、人生においては、事前の計画通りにはいかないことだってあります。いや、むしろ、そういうことの方が多いような気もしますね。
 たとえば、恋。
 恋に落ちるのにも、いろんなパターンがあります。この人のことを好きになるつもりなどなかったのに、時間が経つにつれて徐々に惹かれていくというパターン。あるいは、初めて会った時から、この人のことはきっと好きになるだろうという直感を抱きつつも、そこから紆余曲折を経ながら、さらに深みにはまってゆくパターン。
 恋とは、何ヶ月か前に計画を立てて、その通りに消化してゆくようなものではないということは、間違いありませんよね。
 そういえば、大学時代の友達が、こんなことを言っていました。人のことを好きになるのは、自分のことが好きな人間だ。自分で自分を好きになれない人間は、他の人を好きになることなどできない、と。
 彼の論が正しいと仮定するならば、恋に落ちるということは、自分を見つめ直すことでもあるわけですね。そうして、もっともっと、自分を高めて、自分のことを好きになろうとする。
 たとえば、これまで諦めていたことでも、恋に落ちた途端に、もう一度やってみようという意欲がわいてくる。ヘアスタイルを変えたり、新しい服を買ったり・・・
 そんなことをやっているうちに、失われていた瑞々しさを取り戻したような気分になる。
 恋の本質とは苦しみであると私は思いますが、それでも、恋に出会えない時の苦しみよりはましですよね。恋をすると、知らず知らずのうちに、自分のことを好きになっているからです。

どうして私たちはダイエットをするのか? その②

 今日は出張が多くて、夕方、車で移動していると、日が暮れるのが早くなったのをふと実感しました。今年は特に晴れの日が少なかったですが、こうして秋が近づいていくのだなあとしみじみと思いました。
 季節の変わり目は、特に夏の終わりは、どこか感傷的になってしまいます・・・
 帰宅した後、どうしても走りたくなりました。 
 夜の9時を過ぎていたので、辺りは真っ黒でしたが、履き馴らしたランニングシューズの紐を結び、外へと駆け出しました。それにしても、ずいぶんと久々のランニングです。この夏は仕事もひっきりなしでしたし、なにせ暑かったですから、どうしても機会がなかったんですね。
 走りはじめてすぐに、小雨がぱらつきました。でも平気でした。むしろ気持ちよく感じられました。そのうち、遠くで稲光がしました。こればかりはさすがに怖かったですが、できるだけ建物の近くを走りながら、あまり気にしないようにしました。
 さすがに息が上がりましたが、それでもペースを落としたくなかった。デッド・ポイントを越えたら、そのうちセカンド・ウインドがやってくる。中学生の時の駅伝部の監督の言葉を思い出したりしながら、ひたすら足を前に運びました。すると、なつかしい感覚すら蘇ってきました。
 走ることって、不思議ですね。走りながらいろんなことを考えるのですが、たとえば行き詰まっていることでも、柔軟なアイデアが浮かんできたりします。仕事でストレスを感じる人についても、なぜか許せたりもします。それから、今構想を練っている小説のストーリーが大きく膨らんだりもします。
 身体に負荷をかけると、発想が豊かになるのでしょうか?
 約5キロを走り終わって、汗を拭いながらダウンウォーキングをしていると、雲の間からオリオン座の端っこが見えました。夏の終わりの感傷は、さわやかな感情となって心を冷ましてくれるようでした。
 そうして、今日は、この感覚を文章に表現しようと静かに思い立ったのです。

どうして私たちはダイエットをするのか?

 さっき風呂上がりに、洗面所の鏡の前に立った時、お腹の周りにこれまでは見なかった肉がついているのにふと気がつきました。そういえば、最近、運動という運動をしてなかったなぁ・・・
 恐る恐る体脂肪計に乗ると、これまで15%未満を維持し続けてきた体脂肪率が、たしかに増加しているではありませんか! 今「恐る恐る」って書きましたが、体型が変わっていくことは、私にとってはかなり恐ろしいことであります。 
 そういえば、新聞にも雑誌にも、ダイエットに関わる記事を日常的に目にするようになりました。皆さん、同じですかね?

 人間って、「過剰な」生き物だなって、つくづく思います。たとえば、ちょっと極端な例かもしれないけど、猿はお互いに殺し合わないのに、人間は殺し合う。しかも友達や家族を殺すことだってあります。さらには、地球規模の殺し合いに発展してしまうこともあるわけです。猿なら考えられないでしょう。
 全国のマラソン愛好家の方を敵に回す気はさらさらないですが、よく考えてみると、42.195㎞を数時間休みなしで走破するというのも、おそらく猿にはないことだと思います。最近ではウルトラマラソンなるものも各地で開催され、より長い距離を走りたいという志をもつ方も多くいらっしゃるとか。
 かく言う私も、ジョギングはとても好きですし、駅伝の大会に参加したこともありますが、10㎞以上走ると、もう足が言うことを聞かなくなります。だから、マラソンランナーの方に心から敬服します。
 いったん何かを始めると、どこまでも突き進んでしまいたくなる、それが私たちなのかもしれません。もちろん、それができるからそんな欲を持つわけで、人間ならではの傾向みたいなものでしょう。
 さて、話は戻りますが、余分な肉のついた自分のお腹周りを見るにつけ、何とかしなければと焦ってしまいます。これは「過剰に」食事を取ってしまったことの産物なわけで、因果応報と言えばそれまでです。おそらく、いろんなことに対して「適度に」行動していれば、ダイエットなどする必要はないのでしょう。しかし、適度な状態を保持するのは、人間としては、至難の業のように思えるのです・・・

こんばんは

 新しい小説の連載を、近日中に開始いたします。

 どうぞ、楽しみにしておいてください!

すべては想い出に変わる

 気がつけば夏休みもあとわずか。
 みなさまいかがお過ごしでしょうか?
 
 私事ですが、昨年まではこの時期を利用して、必ずどこかに旅行に出ていたのですが、今年は、仕事の関係が大きいのですが、どうやら旅には出ずじまいで終わりそうです。
 心の底がムズムズしているのは、そのせいです。

「日々旅にして旅を栖(すみか)とす。」というのは、松尾芭蕉の『奥の細道』の中の名文句ですが、これまでそういう生活を送ってきた私にとっては、なかなかしんどい夏になりそうです。

 ただ、その分、今年は、出会う人の数は昨年とは比にならないくらいに増えたような気がします。それに、歯を食いしばって耐えなければならないことも、たくさんあります。今は外へ目を向けるよりも、自分の内面をしっかりと見つめる時期なのかもしれません。
 私の経験上、人生には、偶然起こったことでも、後から考えるとそれは必然的に用意されていたことだったんじゃないかと思えることは結構あります。
 今が、もしそういう時間であるならば、目の前に起こるすべてのことから、いろんなことを吸収していきたいと思います。
 
 恋でも何でもそうですが、つらい経験こそ、想い出に変われば、後で大きな糧となる。
 その日のために、瞬間瞬間を、精一杯生きていきたいです。   

毎日毎日・・・

 蒸し暑い日が続いて、しゃきっとしませんね。
 人間、やっぱり天候には勝てません。その中でどうやって毎日を楽しく過ごすか、なかなか工夫がいるところです。

 さて、『キラキラ』の連載が先日終わり、今は次の小説の構想を温めているところです。
 近日中に公開できるように、準備を進めていきますので、次作もよろしくお願いします。

 きっと、『キラキラ』を読んでくださった方なら、次作がどんな世界を描いているのか分かっていただけるものと思います。
 どうぞ、お楽しみに!

 

ポルシェ博士の魂

 突然ですが、私のPCの壁紙は、この5年間ずっと、ポルシェです。
 朝の海岸沿いの道路を軽快に疾走する純白のポルシェ。いやがおうにも、気分が高揚するではないですか!
 最近、日本製のものに強く惹かれるようになり、元々ドイツ車が好きだった私も、初めて国産車に乗り換えました。燃費が良くて、快適です。それでも、ポルシェだけは、別格だったのでしょう。小学生の時に作ったプラモデルの73年式のカレラに憧れて、車と言えばあの独特の、いわばカエルのような形をしたスポーツカーを思い浮かべてきました。
 でも、現実的に考えて、今の私の手に届くような車ではありません・・・
 だから、年齢を重ねるとともに、あきらめていくわけです。
 それが、一昨日のことでしたか、夕暮れの高速道路を走っていると、後方から最新型のポルシェが猛追してくるではありませんか! ポルシェはあっという間に私の車に追いつきました。少しでもこの車を見ていたい思いで必死にアクセルを踏みましたが、勝負は最初からついています。
 私の横に並んだポルシェは、ボディの後部に積んだエンジン音をボンボン響かせながら、アスファルトの上を滑るように遙か前方へと消えていきました。
 この車が初めて世に出た時、その独特なデザインと、エンジンを後部座席の後ろに積むという特異な構造により、全く受け容れられなかったそうです。しかし、開発者であるフェルディナンド・ポルシェ博士は自らの信念を決して曲げずに、長い年月をかけて改良に改良を重ね、世界に類を見ないスポーツカーを作り上げたのです。
 なにはともあれ、少年の頃に憧れたポルシェに乗る日のことを、いつまでも待つことができる。そうして、その日のために自らの夢を追い求めてゆく。あっという間に抜き去られたポルシェを目で追いかけながら、そんな人生があってもいいんじゃないかって、ふと思いました。

思へば遠く来たもんだ

 今日のタイトルは、中原中也の『頑是ない歌』から採らせていただきました。
 私は大学を卒業してから就職浪人を4年経験したのですが、その時に山口市の中原中也記念館に立ち寄ることがあって、たまたまそこで目にした詩です。
 ご存じの方も多いかもしれませんが、中原中也は、(他の作家たちにも似たような経験があるのでしょうが)実生活においては不遇の連続で、その最期もとても寂しいものでした。
 だからこそ「思へば遠く来たもんだ」という言葉は、独特の重みを持って、今を生きる私たちに語りかけてくるのでしょう。

 さて、なにより、1年間にわたる『キラキラ』の連載にご同行くださいまして、心よりお礼申し上げます。
 前作の『京都物語』が長編だったゆえ、次は短編のあっさりしたものを書こうと思って始めたのですが、終わってみれば、ここまで続いていました。
 
 生きることとは、瞬間を刻んでいくことなのだと実感しています。
 そして、私にとってそれは、書くことにほかなりません。

 この作品にも、その時々に私が感じたこと、抱えていた苦悩、あるいはその時ひもといた『源氏物語』の中の言葉などが色濃く刻まれているのですが、根底には、いつも作品に同行してくださる方々の存在がありました。

 これからも言葉を刻み続け、もっともっと遠くに行くことができればと遙かに願っております。
 
 引き続き、よろしくお願いします。

キラキラ 最終回

 もう1度、リュックサックのサイドポケットから携帯電話を取り出す。だが、着信は入っていない。まぁ、予想通りだ。これから先、奈月の方から電話をかけてくることはないだろう。心がそう言っている。すべては心の中で起こるのだ。
 それにしても、ついさっきまで奈月の手を握っていたことが、夢の中の出来事のように感じられる。そうだ、これは夢だったのだ。最初から奈月はいなかったと考えればいいじゃないか!
 だが、そうしようとすればするほど、僕の胸はわけもなく締め付けられた。
 ため息を吐いたつもりが「ああ」と声が出てしまった。通路を挟んだ席に座っている女性がちらっとこっちを見た後、うんざりした表情をして顔を元に戻した。
 その瞬間、奈月はもうじき結婚することをふと思い出した。今日もこれから婚約者と会って、結婚式の話でもするのかもしれない。もちろん、僕と2人で旅をしていたことなど絶対に口には出すまい。
 そういえば、この旅の中で奈月は何度か「夢を見ているようです」と言った。僕たちは、共通の夢を見ていたのかもしれない。
 奈月はいつ式を挙げるのだろう? どんな顔をしてウエディングドレスに身を包むのだろう? 奈月のことだ、きっと幸せそうな表情を浮かべ、たくさんの友人や親戚に囲まれながら、ケーキにナイフを入れるに違いない。その隣では、見たことのない男性が、彼女の腰に手を触れている。そうして、何年か経てば、家族が増え、さらなる幸せを手に入れるのだ。この世で最も尊い幸せを。
 そんな想像をしているうちに、自分は今からどこに帰るのか、完全に見失ってしまった。折しも新幹線は長いトンネルに入った。いよいよ京都ともお別れだ。
 窓に映る自分の顔を眺めると、僕の隣には穏やかな表情を浮かべた奈月が寄り添っている。
 奈月と手をつないだぬくもりは、手のひらの中に残っている。 (了)

キラキラ 348

 物思いに悩む魂は、このように身体を離れて宙をさまよい、あなたのもとへと独りでに行ってしまうものなんですね・・・
 苦悩のあまり、物の怪となって源氏のもとへとさまよった、六条御息所の言葉だ。さっき八条口で奈月の幻を抱きながらこの言葉が聞こえたのは、いったい、何だったのだろう?
 だが、そのことを考えたところで、確固たる答えなど出てこない。事実は目に見えない。すべては心の中で起こることなのだ!
 ふと今の言葉について考える。不思議なことに自分自身を納得させるほどの力を持っているように思われる。すべては心の中で起こる・・・
 心の中にはしわくちゃになったしおりがある。あれを頼りに辿った場所や、あの中に記された言葉たちが、僕に迫ってくるようだ。
 なんだか怖くなったので、ゆっくりと目を開けた。そこには、新幹線の車内の見慣れた光景がある。これこそが現実の社会なのだ。
 だが、すべては心の中で起こる・・・
 軽微なめまいが襲ってくる。疲れすぎているのかもしれない。
 再び目を閉じると、今度は、『源氏物語』の場面が想像された。そこには僕と奈月が含まれている。台詞が与えられているわけではない。だが、僕たちは、たしかに物語の中を生きている。時には手を携え、愛し合い、離反する。そんなことを繰り返しながら、物語のうねりの中に溶け込んでいる。
 新幹線は着実に速度を上げている。この先の長いトンネルを抜けると、たしか滋賀県に入る。もうすぐ京都ともおさらばだ。
 今頃奈月はどこにいるだろうと思う。博多に到着しただろうか。彼女はどんな表情を浮かべているだろう。そうして、何を考えているだろう?

キラキラ 347

 東京行きの新幹線は予定よりも2分遅れで発車した。名古屋駅に停車した車両が何らかのトラブルを起こしたらしい。アナウンスでは、いかにも申し訳なさそうに繰り返し謝罪されたが、僕にとっては、何の意味ももたないことだ。
 薄暗い京都駅のホームが、ゆったりと後ろに流れてゆくのを、漠然と眺める。ホームに立つ人々もどことなく憂鬱そうに見えるのは、僕の心が投影されているのだろうか?
 1時間前に反対側のホームから、奈月は博多行きの新幹線に乗った。リュックサックのサイドポケットから、携帯電話を取り出す。着信は入っていない。
 再び電話をしまい、シートに深く腰かけた時、新幹線はホームの屋根を抜け、窓からは外光が差し込んできた。いつもならシェードを下げるところだが、しばらくこのままにしておこうと思う。
 京都の太陽は、東京のそれとは少し違って、叙景的だ。そんな乾いた京都の町並みが、徐々に速度を上げてゆく。遠くにそびえる比叡山も、ゆったりと後ろに動いていく。
 車内のインフォメーション・ディスプレイには、全国の天気が表示されはじめた。大阪→晴れ、京都→晴れ、名古屋→晴れ、横浜→晴れのち曇り、東京→曇りのち晴れ。
 佐賀の天気はどうだろうと思う。東京行きの新幹線だから、西日本の天気は表示されない。そんなごく当たり前のことを思うだけで、奈月はぐんぐんと遠ざかっていることが実感される。
 やがて新幹線は鴨川を越えた。もうすぐ僕も、京都に別れを告げる。静かに目を閉じると、耳の奥では、八条口で奈月の幻を抱いた時に聞こえた声が、たき火の残り火のようにくすぶっている。

もの思ふ人の魂はげにあくがるるものになむありける

キラキラ 346

 小さな奈月のぬくもりが肌の内側に入ってくる。僕は、徐々に満たされてゆくのを感じた。麻理子や幸恵を抱きしめた時にも同様の充足を覚えたが、奈月の場合は、また別格のような気がする。
 とにかく、なつかしい。年齢と経験を重ねるうちに知らず知らずのうちに失ってきた大切なことを、1つ1つ、訥々と、思い出させてくれる、言うなればそんなぬくもりだ。
 八条口を照らし出す乾いた陽光が僕たちを包む。遠くで蝉の声も聞こえる。さやかに風も吹いている。
 その時、声が聞こえてきた。奈月が何やらぶつぶつとつぶやいているのだろうと思い、身体を少し離して口元を見ても、彼女はただ満たされた表情を浮かべて目を閉じているだけだ。
 いったいどういうことだろうと怪訝に思っている間に、その声が何を言っているのか。聞き取られるようになってきた。どうやら僕の知っている言葉のようだ。

もの思ふ人の魂はげにあくがるるものになむありける

「奈月」と僕は言った。そうして、改めて彼女の顔をちゃんと確かめようとした。すると、たった今抱きしめていたはずの奈月の身体は僕の前から消えてしまっていた。
「奈月」と、今度は声を大きくした。だが、辺りにあるのは、僕に全く関心のない様子で駅に向かう人々と、駅の入口の窓ガラスに映った僕の姿だけだった。ガラスの中の僕は、自分で思っている以上に疲れている。もはや中年男性の風貌だ。
 そんな自分と対面しながら、もう一度「奈月」と言うと、妙に語尾が下がった。僕の声に振り向いてくれる人など、誰1人としていない。
 肩と膝の力が一気に抜け落ちた。

はかない祭り

 なぜだかよくわかりませんが、今年は「お盆って、素敵だな~」って、しみじみ思います。
 去年までは、盆休みをとるのが当たり前でしたが、今年からはお盆も普通に職場には同僚がいます。「休んでいいよ」って言われますが、皆さん一生懸命に働かれていることを想像すると、なかなかそういうわけにもいきません。だから逆に、お盆についていろいろと考えを巡らせるのかもしれません。 
 お盆とは、死者が家に戻ってくる期間のこと。だから今を生きる私たちは、集まってご飯を食べお酒を飲み、仏壇には盆提灯を飾る。外では、地元の人や帰省してきた人たちが久々に集まって、浴衣を着て盆踊りで賑わう。目には見えない死者たちと、心の中で一緒に盛り上がるようです。
 この期間がかりそめのものであるからこそ、みんな、お盆の時間が去っていくのを惜しみつつ、限られた時間を味わい尽くそうとするんですね。
 そういえば、お盆の時期には、終戦も重なりました。だから、この時期の新聞には戦争が語られ、国のために命を捧げた人々のことをも思い起こすことになる。それに、日本航空機の墜落事故もこの時期のことでした。奇しくも、お盆には死者のイメージがつきまといます。
 さて、私は、今年はまだ墓参りに行っていません。正月も風邪をひいてしまって機会を逸したので、何とか行かなければと思っているところです。
 お墓の前に立つと、いったい何人の先祖がいただろうと考えることもあります。先祖たちは一様に落ち着いた表情を浮かべ、私を見守ってくれている。生きているようでもあります。すると、今度は、今生きている自分の方が、不自然な状態にいるような錯覚さえ感じるようになります。
 生きている自分は、何でもできる。旅に出ることもできるし、仲間と食事をすることだってできる。もちろん、苦しいこともある。乗り越えなければならない壁もある。でもそれは生きているからこそ。
 そんなことをしみじみと考えることのできるお盆は、日本人としての心の原点なのかもしれません。

キラキラ 345

「その頃からです。先輩と2人きりになることに、憧れるようになったのは。それも、これまでみたいにただ先輩のそばにいるんじゃなくって、先輩と2人でどこか遠くに行きたくって仕方がなくなりました。特に、想い出の詰まった『源氏物語』を辿る旅を、先輩と2人だけでもう1度やりたかった。そうして、これは、最上の願いだったけど、先輩に抱かれたかった。すごくすごくほしかったんです。麻理子さんにことごとく抑えつけられた反動が、私をもっとわがままにさせたんでしょうね」
 奈月の表情は、徐々にまたもとの輝きを取り戻しはじめた。僕はとりあえず、彼女が言いたいことをすべて吐き出すまで見守っておこうと考えた。実際のところ、そうするしかなかったのだ。
 周りでは、駅に入っていく人たちの動きが慌ただしくなっている。ついさっきまではサラリーマンたちが多かったが、観光客や京都市民と見られる人の姿も混ざりはじめてきた。
 早くここを離れて、僕の方も彼女と2人きりになりたかった。
 そんなことを考えていると、あろうことか、奈月は僕に寄り添い、キスを求めてきた。もちろん僕は彼女を制した。だが、どういうわけか、奈月は僕の手をすり抜けて、僕の口に唇をあてがってきた。
野宮で奈月を抱く直前に聞こえた「危ない」という声が、思い出したかのように、どこかで上がった。しかし、気がつけば僕は、人々の往来の真ん中で奈月とキスをしていた。
改めて抱く奈月の身体は、あたたかく、やわらかく感じられた。それに、ホテルや野宮にいた時よりも、素直になっているようだった。学生時代の奈月を抱きしめているとしか、僕には思えなかった。
「好き、大好き。ずっとこうしてたい。ずっと、ずっとこうしてたい。このままがいい」
 奈月は僕の腕の中でそんなことまで言ってきた。どこからどう見ても、10年前の奈月だ。僕は彼女の勢いに押され、人々の往来の中にもかかわらず、彼女を心から抱きしめた。奈月はこんなにもかわいらしい女の子だったのかと、抱きながらしみじみと実感した。

キラキラ 344

 僕にとっては、奈月が何を言ったかということよりも、彼女が新幹線に乗らずにまだ京都にとどまってくれたことの方が数倍大きかった。思いは叶ったのだ。僕たちは、やはり宿世によって結ばれている!
「よし、とにかく、涼しいところへ行こう」
 そう提案したが、奈月は笑顔を浮かべたまま僕を眺めているだけだ。
「でも、先輩は気づいてくれなかったですね」と、奈月はあくまで自分の話を続けようとした。それも、いかにも親しげに。僕は、彼女と向かい合わせに立った。こんなにも小さかったかなと思った。
「でも、いいんです。だって、そこがいかにも先輩らしいところなんですから」と奈月は自問自答した。「心が広くて、自分をしっかり持ってるんです。先輩のそういうところが、すごく好きです。だから、私の思いに気づいてもらえなくても全然良かった。先輩のそばで、先輩の話を聞きながら笑うことができれば、それが一番幸せでした」
「奈月」と僕はまた名前を呼んだ。だが彼女は僕に頓着しようとすらしない。何だか人形に向かって話しかけているような気すらしてきた。
「それなのに、麻理子さんにすべてをぶち壊されたんです。先輩のそばで話を聞きながら笑えなくなりました。麻理子さんは、私の一番の幸せを取り上げたんです」
 そう言った途端、彼女の表情は一転して、険しくなった。
「苦しかったぁ。生まれて初めて、誰かを心から恨みました。何も知らない先輩が麻理子さんを抱いていると思うと、何だか、ほんとに気が狂ってゆくのを感じました」
 表情は険しさを増してゆく。やがて、メデューサの残虐な顔つきを連想させるほどまでになった。 
「奈月」ともう一度僕は言った。だが彼女はやはり気にも留めずに、「麻理子さんは、私の人生に、たくさんの悪いことを起こさせました」と冷淡な口調で言った。

キラキラ 343

「先輩」とその女の子は、僕に向かって、小さくささやきかけてきた。
 振り返ると、そこには白いワンピースを着た、背の低い女性が立っている。目を見開いて彼女を見ていると、思わず「うそだろ?」と言葉がこぼれた。僕の背後に立っているのは、紛れもなく、奈月だった。
「乗らなかったのか、新幹線に?」
 僕は、はやる気持ちを抑えながらまずそう聞いた。だが奈月は笑みを浮かべたままそこに立っているだけだ。ただ、その笑顔はさっきまでの作り笑いとは違って、無邪気であどけない。
 そうだ、大学時代、まだ僕たちが出会って間もない頃の奈月の顔だ。父親の病気も、麻理子からの陰湿なプレッシャーも経験しない頃に見せていた笑顔だ。
「先輩、ほんとに楽しかった」と奈月は吐き出した。「夢みたいだった」
「奈月」と彼女の名前を呼んだ。僕も夢のようだった。「もう少し話をしよう。これまでのことと、それから、俺たちのこれからについて、きちんとしておきたいんだ」
 僕は自分の声がうわずっているのを感じた。まるで他人の声のようだった。
「夢が叶ったんです」
 奈月は僕の言葉に頓着することなくそう言い、黒くつぶらな瞳で僕を見た。さっきまでの疲れもすっかり消えている。目の前に立っているのは、学生時代の奈月そのものだった。なつかしさがこみあげてくる。 
「ずっと先輩と2人っきりで旅をしたかったんですよ。須磨にも明石にも、京都にも行ってみたかった。どれくらいこの日を夢見ていたか、先輩には分からないでしょう。大学の時もそうだったし、佐賀に帰ってからも、この日のことを夢見ない日はなかったんですよ」
 奈月は甘えるような声を出した。

キラキラ 342

 新幹線の轟音は、やがて余韻となって空気を揺らし、それから僕の心をも波立たせた。だが、それも、想像を遙かに超えるスピードで、瞬く間に西へと去っていった。
 駅舎の内部は、一瞬、静寂に包まれた。
 こぼれる涙に思わず鼻をすすると、堰が切れたように、たまっていた涙があふれ出てきた。こんな早朝に涙を流している僕の存在に、それでも気づく人などいない。
「ただ、一さいは過ぎて行きます」
 奈月が口にした『人間失格』の中の言葉が、一筋の風のように僕を横切っていく。すべては西へと過ぎて行く。世界のすべてが。
 するとまた電子音が響き渡り、今度は東京行きの新幹線が入ってくるというアナウンスが地割れのように響き渡った。早足でホームへと向かうサラリーマンたちが、次々に僕の横を通り過ぎてゆく。
 ここへいても仕方がない。とりあえず出口に向けて顔を上げると、大きく取られた窓から街の光景が目に入ってきた。まぶしくて、思わず瞳を凝らす。涙は陽光に乾かされる。
 出口へと降りる短いエスカレーターに足をかける。ついさっき奈月とここへ来た記憶を逆再生しているようだ。だが隣には誰もいない。頭に染みついていた和歌さえも聞こえなくなっている。
 ふと、しおりに思いを馳せる。奈月はどこに捨てたのだろう? 京都に置いて帰ると言っていたので、ホームのゴミ箱に捨てられているのだろう。唯物論的な主義にたてば、あのしおりはただの冊子にすぎない。だが、僕にとっては、もちろんそれ以上の意味をもつ。しおりの消滅は、輝く想い出の石化をも意味している。
 出口にまで来た時、昨日と同じほどの陽光が身体にまとわりついた。これから僕はどうしようかと考えながら外の空気に触れると、後ろに誰かが立っているような気がした。

キラキラ 341

「人は心に深い苦悩を抱えている時、それを誰かに打ち明けずには生きていけない」
 奈月は野宮でそう言っていた。
 そして、それを打ち明けることができるだた1人の人とは、苦悩をもたらす張本人しかいないのだと。
 奈月がこれまで心に抱え込んできた苦悩の数々を、僕に向かって吐き出したということは、「張本人」は僕だったということになる。
 ここに立つといつも寂しくなると奈月がつぶやいた八条口の風景を漠然と眺めながら、ふと思った。奈月にとってのこの旅の意味とは、僕に苦悩を打ち明けることだったのだと。これまで僕は、自分はさまざまな局面において被害者だと感じることが多かった。さもなければ、傍観者かもしれなかった。
 大きく取られた窓から入り込む日差しは、1秒ごとに強さを増している。これまでの人生の中で白を並べてきたオセロの駒が1枚ずつひっくり返されていき、やがては僕の心を黒く覆い尽くしてゆく。僕は被害者でも傍観者でもなく、実は加害者だったのだ! 
 その時だった。天井の上で低くうなっていた新幹線が、轟音とともに動き出し、それとともにフロアの空気が不気味に振動した。
 僕は、もう1度改札の方を振り向いた。今まで気ぜわしかったサラリーマンたちの往来はすっかり落ち着いている。奈月がホームへと運ばれたエスカレーターに乗っている人もまばらだ。
 轟音は天井を右から左へと移動しはじめた。そうして、そのうちあっけなく過ぎ去ってしまった。すべてがあっという間の出来事だった。
 気づかないうちに僕の頬には涙が伝っている。すべてが遅すぎたのだ。

こんばんは

 オフィスでは、盆休みに入る人たちがちらほらと見られるようになり、今夜はいつもよりも閑散とした雰囲気の中、1人で仕事をしました。
 こんな日は、旅に出たくなります。

 思えば、今から約3年前、仕事や勉強でなかなか旅に出ることのできない方と、旅の気分を共有したいと思ってこの『静かな散歩道』をはじめました。

 時が経つのは早いですね。
 小説の執筆を通じて、私も心の旅の中に入り込んできたように思います。

 『キラキラ』もいよいよ終盤。
 最後までおつきあいいただけたら、作者としてこれほど幸いなことはありません。

キラキラ 340

 ほんの数分前、僕と奈月はそろってこの風景を眺めた。奈月は、京都を離れる時にはいつも寂しくなるのだと隣でつぶやいた。あふれんばかりの日差しに照らし出された奈月の横顔は、やるせないほどの寂しさを連れてきた。
 そうして今、1人でありふれた八条口の光景を眺めている。いつもの毎日が、何の疑いもなく始まろうとしている。奈月とここに立っていたことが、まるで前世での出来事のように感じられる。
 その時、上の方で、何かがつぶれる音がした。同時に、心のどこかもつぶれたような気がした。何だろう? と思った。
 他人事のように窓の外の風景を眺めていた僕の心に、突然、痛みが走った。
 奈月は今まさに、京都を離れようとしている。そのことが、目の前に突きつけられた現実として、再び胸を苦しめだした。
そうして、何かがつぶれるような音がした後で、再び奈月との思い出が蘇ってきた。
 大学時代に東山たちと一緒にここへ来た時のこと。奈月は小麦色に肌を焼き、透き通る海のような開放感にあふれていた。あの時奈月は、僕のことを好きでいてくれたという。そのことが、信じられない。
 それから、今回の旅の光景も思い浮かぶ。学生時代の雰囲気をひきずった昨日の奈月。それが、夜になると表情は一変し、様々な魂が宿ったかのように彼女は不安定になった。そして、明け方の野宮での記憶。初めて抱く奈月の身体、彼女のぬくもり・・・
 そんな想い出が、『源氏物語』における場面や、和歌、磯の風情とともに浮かんでは消えてゆく。僕と奈月の物語は、まるで1つの小説のように始まって、そうして、ここに終わろうとしている。
 そのことを思った時、今頭の上に響いたのは奈月がしおりを捨てた音なのだということを悟った。
 新幹線のエンジンが、天井の上で再びうなりはじめた。 

キラキラ 339

 だが、揺れていたのはフロアではなく、僕の方だった。新幹線が停車した後、頭の中では、光源氏の後悔を詠んだ和歌が何度も聞こえてきた。

伊勢人の 波の上漕ぐ 小舟にも うきめは刈らで 乗らましものを

 和歌は遺伝子の声を聞くかのように、心に染みついている。小舟に乗っているのは、六条御息所であり、奈月でもある。「私は六条御息所と重なるところが大きいんです」と奈月は何度も口にした。それを聞いた時、僕はいまいちピンとはこなかったが、今となってはすんなりと共感できる。
 奈月は小舟に揺られながら僕の元を去ってゆく。波は高い。彼女の姿は消えたり現れたりを繰り返している。彼女は決して振り返らない。そして僕は、そんな奈月を呆然と眺めつつ、下の句を口ずさむ。
「うきめは刈らで 乗らましものを」
 こんなにつらい思いをするのなら、奈月の小舟に乗ってしまえば良かったのに、と。それは未来の僕の声でもある。僕はずっと奈月を思いながら、心に焼きついた最後の光景を何度も浮かべながら、これから生きていくのだ。
 だが、一方でこうも思う。おそらく同じ状況が10回訪れたとしても、奈月の小舟に乗ることはないだろう。哀しげに光る瞳の前に、なすすべがない。奈月の瞳の意味は、彼女自身にしか分からない。
 新幹線はまだ僕の上にいる。それでも僕は、出口の方にきびすを返す。大きく取られた窓からは京都駅八条口の風景が朝日に照らし出されている。レンタカー店は営業を始め、1組の男女が車の前で店員の説明を受けている。目の前のホテルでは、レストランで朝食を取る宿泊客の姿が見られる。風景はすべて陽光に照らされ、僕の目にまぶしく映る。今日という1日が始まろうとしている。

キラキラ 338

 喜びで胸が重くなっている。初めて恋に落ちた女の子と初めて2人きりになる時のような、瑞々しい興奮を含む、そんな重さだ。 
 奈月はその黒々とした瞳をまっすぐに僕に向けている。距離を置いても、彼女の瞳の黒さは伝わってくる。大学時代から、奈月の瞳は黒く光っていた。僕は改めて、彼女の瞳を直視した。すると、何やら違和感を覚えはじめた。遠くから僕を見る瞳の黒さは、僕が知っている奈月のものとは、どうも質が違うような気がするのだ。
 僕は思わず足を止めた。いったい何だろうと思った。
 奈月は僕との別れに未練を感じている。まず僕はそう思った。今すぐにでも引き留めてほしいのだと。とはいえ、話はそう簡単でもないようだ。彼女の視線は、寂しさとも哀しさともつかぬ、名状しがたい深い旋律を僕に届けた。そうして僕は、その視線の意味が複雑すぎるゆえ、衝動の赴くとおりに動けぬまま、考え込んだ。奈月はいったい何を思って僕の方を振り向いたのか、その答えが知りたかった
 そうやって混乱しているうちに、奈月の白い姿は僕の視界から消えた。
 まだ間に合う、と心の中で叫んだ。だがその声は、廃校になった体育館の中で叫んだような、不毛な響きを残すばかりで、僕の身体を突き動かすことはなかった。
 ちょうどその時、新幹線がホームに近づいたことを知らせる電子音が流れ、それに合わせて、無愛想な駅員のアナウンスが始まった。まもなく、博多行きの新幹線がホームに到着いたします、と。
 奈月が京都を去ってしまう知らせでもあるのに、なぜだか僕には全く無関係の内容のようにも聞こえた。それでも、胸だけは、塞がるような苦しさを覚えている。わけが分からない。
 すると、駅員の予告通り、天井の上で新幹線が滑り込んでくる音が響き、フロアを揺らした。

キラキラ 337

 奈月の白いワンピースが見えなくなってしまう直前のことだった。彼女は、突然、すっと背筋を伸ばした。この時はじめて、今まで奈月は、少しうつむき気味になってエレベーターに乗っていたことが分かった。
 とにかく彼女は、僕の前から消え去ろうとするまさにその時に、あたかも眠りから覚めたかのように、まっすぐ立ったのだ。それは、僕の目にもはっきりとわかる動きだった。
 僕は、乾いた口の中にわずかだけ残っていたつばを飲み込んだ。麻理子や幸恵のように、奈月は振り向いてくれる。改めてそう確信した。それと同時に、身体が券売機の方に向かって反応した。僕は今から入場券を持って改札を抜け、奈月の元に走るのだ。そうして、彼女を京都に引き留めて、もっと、じっくりと話し合おうと思う。これからも彼女と連絡を取り合えるような関係でいたい。須磨と伊勢に離ればなれになっても、文通によって結ばれた光源氏と六条御息所のような仲を取り戻すことが何よりも先決だ。
 もし僕たちが『宿世』によって結ばれているのであれば、きっとこれまで想像しなかったような新しい関係の中で、僕たちは再び歩き出すことができる。それがどんな関係なのかは今の時点では分からない。だが僕たちは、これまで以上に分かり合えるはずだ。そのことこそが、今回の旅で時間を共有した意味なのだ。
 そんな様々な思いがぎゅっと圧縮されて頭の中に入り込み、弱気になっていた僕を勇気づけた。
 奈月は、背筋を伸ばしたまま、新幹線のホームを見上げて、1つ、大きく息を吐き出したように見えた。そうして、次の瞬間、彼女はくるりと顔をこっちに向けた。その黒い瞳はまっすぐに僕を見ている。
 何もかもが、想像したとおりだった。僕は入場券を手に入れるために、自動券売機に向かって足を踏み出した。

思い通りにならないのが人生

 昨日の土曜日のことです。4月から計画を立ててきた、東北の方々を招いての復興祈念のイベントが、台風の影響で中止になってしまいました。朝6時の時点では、まだ暴風警報も出てなく、会場設営の準備もラストスパートにかかっていたのですが、8時過ぎてから急に風が強まり、大雨になり、雷鳴も響くようになりました。イベント自体はかなり大きなもので、大型テントにはステージを設置し、露店もたくさん出る予定だったので、中止を決定した上層部の方も、苦渋の決断だったと思います。
 私は慌てて岩手・宮城・福島から新幹線で会場に向かわれていた方々に電話を入れました。その方たちは東京まで出ていらっしゃいましたが、中止を受けて、とんぼ返りすることになりました。
 まぁ、何というか、あまりの無念さに、力が抜けてしまいました。頭の中に思い描いていた本番の光景を見ることなく、1週間かけて搬入・設置したテントやベンチ、それからもろもろの荷物を、大雨の中、昨日は遅くまで撤収しました。
 もちろん、無念だったのは、私だけではありません。私たちのオフィスには15人のスタッフがいるのですが、それぞれがいろんな企画を担当していて、毎晩遅くまで、土日も返上して準備してきただけに、それぞれの無念さがあるはずです。だから皆さん、黙々と片付けをしていました。『キラキラ』の中の登場人物も異口同音につぶやきますが、やはり思い通りにならないのが人生なんだなって、身を以て学びました。
 で、夜になって、東京でとんぼ返りされた東北の方々から、今家に着いたという電話をいただきました。予定外の旅でずいぶんと疲れていらっしゃったはずですが、皆さん一様に「ありがとうございました」と言われ、恐縮しました。
 よく考えれば、東日本大震災で被災された方々こそ、世の中の無念を痛いほど味わわれたはずです。イベントは中止になりましたが、東北の方のやさしさに触れるにつけ、こんなことでくじけている場合ではないと、新たな力をいただいた気がしました。 

キラキラ 336

 幸恵は、想い出の詰まった赤いBMWで、彼女の家へと帰って行った。僕が車の外に出て、ドアを閉めた後、運転席の窓を下ろして「じゃあ、またね」と微笑んだ。頬まで隠れるほどの大きなサングラスに夕焼けのオレンジが映り込んでいた。それは僕たちにとっては、いつもの、ありふれた光景だった。平安時代の別れの時間は朝だったと東山のしおりにたくさん記してあったが、僕と幸恵の別れは、いつも夕暮れ時だった。
 この日も、特にいざこざがあったわけでもなく、いつも通りのドライブをして、いつも通りの場所でセックスをした後だった。だが、それでも僕は別れの気配を感じていた。つまりは、僕たちは一種のプラトーにあったのだと思う。そうして、それは、どこまでいっても進展も減衰もないプラトーだということに僕たちは気づいていたのだ。
 幸恵のBMWは、カーブを曲がる直前にハザードランプを点滅させた。そうして、それが、僕の直感の通り、幸恵との最後となった。「じゃあ、またね」という幸恵の言葉が、僕たちの最後になった。
 ゆっくりとエスカレーターで上昇している奈月は、麻理子と幸恵の最後の姿とオーバーラップして見えた。彼女たちとの恋が幸せだったとは決して言えないが、振り返れば、別れの瞬間だけは親和的な空気があった。「終わりよければすべてよし」などという大ざっぱな言葉を安易に引き合いに出したくはないが、ただ、そう言われてみると、最後の場面が悲劇的ではなかったということは、わずかな救いになっているようにも思う。
 そんなことを考えているわずかの間に、エスカレーターは、いよいよ終盤にさしかかった。もうすぐ奈月の白いワンピースが見えなくなる。僕は少し前に出て、彼女を下からのぞき込むようにした。あとはとにかく信じるばかりだった。
 心の中で「奈月」と叫んだ時、今まで静かに背筋を伸ばしていた彼女に何らかの変化が起こったように見えた。
作者

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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