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スリーアローズ・ストーリー 59

 あくる日のミーティングで、今日からキャプテンをM君からケンジに変えるという旨を選手たちに伝えた時、彼らは私が想像していたほどには驚きませんでした。ケンジ本人にだけはその日の昼休みにそっと下話をしていたのですが、さすがにその瞬間は表情をこわばらせていたものの、ミーティングの時には、だいぶ落ち着いて受け止めていたように見えました。決勝戦に出場しないM君をこのままキャプテンとすることに対して、選手たちも限界を感じていたのでしょう、むしろ彼らからは安堵の表情さえ見て取れました。
 何より穏やかな顔をしていたのは、他でもないM君でした。もちろん、彼は申し訳なさを抱えていたに違いありませんが、それをそのまま表に出すほど、彼は浅はかではありませんでした。2年生のケンジがキャプテンをすることについて、心から賛同し、今日からはケンジをバックアップするのだという新たな決意さえ感じることができました。
「本当に僕にキャプテンが務まるかどうか不安ですが、花園に出場できるように精一杯やりますので、よろしくお願いします」とケンジは、顔を赤らめてそう言いました。 
 すると、熱血ファイターのI君が「学年とか関係ねえから、思いっきりやろうや」と声を上げました。S君は「花園に行ったら、Mがキャプテンに復帰できるんだから、決勝は俺たちで何とかしようぜ」と続きました。
 スリーアローズには、理不尽な上下関係などありませんでした。それはもしかしたら、夏休みの合宿で、一緒にカレーライスのメニューを考え、皆で料理した経験が生きているのかもしれないと考えたりもしました。
 もちろん、私も、どうしても花園に出場したいことには違いありませんでしたが、こんなに大きな試練をチームワークで乗り切ろうとしている彼らとともに活動できているだけで、本当は十分に幸せでした。
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こんばんは

 今夜も『静かな散歩道』を訪ねてくださいまして、ありがとうございます。
 11月最後の週末、いかがお過ごしですか?

 私の町では久々に空が晴れ渡ったということもあり、今日は美容院に行って、すっかり伸びた髪を思い切ってばっさりとカットしてみました。
 見た目も変わりましたが、それよりも秋風が頭皮に当たって、すがすがしい気分になりました!

 明日は波が高くなければ、釣りにでも出かけようと思います。
 お休みの方にとっても、お仕事の方にとっても、素敵な週末となりますように・・・
 

スリーアローズ・ストーリー 58

「ラグビーは勝ち負けではなく、あくまで教育ツールだって、最初に言ったじゃん。最後の最後になって監督がぶれちゃだめだよ」とカズはこれまで何度も私に助言をくれたときと同じく、平然と言ってのけました。
「しかもスリーアローズは頭脳的な戦術をとってきたんだ。キャプテンはスタンドオフの選手がふさわしい。ケンジをスタンドオフで使うつもりなら、あいつをキャプテンにするしかないだろ。学年は関係ない」
「つまり、決勝戦だけケンジをキャプテンにするということだね?」
 カズの勢いに気圧されながらそう訊くと、カズは「だめだね、それじゃ定着しない」ときっぱり断言しました。「明日からもうキャプテンを変えるんだ」
 私が言葉を失っていると、カズは「大丈夫だよ。花園に行くのは俺たちだから」と言いました。
 その「大丈夫」という言葉を聞いたとき、私は再び深い安堵に包まれました。こんなありきたりの言葉に、ここまで胸を温められたのは、初めてのことでした。
 もちろん、カズのアイデアがうまくいくかどうか分からず、不安でした。ただ、今のままの沈痛な雰囲気を打破するためには、キャプテンをM君から他の誰かに変えた方がいいということだけは、カズと一致するところでした。
「準決勝と決勝に勝ってから、Mをキャプテンに戻せばいい。その時、さらにチームは強くなっているはずだ。ひょっとして、勢いに乗って花園でも勝ち進むかもしれない。これまでMに任せっきりだったところもあるんだから、予選の間は、みんなで力を合わせてMのために戦うんだよ。それがスリーアローズだ」
 カズのその言葉で、私も腹をくくりました。 

一雨一度

 今日は、雨に煙る1日でした。
 職場の窓から中庭を望むと、散った紅葉の上に雨が落ちていました。この時期は、雨が降るたびに気温が下がると言われますが、不思議と外は生ぬるい空気に包まれていました。

 みなさまの町はいかがでしたか?

 オフィスではマスクをする人が増えました。
 季節の変わり目は、体調を崩しやすいのでしょう。人はやはり、自然のバイオリズムの中に生きていることを実感させられる季節でもありますよね。
 ならばいっそ、何となくもの哀しいのは自分のせいではなく、季節のせいなのだと割り切ってしまうと、少しは楽になりますね。

 12月に入ると、町のあちこちで、クリスマスのイルミネーションが点灯し始めるのでしょう。

スリーアローズ・ストーリー 57

「なるほどね」
 その夜、カズは電話でまずそう言いました。その時私は湯船に浸かっていました。
「時代が変わったね」とカズはさみしげに続けました。
 しばしの沈黙の後、私は、練習は盛り上がりに欠け、サインプレーもミスが目立つようになり、選手たちは落胆している、という現状を強調し、「何のためにここまでやってきたのか、わからないよ」とこぼしました。浴室には湯気がもくもくと立ち込めていました。
 するとカズは「オッケー」と声を上げました。
「キャプテンを変えよう」
 私は耳を疑いました。
「決勝戦は、誰をスタンド・オフで使おうか?」とカズは訊いてきました。スタンド・オフとはM君のポジションで、すべての戦術を選択する、いわば司令塔の役割を果たすところです。私は、ケンジを考えていると答えました。
 するとカズは、「よし、明日からキャプテンをケンジにしよう」と言ってきました。私はさらに耳を疑いました。というのも、ケンジはまだ2年生だったのです。
「学年は関係ないよ。Mの抜けた影響を最小限に抑えることが最優先だろ?」
 カズは何の疑いもなくそう言いのけましたが、私には、彼が本気でそう言っているのか、よくわかりませんでした。というのも、ケンジは2年生ということに加えて、少し弱気な面をもった選手だったのです。
「キャプテンになることで、ケンジ自身が一回りも二回りも成長するんだよ」
 その言葉を聞いた時、カズは本気でケンジをキャプテンにしようとしているのだとはっきり悟りました。

スリーアローズ・ストーリー 56

 その夜、M君のお父さんから電話がかかってきました。私は、あのお父さんのことだから、これまで3年間、高校生活のほとんどを賭けて目指してきた決勝戦に参加させると言われるだろうと密かに思っていましたが、実際は、自分も悩んでいるのだということを打ち明けられるだけでした。
 いや、その婉曲的な言葉の端々には、大学受験を優先させたいという思いが、ありありとにじみ出ていました。おとといまで、H商工を倒して決勝に進出するのだと信じて疑わなかった方が、急に「決勝戦に出られるかどうか分からない」とまで言われるようになっていました。仮に決勝戦のために推薦入試を辞退したとして、もし準決勝で敗退すれば、息子の人生は取り返しのつかないことになるということを言おうとされたのです。
 もちろん、それは「正しい親心」とでも言うべきものでした。ラグビーよりも、その後に広がる将来の生活の方が遥かに重要なのです。そのためにも名門大学に入学させたいというのは、私が父親の立場でもそう言うに決まっています。
 数日後、M君の口から、決勝戦の日に受験するという意志を正式に確認した時、いくら覚悟していたとはいえ、彼の口から直接それを聞くと、大地にできた深い亀裂の中に落ちてゆくかのような、どこか絶望的な気分になりました。
 その日の練習で、選手たちにその旨を伝えました。
 彼らは、O高校に大敗を喫した時よりもさらに深刻な表情になり、しかも翌日のミーティングのように、前向きな発言をして気持ちを切り替えようとする選手すらいませんでした。そうして、その日の練習は、まるでそこだけ雨雲が覆い被さってでもいるかのように、どんよりとしたもので、せっかくのサインプレーもミスばかり目立ちました。
 私は彼らにかける言葉を完全に失っていました。 

スリーアローズ・ストーリー 55

 明くる日、M君は練習に遅れて出てきました。担任の教師と進路の面談をすると聞いてはいましたが、部室で着替えた後も、彼はグラウンドには現れませんでした。
 中を覗いてみると、白いラグビージャージを着たM君は、ベンチに座ったまま、うつむいて泣いているではありませんか。私が声をかけるとようやく顔を上げ、「大丈夫です」と応えて、スパイクの紐を結び始めました。
「これからどうしようか?」と私は言いました。するとM君は涙を流したまま、首を左右に振るだけでした。言葉が出てこなかったのです。
 まだ若かった私は、「決勝はお前がいないと勝てるはずはないし、チームメイトもお前と一緒に戦ことをもちろん望んでいる。だから、第3希望の大学も考えてみてはどうだろうか」と思いをそのまま口にしました。
 すると彼は、もちろんそれも考えているが、昨日の指定校推薦の会議で有力大学はすべて推薦者が決まったから、自分が第2希望のB大学を辞退すると、他に希望する大学はほとんど残っていないのだと小さく答えました。
 たしかに彼の言う通りでした。第2希望とはいえ、B大学は押しも押されもしない名門大学で、これを辞退すれば後の選択肢は厳しくなるというのは、当然でした。
 つまり、M君を悩ませていたのは、名門大学への推薦入試を辞退してまで決勝戦に出場するか、それとも、受験することで決勝戦へは出場しないかという、おそらく彼にとってはそれまで味わったことのない大きな大きな葛藤でした。
 こういう事態に陥ることだけは何とか避けたいと思い、M君は第1希望をA大学にし、私も議長に下話をつけていたのですが、物事というものは、えてして自分の一番怖れる方向に進むこともあるのだということを、ここでも思い知らされる形となりました。

スリーアローズ・ストーリー 54

 燃えていたのは、選手だけではありませんでした。保護者会も初の花園出場を信じて疑わず、その熱意は学校の同窓会をも動かし、グラウンドには念願だった夜間照明がつけられました。
 私が赴任して間もない頃は、自動車のヘッドライトと工事現場から借りた照明を頼りに限られた練習だけしかできませんでしたが、新たに設置された照明のおかげで、日暮れが早くなる全国大会予選の前にも、より長時間の練習ができるようになっていました。
 保護者会の中でも、会長であるM君のお父さんは特に本気になっていました。頻繁に電話をいただき、チームの情報を共有したり、大会までの保護者会の活動計画を作ったりと、2人3脚でチーム運営をすることができました。時にはM君の大学入試に話が及ぶこともありました。さすがに親として、結果が出るまで不安もあるようでした。
 これまで多くの進路指導に携わってきた私は、M君の指定校推薦を信じ込んでいたこともあり、お父さんには何度も「大丈夫ですよ」と声をかけました。
 その指定校推薦の校内会議の日、私は練習が終わった後すぐに職員室に戻りました。M君がA大学への推薦の権利を得ただろうと思い込んでいたところに、関係の先生から思わぬ言葉がかけられました。A大学は、M君ではなく吹奏楽部の生徒が推薦されることになり、M君は第2希望のB大学への推薦となった。
 それを聞いた私は、頭のどこかで何かが軋んだような音を聞き、一瞬、何が起こったのか全く分からなくなりました。
「会議の結果だから」
 議長は、ただそう説明するだけでした。私が食い下がったところで、それ以上のことは何も口にしませんでした。

スリーアローズ・ストーリー 53

 M君は、指定校推薦の一覧表から、東京6大学の1つであるA大学を志願しました。その際、彼は入試の日程を重要視していました。というのも、A大学の入試は、ラグビーの全国大会予選が終わった後だったのです。
 第2希望はB大学でしたが、この大学の入試はちょうど決勝戦の日に重なってしまうため、現実的には考えていませんでした。事実、M君は学習成績や出席状況、それにラグビー部のキャプテンとしての実績があるために、調査書で他の志願者に劣る要素は何もなかったのです。校内で行われる選抜会議は、彼を希望通りA大学に推薦するだろうと、私だけではなく、同僚の教師もそう踏んでいました。
 会議の1週間前、私は議長の先生に、これまで努力してきたM君の思いと、初の花園出場のためにもぜひA大学の推薦をお願いしますと伝えておきました。議長は、資料を見ながら、「対抗馬は見あたらないかもね」と低い声で言いました。
 彼こそ、ラグビーによって大きく成長した選手の1人でした。そして私には、彼が2年生の時からキャプテンを任せ、チームをここまでにしてくれたという、言葉にできないほどの恩がありました。さらに彼の両親には、保護者会の会長として大きな後方支援をしてくださり、常に前向きな発言で私の背中を押してくださいました。何としてでも彼の進学先だけは保障しておきたい、私はそう思っていました。
 M君はA大学の指定校推薦を手にすることを前提に、キャプテンとして、ラスト1ヶ月の練習を取り仕切っていました。広島の「お好み村」でトップリーグの監督が選手たちに向けて言った「時間は絶対に戻ってはくれない」「学校のグラウンドでやったことすべてが試合に出る」というメッセージは、彼らの合言葉になっていました。

スリーアローズ・ストーリー 52

 10月も半ばに入ると、学校は受験ムードに包まれます。進学校に勤務する教師も心地よい緊張感に引き締められる季節にさしかかっていました。
 ただ、私にとって、この年ばかりは、例年以上に肩に力が入っていました。「ラグビーと受験勉強を両立した方が、むしろ進学実績も上がるのだ」と宣言していた、その結果が問われる時期でもあったからです。
 選手たちは、すでに部活を引退して受験モードに入っている他のクラスメイトの中、何とか後れを取るまいと、必死に勉強に励んでいました。放課後練習が終わってからは、国公立大学を受験するヒロとヤスとマツが制服に着替え、学校の図書館で遅くまで勉強していました。副キャプテンのF君は塾に直行していました。
 その他の選手も、それぞれの受験勉強に精を出していました。そんな中、いち早くS君が推薦入試で東京の有名私大に合格しました。彼はラグビー推薦を使わずに、一般推薦入試で合格を勝ち取ったわけですが、これには、他のチームメイトも喜んでいました。受験の面でも、努力は実るのだと勇気づけられたのでしょう。ただ、その一方で、S君の合格に焦りを感じる選手もいたはずです。常に不安と隣り合わせなのが高校生というものです。
 推薦入試を目指していたのは、キャプテンのM君も同じでした。彼はS君のような一般推薦ではなく、指定校推薦という制度を使おうとしていました。この入試は、大学側が高校に対して入学枠を与えるもので、高校の校長の推薦があれば、面接を受けるだけでほぼ間違いなく入学を許されるという入試でした。
 キャプテンのM君が最後までラグビーに打ち込むためにも、面接だけで一流大学に入学できるこの制度を利用するのは、間違いのない選択でした。事実彼は、この制度を利用するために、1年生の頃から努力していたのです。

スリーアローズ・ストーリー 51

 1週間後、カズはわざわざ学校に足を運び、サインプレーのチェックをしてくれました。
「メールを見ただけで動きが理解できるあたり、お前も成長したじゃん」と選手たちの動きを見ながら彼は冗談交じりにそう言いました。
「みんな実感してると思うけど、このサインプレーはどのチームにも対応できない。なぜなら、15人全員に役割があるからだ。いくら相手にパワーがあっても、スリーアローズの組織力には勝てない。しかも、コアを使ってずらしたり、確実なパススキルが要求されたりと、選手たちにはいい復習にもなる。これまでやってきたことをちゃんと実践すれば目標は達成できるという自信にもつながる。俺たちの時代と違って、今のラグビーは個人技でどうにかなるもんじゃないからね」
 カズは選手たちの動きに目を細めながら、そう言いました。
「企業でも同じだよ。目に見える大きな成果を残すことも大事だけど、そういうのとは別に『貢献度』も注目されるようになってる。たとえば、職場の雰囲気を明るくしたり、落ち込んでる同僚に声をかけたり、コピー用紙を取り替えたり、荷物を運んだり、目に見えにくいところでもきちんと動ける人が評価される。ラグビーでもトライが取れる選手も必要だけど、そこに至るまでのプロセスの中でいかに身体を張り、労力をいとわず、声を出し続け、みんなと協力しながらトライのサポートをする、そんな選手の揃うチームが強いに決まってる。そういう意味で、このサインプレーは最新であり、最強なんだ」
 カズの言葉に、3年前、初めて私がここに立った日、当時のキャプテンに「ラグビーは進化しているのだから、自分たちのやり方でさせてください」と直談判された光景が懐かしく思い出され、その後で、勝てる、という強い思いが夕靄を包み込みました。
・・・ところが、それから数日後、神を恨みたくなる2つめの出来事が起こったのです。

スリーアローズ・ストーリー 50

 監督が自信を無くしてしまうと選手に伝染すると危惧した私は、次の日のミーティングでは堂々と抽選結果を伝えることにしました。
 案の定選手たちは、抽選会場でクジを引き終えた瞬間の私と同じ表情を見せましたが、すぐさまきりっとした顔に戻り、カズが私に向けて言ったのと同じことを、異口同音に話し始めました。
 まず、「決勝がO高校というのは、精神的には楽かもしれませんよ」とS君が切り出しました。「決勝はテレビカメラも来るし、観客も多い。たぶんいろんな誘惑があって緊張するだろうから、そういうのに慣れているH商工よりは、O高校の方がいいですよ」
 するとキャプテンのM君が「たしかに」と高校生らしい張りのある声で続きました。
「試合の順番がどうであろうと、どうせ対戦するんだから、やるしかないですよ」と豪快なI君が言いました。おそらく彼らは、落胆した私の心を洞察して、その上であえて前向きな発言をしてくれたのだろうと感じました。その時、何が何でもこの子たちと花園に行くんだという、自分でも制御しがたい強い思いに体中が震えました。
 夜、カズから長いメールが入りました。これまでやってきたことをしっかりと実践すれば、準決勝でH商工に、決勝ではO高校に、立て続けに勝てるということを、理論的に整理してくれました。そしてさらに、勝利をより確実にするためのサインプレーを考案し、わかりやすく図示してくれていました。
 それは、15人全員が緻密に動くことで完成する、いわば、1年間取り組んできた技能の集大成ともいえるサインプレーでした。全部で5つのバリエーションがあり、これが決まれば少なくとも5本はトライが取れるよとコメントしてありました。得意げなカズの表情がパソコンの画面上に浮かび上がるようでした。

スリーアローズ・ストーリー 49

 ところが、全国大会予選の抽選会で私が引いたのは、よりによって、H商工のブロックに入るクジでした。その瞬間、各校の監督からも、ため息と安堵が混じった、妙な空気を感じました。スリーアローズがどのブロックに入るかは、抽選会最大の関心事だったのです。
 いや、大げさではなく、私は神を恨みました。O高校のブロックを引き当て、選手たちのモチベーションを爆発させるはずでした。しかし、それすらも許されなかった。
 H商工もO高校も、過去に何度も全国大会に出場しているのに対し、スリーアローズは3年生が夏に引退する風潮が何十年も続いていた。それを、M君たちのパイオニア精神と保護者の理解でここまで成長してきたのです。
「全然問題ないよ」とその夜カズは電話で言いました。「だから、監督がブレるなって。目標は、H商工を倒して花園に出ることなんだから、準決勝であいつらに勝って、決勝でO高校に勝てばいいじゃん」
 たしかにその通りでした。ここまでカズと一緒に計画を立て、実行してきたわけですから、彼の思考パターンは、もはや私も共有していました。とはいうものの、私の中では、これまで一度も勝ったことのないH商工に勝てるという確信が持てなかったし、何より、自分の慢心でO高校に大敗を喫し、しかも抽選でも意中のくじを引き当てられなかったという申し訳なさが、心の底にどろどろと沈んでいたのです。
「勝てるって、H商工に」とカズは弱気な私の肩を叩くかのように言いました。「これまでやってきたことを思い出してみてよ。すべてはあのチームに勝つためにやってきた。相手の攻め方も熟知している。おそらく相手は、新しいことはやってこない。スリーアローズの選手たちは自分の役割を十分に理解して、練習の成果を出しさえすればいい。しかも、次は慢心を抱かないよ。チャレンジャー精神で臨めるはずだ。負ける要素は何もない」

スリーアローズ・ストーリー 48

 雨降って地固まる・・・
 その後のスリーアローズの練習を見ていると、カズが私に言ったこの言葉がぴたりと当てはまるようでした。自分たちの目標は12月の全国大会予選でH商工に勝つこと。O高校に敗れた経験を生かし、本番ではさらに精度の高いラグビーをすればいい・・・
 選手たちは敗戦をバネに変えるかのごとく、2か月後に迫ったターゲット・ゲームに照準を合わせ、実戦に近い激しい練習に精を出していました。
 とはいえ、私としては、O高校に敗れ、全国大会予選のシード権を逃してしまったのは痛手でした。H商工とは決勝で対戦するというのが私の描いていた青写真だったのです。ただ、全国大会予選の組み合わせ抽選会でO高校のブロックに入れば、全く問題ありませんでした。O高校に雪辱を果たし、満を持してH商工に勝つ、そうして、初の花園出場を果たす、これができればどれほどすばらしいかとあこがれました。
 私がO高校の選手だった頃、チーム内の人間関係に苦しみながらも、何とか花園に出場したいという思いを抱いていましたが、スリーアローズの監督としての思いはあの頃よりもはるかに強く、大きなものでした。
 そのためにも監督としてO高校のブロックに入るクジを引き当て、選手たちのモチベーションを最高潮に上げたい。そうして、これまでの苦しみや葛藤、努力、カズや保護者への感謝、そういうものをすべて乗せて、花園ラグビー場のグラウンドに立ちたい、きっとその時、選手たちは、これまでとは別次元の経験ができるだろう、そう考えると、興奮と緊張で夜も眠れませんでした。
 その時の私は、極度にナーバスになっていました。善行を積まないと勝利の女神は微笑んでくれないと、校内のトイレのスリッパを揃えたり、ゴミを拾ったりもしました。

スリーアローズ・ストーリー 47

 ただ、私以上に落胆していたのは、言うまでもなく選手たちでした。私は彼らに、「明日のミーティングでしっかり話し合うから、それまでは各自で今日のゲームを振り返っておいてほしい」とだけ言い残し、そのまま山間のグラウンドから車を走らせ、銭湯で身体を洗った後、新幹線に乗ってカズのマンションへと向かいました。
 カズの住む町に着いたのは夜の10時を過ぎでした。
 開口一番カズは「なんで負けたんだろう?」と軽く首を傾げ、私が試合の状況を簡潔に説明すると、タバコに火をつけて「大丈夫」と小さく頷きました。
 それを聞いて、私は涙が出るかと思いました。
「これまでが順調すぎたんだ。それに、O高校の連中がうち以上に必死だったということだ。向こうの『気合い』に圧倒されたっていう、よくある話だよ」とカズは説明しました。
 彼はチームメイトをマンションに集めてくれていて、皆で試合のビデオを分析しました。そうして、次の大会までに達成すべき課題を具体的にして、「これで12月にはO高校にもH商工にも勝つから、この経験を次に生かすよう選手たちに伝えておいてほしい。『雨降って地固まる』だから」と言いました。
 皆が帰って行ったのは深夜の3時過ぎでした。私は始発の新幹線で帰り、ほとんど寝ないまま、学校の教壇に立ちました。
 放課後のミーティングで、敗戦のビデオを振り返りながらカズたちの分析を選手たちに伝え、今後の計画を立てました。その上で、「大丈夫だよ」と言いました。その言葉に何よりも選手たちの表情がゆるんでいくのが分かりました。私も選手たちも、心は同じでした。
 どうやら、選手たちの闘争心はますます高まったようでした。今頃カズも眠気を抑えながら働いてるだろうなと夕空を見ると、感謝で胸が熱くなりました。

スリーアローズ・ストーリー 46

 夏休みが終わり、9月に入りました。スポーツの秋、勉強の秋と、何かと充実するはずのこの季節に、想定外の事態が2つ起こりました。
 まず1つは、全国大会予選のシード権を賭けたゲームで、O高校に0対31という想定外の大敗を喫したことでした。
 完全に私のミスでした。普通にやっていれば0高校に負けることはないというカズの自信に満ちた言葉を鵜呑みにするあまり、慢心に溺れていました。確かにスリーアローズは、夏休みの練習試合でも、各上の相手に対して互角以上のゲームをするまでに強くなっていました。ところが、そこにこそ誤算がありました。つまり、練習試合と公式戦は大きく違うということです。
 O高校は、春に負けた後、スリーアローズにリベンジすることにすべてを賭けていました。私たちが信条とする「バナナラグビー」を徹底的に研究され、ことごとく前進を阻まれました。逆に彼らの泥臭い攻撃に押し込まれ、結局1点も取ることができないままあっけなく敗退しました。
 そして、このゲームでつくづく思い知らされたことがあります。ラグビーではレフリーを味方につけないと、思わぬ痛い目に遭うということです。私は選手たちとのコミュニケーションを大事にするあまり、他チームの監督やレフリーからは一線を画す立場でいました。それに対してO高校の監督は、自身がレフリーの資格を持っているということもあって、その辺をうまくやっていました。
 不本意な反則を取られたり、ラフプレーで退場させられたり、しかも明らかなミスジャッジがあったりと、スリーアローズのチャンスはことごとくレフリーの笛に止められてしまいました。
 つまりは、簡単に勝てる試合などなかったのです。

スリーアローズ・ストーリー 45

 いつしか保護者の方々は、熱烈なサポーターになっていました。試合だけではなく、放課後の練習にも応援に足を運んでくれたり、心温まる差し入れもいただいたりしました。何よりうれしかったのは、練習試合で交流したチームの保護者と仲良くなり、HPの掲示板を通じて、情報交換したり、励まし合ったりするようになったことです。
 他県では、受験のためにラグビーを引退するチームは少ないという事情を他の保護者から教えてもらい、スリーアローズの保護者の中でも最後までラグビーと部活動を両立させようという、新たな機運が出来上がりました。
 部活に燃えた方が勉強の集中力も増し、成績も伸びる。「文武両道」は、誰かに強制されるのではなく、自ずと成り立つのだという私の経験則を、保護者の方々が深く理解してくださったのです。「教育のブランド化によって保護者を味方につける、そうすればお前もやりやすくなる」というカズの予言が現実となりました。
 そういえば、初めてラグビー部の監督になった3年前、一番悩んだのは選手たちの早期引退でした。しかし、もはや、ラグビーと受験のバランスについて悩む必要はなくなり、むしろ選手たちが「文武両道」を目指して努力しているということ自体が、スリーアローズのブランドを彩るようでした。
 これで自分は長いことスリーアローズに携わるための礎を築くことができたのだと、グラウンドを取り囲む松の木々を見ながら、ひそやかな充実感に包まれていました。
 ところが、幸せな瞬間とは長くは続かないのだということを思い知らされる出来事が直後に起こりました。結果的に私は、その翌年にスリーアローズを去らなければならなくなったのです。今思えば、保護者と選手たちに囲まれたこの瞬間が、私のラグビー人生の中で一番きらめいていたのかもしれません・・・

スリーアローズ・ストーリー 44

 通学路にはスリーアローズの青いバッグを肩にかけた選手たちの姿が見られ、保護者もロゴが刺しゅうされたシャツを着るようになりました。マスオの得意げな表情が思い浮かぶようでした。保護者会には横断幕も作っていただき、ユニフォームと同じオレンジ色の生地に「輝け!スリーアローズ」と力強く記されました。練習試合を重ねるたびにHPへの応援メッセージも増え、選手たちの間でも話が盛り上がるようになりました。
 夏休みには合宿をしました。ラグビーボールを使わない合宿。近くの宿泊施設を借りて、午前中はビデオを見てH商工のラグビーを改めて研究し、敵のウイークポイントと自分たちのストロングポイントについて、キャプテンのM君を中心に話し合いました。月ごとに最新のスキルを身につけ続けてきた選手たちには、ゲームの分析力も備わっていたのです。
 夕方には自転車に乗って街に繰り出しました。というのも、夜はカレーライスを作るというのが合宿のメインだったのです。班ごとにレシピを考えて、スリーアローズのテーマに沿ったカレーライスを作ること、これが選手たちに与えたお題でした。
 班はランダムに編成しました。日頃は控えめな下級生が急に発言力を増すなど、グラウンドでは見られない選手たちの個性が表れたりして、新たな発見ばかりでした。買い物を終えて厨房に入り料理をする姿も新鮮で、たとえば副キャプテンのF君は全く料理ができず、1年生に包丁の持ち方をアドバイスされるなどの光景に、思わず頬が緩みました。
 試食会は、保護者を招待して行いました。班ごとにプレゼンテーションをした後で食べ比べ、順位を付けました。カレーの真ん中にハンバーグを入れた「コアカレー」、チームで目指す「バナナラグビー(全員参加のラグビー)」にちなみ、バナナを入れたカレーなど、味はともかく、彼らのアイデアが十分に発揮されていました。最下位の班は、保護者への感謝の気持ちを表す寸劇をアドリブで演じさせました。中には涙を流す父母もおられました。

スリーアローズ・ストーリー 43

 言うまでもなくこのネーミングは、戦国大名の毛利元就が3人の息子たちに伝えた「三矢の教え」からきています。1本の矢は簡単に手で折れるが3本まとめると折れなくなる、そうやって結束することによって毛利家を守ってくれ、という教訓をもとに、「スリーアローズ」というチーム名はできあがりました。
 次に、スリーアローズのロゴを作りました。1つは新たにオーダーするチームバッグに描かれるもの、そして2つめはユニフォームに刺繍するもの、それぞれのデザインを制作することにしました。
「これはマスオの仕事やね」とカズは電話で言いました。
 マスオとは、私たちの高校時代のチームメイトであり、毎日練習が終わった後、ひたすらタックルバッグを倒し続け、その後1人でグラウンドを何周も走り込むような男でした。にもかかわらず、彼は試合に出場する機会になかなか恵まれず、しかもレギュラーを決定するための大事な練習試合では肩の骨を折ってしまい、結局最後のゲームは病院のテレビで観戦するという苦渋をなめることにもなりました。
 そんなマスオは高校時代から漫画家になるという夢を抱き続け、卒業後に単身上京し、プロの漫画家のアシスタントとして働いていました。
「その話、おもろしろそうやん」とマスオは開口一番そう言い、「久々に金とは関係ない、誰かのためになる仕事をやってみたかったんよ」と続けてくれました。
「俺には、ラグビーじゃ、いい思い出はないけど、その分強くなれた気がするからね」
 そう語ったマスオのイラストは、私たちの予想をはるかに超えるほどの迫力にあふれたものでした。さっそく臨時保護者会を開き、届けられた案の中から1つを選びました。
 ロゴを手に入れたスリーアローズは、徐々にブランド化されていきました。 

スリーアローズ・ストーリー 42

 カズからの提案は、選手たちへの技術指導にとどまりませんでした。彼は、トップリーグのチーム運営で得たノウハウを、高校の部活動に活用しようとしました。
 テーマは「教育のブランド化」。自分たちが取り組んでいる活動を積極的に発信し、同時に誰でも部の応援に参加できるような体制を作ることにより、本当に強いチームになるのだと教えてくれました。
 まず最初にしたことは、HPの開設でした。これはすぐに実現しました。OBの方がすでに作っているウエブサイトを利用することができたからです。そこには最新のトピックスや試合の写真、それに「掲示板」を設けて誰でも応援メッセージを書き込むことができるようにしました。これが予想以上に盛況で、OBや保護者やラグビーファンなど、様々な方々がどんどん参加してくださり、選手たちの大きな励みとなりました。
 それから、新たに保護者会を立ち上げることにしました。元々保護者同士の仲は良かったのですが、きちんとした組織にすることで不思議と意識が高まり、目に見える形で後方支援をしてくださいました。役割分担が明確になったことで、かえって保護者の方々のモチベーションも上がったようで、会長はM君のお父さんにすんなりと決まりました。
「お前がラグビーで伝えたいことは、選手たちよりも、保護者の方に早く伝わるよ。なぜなら、社会の厳しさを経験している保護者には、努力したり、協力したりすることの重要性が身に染みて分かっているからだよ」とカズは言いました。
「保護者を味方につけること。保護者を熱烈なサポーターにしてしまうんだ。そうすることによって、お前の部活動運営は格段にやりやすくなるはずだ」
 そうして「ブランド化」の中核事業として、チーム名を作りました。まず選手たちが自由に考えた候補の中から3つに絞り、最後は保護者の投票により決定しました。
 その結果、チーム名は、「スリーアローズ」になりました。 

スリーアローズ・ストーリー 41

 屋台風にしつらえられた狭い店内には、大きなラガーマンたちがひしめきあうように座り、ビールを飲みながらお好み焼きをつついていました。彼らは身体だけではなく声も大きく、会話の節々からは、ラグビーを卒業した後も大きな仕事に携わっていることがうかがえました。雰囲気に圧倒された私は、場違いなところに迷い込んだように感じていました。
 すると、その中に、見たことのある人がいました。それはラグビートップリーグの有名な監督で、次世代のラグビー界を切り開いてゆく指導者だと注目されている方でした。
「選手たちに向けて、ビデオメッセージを作ってもらおう」とカズは私の顔を見てそう言いました。私は、カズの影響で、いつでもどこでもビデオカメラを持参していましたが、この時ばかりはさすがに尻込みしてしまいました。
 じつは、早稲田OBの中に高校の先輩がいて、私たちはその人からの誘いを受けたわけですが、カズはいち早くその先輩のコネを利用しました。先輩が我々の意向を監督に耳打ちすると、監督はこちらを見て、きりっとした表情で一礼しました。
 おそらく、トップリーグの監督が高校生にメッセージを送るということには、いろいろと抵抗があったと思います。監督は少し考えていたようでしたが、やがてすっと立ち上がって上着をまとい、薄暗い非常階段に移動して、カメラの前に立ってくれました。
 監督からのメッセージは主に2つでした。
①時間は絶対に戻ってはくれない。
②学校のグラウンドでやったことすべてが試合に出る。
 帰りのタクシーの中でカズは神妙な面持ちをして「本当に大切な言葉だなあ」と何度もつぶやきました。そのビデオレターを見た選手たちは、感動のあまり、声を失っていました。
 監督からの2つの言葉は、結局、最後の最後まで選手たちを根底から支えてくれました。

スリーアローズ・ストーリー 40

 次の日の練習は、これまで以上に声が出ていました。「スポーツは勝ち負けではない」とよく言われるし、私もどちらかというとそう考えていましたが、この時初めて、「勝つことによってこそ学ぶこともあるのだ」と、選手たちを見ながらしみじみ思いました。
 その後も彼らは順調に成長を重ね、カズの予言通り5月に「コンタクトスキル」、6月には「ディフェンススキル」の課題を達成すると、チーム力は格段に向上しました。
 改めて計画表を眺めた時、月ごとの目標が系統だっていることに気づきました。コアを使って「ずらす」という個人の技能から始まり、少しずつ、仲間同士で協力して作り上げていく技能へと発展していくように仕組まれているのがよく分かりました。
 目標を1つずつ確実に習得していくことで、最終的にはすべての技能が試合の中で発揮され、やがては年間目標の達成につながるわけです。1度に全体を教えようとする練習とは違い、1つの技能が発展的なプレーに応用されていく喜びを味わうことができるし、何より、プレーがうまくいかなくなった時には、それまで学んだ技能のどこに欠陥があるかが分かるために、フィードバックして修正することができるという安心感がありました。
 つまり、カズの練習は、「言葉」で成り立っていたのです。私の時代によく叫ばれた「気合」とか「根性」という漠然とした精神論ではなく、具体的なキーワードから体を動かすように仕向けるのです。
 そのうち、選手たちの成長は関係者の間に広がったようで、GWには、広島で開催された大会に参加させていただきました。その日はカズも休暇を取ってくれ、試合が終わった日の夜、2人で「お好み村」に足を運びました。そこにはちょうど早稲田大学ラグビー部のOBが集まっていました。 

スリーアローズ・ストーリー 39

 すべてはカズが予言したとおりでした。明確な目標を持って努力すれば、1日ずつその達成に近づく。つまり人は目指す方向に進んでいく。そんな金言めいたことが、ラグビー部の監督として体得されるとは思ってもみませんでした。
「やっぱ、すごいね、あいつらは」とカズは受話器越しにしみじみと言いました。「計画通りに進んでいるのも、選手たちの力だよ。これからがワクワクだね」
 カズはそう言った後で「やっぱり、楽しくないと伸びないっていうことだ」と、自ら所属するのチームに言い聞かせるようにつぶやきました。
 夜、ベッドに横になって部屋の電気を消した途端、頭の中ではゲームの1コマ1コマが鮮明に再生されました。そのうち、「ずらスキル」と「パス」には、ラグビーの根幹をなすともいえる大切な要素が込められているように思えてならなくなりました。
 無用な激突を避け、コアを使って「ずらす」というのは個人の技能であり、ラグビーという集団スポーツだからこそ、まずはそこが重要となるわけです。
 しかし、1人でできることには限界があるというのもまた事実。だからこそ、適度なタイミングで仲間にパスを放るというオプションが生まれるわけです。
 パスを託された選手は、仲間の思いを背負ってさらに前進する。その繰り返しでトライが生まれる。つまり、トライとは個人技によるものではなく、仲間の力をつなぎ合わせた結果生まれるものだということを、改めて納得させられました。
 そうして、カズが与えてくれた「ずらスキル」と「パス」の2つの技術は、ラグビーを超えて、選手たちの実生活や将来の社会生活に応用できるのだと思いました。その時、過去に1人で生きたいと願ったこともある私の胸が、熱くなりました。
 おかげでその夜は、身体は疲労していたにもかかわらず、興奮で寝不足でした。

スリーアローズ・ストーリー 38

 M君は1か月間重点的に取り組んだ、素早く的確なパスをヒロに回しました。ヒロはチームのいわば花形選手で、体は決して大きくないものの、スピードと度胸を兼ね備えたトライゲッターでした。普段は大人しいがいざとなれば勇敢に戦うことができる彼は、私が最も尊敬する選手の1人でした。
 相手のディフェンスは当然ヒロに集中します。彼はそれを承知の上で、ぎりぎりのタイミングで、今度はS君にパスをつなぎました。練習通りのユニット・プレーでした。
 スピードに乗ったままボールを受けたS君は、ヒロに気を取られるあまり手薄になった相手ディフェンスの間を突破して、いよいよゴール前まで走り抜けました。O高校の選手は捨て身のタックルでS君を倒しにかかりましたが、彼はさらに後ろで待っているヤスにパスをしました。倒されそうになっても、コアを使って体勢を保持して、次の選手にパスをつなぐ。まさに「ずらスキル」と「パス」の合わせ技でした。
 ヤスは外側に広く開いたスペースに走り込みました。ところが、O高校はどこまでも粘り強く、トライかと高揚した瞬間に、カバーディフェンスの選手に掴まれました。さすがにK君は想定外だったようで倒されてしまいましたが、サポートに走ってきたFWの選手たちがすばやくボールを拾い上げ密集を作り、相手FWが密集に入ってきた直後に、再びボールがBKに供給されました。セオリー通りのタイミングでした。
 見ると、O高校の選手のほとんどが密集付近に集まっていて、外側はがら空きでした。しかもそのスペースにはF君たち3人が待ち構えていて、彼らは楽にパスを回し、最後はマツが余裕をもってトライしました。その後のキックもM君が落ち着いて決め、スコアは22対17。この試合、初めてリードを奪った瞬間に、ノーサイドの笛が鳴りました。
 私は、夢と現実の区別がつかずにいました。

スリーアローズ・ストーリー 37

 それにしても、走り込み練習などほとんどしていない彼らのどこにこんなスタミナが残っているのか、不思議でなりませんでした。ラグビーでは肉弾戦が一番疲労するというのが私の経験です。ひたすら押し合い、身体をぶつけ合い、その直後に走り出すわけですから、心身ともに疲弊しているのは当然でした。
 それが、後半もあとわずかになったところで、選手たちからは「もっとコアを意識しよう」という声が上がるようになり、私はハッとさせられました。「コアとパスだけでまともな試合ができる」と自信を持っていたカズの言葉を思い出したのです。これまでの私は、明確な目標を打ち立ててゲームに臨んだことはありませんでした。その結果、試合中に多くの指示を出すことになり、選手たちも混乱してきたろうと反省しました。
 その時、F君とI君の素早いタックルによる相手のこぼれ球を拾い、そのまま密集になりました。平均体重ではO高校の方がずいぶんと重いはずなのに、彼らは徐々に前進を始めました。敵のお株を奪うような肉弾戦に、私は、自分でもわけのわからない声を上げていました。そうして、何と、彼らはそのままインゴールになだれ込み、トライを取りました。まさに「火事場の馬鹿力」でした。
 トライ後のゴールはサッカー部上がりの名手M君が外してしまい、スコアは15対17と2点ビハインドで、終盤を迎えることになりました。    
 O高校は何とか逃げ切りを計ろうと、密集の中でボールを保持したまま、ごりごりと前進するという、さらに手堅い作戦に出ました。しかし、F君を中心としたFWの選手たちは、そのことを想定していたかのごとく、密集の中で手を回し、狡猾なまでに相手ボールを奪い取ることに成功しました。
 ボールは、司令塔であるスタンド・オフのM君の手に渡りました。

スリーアローズ・ストーリー 36

 まともに激突してくるO高校のディフェンス陣に対し、選手たちは2ヶ月間鍛え続けてきたコアで「ずらスキル」を発揮し始めました。形勢は一気に逆転し、敵陣でのチャンスの機会が増えました。
 そして、後半開始早々、スピードに乗ったままパスを受けたS君がトライを決め、彼らはインゴールで抱き合いました。トライ後のゴールもM君が成功させ、あっという間に10対12と、2点差まで詰め寄りました。(ラグビーではトライを決めると5点、その後のゴールが成功すると2点追加されます。)
 ところが、このトライがO高校に火をつけました。賢い彼らは簡単にボールを奪われまいと、手堅い作戦を採るようになりました。ゲームはいったん膠着し、再び力と力のせめぎ合いの状態が続き、後半の中盤にはO高校のFWにごり押しされ、逆にトライを許してしまいます。私は、ベンチから立ち上がり、手に汗を握っていました。監督としてぶれてはいけないという試合前の教訓は、もはや聞こえなくなっていて、とにかくO高校に勝ちたい一心で、選手たちに向けて声をかけ続けました。
 選手たちは、トライを取られた後のわずかな時間を使い、ゴール下で円陣を組んで何かを話し合っているようです。その中心にはF君とM君、それからS君がいます。それにファイターのI君が、しきりにうなずいているのもベンチからうかがえます。
 結局O高校のトライ後のゴールは成功せず、10対17。残り時間はあと10分を切っています。すると、こちらのキックオフからプレーが再開されるやいなや、F君とI君が果敢に飛び出しました。彼らは、O高校が肉弾戦に持ちこむ前に、素早いタックルで相手を倒そうと考えたようです。ラグビーでは、倒れた選手がボールを持つことはできません。つまり、最初の相手を倒して、そのボールを奪い返そうと意思統一したようでした。

スリーアローズ・ストーリー 35

 監督である私がぶれてはいけないと頭では分かっていても、いざゲームが始まると、どうしても勝ちたくなるのが心情です。O高校のジャージを着た選手たちと応援団を目の当たりにした瞬間、前回の大敗の記憶が甦り、闘争心が沸き上がってきました。
 しかし、ゲームは、あくまでO高校のペースで進んでいきました。彼らは、伝統的な激突するラグビーを仕掛けてきます。「ずらスキル」を信条とする選手たちが練習でやってこなかったことなので、どうしても受け身に回ってしまうのは仕方のないことでした。
 それでも選手たちは臨機応変の対応で、O高校の攻撃を、身体を張って止めていました。前半を終わって、3対12。O高校に2本のトライを許し、逆にこちらはペナルティキックを1本決めていました。
 ハーフタイムで選手たちが帰ってきた時、正直、私はどう声をかけてよいか分かりませんでした。なにしろ試合の課題は2つだけなのです。しかも防戦一方で攻撃の機会があまりなかったために、課題の評価のしようもありませんでした。
 すると、フルバックのS君が、開口一番こう言いました。
「いける。全然怖くない」
 フランカーのT君も、「俺もそう思う。前よりも楽にいける」と続きました。副キャプテンのF君は、「とにかく相手のボールを奪って、『ずらスキル』を出そう」と言いました。彼はそのための具体策を1人ひとりに指示し始めました。私があえてアドバイスしようとしたことを、すべてF君が言ってくれました。
 彼らは改めて円陣を組み直し、いつもと同じように大声で目標を唱和してから、グラウンドに駆け出していきました。
 後半、F君の作戦で選手たちは意思統一し、敵のボールを奪って攻撃する機会が目に見えて増えました。「ずらスキル」と「パス」の見せ場がいよいよやってきたのです。

スリーアローズ・ストーリー 34

 どんなに練習の質が上がったとはいえ、2ヶ月に大敗を喫した記憶は、やはり簡単に消えるようなものではありません。1、2回戦では爽快なまでに決まった「ずらスキル」と「パス」による攻撃が、O高校に通用するとはどうしても思えませんでした。
 試合の前日、カズに電話すると、彼は「大丈夫だよ」と軽く言ってのけました。
「だいいち、今勝つ必要もない。計画通りにいけば、夏明けには間違いなく勝てるようになっているから、今は相手がどこであろうと2つの課題をきっちりと達成できることが一番大切だね。監督がぶれちゃいけないよ」
 電話を切った後、カズが作成してくれた計画表を改めて見てみました。たしかに彼が言うとおり、今の段階でO高校に勝つことは、計画には盛り込まれていませんでした。見ると「O高校相手に1トライ差以内のゲームをする」というのが現時点での想定でした。
 計画では、5月に「コンタクトスキル」、6月に「ディフェンススキル」を習得することになっていて、ここでチーム力は加速的に向上し、O高校を超える。さらに、夏休みの合宿で実戦での経験値を上げて、今度は本命であるH商工との差がぐんと縮まってゆく、それがカズのプランでした。
 計画表を見て、私は少し安心しました。そこにはチームのストーリーが克明に予言されているようでした。人生は思い描く方向に進む。「予言の自己成就」というやつです。
 カズは以前、「挫折を経験しながらも、自分なりの理論を体得することができた」と語っていました。計画表には、目標を達成するための最短距離がきちんと反映されていたのです。焦るあまり計画からぶれてはいけないと考え直し、心を落ち着けました。
 そうして迎えた、準決勝。
 やはり、O高校はそう簡単な相手ではありませんでした。 

11月に入りましたね

 ラジオから流れる曲にも、季節が反映されるようになりました。
 私の住む町は雨風の連休となりましたが、みなさまはいかがお過ごしでしょうか?

 昨日、日銀が金融緩和を実行して、世界的に株価が上がったことが報道されました。もはやこの国がグローバル経済に果たす役割は疑うことがない規模に増大する一方なのですが、そのことにも、なんとなくもの寂しさを感じます。

 どんなにグローバル化が進行しようとも、日本らしさだけは失いたくないところですね。

 明日もこの場所でお会いいたしましょう。

スリーアローズ・ストーリー  33

 4月に入り、ついにM君たちは最上級生へと進級しました。その後カズは春休みの間に学校を訪れ、新しい目標である「パススキルの向上」を達成するための練習メニューを伝えてくれていました。
 始業式の1週間後には、さっそく春季県大会が行われました。次の大会のシード権に関わる大切な大会だったのですが、カズはこのゲームに関して、
① コアを使い「ずらす」ことによって前に出ること
② パスミスをなくすこと
というきわめてシンプルな課題を与えました。
「ラグビーの華」と言えばやはり一撃で相手をなぎ倒すタックルです。にもかかわらずカズは、公式戦の目標として激しいプレーを一切要求しませんでした。彼はメールで「勝敗は気にしなくてもいいから、この2つの課題が達成できるように意思統一してほしい」と言ってきました。そしてその後には「きっと、それだけで、まともなゲームができることに選手たちは気付くだろうよ」と私だけに書かれてありました。
 カズの言った通り、選手たちはおもしろいように前に出て行きました。むやみやたらに敵に激突するのではなく、適度な間合いを見計らいながら、コアを使ってどんどん「ずらして」前進していきました。そうして行き詰まりそうになった時には的確なパスを出しました。優位な体勢でパスを受けた選手も、スピードで相手をかわしていく。そんなシンプルで合理的な攻撃だけで、立て続けにトライを重ねていきました。
 たった2ヶ月の間にこうも変化した選手たちを見て、私は興奮しました。カズの存在はもちろん大きかったわけですが、その理論を自分たちのやり方で消化し、実践している選手たちを頼もしく感じました。次の準決勝の相手は、O高校でした。
作者

Author:スリーアローズ
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