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スリーアローズ・ストーリー 最終回

 その3年生たちが巣立っていった翌年、予期せぬことが2つ起こりました。
 1つめは、新1年生が15人も入部したことでした。H商工に敗戦した直後、ある保護者が「スリーアローズが3年以内に花園に行くことを確信したよ」と興奮して話してくださいましたが、この新入部員と対面した時、私は本当に武者震いが起こりました。
 しかし、もう1つ、予期せぬことが起こりました。H商工の監督がスリーアローズに赴任してきたのです。ハーフタイムの時に「あいつらを殺してまでもトライを取れ」と檄を飛ばした、あの監督です。
 私は、その大監督と肩を並べて部の指導をしました。そうして、1年後、校長室に呼ばれ、転勤が言い渡されました。新たな赴任先は、ラグビー部のない高校でした。
 カズは最後まで納得がいかないようで、電話口で何度も私を励ましてくれました。しかし、私個人の力ではどうすることもできないことだし、何より、私はもう十分に満足していました。最後の試合の後、冬空を見上げながらカズが口走った言葉。
「いい夢を見させてもらったよ」
 あれは私の想いでもありました。
 ところで、現在カズは、チームのヘッドコーチを務めるまでになっています。テレビで彼の活躍を見るにつけ、本当にすばらしい指導をいただいたものだと、改めて感激します。
 今年の春先には、スリーアローズのメンバーの中で、いち早くS君が結婚式を挙げました。彼は今東京でシステムエンジニアをしていますが、奥様は高校の同級生で、地元のホテルでとり行われた式は大いに盛り上がりました。
 スリーアローズの選手たちは、もうラグビーをしていません。しかし彼らは、頼もしい社会人として、しっかりと自らの人生を切り拓いているようでした。  (了)
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スリーアローズ・ストーリー 82

 現在私は、高校教師を退き、イベント関係の仕事をしています。地元で開催されるこぢんまりとしたお祭りのようなものから、世界中から参加者が集まる規模のものまで、様々なイベントを実行するために、計画を立てたり、関係者と調整したりしています。
 この仕事が自分に向いていないとは思いません。これまで出会うことのなかった人と一緒に仕事をする中でたくさんの刺激を受けるし、教師だった頃は仕事によって「社会」というものをある程度つかんだつもりでいましたが、世界にはまだまだ自分の知らないことがあるのだという当たり前の事実を、肌で感じることもできます。
 たとえば、日本のプロ野球でキャリアを積んだ選手がメジャーリーグに挑戦するのにも、自らの世界をもっと広げたいという欲望が当然あると思います。私も新たな仕事に挑戦することを悪しとは思っていません。
 ただ、大人相手の仕事をしていると、どうしても高校生たちとの時間がなつかしくなることがあります。職場のデスクの引き出しには、彼らとの写真が忍ばせてありますが、仕事の合間に、ふとそれに目をやる自分がいます。そうして私は安心するのです。自分はたしかに彼らとの時間を過ごしてきたのだと・・・
 人生とは、そのようにして「振り返る」ものなのではないか、と最近思ったりもします。
 さて、H商工との戦いに敗れた後、3年生たちはそれぞれの道に羽ばたいていきました。M君とS君に続き、熱血ファイターのI君も東京の私大に推薦入試で合格しました。
 何よりうれしかったのは、センター試験に挑戦した5人が、最後の最後まで粘り強く取り組み、しっかりと結果を残したことです。彼らは全員高得点を収め、第1希望の国公立大学への合格を果たしました。「最後まで部活を続けた方が進学実績も上がる」という私の持論を、彼らが実証した形となりました。

スリーアローズ・ストーリー 81

 さて、ここまでずいぶんと長い間書き続けてきました。
 そして今、私は、瀬戸内海を望むファミリーレストランでこれを書いています。空はどんよりとしていて、海岸沿いに植えてある松の枝々が、かすかに揺れています。
 道路を走る車がどことなく気ぜわしく感じられるのは、年の瀬だからでしょうか?
 そういえば、もうすぐ今年のラグビーの全国大会が始まります。ひょっとして、もう始まっているかもしれません。ここ数日は新聞を読む時間もなく、情報も入っていません。
 この文章を何の気なしに書き始めたのは9月の終わりで、まだ暑さが残っていて、風が心地よい時期でした。私は自分の部屋の小さな机につき、小さな窓を開けて、これを書き始めたのです。
 当初は20話くらいで終わる想定だったのですが、書けば書くほど、記憶が鮮明になってきて、あれよれよという感じでいろいろなことがつながり、結局、冬になってしまいました。  
 今日は平成26年12月28日の日曜日。
 今朝は早くから瀬戸内海に面したヨットハーバーで打ち合わせがありました。来年開催されるイベントの中で、ぜひこの施設を使わせてほしいという話が主でした。小さなヨットハーバーに、世界中から来た約1000人の参加者が集まることになっています。プログラムの内容や参加者の導線、それから経費に関することを、熱心に話し合いました。
 打ち合わせが終わった後で、冬の砂浜を少し歩きました。風は冷たかったですが、少しピンクがかった海面はどこまでも穏やかでした。
 それからこのファミレスで1人用の鍋に入ったチゲ鍋定食を食べた後、カプチーノを飲みながらパソコンを開くと、どうしてもこの文章が書きたくなりました。

スリーアローズ・ストーリー 80

 帰りの車に乗り込む直前に、カズはもう1度グラウンドと、それから晴れた冬空を見上げました。
 グラウンドには、もはやラガーマンたちや観客の姿はなく、近隣の高校のラグビー部の選手が本部テントを撤収したり、コーナー・フラッグを抜き取ったりしていました。
 カズは名残惜しそうに空気を吸い込んだ後で、「いい夢を見させてもらったよ」とつぶやきました。かっちりとセットされた前髪の先には、冬山の木々が見えました。夕日に近づいた太陽と冬山の情景が、生粋のラガーマンであるカズと対比され、1つの絵画を作り上げていました。
 彼はもう1度だけ「いい夢だった」と言い、助手席に乗り込みました。
 帰りの車中、カズとどんな話をしたのか、よく覚えていません。ほとんど何も話さなかったような記憶もあります。いずれにせよ、私たちはとても疲れていて、道すがらの温泉に立ち寄って、露天風呂にゆったりと浸かりました。それは山間のひなびた温泉で、カズと私以外、誰もいませんでした。
 外に出た時にはどっぷり日が暮れていて、しばらく車を走らせた後、駅の近くのレストランで夕食を取りました。
「なんか、帰りたくないな」とカズは、ご飯を食べ、ビールを飲みながら、何度も言いました。
 予期せぬ大敗を喫した時も、M君が決勝戦に出られないことが決まった時も、常に前に進んできた男です。それだけに、この「帰りたくない」という言葉には重みがありました。
 このとき私は、カズとは違うことを考えていました。高校時代、部員同士の人間関係に悩んでいましたが、この年齢になって、初めて、感謝で胸が苦しくなるほどの「本物の友情」を教わることができたと、驚きにも似た実感を覚えていました。

スリーアローズ・ストーリー 79

 12対7。終わってみれば、1トライ差のスコアでした。おそらく、それまでの10年間で、最もH商工を苦しめたゲームだったはずです。
 スリーアローズはストーリーの中に含まれている、それは、自分たちがパイオニアとなるストーリーだ、そう信じていたために、ノーサイドの直後は、目の前に起こった現実がいったい何なのかよくつかめず、ベンチで泣き崩れる選手たちをただぼんやりと眺めるだけでした。 
 その時、「先生、お疲れ様でした」という声が耳に入ってきました。顔を上げると、私が監督に赴任した時からのメンバーが応援に駆け付けてくれていました。
「ラグビーは進化しているから自分たちのやり方でさせてほしい」と直訴してきた当時のキャプテンや、夏に引退するかどうか悩んだ末にラグビーを続け、最後のゲームは骨折を押してまでも戦い抜いたA君の姿もありました。
「よくここまで強くなりましたね」
 大学生になっていくぶんか落ち着いた顔つきになったA君は、穏やかな言いぶりでねぎらってくれました。彼の背後には、過去のメンバーたちの顔がずらりと並んでいました。それは映画のラスト・シーンのように私の目の中に入ってきました。 
 ベンチを引き上げ、円陣を組んで腰を下ろした時、周りにはOBや保護者の姿もありました。その中で私が選手たちに向けてどんな話をしたのか、全く思い出せません。ただおぼろげながらに残っているのは、頬に涙の跡を残しながらも、笑顔を浮かべようとしていたスリーアローズの選手たちと、その中で、1人うなだれていたM君の姿でした。
 最後の戦いを終えた3年生は、M君の肩に手をやって、静かに慰めていました。
 それが、ユニフォームを着た3年生たちとの、最後の光景でした。

こんばんは…

今夜も『静かな散歩道』にご同行くださいまして、ありがとうございます。

申し訳ございませんが、2日連続のお休みをいただきます。
明日またこのブログでお会いしましょう!

こんばんは

今夜も『静かな散歩道』にご同行くださいまして、ありがとうございます。

本日掲載予定の文章は、明日併せて公開いたします。
引き続き、よろしくお願いしますm(__)m

スリーアローズ・ストーリー 78

 そして、そのトライが、スリーアローズの集大成でした。
 そういえば、大学生の頃、はたしてこの世に永遠なるものがあるのだろうかとふと考え込んだことがあります。書物に答えを求めたところ、中古や中世の知識人たちも、同じ疑問に直面していたことを知りました。
 たとえば『源氏物語』には、たくさんの死が描かれます。それは、生命の断絶としての死ではなくて、あの世でも再び会えるという憧れの込められた死でした。またこれとは対照的に、鎌倉時代の、たとえば鴨長明という人は、荒廃しきった世の中において、この世に永遠などはないという絶望感にも似た思いを表現しました。
 S君のトライは、選手たちをはじめ、スリーアローズを支えてくださったすべての方々のトライでもありました。スリーアローズは、この瞬間に向かって、すべての努力を注いできたわけです。
 おそらく、この光景は、選手たちの心に残り続けるはずです。トライを目の当たりにしたサポーターの方々の胸にも、ずっと刻まれているかもしれません。もちろん私が忘れることなどありません。これまでこの文章を書き続けてきたのも、あの瞬間を描きたかったからに他なりません。
 すべての想い出は、時間が経てばこの世からは消え去ります。しかし、スリーアローズの魂は、あのトライによって1つのところに集まることができるのだと思います。
 永遠というものがあるならば、きっとそういうことなのだと私ははっきりと思いました。
 試合終了のホイッスルを聞いた時、1つの何かが終わったことが痛切に実感されました。グラウンドには泣き崩れるスリーアローズの選手たちと、抱き合って喜ぶH商工の選手たちの光景がありました。

スリーアローズ・ストーリー 77

 たった3人でボールを処理したスリーアローズに対して、相手ディフェンスはずいぶんと人数を割いていました。それゆえ、ボールが再びM君に渡った時は、人数的に有利な状態で次の攻撃を組み立てることができました。
 M君は、練習どおり、副キャプテンであるF君に短いパスを出しました。F君には、すでに2人のサポーターがついていました。その安心感をもって、F君は相手ディフェンスをずらして前進を図りました。中学の頃からラグビーをしている彼のボディバランスとボールコントロールには熟練の味わいさえ感じられ、相手ディフェンスを十分に巻き込んだうえで、ボールを味方に差し出しました。
 H商工の選手たちは、スリーアローズの仕組まれた動きに、豊富な運動量とプライドで食い下がってきました。相手を殺してまでもトライを取れと指示を出された以上、逆にトライを取られることなど、彼らには許されませんでした。
 しかし、この1ヶ月、いや、新チームになった春先から10ヶ月もの間、この試合だけをターゲットに取り組んできたスリーアローズの集中力とチームワークは、相手を上回っていました。
 最後にロングパスを受けたのはS君でした。彼の前には、もはや相手の選手はいませんでした。中学までは野球の選手だった彼も、たくましいラガーマンになっていました。S君の近くにはファイターのI君がサポートしていました。I君の「行けっ」という野太い声は、グラウンドを飛び越えて、辺りの山にまで響くようでした。
 S君は、すべての人からの期待を背番号15に乗せて、全力で駆け抜けました。H商工の必死のカバーディフェンスを振り払い、ボールを大事に抱きかかえて、野球のスライディングのように、足から滑り込んでトライを決めました。

今日はひときわ寒かったですね…

 昨日、全国高校駅伝のテレビ中継を見ながら、やっぱり高校生は偉大だな~とつくづく感心したかと思ったら、今日、職場の同僚から地元で行われる駅伝大会で走ってくれないかという依頼を受けました。
 田舎の農道を走るいかにもほのぼのとした大会のようですが、寒さに凍えてこたつに潜り込むよりはいいかと思い、出場することにしました。
 大会で走るのはかれこれ3年ぶりになります。
 3年前は毎日走り込んで、限界に挑戦しましたが、あれからかなり身体がなまっているはずです。最近は職場の階段を上るだけでもゼーゼーいうほどでした。
 あの時と同じ走りができるまでに準備ができるか怪しいですが、出るからにはベストを尽くしたいというのが私の流儀です(^_^)v
 あと1ヶ月、計画的に走り込むことにします。
 それにしても、いくつになっても何かにチャレンジするのは、気持ちがいいですね。
 すべてにおいてポジティヴになれる気がします♪

スリーアローズ・ストーリー 76

 敵陣に入ったところで相手がミスを犯し、スクラムのチャンスが訪れたのです。
 選手たちは皆で互いに目配せし、頷き合いました。彼らは意思統一されていたのです。まさに今が、サインプレーを出すそのタイミングだと。ここでトライを取って、試合の流れを完全に呼び寄せる、そうして、最後は、スリーアローズが逆転勝利を挙げる・・・
 チャンスの到来に観客は大声援を送っていましたが、選手たちは冷静でした。
 スクラムは、やはり体格に勝る相手の方に分がありましたが、最前列のI君たちは背筋を弓のように逸らして何とか持ちこたえ、スタンド・オフのM君にボールが渡りました。必殺のサインプレーは、FWが身体を張ってキープしたボールを外に大きく展開することから始まります。相手のプレッシャーがあるために、正確なパススキルが要求されるところです。
 一番外側のウイングというポジションのヤスがスピードを持ってボールをキャッチした瞬間、私は、デジャブの感覚に襲われました。夢にまで見たこの瞬間。学校のグラウンドで何度も練習しながら、H商工相手に本当に決まるのかどうか、じつは半信半疑でもありました。しかし、物事は思った方向に進むということを普段から信じようとしている私は、大一番のゲームで成功する場面を繰り返し想像していたのです。
 さて、仲間が丁寧にパスをつないだボールを胸に抱いて突進したヤスでしたが、相手のカバーディフェンスに捕まってしまいました。しかし、これはばっちり想定されていました。こんなに単純にトライが取れるとは誰も思っていません。つまり、ここからがスリーアローズの真骨頂でした。
 まず、ヤスが捕まることを待っていたヒロとS君がすぐにサポートに入りました。身体の細いヤスでしたが、これにより安定してボールを味方に差し出しました。
 H商工のディフェンスは、その手際の良さについてきていませんでした。恐ろしいくらいに、予想通りの光景でした。

スリーアローズ・ストーリー 75

 前半は一進一退の攻防が続き、サインプレーを出すチャンスがなかなかありませんでした。あれよあれよという間に、時間だけが勝手に走ったような印象でした。
「スリーアローズはストーリーの中に含まれている」と私は何度もそう思いました。「選手たちが目標を達成しパイオニアとなる瞬間が、この大歓声の前で起こるのだ」
 私は無意識のうちに立ち上がり、「ストーリーの見せ場は、必殺のサインプレーだ!」と心の中で大声で唱えました。選手と監督の区別はもはやありませんでした。
 M君がキャプテンを降りるのを機にカズが伝授してくれたサインプレー、どんな相手にでもチームワークでトライを取ることができるように作り込まれたこの戦術が成功する時、スリーアローズは真のスリーアローズとなれる、そんな声が地下からグラウンドを揺さぶりました。
 その時、私は、私自身のことを思ってもいました。それは急激に圧縮された情報のように、一瞬間のうちに心を満たしました。
 少年時代からの想い出、スポーツにしろ勉強にしろ、決して1番にはなれなくて、高校でラグビーと出会ってからも最後には負けてしまった。大学時代はその反動で退廃的な日々を過ごしたが、心のどこかでは何か夢中になれるものを探していた、それも魂の全てを焦がすほどの熱くなれるものを求めていた、でも、そんなものはどこにもなかった・・・。生きるために必死だった就職浪人時代、就職後は現実の汚さに何度も挫折感を味わった、そんな自らの半生が苦味となって喉元にこみ上げてきました。
「俺も、スリーアローズのストーリーに含まれている」そんなことを思いながら声を振り絞りました。願ってもないチャンスがやってきたのは、その直後でした。

長~い1週間

 ちょっと大げさかもしれないけど、マラソンを走りきって、やっと足を止めることができると思ったら、じつはゴールはまだ10㎞先で、心と体にムチ打って再び足を前に運んでいる、そんな感じの1週間でした。
 おそらく、私のキャリアの中でも、もっとも疲れを感じた1週間だったと言っても過言じゃないかもしれません。
 その大きな原因が、気疲れなんですよね。
 1つは、毎朝凍結した道路を運転して通勤するのが堪えているのかもしれません。氷も張っているけど、気も張っているのです。
 それから、人間を相手にした仕事も大きくのしかかっています。もちろん、この社会に人間を相手にしない仕事というのは基本的にあり得ないわけですが、さまざまな所で起こる予期せぬ事態をまじめに解決しようとするあまり、心が疲弊してしまうのですね。
 しかも、不思議と、トラブルというのは重なって起きるものです。明けない夜はない、試練は乗り越えるためにある、そう自分に言い聞かせて、ひとつひとつ、粛々と対応している毎日です。
 高校教師だった頃、よく黒板に「心の疲れは身体を動かすことで発散され、身体の疲れは睡眠で回復する」と書いて高校生を励ましていましたが、今の私は身体を動かす時間も睡眠の時間もなかなか取れない状態です・・・
 あなたはいかがですか? この師走、疲れていませんか?
 なにはともあれ、「仕事納め」まで後もう少しですね!

スリーアローズ・ストーリー 74

 ところが、風上に立ったスリーアローズでしたが、勢い余って後半開始早々立て続けに反則を犯してしまい、相手にペナルティーゴールを与えてしまいました。キックも決まって3点が追加され、3対10とじわりと点差を広げられました。
「大丈夫、まだ時間はある」
 カズは腕時計を見ながらそう言いました。自らに言い聞かせるようでもありました。
 その時私は頭の中で計算をしていました。残り時間はまだ25分ある、その中で2本トライを取れば逆転できる。だが勝つためには相手をノートライに抑え込まなければならない。これは、なかなかハードルが高い、と。
 ただ、ミラクルは起こる予感がしていました。
 スリーアローズは1つのストーリーの中にいる。それは彼らが主役のドラマチックな物語で、最後にはどこかにたどり着くようにあらかじめ定められている。今は追いかける展開だが、この後に必ずドラマが待っている。カズが予言したとおり、勝負はこの後半で決まるのだ!
「今日は勝てる」という思いを通り越して、「今日は勝つようになっているのだ」という言葉が心の深奥から湧き上がり、頭の中で花火のように爆発していました。
 ならば、いったいどんなストーリーが待ち受けているのだろう、と私は思いました。するとその答えは、意外とすんなり見えてきました。勝つためには、必殺のサインプレーを決めればいいのです。

暴風雪警報の夜

 今日は日本列島の大部分に暴風雪警報が出されました。
 大雪警報や暴風警報は記憶にありますが、さすがに暴風雪警報となると、これは非常事態だという気になります。それで今朝はいつもよりも1時間近く早く家を出て、まだ夜も明けていなかったのですが、凍結した道路の上で恐る恐るハンドルを握りました。
 
 無事職場に着いたかと思うと、日中はますます雪の粒が大きくなって、辺りは一面の銀世界に・・・
 あなたの町はいかがでしたか?

 それで今晩は、職場の近くにある友人の家に泊めてもらうことにしました。家族の方に温かくもてなしていただいて、すき焼きとワインで盛り上がりました。

 外が凍り付いているからこそ、ぬくもりもひとしおでした。
 やはり、人のぬくもりが、この世でいちばん温かいですね・・・
 
 明日があなたにとっていい1日でありますように。

スリーアローズ・ストーリー 73

 それは、向こうの監督の声でした。何をやってるんだ、あいつらを殺してでもいいからトライを取りまくれ、という怒声が風に乗ってこちらのベンチまで運ばれてきました。
 ラグビーをやっていると、そういうおぞましい言葉で檄を飛ばすのは、まあ、よくあることなのですが、その時私が察したのは、H商工のベンチもかなり追い詰められているということでした。なにしろ相手は、7年以上もの間、県内の公式戦で負けたことがないのです。まして、一昨年まで全く相手にしていなかったチームに苦しめられているという状況は、許せなかったのだと思います。
「オッケー、思った通りだ」
 カズも相手ベンチの焦りに気付いていました。
「後半の早い段階でトライを取って逆転しよう。そうすれば向こうはもっと追い詰められて、ミスを連発してくれるだろうよ」とカズはネックウォーマーに首を埋めて言いました。
「マジでおもしろくなってきたぞ」
 カズのその言葉を聞くと、私も、後半に何かが起こるような気がしてきました。
 観客からの声援に見送られながら、スリーアローズのジャージを着た選手たちが再びグラウンドに散っていきました。土や芝生で汚れた彼らの背中は、さらにたくましく映りました。これで最後にしたくない、心の中で何度も祈りました。
 周りの山々を見てみると、風がますます強くなったのが木々の揺れ方で分かりました。M君はキックオフのボールを敵陣深くに蹴り込みました。楕円のボールは不規則に回転しながら、風に乗ってぐんぐん伸びていきました。

スリーアローズ・ストーリー 72

「この3点はでかいよ」とカズは興奮していました。「後半になって、絶対に効いてくる」
 それはまるで、預言者の言葉のような重みをもって私の耳に入ってきました。
「とにかく、この前半の間に、1点もやらないようにしなけりゃいけない」 
 カズはそう言って立ち上がり、ディフェンスラインの選手に向けて指示を出しました。
「フェイスはきっちりとエリマネしていこう」とカズは言ったのですが、もちろんH商工は何のことやらまったく分からなかったでしょう。そのへんてこな言葉を聞いて、スリーアローズがどんな戦術を採ろうとしているのか、逆に気になったはずです。3点を返されて劣勢気味の相手からは、明らかに動揺が見られました。
 スリーアローズの戦術は、すべて暗号化されていたのです。
 ちなみにカズが出した指示は「前半も残り時間が少なくなってきたから、無理して相手に隙を見せるよりは、確実に陣地を前に進めて、このままの点差で行くように」という意味でした。この試合は後半にヤマ場がくる、そう踏んで、あえて前半は風下の陣地を取ったわけだから、ここで無理をしても得策ではない、リスクカットを図りながら体力を温存して、後半に勝負をかけようというカズの戦略が、選手にも私にも、よく理解できました。
 そうしてカズの思い描いたとおりに、3対7というロースコアのまま前半終了のホイッスルが鳴り響きました。
 われんばかりの歓声に迎えられて戻ってくる選手たちは、歩きながらディスカッションをしていました。どうすれば後半に逆転できるか、熱心に意見交換していました。
 私は彼らに端的な指示を出しました。①後半は風上だからキックで前に出よう。②敵陣に入ったら必殺のサインプレーを使おう。
 選手たちが私の指示に頷いたとき、H商工のベンチから大声が聞こえました。

スリーアローズ・ストーリー 71

 試合後にVTRで確認して分かったことですが、練習試合でもほとんど破綻することのなかったディフェンスラインに問題が起こっていました。というのも、2年生の中に、組織的な動きができていなかった選手がいたのです。おそらく彼も極度の緊張によって頭が真っ白になっていたのでしょう。そうして、そういう選手の所に攻め込まれてしまうのがラグビーなのです。
 トライを取った後、H商工の選手は全く喜びませんでした。まるで、当たり前のことを当たり前にこなしたまでだとでもいわんばかりの雰囲気でした。相手はやはり横綱だったのです。
 H商工との過去の対戦は一方的な大差で負け続けていたために、今日も同じ結果になるのではないかと嫌な予感を抱かせるほどの、じつにあっけないトライの取られ方でした。H商工の選手たちもこのまま立て続けにトライを奪って、前半で一気に決めてしまおうというような言葉を口々に言っていました。
 スリーアローズの円陣の中では、ファイターであるI君が檄を飛ばしているのが見えました。それから、M君がなにやら具体的な指示を出しているのも見えました。カズは私の隣で微動だにせず、口の前で両手を合わせて戦局を見守っていました。
 スリーアローズのキックオフでゲームが再開されると、選手たちはさっきまでとは違う動きをし始めました。彼らはH商工のお株を奪うようなパワープレーを仕掛けていっているではありませんか。夏に取り組んだコンタクトスキルを試すかのように、低く、鋭く、組織的に、相手を押し込みはじめました。隣でカズが、オッケー、と大きな声を上げました。
 トライを取られたことで目が覚めたスリーアローズは、じりじりと相手を押し込み、H商工の選手たちにも焦りといらだちが見られはじめました。そうして前半15分、相手の反則から得たペナルティー・ゴールをM君が決め、3点を返しました。

スリーアローズ・ストーリー 70

 風上に立ったH商工は、キックを多用してくるに違いないと、私たちは予測をしていました。キックで前進するのは、H商工の常套手段だったのです。
 ところが彼らは予想に反して、いきなりパワープレーを仕掛けてきました。それは事前の戦略というより彼らのプライドのように見えました。今年のスリーアローズはそう簡単には勝てないと周りは騒ぎ立てているが、俺たちが負けるわけはない、そんな気持ちの表れだったのでしょう、彼らは前半の最初からどんどん激突してきました。
 スリーアローズの選手たちは、H商工の圧力を受け止めるのに精一杯で、なかなかボールを奪うことができず、逆にボールが手につかなかったりして、あっという間に自陣のゴールラインまで攻め寄られてしまいました。
 私としては、相手のキックオフのボールをキャッチして、ずらスキルで前進し、最後はとっておきのサインプレーでトライを取りに行くという筋書きを描いていました。いくらH商工とて、社会人トップリーグの選手であるカズが指導したサインプレーには対応できない、そんな自信を持っていました。
 ところが、試合開始早々にH商工の攻撃にたじろいでいる選手たちを見るにつけ、やはり思い通りにいかないのが勝負の世界なのだということを、ベンチに座ってひしひしと痛感しました。ただ、もはやそれも想定内の展開でもありました。選手たちにはこういう時のための修正能力もありました。彼らは激突してくる相手に対して、低く、そして複数での防御を行い、的確に対応しているように見えました。
 ところが、想定外のことが起こりました。防御システムのどこかにほころびが起きたのでしょう、H商工の選手がするすると走り抜け、いとも簡単にトライを奪われてしまいました。前半開始2分の出来事でした。

スリーアローズ・ストーリー69

 ベンチに座った瞬間、緊張で唇と指先が激しく震えだしました。この1年の成果が試される、もしかしたらすべてが終わるかもしれない、そんなプレッシャーが襲いかかってきました。自分でプレーできない、選手を見守るしかない、そうして、信じるしかない、いや祈るしかない、これがラグビーの監督のつらさなのです。
 隣にはすでにカズが座っていて、目を細めて風を見ていました。ケンジがじゃんけんで勝った場合は陣地を選択するように言っておいたが、果たしてどうなるだろうかと彼はつぶやいていました。ラグビーでは、キックを有利に使うことができれば容易に前進でき、試合の主導権を握ることができます。つまり風向きはとても大事な要素なのです。
 カズはこの試合、後半に勝負があると踏んでいました。そのためにも、後半に風上に立つことができるように、前半はあえて風下を選択したいという思惑を抱いていました。
 するとケンジはじゃんけんに勝ち、カズは「あいつをキャプテンにしといてよかったよ」と笑いました。
 私は大きく深呼吸しました。今まで頬を濡らしていた涙はグラウンドに吹く風で乾き、それゆえ、オレンジのラグビージャージを着た選手たちの姿が鮮やかに映っていました。
選手たちは改めて円陣を組み、その掛け声が空に昇華してゆくのを待たずにそれぞれのポジションに散り散りになった時、場内は妙に静まりかえっているのを感じました。
 初冬の青空と、その下でグラウンドを取り囲むようにたちすくむ観客の姿。そんな光景がいっぺんに視界に入ってきた時、静寂を切り裂くようなホイッスルが突如として響き、H商工のキックオフで試合が始まりました。
 いよいよスリーアローズの集大成を披露する瞬間がやってきたと思うと、体中に取り憑いていた緊張が抜け、頭が妙に実務的に働き始めました。
 ところが、試合はいきなり予期せぬ方向に転がったのです。

ひとりごと

 今日の東京は雨模様・・・
 でも、とても暖かい1日でした。
 あなたの町はいかがでしたか?

 表参道のイルミネーションも、この時期の深まりを感じさせてくれるようで、おのずと心が和みました。

 ところで、話が変わるのですが、高校時代からの親友が長崎の佐世保に転勤してしまいました。とはいえこの1年の間は、お互いに仕事の関係で会うことがなかったのですが、それでもいつでも会えるという安心感がどこかにあったのでしょう、遠く離れてしまったことが、とても寂しいです。

 今は情報機器の普及で、いつでもどこでも手軽に連絡が取れる、そういう意味ではとても便利な時代ですが、それでもやはり、距離が離れるという事実は、大きな隔たりを感じてしまいます。

 彼とはよく表参道を歩いたものです。そういうことも、なかなかできなくなってしまいました・・・
 どうして人は、こんなにも人が恋しいのでしょう? 

スリーアローズ・ストーリー 68

 私の話が終わった後、2年生キャプテンのケンジが、いつも通りに試合前の掛け声を取り仕切ろうとする直前でした。そのわずかな瞬間に、1か月前までキャプテンだったM君が、こんなことを言ってきました。
「みんなからのメッセージを思い出そうや」
 ついさっきまでは普段と変わらず冷静な表情を見せていたM君でしたが、円陣の中ではどの選手よりも顔を歪ませて泣いていました。指定校推薦入試の校内会議で希望通りにいかず、決勝戦の出場を諦めざるをえなくなった時、初めて彼は泣きました。クールな彼も泣くことがあるのだと戸惑いさえ覚えましたが、この時のM君は前回とは比べ物にならないほどに、何の臆面もなく、ひどく泣きじゃくっていました。
 みんなからのメッセージを思い出そう、その言葉にチームの全員が反応しました。
 彼らの脳裏には、チームメイトによって綴られた心のこもった言葉が、ある種の力を帯びながらはっきりと浮かび上がっていたに違いありませんでした。彼らの泣き声は、雄叫びとも奇声ともつかぬものになりました。
 宿命的な孤独を救ってくれるチームメイトの存在が心を熱くしてくれたのでしょう、それは私も同じでした。自分の高校最後の試合よりもはるかに胸は熱くなっていました。
 あるいは、めったに泣くことのないM君の涙につられたというのもあるかもしれません。これで終わりにしたくない。絶対に花園に行き、もう1度彼をキャプテンにして戦いたい、そんな思いが、全員の心にあふれていたようにも思います。
 選手たちは声にならない声で掛け声を叫んだ後、応援席からの霰のような拍手に包まれながらグラウンドに出ていきました。
 送り出す私の涙の中で、彼らの深緑の背番号が、ゆらゆらとにじんでいました。 

スリーアローズ・ストーリー 67

 私はほとんど無意識のまま、円陣に加わっていました。試合の前に円陣に参加するなど、監督になって初めてのことでした。
 選手と肩を組んだまま顔を上げると、彼らは全員、号泣していました。その光景に、自分の高校時代が重ね合わされました。
 そういえば、最後の試合の時も・・・その試合は結局負けてしまったわけですが、試合前の円陣で、チームメイトたちはやはり泣いていて、私のまぶたからも、涙があふれ出ていました。
 試合の前に泣くというのはいったいどういうことなのだろうかと、あの試合の後でふと考えたことがあります。そうして考えた結果、「猛烈な孤独に苛まれから泣くのではないか」という一応の仮説にたどり着きました。
 ラグビーはチームスポーツだからこそ、孤独に陥るのです。つまり、チームメイトの存在があるからこそ、自分1人の存在が逆に際立ってくる。自分がミスをするのではないかという不安もあれば、逆に自分が何とかしなければならないという気負いもある。
 そういえば、「1人より 2人の孤独 秋の風」と詠んだ歌人もいました。
 チームスポーツにおける孤独は、もしかすると私たちが生きてゆく上で否応なしに背負っている宿命的な孤独と同じかもしれません。
 そしてその孤独は、もちろん自分1人でどうにかなるわけではなく、皆でカバーし合うしかない、だからこそチームメイトの存在に心の底から勇気づけられ、そのありがたさにたまらず涙がこみあげてくるのではないか。高校時代の私はそう分析しました。
 そんな実感が一瞬間だけ、はっきりと甦った後、いつしか私も選手たちに混じって泣いていました。私は震える声で試合の指示を出しました。選手たちは腹の底から返事をしましたが、じつは、細かい指示など聞いていませんでした。言わずとも、十分に理解していたのです。

スリーアローズ・ストーリー 66

 2月に取り組んだコアを使ってずらす練習から入り、3月のパススキルの確認、4月から6月にかけて習得したコンタクトスキルとディフェンススキルが融合された動きへと徐々に発展し、それから夏休みにカズの所属するチームの選手が学校に来て直接指導してくれたスクラムやラインアウト、それからバックスのアタックやディフェンスの陣形を入念におさらいし、最後は、カズが肝いりで伝授してくれた、スリーアロ-ズのすべてが詰まったサインプレーを全員で合わせました。
 選手たちは自分たちの軌跡を噛みしめるかのように、声を出し合いながら、丁寧にカズの提示する練習に取り組みました。
 とりわけ、最後に行ったサインプレーは、見事としか言いようがありませんでした。すべての選手がシステマティックに連動して役割を果たしているために、まるで精密な機械が稼働しているかのような印象さえ受けました。
 今日は勝つことができる。
 試合前の選手たちの動きを見て、私はそう確信しました。
選手たちは、まさしくチャレンジャーでした。むしろH商工の選手たちの方に気負いが感じられるように私は思いました。
 いよいよ、キックオフまであと10分となりました。選手たちはスリーアローズのロゴが入ったユニフォームに着替え、ヘッドギアをかぶり、マウスガードを口に入れました。彼らの瞳には、闘志がみなぎっていました。負けたら全てが終わるという切迫感も感じられました。そうして私も、戦いへのスイッチが入っていました。いや、ひょっとして真空だったのかもしれません。すべての想念が取り払われ、私のすべてを緊張が支配した、そんな感覚でした。

スリーアローズ・ストーリー 65

 それにしても、山を切り開いて作られた新しいラグビー場の空気はからりとしていて、吹き抜ける風が頬にぴったりと貼りついてくるようでした。
 ねずみ色の雲の間にセルリアンブルーの空が顔をのぞかせていたかどうかはやはり定かではありませんが、ラグビー場のすべてが、やわらかな初冬の日差しに包み込まれていたのはたしかでした。
 スリーアローズの選手たちはスパイクを履き、サブグラウンドでストレッチを始めました。約10ヶ月前にカズが伝授してくれた、コア・トレーニングと連動した、合理的なストレッチです。あの頃から比べると選手たちの身体は筋肉が盛り上がり、いかにもラガーマンらしくなっていました。そんな姿を、私は感慨深く見守っていました。
 試合前の練習はカズが仕切りました。
 これまでどんな試合もカズが表に出て指導することはありませんでしたが、きっと彼にも、気負いがあるのだろうと想像しました。
 振り返ってみると、カズはあくまで私をサポートするというスタンスを貫いてきました。日中は大手企業のグローバル・マーケティング部のグループリーダーとしての仕事をこなし、夜はラグビー選手としてハードな練習に励み、休日には試合に出場していたカズは、貴重な休暇を削って、スリーアローズにあらん限りの情熱を注ぎ込んでくれたわけです。
 彼は自分の苦労を口にするタイプではありませんが、1年かけて目指してきたH商工とのターゲット・ゲームに際しては、並々ならぬ思い入れがあったのでしょう。
 そうして、その思いは、スリーアローズの選手はもちろん、周りで応援してくださった保護者の方々にも、そしてもちろん私にも、十二分に伝わっていました。
 その日のカズの練習には、10ヶ月かけて取り組んできたことが全て含まれていました。

スリーアローズ・ストーリー 64

 カズの話を聞いた途端、選手たちの表情からは、硬さが取れたように感じられました。
 ヘッドフォンをしていたS君は慌ててそれを外し、隣にいたI君に「どうした? 今、カズさん、なんて言ったの?」と聞きました。
 するとI君は、「自分に酔うなって言われたぞ」と返しました。ややナルシスティックな所のあるS君は、カズの方を見て、へへへと変な笑いを向けました。
 S君のお母さんは、彼は昨夜はほとんど眠れなかったのだと私に言いました。するとヒロのお母さんも、じつはうちもそうだったと同調してきました。
「もし負けたら、最後になってしまうということが、どうしても信じられなかったみたい」とS君のお母さんは続けました。
 その言葉に、私もはっとさせられました。
 ひょっとして今日ですべてが終わりになるかもしれない・・・
 もちろん来年以降もチームは続くわけですが、私の着任と一緒にこの学校に入学してきた3年生たちには、特別な思い入れがありました。彼らは1年生の時から試合に出続け、練習を休みがちだった先輩たちに代わってチームを牽引してきた。これまで彼らと苦楽をともにし、長い時間を一緒に過ごしてきた。
 スリーアローズはもはや、私の一部になっていることは疑うことができないが、たしかにS君のお母さんの言うとおり、万が一、今から行われ試合で負けてしまえば、彼らと一緒にラグビーをすることはなくなってしまう、永遠に・・・
 すると、その時、私の目には入念にストレッチをするM君の姿が入ってきました。彼だけは全く動揺を見せず、いつもと同じ様子で、目の前のゲームに集中しているふうでした。
 彼の姿を見た時、私もいつもと同じような心持ちを取り戻したような気がしました

スリーアローズ・ストーリー 63

 H商工との試合の当日、朝早くにカズを駅まで迎えに行き、そこから1時間かけて山間のラグビー場に向かいました。
 それが、あの時車の中で、私たちはどんな会話をしたのか、全く記憶がないのです。その代わりに覚えているのは、冬雲の合間に青空が見えていたこと、それも、雲がねずみ色だったために、空がいっそう青く感じられたことでした。
 もちろんその風景は、後から付け足されたものかもしれません。実際は青空など出ていなかったのかもしれない。しかし、今思い起こしてみると、カズと2人で決戦の会場に向かう車の中の記憶といえば、その風景しか残っていないのです。
 グラウンドに着き、車から降りて冷たい風にさらされた瞬間、記憶が鮮明になります。まず、普段よりもたくさんの観客がいたこと。練習場であるサブグラウンドに向かう途中でいろいろな方に声をかけられ、手を上げられ、地方新聞の担当者も挨拶をしてきました。
 県内の多くのラグビーファンが、スリーアローズが決勝に進出する瞬間を期待している、あるいは、数年ぶりにH商工が県内の公式戦で敗れる光景を見ようと思っていたのかもしれません。
 選手たちも、周囲の様子を察したのか、さすがに表情をこわばらせていました。特に3年生は、ヘッドフォンで音楽を聴いたり、神妙な面持ちでしゃがみ込んだり、腕を組んで目をつむったりと、いつものリラックスした感じとはほど遠い様子でした。
 するとカズが「おはよう」といつもよりも大きな声を出し、彼らの中に入っていきました。選手たちが「おはようございます」と小声で返してきたところ、「今日はええ天気やなあ」と軽快に言いました。「風が吹いてるから、キックの使い方を考えないといけないね」

冬の問わず語り

 私の町はすっかり冬の寒さに覆われ、愛車にもスタッドレスタイヤを装着しました。ちょっとばかり神経質なところのある私は、というより、スタッドレスタイヤを履いていながらも過去に何度もスリップするという恐怖体験をしている私は、タイヤの溝がツルツルになるのを避けるために、どうしても急ハンドル急ブレーキをしない運転を心がけるようになります。
 それで、タイヤ交換してからというもの、通勤時間がさらに20分長くなってしまい、その分、朝職場に着いた時点ですでに1日分の達成感を覚えてしまう毎日です・・・
 しかも先週の土曜日から休日らしい休日がなく、今週も出張の毎日で、そろそろ腰痛が出てくる頃かなと、心の準備をしているところです。この出張ライフは今後も続く予定で、来週は東京に行って、さまざまな場所で協議をすることになっています。
 そういえば、東京好きな私の定宿である「三井ガーデンホテル汐留イタリア街」と水道橋にある「庭のホテル」が、残念ながらそれぞれ満室ということで、今回は「モントレ赤坂」に初挑戦です。東京に住んでいる方には分からないかもしれませんが、東京ほど素敵なホテルがひしめき合っている街は世界中にもないかもしれません。
 赤坂といえば、以前にも紹介しましたが、この「静かな散歩道」を始めるきっかけとなった編集者の方との想い出の場所でもあります。あの時食事を楽しんだ「一福」の店の明かりは数年前に消えてしまい、好青年らしさが漂っていた大将は地元の宮崎で新しいお店を構えていらっしゃるとのことです。
 何でも揃う東京ももちろん魅力的ですが、新鮮で豊かな食材が手に入る宮崎で、納得のゆくお仕事をしようとの思いなのでしょう。というわけで、赤坂では、1杯飲みたくなるようなお店を、1人でぼちぼちと探してみようかと思っています。

スリーアローズ・ストーリー 62

 試合の直前の練習は、主にサインプレーの確認に多くの時間を費やしました。カズが伝授してくれた、とっておきのユニット・プレーです。
 司令塔となるスタンド・オフの位置には、準決勝のH商工戦に向けてM君が立ったり、決勝戦に向けてはケンジが立ったりと、さまざまな状況を想定して選手たちは自主的に動きを細かくチェックしていました。
 ケンジがキャプテンになって間もないうちには細かいミスもありましたが、1ヶ月もすればもはや誰がどのポジションに入ってもうまくいくまでにユニットは成熟していました。しかも全国大会予選では自分たちの納得のゆく試合運びで快勝したということも、大きな自信となり、プレーにさらなる躍動感をもたらしていました。
 これこそがカズの言うチーム力なのだと、言葉の上ではなく、はっきりと目の当たりにしたような気がしていました。
 しかし、そんな選手たちの動きを見ながら、心の奥では孤独に襲われてもいました。次に対戦するH商工は、私の記憶する限り、ここ数年、県内の公式戦ではどこにも負けたことがありません。他校に勤務していた頃は、テレビの中でゲームを見てきましたが、実際のグラウンドでは、体格といいスピードといい、県内では群を抜いている感がありました。何より、選手たちは絶対に負けないという強大な自負心をもっていました。おそらくラグビーというスポーツは、その部分がかなり勝敗に左右すると私は思っています。
 スリーアローズの選手たちは、H商工に勝つために生き生きと練習に励んでいる。トップリーグの選手であるカズも、必ず勝つと言い切っている。しかし、監督の私は、どうしても、そうやって心を大きく持つことはできませんでした。
 スリーアローズならやれるかもしれない。しかし、それはまさに、奇跡でした。

スリーアローズ・ストーリー 61

 翌日、パソコンの得意なラグビー部の部長の先生に(この方もまた、すばらしい先生でした)、それぞれのメッセージをまとめていただき、さっそく選手たちに配布しました。I君とS君は、私と同じく、うっすらと涙さえ流していました。他の3年生も神妙な面持ちで、それでいて、どこか照れくさそうにチームメイトからの言葉に目を通していました。
 この企画の発案者であるカズにもメッセージが贈られました。そこには選手たちからカズへの、飾らない、それでいて心のこもった言葉が綴られていました。
「カズさんのおかげで、花園出場という夢が、夢でなくなりました」と記したのは、花形選手のヒロでした。
「きっとこのチームは花園に行くよ」とカズはその日のメールで返信してきました。「キャプテンが誰であろうと、スタンド・オフが誰であろうと、スリーアローズはチームワークで勝つと思う。想定外のこともいろいろと起こったけど、そんな時のことも見越して年間目標を立てといたんだ。つまり、最後はチームの総合力が整備されるようになっていた。その成果が結果として現れると思う」
 珍しくカズも興奮気味だということが文面から伝わってきました。
「俺たちの高校時代に一番欠けていたチームワークを、こんな形で高めることができたっていうのも、何か縁を感じるね。お前との友情に感謝するよ!」と結ばれていました。
 全国大会予選は2回戦からの登場でしたが、その初戦は「ずらスキル」と「パススキル」それに自由自在のランニングプレーで、121対0で勝利を収めました。
「予定以上だね」とカズは試合後、電話で感想を述べました。
 続く3回戦は相手の重量フォワードに苦戦を強いられる場面もありましたが、64対0で、完封勝利を遂げました。
 次はいよいよ準決勝、H商工との対戦でした。
作者

Author:スリーアローズ
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