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Seeing is believing no.3

 さて、パーティーが始まってからしばらくして、盛り上がっている参加者たちの間をすり抜けるように、小中学生たちが入場してきました。総じて体の大きな参加者たちは、はじめは気づいてさえいない様子でした。
 そのうち小中学生たちは、宴会場の中央に設けられたステージに上がりました。はっぴを着て、ねじりはちまきをして、バチを手に持ち、そこに用意してあった太鼓の前に颯爽と立ちました。
 そこまでしても、海外からの参加者たちは、各々のテーブルでビール片手に盛り上がっていましたが、大太鼓の叩き手が声を上げ、最初の一打が会場の空気を揺らした瞬間、一斉にステージの方を向きました。
 太鼓の音は、容赦なく胸の奥に響き渡りました。「胸の奥」が、地下深くにまで続いているのではないかと思わせるくらいに、一打一打が重く響きました。大太鼓が1つ、銅鑼が1枚、それから中太鼓が6つありました。小さな叩き手たちは、見事に息を合わせ、魂の演奏を披露してくれました。
 海外からの参加者たちは談笑をぴたりとやめ、デジカメやスマートフォンを取り出して、ステージの前に貼りつきました。海外にも太鼓はあるでしょうが、和太鼓の演奏を目の当たりにするのは初めてなのでしょう、さっきまでの盛り上がりがまるで嘘のように、参加者たちは固唾を呑んで演奏を見守りました。
 私も演奏に釘付けになった観客の1人でした。その時私は、神社の光景を思い出していました。これでもかと言わんばかりに重なり合う和太鼓の響きは、神を想像させました。どこかなつかしく、それでいて清浄で厳格な世界が宴会場に広がりました。
 そのいかにも日本的な空気に浸っていると、あぁ、これも世界なのだと思いました。  
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Seeing is believing no.2

 そのうち、パーティーがどんどん盛り上がり、会場の雰囲気に少しずつ馴れるうちに、いろいろなものが見えてくるようになりました。
 まず、これは当たり前のことですが、世界にはじつに様々な人たちがいるということを真に実感させられました。人種や民族の違いは、一目瞭然です。
 それから、とにかく体が大きな人が多い。日本では滅多にお目にかかれないような体型をした人が、各テーブルに1人はいました。しかも彼らは体の大きさを感じさせることなく、軽快な所作で、グラス片手に饒舌に語るのです。
 日本では健康志向が高くて、トレーニングやヨガをする人が増えているようですが、そういう思考はじつはごく少数派であることに気付かされます。
 スタッフの1人としてそんなことを考えながら壁際に立っていると、1人の参加者が写真を撮ってくれませんかと言ってきました。彼の名札を見ると、「KOREA」と標示してありました。もちろん私は韓国語で表示されたスマートフォンのシャッターを快く押したのですが、その時、無意識のうちに親近感を覚えている自分の心に気付きました。
 穏やかな顔で礼を言った彼の隣には香港と台湾とシンガポールの人がいました。彼らはあまり上手ではない英語で会話をしているようでした。西洋人のように進んでフレンドリーな交流をするわけではなく、どちらかというと、そういう人たちを観察しながら楽しんでいるという風でした。
 そういえば初めてマンハッタンに行った時、英語が通じずに困っていると、日本人が通りかかったと思って話しかけたらチャイニーズだったということがありました。
 こうやって、世界各国からの参加者の中にいると、やはり近隣諸国の人たちに対して親近感を覚えてしまう。これも世界なのだと、その時思いました。

Seeing is believing no.1

 昨夜は国際交流のパーティーがありました。
 じつに100カ国以上から青少年教育に携わっているリーダーたちが集まり、2泊3日で研修会をして、その打ち上げとして会食が催されたのです。
 準備の時には広く感じられたホテルの宴会場は、あっという間にぎっしりと人で埋め尽くされ、身動きが取れないほどになりました。
 それにしても、人の迫力って、すごいですね。たとえば、植物だったらこんなにも圧倒されないでしょう。しかも、言語も皮膚の色も体型も全く違う人々が一堂に会した時の迫力は凄まじいものがあります。以前、バンコクのドンムアン空港の到着ロビーに足を踏み入れた時、羽田とは桁違いの人の多さに足がすくんだことがありましたが、参加者の国籍の多彩さからいくと、昨夜のパーティーの方が上回っていました。
 さて、彼らは、予定時刻よりも遅れて、ぞろぞろと会場に入ってきた後、さっそく各々のテーブルに置いてある飲み物を手に取って栓を抜き、乾杯もしないままに、お互いのグラスに注いで飲み始めました。
 おもしろかったのは、彼らはまるで、水でも飲むようにしてビールを飲む。そのペースたるや、気持ちの良いほどでした。
 当初の計画では、主催者の挨拶などが行われるはずでしたが、役員は隅っこの方で何やら打ち合わせをするだけで、結局そんな儀式めいたことは一切行われませんでした。
 参加者たちは役員の動きを気にする間もなく、3日間で深まった親睦をかみしめるかのように、ビールを飲み、語り合い、写真を撮っていました。
 これが世界なのだと、そのときふと思いました。

コロンブスの卵 その5

 人間とは、つくづく厄介で、そして逆に「分かりやすい」存在なのだと思います。
 どんな人も弱くて強いプライドを抱え込んでいる。それを表に出す人もいれば、出さない人もいる。だから、人は見かけでは判断しづらいところもあるが、心の奥は基本的に同じなのです。いくら時代が進化しようと争いがなくならないのは、そのせいです。
 それが分かっているのなら、私たちは「あきらめる」ことによって、これまで見えなかった世界を見ることができるかもしれない。「あきらめる」こととは肩の力を抜くこと。私はあなたと好んでケンカをしようとしているわけじゃない、ただ私は、自分が可愛いがために、自分を守ろうとしているだけなんだ、ということを認めればよい。
 相手にその思いが伝われば、相手の心の鎖をほどくこともできる。そうか、じつは私も、あなたに傷つけられるのが怖かっただけなんだ、と。
 こちらが悪口を言えば相手も言い返す、拳を握れば握り返す、武器を持てば応戦する。逆にケンカをしていた人が仲直りをすると、以前にも増して親密になるのは、ケンカの収束によって、安心するからにほかなりません。
 新約聖書の中に「汝の敵を愛せよ」と語られていますが、おそらくはそういうことを言っているのではないかと思います。
 そう考えると、弱くて脆いプライド同士は、もしかすると、惹かれ合うのかもしれない。最後には、人は人を恋しがるのはそのことを物語っているのではないでしょうか。
 人は弱いからこそ誰かを必要とする。これは、国境や文化の垣根を越え、共通なのかもしれない。私たち人間がまだ「発達途上」の存在なのであれば、戦うよりもまず受け容れるという発想の転換をしてみてはどうかと、グローバル時代の少子社会を生きる今、そんなことを考えるのです。

桜・さくら・サクラ!

 昼休みに、久々に散歩してみました。
 それくらい、今日はぽかぽか陽気でした。
 オフィスから歩いて5分の所には小川があって、そこには桜並木が広がっているのですが、いつもにも増して多くの人が歩いていました。
 先日までは色彩に乏しい風景でしたが、今日ばかりは風景全体が赤色がかっていました。
 見ると、サクラの枝のつぼみが膨らんで、今にもほころび出しそうになっているではありませんか。
 兼好法師は『徒然草』の中で、「桜の花は咲く直前か散った後こそ見所が多いものだ」と言いました。
 まさに今から春が始まろうとしている、そんな予感と期待を抱かせてくれる、そんな「今」を味わいたいですね!

コロンブスの卵 その4

 もちろん、私にも、そういう恐れが全くないわけではありません。しかし、田舎の生活を心から楽しそうにしている彼らを見ていると、こうも思うのです。
 彼らは、この土地を愛してくれるかもしれない。
 多くの若者が都市へ流出している今、この土地を愛してくれるというだけで、ほんとうにありがたいのです。
 夏目漱石が近代化を危惧した100年前からすると、私たちの生活は大きく変わりました。しかし、表面は変わっても、精神はあまり変わっていないかもしないと思うことがよくあります。だとすれば、私たちは、動じることなどない。いくら時代が変わっても、精神が変わらないのなら、変化を受け入れることはそんなに怖いことではないはずです。
 故郷から離れた若者が戻るようにすることは大切です。ただ、それと同時に、自分たちの故郷に、異文化を受け容れることもまた、1つの方法かもしれません。
 そのことは、たしかに、一抹の寂しさを覚えます。しかし、日本人は、古くから広い心で受け入れることによって文化を作り上げてきたという側面もあります。東大寺の大仏殿も、比叡山延暦寺も、長崎の出島も、すっかり近代化され洗練された東京の街並みも、異文化を取り入れながら作られたものです。
 ところで、古語に「あきらむ」という言葉があります。現在の「あきらめる」の原型で、「物事がはっきりと見えるようになる」という意味です。
 つまり、「あきらめる」ことは次につながるということです。ケンカをしても、お互いに傷つけあうだけで、得るものなど何もない。ならば、あきらめて、受け容れよう。
 しかし、実際、このことが一番難しいのです。なぜなら、私たち人間は、弱くて脆いプライドを抱え込んでいるからです。

コロンブスの卵 その3

 最近、ふと思ったことがあります。
 近所のスーパーマーケットでレジ待ちをしているときに、私の後ろで外国人が並んでいました。どうやら、アジア諸国から、近くの工場に働きに来た若者のようでした。彼らは周りの迷惑にならない程度の声で談笑していました。
 私の住むのは地方のひなびた町ですが、数年前に比べて外国人の姿をよく見かけるようになりました。そんなことを考えながら、ふと思ったのです。彼ら彼女らは、私の住む町の人からは誰からも声がかけられないのに、周囲から孤立しているように見えるのに、どういうわけか、とても楽しそうだと。
 人口が流出し、元気がなくなった地方の人は、うつむき加減です。その中で楽しそうにしている彼らの存在は際立っていました。やはり日本は過ごしやすいのでしょうか?
 今年から国際交流イベントの仕事をするようになり、グローバル化への関心が高くなりました。長いこと古典文学に親しんできた私は、どちらかというと古くからの日本文化や精神性、とくに「おくゆかし」という言葉が好きでした。その人の心の奥が知りたいと思わせるほど、魅力的な人だという意味です。
 しかし、海外の人と接する中で、そういった日本的な精神性を大切にしながら、もっと心を開くこともこれからは必要になるかもしれないと思うようにもなりました。
 スーパーマーケットで並んで彼らのヒソヒソ話を聞きながら、海外から自分の町に来ている人たちと、積極的に交流してはどうかとふと考えました。この人たちがこの町に住みつくようになれば、過疎化は食い止められるのではないかとさえ考えました。
 ただ、そのことは、町の住民にとってハードルが高いのです。海外からやってきた彼らは、自分たちのプライドを脅かすのではないかという恐れがあるのです。

春の夜の夢

今日は少し寒かったですね。
ようやくほころび始めた桜のつぼみも小休止といったところでしょうか。

どうか、平穏な日々が訪れますように…

明日もまた、この場所でお会いしましょう(^_^)

コロンブスの卵 その2

 ならば、人間は、この先いつまでもケンカし続けなければならないのでしょうか?
 もしそうだとすれば、ほんとうに哀しいことです。
 人類が誕生してから、私たちは洋の東西を問わず命のリレーを繰り返しながらこの世界をつないできました。
 文化をつくり、経済を発展させ、テクノロジーを進化させていった。科学は進歩し、自分たちの存在の意味を様々な角度から考えるようになり、長生きもできるようになった。
 宗教も興った。信仰という科学とはまた別の視点から私たちは生きる意味を見いだし、やがては死ななければならない生き物としての宿命を抱えながら、何とか自分の人生を全うし、次の世代に命をつないでいこうとした。
 そうやって人間は、少しでも人間らしく生きようとしてきたわけです。
 しかし、その進化の中においても、戦いだけはなくなりません。脆くて弱いプライドを抱え込む存在であることだけは、克服できていないのです。
 夏目漱石は明治の終わりに、『こころ』という小説を執筆しました。この作品には近代における人間の自我が描かれました。人間は、自分が可愛いと思うあまり、結局そのことによって自分の首を絞めてしまうのだ、という絶望です。
 この100年間で日本は漱石が想像した通り西洋化し、自由で豊かな国になりました。そして、漱石が想像した通り、自分たちが可愛いという自我を克服することはできていない。もちろん日本だけではなく、あらゆる国が、自国が可愛いと思う。その思想だけ取ってみれば、決して悪いことではありません。
 しかし、その自分たちが可愛いという思想が、ちょっとしたことで戦いに転化してしまう。怖い現実です。

コロンブスの卵 その1

 人は必ずケンカをします。
 いや、そもそも、生きとし生けるもの、ケンカをするのです。
 多くの場合、ケンカには生存競争が絡んでいます。長年の間、熱帯魚を飼ってきましたが、えさを水槽に投入した瞬間、彼らのケンカは突如ヒートアップしていました。それもかなり露骨なもので、負けてしまった魚はストレスで死んでしまうことも多々あります。
 そこへもってくると、人のケンカには、他の要因も絡むように思います。つまり、プライドとか意地が大きく関わってくるのです。それこそが人間ならではの哀しいところというか、宿命なのかもしれません。
 いくら時代が進化しても、些細なケンカから哀しい事件に発展してしまう例が後を絶ちませんが、ほとんどの場合、近親者やクラスメイトの間で起こってしまうのもそういうことです。自分にとって無害な人間とはまずケンカをしないのです。
 そう考えると、人間とはつくづく弱い存在だとため息が出ます。歴史上、強いリーダーとして名を刻んだ人物たちも、おそらくは、その強さの影に弱さを隠し持っていたに違いありません。彼らが戦いを仕掛ける時、それは、自らの中心にある弱さを他者に刺激される時ではないでしょうか?
 つまり、人間のプライドとは、じつは、弱くて脆いものではないか。だからこそ、それを必死で守り抜こうとするためにケンカをし、権力者は武力を行使するのです。もしプライドが強くて揺るぎないものならば、わざわざ大きな犠牲を払ってまで戦う必要なんてないはずです。
 人間とは、そんな弱くて脆いプライドを大事に守り抜くことを余儀なくされている生き物なのだと、特に今の時代、痛切に感じます。

春分の日に思うこと

 今日は祝日でしたが、土曜日と重なってしまい、アンラッキーでした。
 昔は振替休日があったのに、いつのまにかなくなってしまったのですかね?
 私の方は、すべきことが山積みになっているので、なかなか休むわけにはいかず、1日中動き回っていました。ただ私の周りでは、道路を走る車も、町を行く人々も、どこかのんびりしているように見えました。
 まさに「春の休日の昼下がり」を絵に描いたような光景でした。
 いつも思うことですが、人間って、やっぱり気候に影響を受けますよね。あたたかくなって、日差しが降り注ぐと、心も明るくなり、活動的になる。外に出てみようかという気持ちになります。
 私も、昼に、docomoショップに立ち寄ってみました。じつは私は、ガラケーの愛用者で、いまだにFOMAを使っています! 電話がないと仕事にならないので、シンプルなガラケーが意外と便利なわけです。ただ、この御時世、ガラケーだけでは少し心許ないところもあって、タブレットを併用しているのですが、この機会に、スマホ1本にしてみようかとふと思い立ちました。
 結果、自分に合う料金プランが見つからず、スマホデビューは次回に持ち越しということになりましたが、久々に新しいツールを手に入れたいというワクワク感が胸を躍らせました。
 今日は、商店街も賑わったことでしょうね。
 来週は寒の戻りがあるようですが、これからはどんどんと町へ出て行きたくなる、そんな季節の到来ですね。

春はもの悲しい季節です・・・

 いや~、それにしてもこの1週間はことのほか長く感じられました。
 息継ぎせずに一気に50Mプールを泳ぎ切ったような息苦しさでした。
 そんなギリギリの毎日を送っている私の周りでは、人の動きが慌ただしくなってきたのを感じます。
 春は出会いと別れの季節。
 まさに今、この春の人事異動の話が飛び交っている時期ですね。
 思い通りの職場に転勤が決まった人は、希望に胸を膨らませていることでしょう。逆に、他の人が旅立っていく中で、同じ職場に残る人は、寂しさを抱え込むことになります。
 桜咲く、1年で最も美しい季節は、同時に、もっとも心がざわめく季節でもあります。

 世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし(在原業平)

The longest time

 とにかく長い1日でした。
 朝は5:30に家を出ました。およそ1年間にわたって続けてきた講演も、今日が最後。昨年の春、地方の小さな私立高校で始めたこの講演会も、終わってみれば県内各地を巡ることになっていました。
 地域にはそれぞれの「味わい」があって、行く先々で、いつも新しい出会いがありました。講演が終わった後は上司と2人で近くのセブンイレブンに寄り、車に乗ってアイスクリームをなめながら反省会をする。「つかみ」がすべってしまったとか、話が退屈だったとか、パワーポイントがわかりにくかったとか、そうやって改良を加え続けてきました。
 そんな思い出が次から次へと、まるで昔観た映画のように胸にこみ上げてきて、今日ばかりは講演をしながら、深い感慨にふけっていました。
「チャンスとはいかにも自分の力でつかむように思われるが、じつは他の人から与えられるものだ。そして、チャンスをつかむためには、日頃から準備をしておかなければならない。つまり、まずは周りの人を大切にしてほしい」
 イベントPRのための講演のはずが、いつのまにか、グローバル時代を生き抜く高校生たちへのメッセージへと変わっていました。
 そうして今日、最後の講演を聴いてくれる高校生を前にして、ふと思いました。私は、これまで出会ってきた高校生のおかげで自分を取り戻し、元気をもらってきたのだと。
 青春を生き抜く彼らを励まし、新たな一歩を踏み出す勇気を持ってもらいたいという思いで話をしてきたわけですが、じつは、励まされて勇気をもらっていたのは私の方でした。
 瑞々しい高校生たちから、私はチャンスをもらったのかもしれません。
 夜、車を運転しながら思い出を辿っていると、胸があたたかくなってきました。  

Portrait in Spring

 朝、外に出てみると、空気がとろりと生ぬるい感じでした。
 遠くの空には、朝日を透かせた雲が、うっすらとピンクがかっていました。
 靄に覆われた薄暗い大地には土と水の匂いが立ちこめ、水路からは水の流れる音がかすかに聞こえました。
 私はパジャマを着たまま、両手を上げ、大きく息を吸い込みました。すると、あらゆる匂いが、生ぬるい空気と一緒に体の中に入ってきて、それと同時に、しだいに体が目覚めてゆくのを感じました。
 久々に庭先を歩いた後、ふとガレージに停めてある自分の車に目をやると、後頭部に勢いよく寝ぐせがついた男性がガラスに映っていました。
 今日も1日、できる限りのことをやろうと、ため息をついた時、ガラスの中の男性は、諦めたように笑いました。 

どうして今日は酒を飲んだか

 昨日は半年ぶりに酒を飲みませんでした。
 すると、朝起きた時、いつも感じる胃の重さがなく、すっきりと目覚めることができました。こうなると、なんだか体重が軽くなったような気になって、ヘルスメーターに乗ってみました。が、体重は減っているどころか、昨夜よりも若干増えていました。これって、一体どういうことなのでしょう?
 いずれにせよ、体脂肪を減らすという目標を達成するために、今日は仕事中の完食を慎み、出張先でコンビニに寄ることもありませんでした。
 ところが、仕事の上で予期せぬトラブルに直面してしまい、午後からはその処理に追われてしまいました。
 今の仕事をしてひしひしと感じるのですが、人口減少が叫ばれるこの国においても、当然のことながら多くの人がいて、そうしてその人たちがすべて自分と気が合うわけではない。こちらがよかれと思って言ったことでも、クレームを付けられることもあるし、場合によっては予想しなかった受け取られ方をして、激怒されることもある。
 つまり、どれだけ経験を重ねても、人との付き合いは思うようにはならず、常に気を遣うことになるわけです。
 かといって、夏目漱石の小説に出てくる「高等遊民」のように、世俗と関わらずに生活することは、私にとっては現実的ではありません。気疲れしながらもそれを表に出さず、相手の方に協力してもらえるように交渉を重ねるのです。
 ああ、人付き合いとは、すなわち人生とは、なんと疲れるものなのか。どこまで行ってもゴールが見あたらない。そう考えると、頭がクラクラしてくる。
 そんな状態を鎮めるには、ダイエットしてもどうにもならない。それで、キャビネットの奥に隠しておいたブランデーを空けて飲んでみる。華やかな香りが全身を駆け巡る・・・

どうして今日は酒を飲まなかったか

 今年からデスクワークが増え、それとともに体型も変化したような、嫌な予感につきまとわれていました。
 久々に会う人からは「少し丸くなりました?」とか「だいぶ太ったね」とか、どこか嬉しそうに言われ、そのつど私は密かに鏡の前に立ったり、仲のいい知人に聞いたりして確かめていましたが、太ったのか、あまり変わらないのか、その真意は不確定でした。
 それで、今回、思い切ってヘルスメーターを購入してみました。
 できる限り服を脱いで、恐る恐る乗ってみると、なんと、4月から3㎏近くアップしているではないですか! しかも、これまで15%付近を維持していた体脂肪率も、なんと25%をオーバーしていました。
 これはきっと機械がおかしいに違いないと、何度も乗ってみたものの、やはり敵は正確です。まったく同じデータが表示されるだけです。
 そのせいで、昨日は1日中ふさぎ込みました。芥川龍之介の『鼻』に登場する内供が、過去の自分を思い浮かべながら物思いに沈む姿のように、夕日に向かって呆然としていました。おかげで、右の頬だけ日焼けしていることに今朝気づきました。
 それにしても、数字は怖いですね。周りの人が言う「太った」とか「太っていない」などの印象よりも、厳しい現実をずばっと突きつけられる。逃げ場がないわけです。
 今日も講演会の場で高校生に話す機会をいただきましたが、その中で「目標設定の原則」として①具体的であること、②今の自分の手に届くかどうかギリギリの所を設定すること、と声高らかに語るわけです。ただ、厳しい現実を突きつけられた以上、まずは自分に当てはめてみて、具体的な数値目標を立てて、それを達成できるようにします。
 というわけで、今日はおよそ半年ぶりに、酒を飲むのをやめました!

少年の日の思い出

 30年近く前の話です。その時私は小学4年生で、「いじめ」の事件が、おそらく初めて社会問題になった時期でした。
 ある大雨の朝、授業が始まる前に、私は小学校で一番恐ろしいといわれる先生に放送で呼び出され、職員室に入って、その先生の前に立った瞬間、いきなりぶん殴られました。
 先生の言い分はこうです。昨日の夕方、私ともう1人の6年生が、ある下級生の帽子を奪って道ばたに捨てたと保護者から苦情が寄せられたと。それで先生は、私たちから事情を聞く前に、手を出した。私は、言葉が出る前に涙が出た・・・
 それで私は、その6年生と2人で、大雨の中、裸足で、帽子を探しに行きました。すると、先生が言ったとおり、踏切の前のガードレールの外の草むらに、広島カープの赤い帽子が見えました。私たちはその帽子をもって、下級生に届けました。
 するとその下級生は、ずぶ濡れになった私の顔を見て、「どうしてきみが関わっているのか?」と訊いてきました。私は、わけが分からないのだと答えました。下級生が言うことには、彼の帽子を奪ったのは私と同じ名字の別の児童らしいのです。つまり私は、先生の勘違いによって、濡れ衣をかけられたのです。
 その日の1時間目は音楽室での授業でしたが、私は担任の先生に呼び止められ、そこで初めて私の話をきちんと聞いてもらうことができました。先生は真っ赤な顔をして、「きみは全く悪くないじゃないか!」と、怒ってくださいました。私はその時、堰が切れたように、声を上げて泣きました。くやしくて、うれしかった・・・
 それから数年後、所用で学校を訪ねた時、私を殴った先生とばったり会いました。でも先生は、私をよく覚えていなかった。
 話を聞いてくれた担任の先生は昨年退職され、私は花束を渡しました。あの日よりもしわが刻まれた先生の笑顔を見ると、涙があふれ出そうになりました。

♪涙枯れるまで泣く方がいい

 金八先生の主題歌だった『贈る言葉』の中に、「人は悲しみが多いほど、人にはやさしくできるものだから・・・」というフレーズがあります。おそらく、この曲の中でも最も心に残る言葉の1つではないでしょうか。
 今私は、遅ればせながら、この言葉の意味をひしひしと実感しています。
 必死になって取り組んできた仕事があったのですが、ちょっとしたことでボタンの掛け違いが生じてしまい、私としては不本意な叱責を受けることになりました。
 大人になってから激しい叱責を受けると、傷つくものですね・・・
 そのことがあってからというもの、思い切って仕事をすることに対して臆病になっている自分がいます。
 ここ数日、ずっとうつむき加減なわけですが、こういう状態になってから、ふと感じることがあります。私を気遣い、励ましてくださる方のやさしさです。
 仕事が順調に進んでいる時には、周りの人からの言葉を煩わしくさえ感じていました。自分がこんなにも一生懸命になっていることに対して水を差そうとしているのだとさえ推察していました。
 そういう人たちが、「あなたは間違っていないよ」と私に対して声をかけてくれることが、なんだか意外に感じられます。この人たちは、こんなにも応援してくれていたのだと。
 そう考えると、猪突猛進にしか進んでこなかった自分を省みてしまいます。
 悔しくて、泣きたくなる経験をすることは、これまで気付かなかった人のやさしさをひしひしと感じ、自分を顧みるためのチャンスなのかもしれません。

今度こそ春が来ましたかね・・・

こんばんは。

今日はぽかぽか陽気でしたが、体育館の中はひんやりしていました。
今日も講演に呼んでいただきました。農業高校でした。

たくさんのことを学び、感じることのできた1日でした。

また明日、書かせていただきますね。
静かな夜が続きますように。

主よ、人の望みの喜びよ・・・

「悪いこと」って、どういうわけか重なりますよね。
 たとえば、車をぶつけて修理したら、今度は追突されて、その修理が終わって間もなくしてスピード違反で罰金を取られてしまうとか。
 あるいは、連日の仕事で疲労がたまってなかなか頭が働かない時に限って、神経を使わなければならない仕事が舞い降りてくる、そうしてどうにかそれを乗り切ったと安心していたら、今度は熱が出て寝込んでしまう。
 まさに「泣き面に蜂」です。
 それと比べると、「良いこと」というのはなかなか続かないような気がします。仕事がうまくいって、その後に、長年想っていた人から告白され、さらに宝くじが当たる・・・
 もちろん、それはかなり大げさなことですが、いずれにせよ、「良いこと」とは「悪いこと」の合間を縫って、ぽつぽつと現れるものなのかなと思ったりもします。
 さて、今日も講演会に呼んでいただきました。会場は高校内に作られたチャペルで、私の話の前に生徒たちはミサを行っていました。すごいなと思ったのは、司会進行はすべて生徒によって行われ、これまた生徒によるバイオリンとピアノの伴奏に乗って200名の生徒が賛美歌を歌うわけです。
 それが終わった後、聖書の朗読が行われました。今日は「お金持ちだからと言って幸せとは限らない」という趣旨のくだりでした。
 お金はあるにこしたことはない。でも、そんな価値観とは別に、たまに起こる「良いこと」に喜びを感じる瞬間の幸せをふと思いました。幸せとは、ほんの些細な喜びなのかもしれません。 

こんばんは

 三寒四温の毎日が続きます。
 いかがお過ごしでしょうか?

 私は、今日ばかりはクタクタですv(^o^)

 明日もまた、この場所でお会いしましょう!!

なごり雪

 昨日までの陽気がまるで1年前の出来事だったかのような、いきなりの大雪でした。
 しかも今日は、高校入試が行われた学校も多く、受験生も保護者も、まさに冷や冷やの1日だったことでしょう。今朝は雪の舞う大渋滞の中を、いつもの倍の時間をかけての出勤でした。
 思えば、私の大学入試の日も大雪でした。
 大学が斡旋した宿に泊まったのはよかったですが、予期せぬ相部屋で、私は大切な受験前日を全く知らない受験生と3人で過ごすことになりました。しかも彼らはやる気がなく、浪人して難関大学を狙うからと、寝る前にトランプを始めました。
 私はたまらなくなって、雪の中、近くの公衆電話を見つけ、担任の先生に電話をかけました。その時のやりとりはさすがに覚えていませんが、先生の声を聞いて、少し安心できたのは覚えています。
 その先生とは、去年同じ学校で仕事をさせていただきました。決して目立つタイプではありませんが、その分ぶれない自己を持っていらして、今もなお、かっこいい存在でした。
 最後の年に、恩師と仕事ができるだなんて、縁も捨てたもんじゃありません。
 さて、大雪の大学入試でしたが、焦って宿を出てしまい、筆記用具をシャンプーの袋に入れるという信じられないミスを犯してしまい、職員が教えてくれた大学の売店に走って、シャープペンシルと消しゴムを買いました。   
 そのおかげで、大学に入学した後も、売店のおばちゃんにはとてもお世話になり、思い出深い学生生活を送ることができました。
 雪はいろいろなことを思い出させてくれます・・・

赤い髪の素直さ

 今日は講演を依頼されました。相手は640人の高校生。久々の学校です。
 こう見えても私は元高校教師なわけですから、大勢の生徒の前で話すことくらいお茶の子さいさい! といきたいところでしたが、この1年はデスクワークと一般市民の方々を対象としたイベントを運営していたために、今日は思わず圧倒されてしまいました。
 しかも体育館の屋根には大雨が叩きつけ、しかも彼らは学年末試験が終わったばかりだったらしく、なんとなくお疲れ気味で、序盤から苦戦を強いられました。
 それにしても、最近の高校は「先進的」ですね。特に私立高校の環境ときたら、めざましいものがあります。施設の新しさはもちろんのこと、生徒の中には留学生もいました。それどころか、後ろで立っている先生方にも海外から来られた方がいて、一昔前の、いわゆる「学校的」な文化に慣れ親しんだ私からすると、戸惑いに満ちてしまいました。
 さて、その中で、少し気になる生徒がいました。彼は最前列に座っていて、隣には金髪のアメリカ人らしき生徒がいました。彼は講演のはじめからそのアメリカ人の生徒とひそひそ話をしていて、しかも髪は赤みがかっていました。
 10年前と違って、今は髪を染めることはあまり流行っていないようで、だから彼はよけいに目立っていたわけですが、それ以上にその落ち着きのなさが気になりました。
 ところが彼のプリントを見てみると、そこにはきちんとメモが取ってありました。「グローバル社会だからこそ、自国の文化を大事にする」という講義のポイントがしっかりと書き込まれているのが見えました。
 彼の目は疲れていました。試験勉強で精根尽き果てたことの疲れとは少し違うようでした。そういえば、高校教師だった頃、こういう目をした高校生をたくさん見てきたことを懐かしく思い起こしました。講義が終わった後、彼は、にこりと笑ってくれました。

人の心と青空と

 現在、復興支援の仕事を担当していて、森林ボランティアの協力を得ながらイベントの準備を進めているという話を以前書きました。
 今日は、2年前に拓いた「復興の森」の手入れを、森林ボランティアの方々が行いました。森と呼ぶにはあまりに小さいものですが、実際に岩手、宮城、福島の方々をお招きして皆さんで草刈りをしたこともあり、多くの思いが込められた場所でもあります。
 それにしても、ボランティアの方々の手際の良さにはびっくりしました。ここには東北に生息する樹木が200本植えてあるのですが、肥料をやり、枯れてしまった80本の樹木を植え替えたりと、1日かけて行う予定だった作業を半日で終えてしまいました。
 片付けをしている間、「あ~、気持ちよかったわ」という声を聞きました。誰に強制されるわけでもない、この方たちは、何らかの形で復興支援に関わりたいからやっている、ただそれだけの行為が、私の目にはとても眩しく映りました。
 作業が終わった後、全員で昼食をいただきました。初めて会った方もいましたが、まるで古くから親交があったかのような交流をすることができました。
 今、全国でボランティア活動の気運が高まっているようです。
 遠き被災地に思いを馳せつつ見上げた空は、どこまでも青く澄み渡っていました。

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満開の強さ

 2年前に、芥川賞作家である村田喜代子氏とお会いする機会がありました。その時、小説の話をたくさん聞くことができたのですが、特に印象に残っているのが、「正確に描写することは案外難しい」ということでした。
 たとえば、花が散る場面を描く時、河川敷を吹き抜ける風が桜の花を散らせてひらひらと舞い落ちるというのはいかにもありがちな光景だが、じつはリアリティに欠けるのだと。
 花をよく観察してみると、風で簡単に散るのではなく、散る時が来て初めて散るのだと。そうして、散った花びらはそんなに美しいものではなく、地面に落ちてぐにゃぐにゃになってしまうのだと。
 この作者の小説を象徴するかのような生々しい話に、新鮮な驚きを覚えたのをよく覚えています。
 今日はずいぶんと風が吹いていましたが、庭のしだれ梅の花は、しっかりと枝についていました。

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こんばんは…

 金曜日の夜、いかがお過ごしですか?
 3月は何かと気ぜわしい時期でもありますね。
 年度のラストスパートに追われたり、ひょっとしてもう辞令を言い渡された方もいらっしゃるかもしれません。職場や学校が変わるというのは、思いの外エネルギーがいることです。
 それに、信頼できる同僚や大好きだった人が転勤していって、寂しい思いをしている方もいるかもしれません・・・

 春は何かと不安定な季節です。

 気温の差も激しいですが、体調にはお気をつけください!!

 また明日、この場所でお会いしましょう。

古い炭鉱の町で

 きっと誰もがどこかで孤独を感じ、不安になっている、それが現実なのだと思います。たとえ億万長者や、権力者や、高年俸のスポーツ選手など、周囲からうらやまれる存在であっても、全く不安を感じずに完全なる満足を抱いている人は、おそらくいないはずです。ましてや、私のような凡人はなおさらです。
 だからこそ、他人から褒められると、いくつになってもうれしいもの。たとえお世辞であったとしても、決して悪い気はしません。
 そう考えるとやはり1人で生きていくよりも、理解者を伴う方が安心感のある人生を送ることができます。とはいえ、その理解者が常に近くで応援してくれるとは限らない。ここぞというピンチに立たされた時は、えてして自分の力で切り抜けていかなければならないものです。
 つまり、私たちは孤独や不安を常に抱える存在であり、世に言う「プラス思考」とは、そういったネガティブな心理を乗り越えるための一種の適応機制だと捉えることができるのかもしれません。そういうことを含めて、「どうやって前向きに生きるか?」という問題は、切実な色をして私たちの身に降りかかってきます。
 さて、今日は昔の炭鉱の町に出張しました。鉱山はとうの昔に閉鎖していますが、セメントの原料となる石や、石灰を採取するプラントは山肌に点在していて、町全体にうら寂しい雰囲気が覆い被さっているようでした。
 一通り仕事を終えた後、目についたコンビニに立ち寄り、いれたてのコーヒーと、そのお店で揚げたというドーナツを買い、近くの公園で一息つきました。車窓からは、夕闇の中にプラントの光がぽつぽつと浮かんでいました。
 温かいドーナツはことのほか体にしみて、忘れられない味を残してくれました・・・

基地のある町で

 何年かぶりに、助手席に乗ってドライブしました。
 今年行われる国際交流イベントのボランティアスタッフを募集するために、高校を訪問することになったのですが、その主担当の上司が1人では心細いからと私を指名し、運転までさせるのはさすがに気が引けるというので、そうなったわけです。
 片道2時間にわたる長距離ドライブの目的地は瀬戸内海に面した米軍基地のある町でした。オフィスを出た時には多少雲がかかっていましたが、高速道路に乗り、海が近づくにつれて青空が広がり、いつしか太陽がまぶしいくらいに降り注ぐようになりました。
 それにしても、助手席って、悪くないですね。自分でハンドルを握っている時には気付かない景色が入ってきて、新鮮な気分にさせられます。
 とはいえ、肝心の交渉の方は思うようにはいかず、忙しい高校生にはボランティアに参加する時間がないと言われ、私たちは肩を落として学校を後にすることになりました。
 午後からは、丘の上の高校を訪ねました。玄関から見下ろすと、目の前には電力会社の火力発電所があり、その向こうには濃紺の海が大きくのどかに広がっていました。校長室のソファからもその光景は見渡され、思わず「きれいですね」と私は感想を漏らしました。
 すると校長先生は、今日は静かだが、普段は米軍の飛行機が低空を飛び交ってものすごい音がするのだと穏やかな顔つきで言われました。それから、ぜひうちの高校の生徒にボランティアをさせてくださいとの回答もいただきました。
 帰りは道ばたの自動販売機で缶コーヒーを買い、上司と2人でそれを飲みながら再びドライブをしました。
 空はどこまでも青く透き通っていて、その真ん中を1本のずぶとい飛行機雲が走っていました。カーラジオからは、ウクレレがつま弾くビートルズの『In my life』が聞こえてきました。

人間としての価値

 元々ヘアスタイルに強いこだわりがあるわけではありませんでしたが、今の美容師と出会ってからというもの、朝、鏡の前に立ってヘアワックスを手になじませて髪をセットする時間が増えたように思います。
 それまでは15年近く、特定のヘアサロンに通っていました。そこのマスターも腕に自信をもつ優れた美容師で、その人がかけたパーマは4ヶ月間崩れることがなく、私は年に3回のヘアサロン通いを楽しみにしていました。
 それが、今の美容師と出会い、15年ぶりに違うヘアサロンに行った時は、なんだか浮気でもしたような気分でしたが、新しい美容師にカットしてもらってからというもの、すっかりと気に入ってしまいました。
 新しい美容師は、前に通っていたサロンのマスターと比べると、ずいぶんだらしない感じの人です。すり減ったブルージーンズを履き、もみあげからあごにかけてひげを生やし、猫背が板についたような格好をしています。そうしてよく「自分は、そんな大した人間じゃないっすよ」と照れた顔をして自嘲します。
 たぶん、私たちは全く違うタイプの人間のように見えるはずです。常にノルマに追われあくせくしている私に対して、その美容師はのんびりと自分のやりたい仕事をする。でも、髪をカットし、パーマをかけている約2時間の間、私たちはずっと話をしています。
「俺は、スポーツで熱くなりすぎる指導者って、どうかと思うんですよ」とその美容師はよく言います。「スポーツができても、人間としてサイテーなら、意味ないじゃないっすか」
 仕事柄、「偉い人」と会うことがよくあります。しかし、必ずしも「偉い人」が優れているとは限らない。そう考えると、この出会いはとても新鮮です。何より、さりげなく流行を採り入れた腕前は、客としての私を深く満足させてくれるものがあります。

春の空

 昨日までの疲労が抜けず、朝からなかなか仕事がはかどりませんでした。しかもこういう日に限って、重要な会議が開かれたり、期限付きの仕事に追われたりするものです。栄養ドリンクやしょうが湯を飲みながら、何とか仕事と向き合いました。
 ことのほか長く感じられた1日の仕事を終え、ちょうど就業時間を告げるチャイムが鳴った後のことでした。窓の外を見ながら、だいぶ昼間が長くなってきたのを実感していると、突然携帯電話が震えました。去年まで一緒に働いていた先生からでした。
 その先生は、5年前、ラグビー部の監督を辞めて選手たちと別れた私を励ましてくださり、もう一度自信を与えてくださった方でした。当時私は「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉を何度も思うほどでした。それが、その先生も今年度から別の高校への転勤が決まり、私と同じタイミングで前任校を離れることになっていました。
 外に出て、冷たい夕暮れの風に吹かれながら受話器を耳に当てると、先生は「昨日のブログを見て、卒業式に行ったんだなと思って電話しました」と開口一番言われました。
「やっぱり、学校を離れると、寂しいものなんでしょうね、思わず共感してしまいましたよ」と先生は寄り添うようにそう続けました。
 私がつらかったのは、せっかく卒業式に行っても、教え子たちに会うことができなかったことだった、でも、かえってそのことにより、自分が学校を離れたことを真に実感し、今の仕事にまい進するための心の整理がつくことにもなったのだと言うと、先生は具体的なコメントはせずに、受話器越しにただうなずいてくださいました。
 通話を終えた後、「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉が、再び心に入ってきました。そうして、この電話はきっと必然的なものだったのだと妙に納得させられました。見上げると、春の青空に夕暮れを告げるピンク色の雲がかかっていました。
作者

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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