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いのちのにおい

 昨日は、ほんとうに、久々の休日でした。
 それで、朝から「よし、今日はたまっていることを全部片付けてやるぞ!」と意気込んでいました。まず目の前に立ちはだかっていたのは、今年は幸運にも自治会の班長に当たっているので、回覧板や市報を配布したり自治会費を徴収したりすることでした。私の班は世帯数が多く、配布物を整理するだけでも一苦労です。
 それから、家庭菜園の畑の草を抜いて、土を耕さなければなりません。今年もお世話になっている農業科の先生から苗を譲ってもらい、急いで畑を整備しないと野菜たちがかわいそうなのですが、こればかりはなかなかの重労働なわけです。
 あとは、図書館に行って、1週間分の新聞をチェックすることも忘れてはなりません。図書館で各社の新聞を比べ読みすることは、仕事の上で欠かせません。
 それらを全部片付けるつもりで顔を洗ったのですが、ふとテレビに目をやると、江ノ電で巡る鎌倉の旅番組をやっているではありませんか。とりあえず、朝は少しゆっくりしてから、昼前から動き出そうと思い直し、ソファに寝そべってテレビを見ることにしました。そのうち、すっかり旅モードになってしまいました。
・・・気が付けば、そのまま眠り込んでいました。あぁ、そろそろ動き出さないと、やらなければならないことが片付かないなと思いつつ、眠気眼で青空に浮かぶ雲を見ていると、再び眠りについていました。
 次に目が覚めた時、体がずいぶんと軽くなっていて、やる気も復活したのはいいことですが、日が傾きかけていました。とりあえず外に出てみると、新緑のにおいがぷんと鼻につきました。植物の生命力が入り込んでくるようでした。
 すべきことはほとんど片付かなかったものの、悪くない1日でした。 
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こんばんは

 私の町は、静かな夜です。
 昭和の日の今日、いかがお過ごしでしたか?

 どうやら連休中は好天に恵まれそうですね。

 あなたにとって、素敵な時間になることをお祈りしています!

蛙の声がしんしんと聞こえます

 いよいよGWですね。
 毎年思うことですが、このタイミングで連休に入るのはほんとうにありがたいです。

 今日も車で出張だったのですが、タブレットの電源が切れてしまってナビが使えず、思わぬ遠回りをすることになってずいぶんと疲れてしまいました。文明の利器に頼りっぱなしというのも、考えものですね。

 夕方、高校に訪問し、以前親交のあったテニス部の顧問の先生に会いに行ったのですが、あいにく今日は用事があって早く帰られたということで残念に思いました。

 なんだか、今日のどんよりした空のような、空回りの1日でした。

 この連休で休めるところは休みたいですね。
 日頃の自分から解放されることも、大切かもしれません。

 明日もまた、このブログでお会いしましょう。

朝日のようにさわやかに

 4月も後半になって、朝日が眩しくなってきましたね。
 朝はまだ空気がひんやりしていますが、太陽の光はふんだんに大地に降り注いできます。そのギャップがいかにもこの時期らしいです。
 去年は仕事に振り回されてしまった1年でした。私たちの仕事は時間が不規則です。帰宅時間も日によって違うし、土日の勤務もあったりなかったり。
 なので、どうしてもリズムを作るのが難しく、せめて睡眠時間を稼ごうと朝はギリギリまでベッドに入っていました。
 最近、どうも心が疲弊している自分がいます。仕事にも職場の雰囲気にもだいぶ慣れてきたはずなのに、この満たされない感じは何だろうと思うのです。
 早くに家を出て、遅くに帰ってくる。仕事中は常にプレッシャーと戦っている。ただそれだけの生活に心も身体も満たされなくなってきたのかもしれません。
 それで、以前のように、朝早く起きて太陽の光を浴びる生活に戻すことにしました。その後で、机について、パソコンを開く。私にとって、この時間は何にも代えられないということを改めて実感します。 
 こうやって文章を書きながら、ビル・エヴァンスのCDを再生する。デスク上のコンパクト高音質なスピーカーから流れるピアノを聞きながら、甘めに作ったカフェオレを飲み、文章の世界に没頭する。
 あぁ、これからも自分はずっと文章を書いていたいなあという思いが、小さな窓から入ってくる陽光に溶けていきます。
 さて、そろそろ出勤時間になってきました。文章を保存して、パソコンを閉じ、スーツを着て外へ出ることにします!

心の旅 その2

 特に若い人たちは、海外を肌で感じるべきです。たしかに今は、テロの問題などがあって、なかなか足が向かないのかもしれません。それでも、特に、なにかしら目標を持っている人には海外を自分の目で確かめて、刺激をうけてほしいと思います。
 それが、私たちの世代となると、海外に出るのはハードルが高くなります。楽しみは退職後にとっておくというのも1つの手ですが、勤労世代である私たちこそ、「新鮮な」情報が必要だとも思うわけです。
 そんな葛藤を感じた時には、想像してみるといいと思います。ジョン・レノンが『イマジン』で歌った、まさにあの世界です。
 日本にいる以上、グランド・キャニオンの深さを実感することは出来ません。上海の摩天楼も、ISの恐怖も、私たちはメディアを通してしか見ることができない。
 でも、想像することはできます。いや、想像することこそ、私たちだけに与えられた特権なのではないでしょうか。
 ビリー・ジョエルの『Just the way you are』を聴くと、昼下がりのマンハッタンを思い出すことができます。5番街のショップでこの曲を聴いて、ビリー・ジョエルがニューヨーカーたちに愛されるわけを知った気がしました。
 テレサ・テンの歌声を耳にすると、バンコクのチャイナ・タウンにタイムトリップします。彼女はタイでは軍歌を歌っていました。日本の演歌とはまた違った雰囲気で、人々の心を煽り立てていました。
 オースチンリードのネクタイを締めると、ロンドンのリージェント・ストリートの白髪の店員を思い出します。彼女は、私の顔を見て迷わずそのネクタイを薦めてくれました。
 情報を手がかりに想像する。そのことにより、どこへでも行くことができるのです。

心の旅 その1

 最近、心がムズムズします。久々に外国に出たいという思いが心を動かします。
 まだ定職に就いていない頃は、いくつかの国に足を運んだものですが、就職して、年々仕事の量と責任が増すにつれて、足が遠ざかっているのが現状です。
 一番最近(といっても10年以上も前のことですが)に行ったのは、韓国でした。あの時は高校のフィールドホッケー部の顧問をしていて、生徒がアジア遠征メンバーに選ばれて、その引率をしました。1週間におよぶ滞在で、ソウルの市内を巡って刺激を受けたのですが、きっと現在の町並みはずいぶんと様変わりしているのでしょう。
 今は中国も気になります。
 数年前までは、この国に行きたいとは思いませんでした。上海に勤務されているお隣さんの息子がよく現地の治安の話をしてくれて、それを聞くとおっかなくてとても1人では行けないなと思うほどの、近くて遠い国でした。
 しかし、今となっては、もはやこの国は無視できなくなっています。町の様子や人々がどのように暮らしているのか、興味があります。きっと、報道されている情報とは比べものにならないほどの迫力に満ちているのでしょう。
 
月日は百代の過客にして、行かふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず・・・

 松尾芭蕉の『おくのほそ道』の冒頭です。時間そのものが旅人なのだ、私もいつしか旅に出たいという思いにとらわれてきた、と言っています。旅とは人間の本能かもしれません。

三日月

 今夜の三日月はことのほかきれいです。
 まるでLEDの光のように、くっきりと輝いています。その分、周りの空の黒がいつもよりも深く感じられます。これが満月ならば、逆に空の黒はぼやけてどことなくしまりのない風景になってしまいます。
 三日月の光には、独特の鋭さがあります。

 今日の日中は、遠くの山々が霞んでいました。
 どうやら大陸からPM2.5が運ばれてきたようです。そのせいか、鼻と喉がむずむずします。
 きっとこの夜空にも、目に見えない化学物質が舞っているのでしょうが、そんなものにも全く負けないくらいに強い光を放つ三日月に、思わず勇気づけられるようです。

葉桜の詩(うた)

 ここのところ出張が続いていたので、今日は久しぶりに職場での仕事です。
 朝、駐車場に車を止めてオフィスまで歩く途中に、大きな桜の木が2本あります。少し前までは、見事なまでに咲き誇っていたのに、いつの間にか完全な葉桜と化していました。
 そういえば、兼好法師が『徒然草』の中で、こんなことを言っています。

花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは

 桜の花は満開の時だけを、月は満月の時だけを見るのがいいのだろうか、いや、そんなことはない。咲く直前や散った後を見て、様々に思いを巡らすのがいいのだという意味です。
 さらに兼好は、「男女の情」も同じようなものだと言っています。
 いつでも会えてラブラブの状態よりは、付き合う前や、別れた後にこそ恋の趣があると。1人の寂しい夜を過ごし、あの人は今頃何をしているのだろうかと遙かな思いを馳せる時に、恋に落ちていることを実感するのだと。
 花が完全に散ってしまった桜の木を見ると、いつも『徒然草』のその段を思い出し、これまで出会っては、別れていった人たちのことを思います。お世話になった人、仲の良かった友達、自分の人生に影響を与えてくださった方のことを思い出し、同時に時間の経過を実感します。
 桜の満開は限られた時間です。それを愛でる瞬間は何よりも代え難いものですが、だからこそ散った後になって静寂が訪れます。人生とは、過ぎていった時間をなつかしく思い起こす静寂なのかもしれません。 

歴史の風

 会議で山口県の萩市に来ています。
 萩と言えば、城下町。明治維新の原動力となった幕末の志士たちが学んだ地です。折しもNHKの大河ドラマ『花燃ゆ』が放送中で、至る所に看板や旗が立てられています。
 こんな有名な観光地なのに、深刻な少子化が進んでいるのだと、会議に参加した地元の方は、さみしそうに言われていました。ここは中国地方でも山陰と呼ばれる地区で、日本海側に面していて交通の便も悪い所です。かたや瀬戸内側は山陽と呼ばれ、高速道路も新幹線も走っている。過疎化はそういう交通の便によって決まるのです。
 会議が終わった後で遅めの昼食をとりました。海の近くの古い商店街のお店で、イカの入ったトマトパスタを食べました。地元で獲れたイカが入っていて、食べ応え十分でした。
 それから町中をぶらりと歩きました。萩を訪れたことは何度かありますが、私はここの乾いた空が好きです。ほのかに海の香りがして、かすかにさみしい。ここの空は、他の空とは少し違うように思います。なぜだか分かりませんが・・・
 そうして今は、市内の図書館で、目の前に広がる公園を見ながらこれを書いています。公園にはブランコと滑り台が置いてあり、その隣のテニスコートでは中学生たちが部活動をしています。
 そういえば、さっきの会議で、自分の用務を終えた参加者は誰も帰りませんでした。というのも、他の会場では、用事が終わった人はどんどん帰るのですが、ここの方たちは他の参加者が終わるのを最後まで待っていました。
 たしかに、そういう方たちは仕事の効率からすると褒められないかもしれない。でも、そういう気遣いは、いかにもこの町の人らしいと思います。
 これを書いている間に、目の前の風景が、金色の夕焼けにやさしくに染められています。

竜宮城からの贈り物

 先週、漁師をやっている父がもずくを持ってきてくれました。
 もずくといえば、あのにょろりとした海藻で、沖縄の特産品です。それが、私の実家の近辺で取れるやつは、スーパーに並んでいるものよりもきめが細かくて、濡れた髪の毛のようにも見えます。
 今の時期、海をのぞき込むと海藻が黒く生い茂っていて、磯釣りファンにはなかなかつらいところです。これがゴールデンウイークになると申し合わせたかのように海藻はなくなり、仕掛けが底まで到達するようになるわけです。
 つまり今は、海藻たちにとっては最もお盛んな時期であり、それゆえ、漁師たちは仕事の合間に海藻刈りに励み、あまりにたくさん獲れるものだから、海に潜ることさえ出来ない私にもおこぼれが回ってくるのです。
 さて、このもずく、どうやって食べようかと腕を組み思案しました。私の地方では塩茹でしたものを酢に浸して、そうめんのようにするりとやるわけですが、たまたま冷蔵庫の中に日本そばを見つけた私は、ひょっとしてそばつゆの中に入れてもずくスープのようにしたら美味いのではないかと思いつき、さっそく鍋をIHコンロにかけました。
 熱湯にくぐらせたそばを丼に移し、塩茹でしたもずくをたっぷりと載せ、刻みネギをふり、上からあつあつのつゆをかける。黒く固まったもずくがゆっくりとほどけてゆくのを見ながら、最後に七味唐辛子をぱらりと振る。
 キッチンに立ったまま、手際よく仕上がったもずくそばをさっそく食べてみると、細かくほどけたもずくがそばに絡まり、強烈な磯の香りとともに、するすると喉の奥に滑り込んでいきました。あっという間にすべてすすり込んでしまいました。
 海からの恵みは、心と体にエネルギーを与えてくれます。

季節の変わり目に

 ゴールデンウィークを直前にして、ようやく本格的に春らしくなってきました。
 それで、今日は、クローゼットの奥で防虫シートに包まれていたサマースーツを登場させることにしました。
 これは私の思い込みかもしれませんが、男性用のスーツは冬物をメインに作られているような気がします。ウールをふんだんに使っている分、光沢や重厚感が出て、これぞスーツという感じの仕上がりになるわけです。
 そこへ持ってくると、サマースーツは通気性が重視されるあまり、生地自体がスケスケで、ばしっと着こなすにはやや力不足の感は否めません。とはいえ、着心地の方は逆にとても快適で、心まで軽快になります。
 この軽さが、私は好きです。
「軽い」という言葉について、たとえば「軽い男」というような不名誉な言われ方をすることもありますが、私にとってこの言葉は、誠実さを連想させてくれます。
 かの松尾芭蕉も、俳句の作風としての「軽み(かろみ)」を大切にしています。広辞苑第六版によると、軽みとは、「移りゆく現実に応じたとどこおらない軽やかさ」。つまり、「ありのままに、さわやかに、すっきりと」というところでしょうか。
 薄手のサマースーツを着ると、風を身近に感じることができます。スラックスに足を通し、ジャケットを羽織った瞬間、いつも以上に背筋がすらりと伸びたような気がします。
 平安時代の殿上人たちは、季節や時間帯、あるいは儀式などの場面に応じた着こなしをすることによって、さまざまな意味を表現しました。時代は変化し、服装もずいぶんと簡略化されてきたわけですが、それでも、私たちの生活にとって、着るものは大切な意味をもつのだと、改めて感じさせられます。

嵐の日曜日

 地元の商工会議所の記念イベントで日本丸が寄港し、その運営サポートを行いました。
 それにしても港はひどい風で、展示や飲食用のテントが飛ばされるのではないかという危険と常に隣り合わせでした。午後からはついに矢のような雨も降ってきたにもかかわらず、港には多くの見物客が詰めかけていました。
 日本丸といえば、横浜のみなとみらいを思い出しますが、どうやら今日寄港したのは航海士たちが実習をしながら全国を回るいわば現役の船で、みなとみらいに停泊しているのは引退した船なのだと、隣のテントで日本丸のTシャツやキーホルダーを売っているおじさんが、雨などおかまいなしの様子で、誇らしげに教えてくれました。
 会場を見回すと、様々な人たちがいました。まず純粋なファンが一眼レフを構えていました。次にカップル。彼らは船を見に来たというよりは、2人で歩くならどこでも良かったという風に楽しそうにしていました。それから圧倒的に多かったのは家族連れ。パパママだけではなく、おじいちゃんやおばあちゃんが孫を連れている姿がありました。
 去年からこのようなイベントをサポートしているのですが、日本人は基本的にイベントが好きなようです。たとえそれが、つまらなそうな企画であっても、イベントのあるところには必ず人の姿があり、どこかほのぼのとした空気が流れています。
 私はというと、じつは昨日からいろいろなことが頭を悩ませていました。仕事のこと、身の回りのこと。車で会場に向かうまでは、ラジオを聞きながら、悶々としていました。
 しかし、荒天にもかかわらずわざわざ会場まで足を運び、日本丸に乗るために傘を差して列を作っているたくさんの人々を見ていると、どこかで楽観的に生きることも大切なのかもしれないと、ふと思いました。イベントとは、ひとときの間、現実への執着から身を遠ざけるための、1つの気分転換なのかもしれません。

世の中を動かす人 その4

 太郎先生は、他の高校の校長でありながら、私たちのチームを応援してくれているように見えました。試合に勝った時には拍手をし、負けた時にはねぎらってくれました。
 選手たちがグラウンドを引き揚げる時にも、よく声をかけてくれたものです。「いい試合だった、次もがんばれよ」みたいなとてもシンプルな言葉でしたが、戦いを終えたばかりの選手の心には、そういう言葉こそが意外と届くものなのです。
 さて、その後、私の転勤と同時に、太郎先生とお会いすることはなくなってしまったのですが、先生が教育委員会の要職を経験した後、地元の公立大学の教官になられたことは新聞で知っていました。大学のホームページで見る太郎先生の顔はきりりと引き締まっていて、宴会の席で顔を赤らめて私のネクタイを締め上げる太郎先生を思い出すと、なんだかおかしくなってきました。
 去年、太郎先生は学長に就任されました。そして、この1年の間に、立て続けに独自の事業を実現されました。新学部の設置、国の事業への参入、様々な地域貢献・・・
 地元の新聞やテレビでも太郎学長が取り上げられることが増えました。
 先日、仕事で大学に行くことがあり、思い切って学長室を訪ねてみることにしました。机について仕事をしていた太郎学長は、私の姿を見て「あら」とうれしそうに言い、立ち上がって出迎えてくださいました。
 広々とした学長室のソファに腰をかけながら「よく来てくれた、相変わらず元気そうだね」と声をかけてくださいました。偉くなられた先生を前にして、言葉が見つからないでいると「俺がただのおじさんだということは、あなたが一番よく知ってるだろう」と言ってくださいました。それから私たちはラグビーの思い出話をしました。太郎先生は、以前と何ら変わっていませんでした。なんだかうれしくて、胸が詰まりました。

いやぁ~

 今日は朝からドタバタでした・・・
 というより、新年度に突入してからというもの、息つく間もなく時間だけが過ぎているという感じです。
 昨日の朝のFMでパーソナリティが話していましたが、新年度の緊張感がそろそろ抜けて、体の疲れが出るのがこの時期のようです。たしかに毎年この時期は、マラソンを走り始めた直後の状態に似ています。
 スタートダッシュを切ったものの、まだ先は長いという感覚。
 とはいえ、もうすぐGWという「給水ポイント」がありますね。しっかり休養できる人も、そうではなく、仕事や勉強をする人も、どことなくほっとすることが出来そうです。
 あと少し、走ってみます。

世の中を動かす人 その3

 太郎先生と出会ったのは10年近く前の話で、その時私は高校ラグビーの監督をしていました。太郎先生は別の高校の校長でした。
 初めて話をしたのはラグビー関係者の忘年会の席で、太郎先生は頬を赤らめてごきげんな様子でした。その頃の私は、今よりもさらに「上下関係」をわきまえておらず、校長である太郎先生に対しても、他校に勤務しているということで無関心でした。
「お前はほんとに無礼な奴じゃのう」と酔った太郎先生は私に顔を近づけてきました。私は、不快感を覚えつつも、何とかその場しのぎの対応をしました。
 太郎先生は、私についていろいろなことを聞いてきました。故郷のこと、高校時代のこと、教員になってからのこと・・・
 ラグビー指導者の中にうまく溶け込むことができなかった私だったので、酒臭い太郎先生にも、話を聞いてもらえるというだけで、親近感を覚えるようになっていました。私はここぞとばかりにいろいろな話をしました。
 高校ラグビーは勝敗の道具ではなく教育ツールであること、根性主義で練習量だけ増やしてもあまり意味がないこと、練習の質を高めるには選手同士が考え話し合う場が必要であること、そんな話を立て続けにした記憶があります。
 太郎先生は酒を飲みながら、私の話に耳を傾けていました。そうして、話が終わると、盃を私に持たせて「お前も飲め」と強引に進められました。
 嫌な顔をしてそれを飲むと、「ばかやろー」と言って、私のネクタイを引っ張り上げてきました。その時の太郎先生の顔は実に愉快そうでしたが、私の方は、本当に窒息するのではないかと思わされました。
 それからというもの、試合の時、太郎先生は必ず声をかけてくれるようになりました。

思い通りにいかないのが人生(?)

 特に自宅の庭で夏野菜を作るようになってから実感するのですが、毎年この時期は天気が不安定ですよね。
 三寒四温とはよく言いますが、風も吹いたり吹かなかったりします。時には台風顔負けの突風が吹いたりもします。なので、自ずと野菜の苗を植える時期を考えるようになるわけです。
 私の場合、長年お世話になってきた農業高校の先生から苗を譲ってもらうわけですが、時間をかけて土を耕し、マルチという黒いシートを貼り、丁寧に苗を植え、支柱を立てた直後に突風にあおられてすべてがめちゃくちゃになるという惨事を何度も経験してきました。
 畑に苗を植えた後、風が強い夜は心配で眠れなくなるほどです。
 なので今年は、暴風が去った後に植えようかと密かに計画しています。
 毎年何気なく時間が流れているようですが、じつは、季節の移り変わりとはかなり緻密に繰り返されています。だとすれば、私たちの生き方も「時の流れに身をまかせ」的なものがいいのか、それとも、常に今を意識して試行錯誤を重ねながら緻密に生きて行くのがいいのか、ふと考えたりします。
 もっとも、そういう妙なことを考えすぎてしまうのもこの時期だからこそであって、きっと連休が過ぎて暑くなると、より活動的になってくよくよもしなくなるのでしょう・・・

世の中を動かす人 その2

 高校時代の丸ちゃんはテニス部に入っていましたが、インターハイ目指して球を打ちまくるというタイプではありませんでした。なので、彼がユニフォームを着た女子中学生の真ん中に座って檄を飛ばすという光景は、私にとってはかなりの驚きでした。
 ただ、中学教師としての丸ちゃんの評判は、高校教師だった私の耳にも入っていました。授業が分かりやすく、部活の指導も徹底的にやる、生徒思いの熱血先生。その噂を聞いた時、サザンオールスターズのCD集めに夢中だった高校時代の彼が懐かしく思い起こされたわけですが、実際に中学生を指導している姿を見ると、評判通りだと納得しました。
 その日丸ちゃんは会場で私を見つけ、偶然の再会を喜んだ後、いろいろな話をしてくれました。教育観、卓球への思い。競技経験のない彼が何年間もかけて作り上げた分厚い卓球ノートも見せてくれました。事実、彼の指導する中学生は、みんな華奢なのに、相当強いのです。少なくとも、私が顧問を務める高校生とは比べ物にならないレベルでした。
 それからというもの、丸ちゃんは、私の「師匠」になりました。私たちは中学生、高校生という垣根を越えて、定期的に合同練習会を開き、卓球を研究し合うようになりました。高校時代に2人で意識し合って勉強をした時の感覚が、戻ってきました。
 自分の信じた道を貫く、教師として生徒に情熱を傾ける、丸ちゃんからはそんな当たり前の、それでいて、とても大切なことを学ばせてもらいました。
 しかし、去年の春、私が教職から離れると、再び丸ちゃんと会えなくなりました。
「俺は管理職には向いてないよ」と丸ちゃんは言ったことがあります。「すべての経験が生徒たちの教育ツールになって、将来に役立てばそれでいい」
 久々の電話を切った後、丸ちゃんのような人こそが実際に世の中を動かしているのだとつくづく思いました。

世の中を動かす人 その1

 先日の夕方、出張帰りに丸ちゃんの家の前を通った時、久々に電話をかけてみることにしました。彼にしては珍しく、呼び出してすぐに電話に出ました。
「久しぶり」と彼は言いましたが、その言いぶりからは彼がまさに「取り込み中」だということが窺えました。中学校教師である彼のクラスで問題が起こったようでした・・・
 丸ちゃんとは高校1年生の時に同じクラスになり、私と同じ田舎の中学校の出身だったということもあってか、すんなりと仲良くなったような気がします。
 ラグビー部に入部した私にとって、丸ちゃんはラグビーを離れた気さくな話ができる貴重な友達でした。特に彼は日本史に強く、模試でも高得点を叩き出していました。将来は教師になりたいという同じ目標を持っていたこともあり、意識し合って勉強する仲でした。
 ところが彼は、センター試験で思うような結果が出ませんでした。それで、卒業式が終わった後も制服を着て、高校の進路室で受験対策をしていました。結局、遠く離れた四国の大学に入学することになり、そのまま連絡が途絶えてしまいました。
 丸ちゃんとの再会は、4年後、教員採用試験でのことでした。自分の意思を貫こうとする姿勢が前面に出ているあたり、高校時代と全く変わっておらず、なんだか安心しました。
 丸ちゃんは私よりも先に教員試験に合格ました。私の方は就職浪人をすることになり、中学教師という激務をこなす彼とは再び連絡が途絶えていたのですが、3年前、思いもよらぬ場所で再会しました。
 高校ラグビーの監督を退き、失意の中、卓球部の顧問となっていた私は、孤独感に苛まれていました。ある大会の日、会場の体育館のロビーで円陣を組むいかにも強そうな中学生のチームがありました。中心には、ソファにふんぞり返っている指導者が見えました。恐る恐るその指導者に目を遣ると、なんと、丸ちゃんではありませんか!

パワースポットは実在するか?

 今日は天気が良かったので、仕事帰りにいつもと違う道を通ってみることにしました。
 すると、自宅まであと20㎞の所の鄙びた田園地帯に、何やら新しい看板が立っているのに気付きました。そこには「弁天様の水」と書かれているではありませんか。
 そういえば、以前、職場の上司から、知る人ぞ知る名水が湧いていてわざわざくみに行くという話を聞いたことを思い出し、ブレーキを踏み、立ち寄ることにしました。
 看板の地点から山道を200メートルほど上ると、手作り感漂う小さな無垢材の鳥居が見えました。『源氏物語』で、光源氏と六条御息所の別れの舞台とされる京都嵐山の野宮神社のシンボルである黒木の鳥居を連想しました。
 もちろん、ここの弁天様は野宮ほどの知名度はなく、鳥居の奥に草庵と言った方がよさそうな社があるだけです。奥の山からはせせらぎが流れ込み、鳥居の前にはちょっとした池があります。底が完全に透けて見えるほどに水は澄んでいて、小さな魚たちが神経質に列をなしていました。辺りは静かで、せせらぎの音だけが断続的に響いていました。
 池のすぐそばには給水所が設けられ、水道が3つ設置されていて、地元の方が容器に水をくんでいました。ここの水でお金を洗うと縁起がよいというパネルも設置している辺り、鎌倉の銭洗弁財天の洞窟を思い出しもしました。
 そんなことを考えながら、蛇口をひねり、水を手にすくって飲むと、えもいわれぬ清々しさに包まれました。 
 京都の野宮神社も鎌倉の銭洗弁財天もパワースポットとして有名ですが、この鄙びた里山の弁天様からは、それ以上のパワーをもらったような気がしました。
 もうひとすくい水をいただき、改めて鳥居の奥の社を見上げると、さらなる清々しさが胸の奥に入ってきました。辺りを囲む木々にはひんやりとした空気がゆらめいていました。

静かな夜です・・・

 今日は「寒の戻り」というべきか、日差しがあったにもかかわらず、空気が冷たく感じられました。
 午後から休みが取れたので、買い物に出て、靴下とかインナーを買いました。本当のところ、春物のシャツやネクタイが欲しかったのですが、そういうものはじっくり時間をかけて品定めしたいので、とりあえず今日は、直接肌に付けるものを買ったわけです。
 まだまだ肌寒いですが、新年度に入ったからか、いろいろなものを買いたい気分になってきて、街へ出ると、どこかうきうきしますね。
 これまで使い古してきたものに感謝をしつつ、これからあたたかくなるにつれ、ちょっとずつ、いろいろなものを買いそろえていきたいところです。
 やっぱり、買い物って、楽しいですね。

やっぱり、人格ですね~

 改めて、ラジオっていいな~と思います。
 私のお気に入りは、JFNで月曜から木曜の夜に生放送される「A・O・R」という番組です。ちょうどその時間帯は車に乗っていることが多く、自ずとこのプログラムを聞くことになります。
「A・O・R」とは、まさに私たちの世代が学生時代に聞いていたTOTOやシカゴやボズ・スギャックスなどが奏でる大人っぽい落ち着いたサウンドのことですが、それがそのまま番組タイトルになっているというあたり、私たちの世代が仕事帰りに聞いて癒されてるんだろうなぁと想像してしまいます。
 番組内で取り上げられる曲もさることながら、私はDJのユキ・ラインハートの艶やかで優しい語り口と、彼女のさりげないトークに惹かれます。
「私は40歳を超えているが、今から介護福祉士の国家試験に挑戦します。うまくいくでしょうか?」というリスナーからのメッセージに対して「誰かが代わりに勉強してくれるわけじゃないんだから、何もしなければ何も始まらないですよね。あきらめずに挑戦する以上、戦いは続くし、成功を手にする権利があるはずです」とさらりと返しました。
 彼女のどこに惹かれるかというと、おそらくこれまでに様々な経験をし、人生の辛酸をなめていることからくる、人間性なのだと思います。
 うまく歌えたり、上手なことが言える人もたくさんいるし、えてしてそういうところだけが評価されるという現実もあるのでしょう。
 しかし、そんな理不尽さが見られる世の中だからこそ、自らの苦悩に裏打ちされた、本物の優しさを持っている人こそが私たちを励ましてくれるのだろうと思います。

ぐぐぐ・・・

 4月になって、再び営業生活が始まりました。
 会社や学校やさまざまな団体の事務所を訪ねるわけですが、やはり「ホーム」と「アウェイ」がありますね。
 とても和やかな雰囲気で話が出来る所もあれば、最悪の場合、クレームを付けられることもある。常にヒヤヒヤです。
 ただ、「アウェイ」でクレームを付けられないようにすることよりも、もっと注意を払わなければならないことがあります。
 最近身にしみて感じるのですが、「この人は信頼できる」と油断した瞬間、思わぬしっぺ返しを受けることがあります。こちらの態度が馴れ馴れしくなるのかもしれないし、失言があるのかもしれません。あるいは、こちらが勝手に信用できると思い込んでいただけで、じつはそうではなかったということもあるかもしれません。
 そうして、一番ダメージが大きいのは、そういう心を許したつもりでいた人から思わぬしっぺ返しを受けた時です。
 だからこそ、この人は大丈夫だと思っている人こそ、大切に、慎重に接する必要があるというのが私の経験則です。
 このことは何も営業の場だけではないように思います。たとえば、男と女の間にも似たようなことが言えるのかもしれません。
 だとすれば、この世の中に無条件に心を許せる場所があるのだろうかと、心が重くなってしまいます。
 誰かと関わりながら生きていく以上は、どこかである種の緊張を抱え込むことになります。楽に生きることは、そう簡単ではないようです。

前だけを見て進む

 田川ヒロアキさんとは、20年以上のつきあいです。
 もっとも、数年前にメジャーデビューしてからは会う機会が減り、電話をかけてもなかなかつながらない状態が続いていますが、私が彼のことを忘れることはありません。彼の活躍をいろいろな場所で知るからです。
 田川さんは、「盲目のギタリスト」として紹介されますが、私としてはその呼び方に物足りなさを感じています。
 もちろん、盲目であることが、田川さんの音楽性を高めたという側面はあるかもしれません。しかし、彼の偉大なところは、音楽的センスだけではないと私は思います。いや、センスを持ったミュージシャンはなら、日本中たくさんいるはずです。
 まだ駆け出しの頃、田川さんは、杖をついて、点字ブロックを頼りに、電車や新幹線に乗って移動していました。ライブもMDウォークマンをアンプにつなげて、すべて1人でこなしていました。私が初めて勤務した高校では、無料ライブを開いてもくれました。
 あの時、高校生から「そんなに上手く弾けるようになるには、1日どれくらい練習しなければならないのですか?」という質問を受けた時、彼は笑顔で「僕は、練習しなければいけないと思ったことはないですよ」とあっさり答えました。
「どうにかしてこの曲を弾いてやりたいという思いだけで練習してるんです。そうやってチャレンジしている間はとっても楽しい。楽しいから僕は続けてるんです」
 今朝、地元のFMラジオで久々に彼のエレキギターを聞きました。20年前から超絶的テクニックをもっていましたが、現在の演奏には、訴えかけてくるような味わいが加わっていました。彼の演奏は、あの頃からすると、きれいにまとまるのではなく、むしろつかみどころがなく、大きく、荒々しく、若々しくなっていました。

人生のパートナー

 桜の季節が終わりを告げようとしているのに、また空気が冷たくなってきました。
 そろそろ春物のスーツを登場させようと思っていたのですが、今週はまた冬物に頼ることになりそうです。
 それで今日は、クリーニングに出すつもりでいた厚手のスラックスに、ウールのベスト、それからツイードのジャケットという完全冬仕様での出勤となりました。
 スラックスは去年の歳末セールで手に入れました。カーキに近い薄めの茶色で、ストレッチを効かせた細身のシルエットが気に入りました。これがとにかくあたたかくて、履きやすいのです。それに、いろんな色のジャケットに合わせやすいところも高得点で、今年の仕事始めからヘビーローテーションで着回しました。
 ところが、今日久々に履いてみると、どうしたことか、買った時の感動がないのです。履き込んで少しくたびれ気味になっているのかもしれません。
 もちろん、買ったものは長い間大切にするのが私の流儀なのですが、今日ばかりは、初恋が冷めてしまったような気分にさせられました。
 思うに、一目惚れをして買ったものは、後になって熱が冷めるのも早いような気がします。飽きるというのではなく、はじめの期待が大きすぎるのだと思います。
 逆に、買おうか買うまいか悩んだあげくに手に入れたものは、その分長いこと愛着を持つように思います。その中でも、使い込めば込むほどに愛着が深くなるものと出会えると、これはもう幸せです。それは、自分のパートナーとして、人生を豊かにしてくれます。
 今気に入っているのは、22年前にオーダーメイドしたJPRESSの紺ブレです。これほど長いこと着用しているのに、色褪せない魅力があります。まるでどこかの高校の制服のようなデザインですが、これがどうしようもなく可愛いのです。

ほのかに香る幸せ

 昨日は思ったよりも早めに用事が終わり、帰りの飛行機まで時間があったので、前から気になっていた東京ソラマチに寄ってみました。
 雨が降っていたし、霧で眺望が悪い中わざわざスカイツリーに上る人もなく、とにかくものすごい人がひしめきあっていました。
 前回ここに来たときは、まだ工事中で、スカイツリーも6割くらいの高さでした。美しく完成した東京ソラマチを見ていると、あの時の光景が別の場所のようにさえ思えました。
 ぶらぶらとウインドウショッピングを楽しむつもりで足を運んだのですが、東京ソラマチには予想をはるかに超えるほどに良質なショップが並んでいて、結局あれこれと目移りしている間に飛行機の時間が迫ってきました。
 しかたなく何も買わぬままに押上駅に向かう前に、スカイツリーショップに立ち寄ることにしました。
 国内外の観光客向けに色々な商品が並ぶ中、お香に目がとまりました。私は、元々お香やアロマキャンドルが好きで、自宅の部屋には様々な匂いが混ざっています。
 私が惹かれたのは、スカイツリーがデザインされた小さな水色の紙に香りが染み込ませてあるもので、名刺入れに忍ばせておいて、ほのかに香るようになっている「名刺香」というシリーズでした。名前は「湧水の香り」。品のあるすがすがしい香りです。パッケージには「Japanese Card Fragrance」と添えられていました。  
 香りは平安時代から続く、日本の伝統文化です。『源氏物語』にも、貴族たちが香りの調合を競う場面が描かれ、その遊びは「源氏香」として今なお残っています。当時好まれた香りを実際に楽しむことは出来ませんが、その分、様々な想像を膨らませることはできます。
 今日、さっそく名刺を交換する時、ほのかな「湧水の香り」が立ちこめました。その瞬間、疲労感が癒された気がしました。

飛行機の中の案山子

 東京から帰るJALのエコノミークラスの席でイヤホンを挿して音楽を聴いていると、さだまさしの『案山子』(かかし)が流れてきました。
「元気でいるか 街には馴れたか 友達出来たか 寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る」というあの有名な曲です。
 今でもたまにラジオで耳にすることはありますが、帰京する飛行機の中で聴くと、特別な感慨がありました。特に「手紙が無理なら 電話でもいい 『金頼む』の一言でもいい お前の笑顔を待ちわびる おふくろに聴かせてやってくれ」というところがぐっとこみ上げてきました。これまで母親に心配や迷惑をかけたことが次々と思い起こされてきたのです。
 いつも実家にいてくれる当たり前の存在であるがゆえに、普段は大げさな感情は抱かないわけですが、今日のさだまさしの歌声は、その「当たり前の存在であることのありがたさ」をしみじみと実感させてくれました。
 そういえば、おふくろと初めて東京に行ったのはまだ小学生の頃で、ディズニーランドが開園した年のことでした。あの時はおふくろと妹と3人で、寝台特急に乗って千葉の親戚の家に行きました。今ではほとんど白黒の記憶になっていますが、どこかあたたかい思い出です。父親が遠洋漁業の漁師でめったに家に帰らなかった分、母親はほとんど女手1つで育ててくれました。今思えば、幼かった私たちにディズニーランドを見せてやろうと、お金を貯めて奮発してくれたのだろうと想像します。
 あと何回母親と東京に行けるだろうかと考えると、時の流れと人生のはかなさを痛感せずにはいられません。「当たり前の存在」ともいつかは別れなくてはならない、だからこそ今を大切に生きるしかない。飛行機の中の『案山子』は私の胸をぎゅっとつかんできました。

花冷えの午後

 東京の桜はまだ少し残っています。
 そして桜の近くにはたくさんの人の姿があります。
 街を歩いてみても、やはりここには日本中の人が集まっていることを実感します。
 ただ、今日は、このたくさんの人々がなんとなく憂鬱そうに歩いているように映るのは、曇り空だからでしょうか?
 関東は、ずいぶんと肌寒く、コートを着ている人が目立ちます。
 この桜の花が全て散って、葉桜となる頃には、寒さも心も和らぐことでしょう。

 どうか、すてきな週末をお過ごしください・・・

夕焼け

 自分の半生を振り返ってみると、社会に対して最も懐疑的、というか反抗的だったのは、就職した後で、年齢でいうと20代後半のことでした。
 学生時代は権力に対して無頓着に生きてきた私にとっては、こんな自分もあったのかと戸惑いの毎日でした。その頃は、どうしてみんな「やさしくない」のか、という失望感を常に抱えていました。尾崎豊の『15の夜』とか、ビリー・ジョエルの『オネスティ』の世界ですね。廊下の鏡に映る自分はいつもうつむき加減で鋭い目つきをしていて、同僚や先輩からはますます孤立していき、まさに悪循環でした。
 それが、最近になって、考えが変わってきたのを感じています。というのも、私の周りには「やさしい」人がいるのです。
「やさしい」人とは、細部まで考えることができる人です。ただ、皮肉なことに、そういう人は、いろいろと考えすぎてゆとりがない。つまり、「やさしい」人は、えてして、ギリギリのところで生きることを余儀なくされているのです。
 そこへもってくると、実際に他人に手をさしのべることができる人は、心にゆとりがあるのだと思います。では、どうやってゆとりを作るか、これは案外、技術的なことかもしれません。たとえば、あまり時間をかけずにテキパキと物事を片付けることができる人とか。時間的なゆとりが心のゆとりにつながるわけです。
 しかし、誰もがそうやってスマートに生きることができるわけではない。むしろ、不器用に前に進む方が人間らしい。じつは、そういうどろどろした現実において、他人に「やさしく」したいのに、自分のことで精いっぱいだという人がたくさんいるわけです。
 周りに注意深く目を向けると、「やさしさ」を心のうちに隠しながら、何とか自分の目の前にある現実を必死に生きている人がたくさんいることに気付くのです。

逆さまの心

 桜が満開ですね。
 とはいえ、私の町では、ここのところ雨が降ったり風が吹いたりで、桜の木の下には花びらが落ち始めています。
 昨日は昼休みに職場近くの桜の名所を歩きました。普段よりもたくさんの人が散歩を楽しみ、写真を撮ったりしていました。この花はやはり、人々の心を揺さぶるのでしょう。
 以前にも紹介しましたが、桜を愛でる人を見ると、必ず思い出す和歌があります。

世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

 平安時代の風流な男性として名高い在原業平の和歌で『古今和歌集』にも収録されているものです。「この世に桜の花がなければ、春の心はもっと穏やかだったろうに」というくらいの訳ですが、私はこの和歌に、作者のやり場のない思いを感じとります。
 特に「たえて桜のなかりせば」という言葉には強い逆説の響きがあります。「桜さえなければ、私の心はこんなにもざわめかなかっただろうに」というわけです。「あぁ桜よ、どうしてお前はそんなに可憐に咲くのだ」という嘆きさえ聞こえてくるようです。
 なぜ業平はこんなにも桜に執着したのでしょう? 
 1年のうちにほんのわずかな時間しか咲くことのない桜にはかなさを感じたのかもしれないし、あるいは恋人が投影されていたのかもしれない。「あなたがいるから私の心がこんなにも苦しいのだ」と。しかし、悩ましい存在であればあるほど、ますます心は惹かれてしまう。心と体は、そんな逆説の関係なのです。
 いずれにせよこの花は、今も昔も私たちの心を惑わすことには違いないようです。

はじまりましたね

 今日から4月。
 昨日まではどこか不安定な気分でしたが、どうしたことか、今日から歯車がひとつ、カチッと前進したような気分です。
 こうやって私たちは節目ごとに気持ちを切り替えながら毎日を送るのでしょうか…
 aikoの曲に『4月の雨』というのがあります。
 あたたかい雨に打たれていると、遠くで頑張っている大切な人とつながったような気分になる。自分も今ここでしっかり生きなきゃ、という歌なのですが、新年度にシフトしても、昨日まで過ごしてきた時間は大切にしたいと思いました。
 窓の外には、生ぬるい雨がガラスを濡らしていました。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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