スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

理想論

 たとえば、どうしようもなくつらい失恋を経験したとします。胸がつぶれてしまって、食事も喉を通らず、まもとに息をするのも難しいほどの失恋です。
 もう、すべて忘れてしまいたい、あの人のことも、これまであの人を思い続けた輝かしい過去の想い出も、きれいに精算してしまいたい。・・・とはいえ、それもつらい。この恋を忘れることは、これまでの自分をすべて否定してしまうことになりそうで、こわい。
 経験を重ねるごとに人が強くなるのは間違いのないことですが、失恋ばかりはそうはいきません。本気の恋に落ちた人が経験する失恋は、何度経験しても、むしろ、経験すればするほどに苦しくなってくるようでもあります。
 そんな時、どうすればいいか?
 目の前にあることに、ただひたすら全力を傾ける。誰でも、「すべきこと」があるはずです。勉強であったり、仕事であったり。たとえそれが、現在の自分にとって心を燃やすようなものでなくても、そこに全てを集中してみる。失恋の相手が近くにいる場合は、その人の方をなるべく見ないようにする。
 なんだか、ただの荒療治にしか聞こえないかもしれませんが、私が言いたいのは、人間の頭の中に入るものは1つだけだということです。どんな大きな悩みでも、2つ同時に頭の中で処理することはできません。だとすれば、失恋という液体で満たされた頭の中に、他のものを入れてやることなのです。
 おそらく、ひどく辛抱と時間がかかることでしょう。しかし、本当にそれをやり遂げたなら、あなたはきっと、勉強であろうと仕事であろうと、新しい「何か」を手に入れているはずです。失恋を機に、「新しい自分」にステップアップするのです。
 時は必ず移り変わります。やがては全てが無になる、だからこそ、前に進むのです。
スポンサーサイト

道の途上で

 窮地に立たされた時、応援し、励ましてくれる人がいる。
 その時には分からないけど、後になってから、ありがたさが身にしみることがあります。いや、誰かのやさしさとは、後になってからでしか分からないものかもしれない、窮地に立たされている時は、それをなんとかして切り抜けようと必死になっているので、気付かないのです。
 でも、それでは平凡です。
 自分がピンチに追い込まれているその時にこそ、誰かのやさしさをちゃんと感じ取ることができるようになりたい。タイムリーなやさしさを享受できたなら、ピンチはピンチでなくなるはず。
 こんな時代だからこそ、世界はやさしさによって成り立っていると信じたいですね。
 そういえば、おとといのこと。
 職場で頭を抱えている私に、上司がそっと寄り添ってきて、「プラスとマイナスを口にすることを漢字で表すと『吐く』(口に+と-を合わせる)という字になり、プラスだけを口にすると『叶う』と言う字になるっていう話を聞きました。しんどい今だからこそ、互いに思いが叶うように頑張りましょう」と言ってくれました。
 つくづく私は、誰かのお陰によって支えられていると痛感しました・・・

ホスピタリティ

 今日は朝から自治会のビーチバレー大会でした。
 7年前に引っ越してきた時には、ご近所づきあいはほとんどなかったのですが、地区の清掃活動や集会などを重ねるうちに、少しずつ交流が深まってきました。
 なにせ私が住んでいる町自体、少子高齢化の波にさらされて、参加者もご高齢の方が中心で、気を遣いながらのプレーとなります。
 とはいえ、ほとんど運動をしなくなってしまった私も、セット数を重ねるごとにふらふらしてきて、あと少しで熱中症になりそうでした。
 バレーが終わったら、バーベキュー大会です。こちらは、運動よりも料理で貢献しようという方たちが近所の青果市場の屋根の下に朝から集まって、準備をしてくれていました。
 準備担当の方々も平均年齢が高かったわけですが、炎天下の中、細やかなおもてなしで気遣ってくださり、頭が下がる思いでした。自治会長に至っては、早朝から奥さんと2人でいなり寿司とおにぎりを作ってくれて、それがまたたまらなく美味でした!
 私の隣に腰を下ろした方は、日頃あまり交流がない人とこうやって酒を飲むのはとても楽しいものだと終始ご満悦でした。長年の間旅行会社に勤めていて、趣味のドライブで日本全国を巡った話を楽しそうにされていました。15年前に買った愛車のツーリングワゴンは、もう30万㎞を超えたよ、大事に乗れば車は長持ちするんだ、と。
 話の流れの中で、「借金はあった方がいいんだ」と豪語されました。返済の義務感が仕事の意欲を高めるのだ、お金がありすぎるとろくなことにはならんよ、という言葉には、人生経験に裏打ちされた説得力がありました。
 ご近所の方々に注いでもらったビールを飲みながら、来年も、再来年も、1年に1度のこの行事に参加しようと思いました。

雨にぬれても

 昨日は大雨でした。地域によっては記録的な豪雨に見舞われた所もあったようです。
 私は午後から、夏に行われるイベント会場の視察に1人で入り、担当である救護関係の施設の状況を確認してきました。大雨洪水警報が出ていたにもかかわらず、雨は落ちていませんでしたが、無事視察を終えてセブンイレブンでアイスクリームを買った直後に、どかんと降ってきました。
 ワイパーを使っても払いきれないほどの雨の中、クーラーの効いた車内でアイスクリームをなめながらハンドルを握りました。
 職場の駐車場はオフィスから徒歩で15分ほど離れていて、その道すがら、温水シャワーのような雨の中を、傘を差して歩いていると、そういえば、雨の日はうつむきながら歩くことが多いという当たり前のことが頭をもたげました。
 たとえば、石川啄木も歌ったように、空を見上げると、心が開かれたような気分になります。「上を向いて歩こう」の世界です。逆に、うつむきながら歩くと、ふさぎ込んだような気分になる、そうすると、内向的になって、いろんなことに思いを馳せるわけです。
 古典の世界では「長雨(ながめ)」は「眺め」につながります。降り続く雨を眺めながら、ぼんやりと物思いにふけるという意味です。「わが身世にふる ながめせしまに」という憂鬱を詠んだ小野小町の和歌が有名ですが、古来から雨の多い時期を過ごしてきた日本人は、降りしきる雨を見ながら、物思いに沈んできたのでしょう。
 私も、雨の中、オフィスへ続く小道をうつむいて歩きながら、これまでの人生の想い出や、これからのこと、そしてこれまで関わってきた多くの人の顔が浮かんできました。
 日本人は繊細で、どこか内向きな性質をもっていると私は思っていますが、その精神性は、今の梅雨の時期と関係しているような気がします。だとすれば、この降りしきる雨も、生きてゆく上で大切な意味を与えてくれるのだと思いつつ、濡れた足を前に運びました。

こんばんは…

列島は豪雨に見舞われたようですが、みなさまいかがお過ごしですか?

私は、今夜ばかりはグロッキーですv(^o^)

また明日、この場所でお会いしましょう!!

ほんとうに強い人

 プロテニスプレーヤーの錦織圭選手が、昨年の全米オープンで準優勝に輝いた時のインタビューで、開口一番「ここまで来れたのは、チームのみんなのおかげです」と言ったのを聞いて、ああ、この選手は勝つべくして勝ったのだなと納得しました。
 体格に劣る日本人選手は、手足が長くしかも筋力のある海外の選手と比べると不利なのはわかりきっています。おそらく、テニスの世界で苦戦を強いられてきたのも、そのあたりの壁があったのだろうと想像します。
 たとえば、サッカーや野球などの集団スポーツでは、日本は強い。バレーやラグビーなど、特に体格がモノを言うスポーツでも、世界を相手に健闘できるわけです。
 つまり、スポーツにおいては、チームワークが勝敗を大きく左右するのは間違いありません。いくらタレントが集まっていても、個人技で相手をねじ伏せるほど甘くはありません。サッカーのW杯で、エースのネイマールが抜けた後、なおもタレント揃っていたはずのチームがバラバラになってしまったブラジル代表の姿は記憶に新しいところです。
 ただ、チームワークとは、なにもスポーツの世界だけの話ではありません。私たちの何気ない日常生活の中でもあてはまります。
 それが、話が日常生活となると、とたんに難しくなります。スポーツのように明確な目標がないために、個人が好き勝手をしてしまう。怖い親父や強力な影響力を持つ先生のような存在が消滅しつつある今、家族や地域社会の求心力も落ちていて、その結果、自分さえよければよいと考える人が増えているような実感があります。
 個人スポーツであるテニスにおいて「チームのみんなのおかげ」と言い切った錦織選手が、簡単に負けるわけがないのは、これまでの彼への教育と、その教えを素直に受け入れ、実践してきた彼の人格があったからこそです。

ガラパゴスな私

 今だにガラケーを愛用しています。機種はFOMA。スマホを普通に使いこなしている先進的なみなさんからしてみれば、懐かしい響きでしょう。
 まず、何と言っても、軽くて丈夫で電池が長いというのがいいですね。特に私のように常に動き回っている人間には、ありがたい美点です。
 それから、余計なアプリが入らないというのも魅力です。スマホでもタブレットでも、最近は数えきれないほどのアプリがインストールされていて、初めて買った時にはなんだか得した気分になりますが、実のところそれらをどれほど使いこなしているかというと、かなり怪しいところがあります。アプリによっては、買い物サイトに誘導されるものもあったりして、私の場合、そういうものに煩わしさを感じてしまいます。
 さらにはLINEに接続できないのもいいところです。
 これは私の想像ですが、200年後の日本人が今を眺めた時、過去の人々はメールの返信が来るか来ないかで胸を焦がすほどにドギマギしていた、しかも、その内容ときたら、同級生の悪口など、生きていく上でたいして重要なことでもなかった、という風に、今の私たちを皮肉に感じるだろうと思う(そうであってほしい!)のです。
 そう考えると、肉声で通話できる電話は、メールのやり取りよりも感情が伝わるし、文字のように後に残らないので、思い切って話せますよね。そういうわけで、ますますガラケーが手放せなくなってしまいます。
 とはいえ、今から千年以上前の日本人も、じつはメールに似たやり取りをしていました。和歌です。ただ、和歌は、したためる紙の材質や色、そこに焚き染めたお香の匂いなど、3D的な心配りができたわけで、絵文字やスタンプよりも、目に見えない思いを伝えることが出来たのです。何より、愛し合う2人の間だけの秘密の交流でもありました・・・

キュウリとマラソンシューズ

 仕事のダイアリーを眺めながら、ふと気づいたのですが、昨日は夏至でしたね。たしかにこの時期は20時前まで薄明るく、知らず知らずのうちに残業してしまいます・・・
 今朝、裏庭の菜園に、キュウリが2本、ぶらさがっていました。さっそく齧ってみると、水分が十分で、夏の緑の味が口いっぱいに広がりました。そういえば、梅雨の時期なのに、この1週間はまとまった雨は降っていないようです。その分、キュウリが青々と育っています。
 キュウリのお陰で、清々しい気分になったので、今日は先日購入したばかりのマラソンシューズで通勤しました。かなりお堅い仕事をしている私たちの職場では、クールビズとはいえ、カジュアルな格好をする人は皆無です。
 その雰囲気の中、セルリアンブルーと蛍光イエローのシューズを履いて仕事をするのはなかなか抵抗があるのですが、とにかく今日はそんな気分でした。
 実は私、自意識が強い方で、小さい頃から人の目を気にしてしまうタイプでした。なので、「目立ちたい」と「目立ちたくない」の狭間で揺れることが多々あったのですが、年を取るにつれ、とりわけ今の職場に入ってから、少し感覚が変わってきたように思います。
 高校教師だった頃、よく生徒に「自分が思うほど他人は自分に注目していないよ」とアドバイスしたつもりでしたが、あれは一方的な捉え方だと思うようになりました。
「自分が思う以上に他人は自分に注目している、しかし、そのことを他人はわざわざ伝えてこない」というのが現時点での実感です。つまり、他人とは、自分の気づかないところで自分を見てくれているということです。
 奇抜な色の靴を履いて仕事をすることも、自分の一部。そういうところも含めて、他人は自分を、静かに、それとなく、注目しているのです。

「楽」について

 思い出すのは土と草の匂い、胸の深いところから沸き上がってくるワクワク感。
 クヌギの木陰に適当な大きさの石を置いて椅子にする、そこでは日差しも風も遮ることが出来ました。枝からぶら下げたツルを板にくくりつけてブランコも作りました。まさにユートピア。神社の裏山のその場所を、私たちは、秘密基地と呼びました・・・
 先週火曜日の朝日新聞に、作家の倉本聰氏が、「作る」とはお金を使ってすること、それに対して「創る」とはお金を使わずにすることだ、と書いていました。
 15年前のことですが、倉本氏が主催する富良野塾の公演にボランティアスタッフとして関わったことがあり、その打ち上げの時に、氏と話をしたことがあります。当時はまだ学生だった私ですが、倉本氏は丁寧に応対してくださった記憶があります。
 放送作家として東京で成功した頃、北海道に移住し俳優の育成所である富良野塾を立ち上げたという異例の経緯をもつだけあって、倉本氏の言葉には独自の世界観がありました。
 富良野塾は受講料が無料な分、施設は塾生たちが作り、食材も調達してくる。野菜は、地元の農家から形が悪いだけで売り物にならないものを譲ってもらい、賞味期限が切れたばかりのコンビニの弁当をいただくこともある。北の大地ではお金をかけずとも、十分に楽しい生活を送ることが出来る、というようなことを話されていました。「作る」のではなく「創る」ということなのでしょう。
 そういえば、その話に感銘を受けた知人は、翌年富良野塾への入塾を決めました。ひょっとして彼女は、今頃、どこかで女優をしているかもしれません・・・
 おととい私は、お金がたくさんあれば、人生が「楽」になるのは間違いないが、人生が「楽しく」なるのは、また別の次元の話のような気がする、と書きました。
 もちろん、今の「世の中」がお金によって動いていることは否定しません。ただ、「人生の楽しさ」と「お金」とは、そこまで深い関係はないように思うのです。

夢のつづき

 夕方、海沿いの道をドライブしました。
 梅雨の湿っぽさを含んだ青空が水平線まで続き、島々を薄く霞ませていました。
 先週ダウンロードしておきながらなかなか聴く機会のなかった浜田省吾の新しいアルバムをかけながらのドライブでした。
 そういえば、就職したての頃、休日に1人でドライブしたものです。あの頃は学生時代に手に入れたフォルクスワーゲン・ゴルフのワゴンに乗っていました。当時のドイツ車らしくトランスミッションに不具合があって、滑らかにシフトアップしてくれず、坂道は大変でしたが、それでも今思えば可愛げのある伴侶でした。
 高校教員1年目は、波瀾万丈でした。いじめ、不登校、暴力、喫煙、不純異性交遊・・・。まさに問題行動のオンパレードで、新任教師だった私は、彼らと身体ごと関わった記憶しかありません。だからこそ、休日はリフレッシュする時間が必要だったのです。
 あの頃はよく、山間の温泉に浸かりに行きました。そうして、道中、浜田省吾の曲を聴いていました。
 そういえば、コンサートに行った時、このアーティストはこんなことを言いました。
「僕も今年は50歳。なんだか歳をとった気もするけど、所詮年齢なんて数字なんだ。走れるところまで僕は走るよ」
 そう考えると、浜田省吾も今や60歳を過ぎているんだなあと思いつつ、軽自動車を走らせながら、音楽に聞き浸りました。アルバムのタイトルは『旅するソングライター』。
 このアーティストが、数年間世界中を旅してきた中でのスケッチが描かれているわけですが、決して自適悠々な生活に溺れているわけではない、若い頃からのチャレンジ精神が全く衰えていないところに安心しました。年齢とは、ただの数字なのです。

21世紀のシホン

 自分の仕事のサイズをふとした時に感じることがありますが、たとえば、大きな金額を目の当たりにした時は特に実感させられます。
 特に現場担当として動き回っている私は、お金を動かすことがよくあります。
 昨日は、イベントで使う物品の払い込みを銀行でしました。会計担当者から預かった通帳を使って、5万円程度を別口座に振り込んだわけですが、その通帳の残高は2億円を超えていました。思わず、通帳を持つ手に緊張が走りました。
 もっとも、常日頃からこのくらいの額を動かしているビジネスマンは五万といるでしょうから、私もそのうち馴れていくのでしょうが、それよりも、生まれて初めてこんな通帳を手にして、いろんなことを考えました。
 まず、世の中には実際にこれくらいの資産をもつ人はけっこういるんだろうなと想像しました。そんな人は、マンションも車もためらわずに手に入れることが出来るんだろうと。
 資産家には、勝てない。今流行の、ピケティの理論ですね。
 それから、これが自分のお金ならば、さぞかし人生が楽になるだろうとも思いました。
 大学を卒業して就職浪人をしている時、知人の誘いで、とあるビジネスセミナーに参加したことがあります。あの時、講師は「経済的な豊かさは精神的な豊かさにつながる」と何度も語っていて、その言葉は今でも心に残っています。あれから人生経験を重ねた今、その言葉は決して間違ってはいないと思います。
 しかし、この高額の通帳を手にして、もしこれがすべて自分のものだったらどうかと想像した時、思ったほど心はときめきませんでした。
 人生が「楽」になるのは間違いないですが、人生が「楽しく」なるのは、また別の次元の話のような気がしました。

不思議なつながりの中をどう生きるか

 今日は、いかにも梅雨っ、という感じの天気でしたね。
 夕方、仕事が一段落ついたとき、同僚が「この時期は疲れが取れないね~」と背伸びをしながらぼやきました。すると、デスクの周りにいた他の同僚も同調しました。夜は寝つきが悪く、夜中に何度も目が覚めてしまう。だから目覚めがすっきりせず、1日中ぼーっとしていると。私も今日は、心も体もどんよりでした。
 中学生の頃、駅伝をしていたことがあります。 
 あの頃は根性主義全盛で、私の場合、野球部にも入っていたのですが、毎朝5キロのタイムトライアルをしてから授業を受け、放課後は野球をするという生活でした。おまけに土曜日も授業があったので、当然日曜日は部活がある。つまり、休日は試験週間しかなかったわけです。
 タイムトライアルの前に並んでジョグをしながら、あることに気付きました。みんながしんどそうな時は、私もしんどくて、逆に、みんな調子がよさそうな時は、私もよかった。これはただの偶然だろうかと不思議に思いました。
 高校生になった時、同じ生活を送っている者同士、バイオリズムはほぼ一致しているのでないか、と考えるようになりました。もちろん、中には、例外的な人もいる、でも、ほとんどの場合、自分がしんどい時には、まわりのみんなもしんどいものです。
 後に高校の教壇に立って、多くの生徒を前にしているときも感じたことです。
「君たち、そんなにふさぎ込むな、今日はみんながしんどい日なんだから」と、朝のホームルームでよく言ったものです。
そういえば、こんなことも言いました。「こういう日は無理して大きな成果を求めてもうまくいかない、今できることを、淡々と積み上げていくんだよ」

ほんとうの自分

 今の私の仕事は、「つくる」ことです。
 たとえばイベントボランティアの研修会をつくる。まずは温めたアイデアを文書にしてプリントアウトし、室内で協議する。それが出来上がったら、アイデア通りに計画を進め、参加者に案内状を出し、会場の調整をし、偉い人が来れば誘導計画を作り、そうして、運営スタッフと打合せをしたのち、当日を迎えるわけです。
 1枚のアイデアが数百人規模の研修会として形になった時には、奇妙な感じがします。夢が現実になったような気がします。
 私たちのオフィスでは、自分の仕事は自分1人でやることになっています。
 1人でやるわけですから、当然ミスが起こります。資料の日付や曜日を間違えたり、誤字脱字があったり。最悪の場合、上司を含めたスタッフと協議をするときになって初めてそのミスに気付くということもあります。
 そんなわけで、大事な資料を作るときには、かなり前から取りかかるようになりました。というのも、数日経った後で、自分が作った資料を見ると、面白いほどよくミスに気づくのです。どうしてこんな簡単なところを間違えるのだろうと、まるで自分が作った文書とは思えないような気分になります。
 数日前の自分の姿が、後になってよく見えてくる。
 これは、人生そのものについても言えることかもしれません。
 私たちは、今という瞬間を精一杯生きている。おそらく、知らず知らずのうちにミスもしているはずです。その時は無我夢中で気づかないが、後で振り返ってみると、その時の自分の姿がよく見える。
 ほんとうの人生とは、今の自分の少し後につくられてゆくものなのかもしれません。 

あなたへのエール

 たとえば、ひどいいじめを受けている、しかも、誰も助けてはくれない。
 えてして、こういう時、周りの大人は、いじめられている方にも問題がある、などと言って、被害と加害とを相殺しようとします。
 いじめを受けている側は、よけいにデリケートになっているので、そのあたりの心情を感じ取ってしまい、ますます絶望の淵に堕ちてしまうわけです。
 いつまでたってもいじめによる悲劇が後を絶たないのは、いじめを面倒臭いと思う周りの大人のエゴイズムが大きく影響しています。
 では、いじめられている側は、そういう時、何を考えればいいのか?
 たとえば、自分と同じようにいじめられて絶望と闘っている人がいる、あるいは、自分に同情してくれている人がいる・・・
 そんな人の存在に気づくことができれば、絶望の中にも一縷の光が見えるはずです。
 しかし、そういう人たちは、ほとんどの場合、思いを外に出しません。「僕もいじめられてるんだ、だから、嵐が去るまでお互いに歯を食いしばって耐えよう」とか「私は何もできないけど、いつもあなたの味方よ」などとは、絶対に言いません。
 真の応援者は、いつも無口なのです。思いを口にするとすべてが嘘っぽくなることに気づいている人たちなのかもしれません。
 苦悩に陥っている人が、不幸なのは自分だけだと思ってしまうのは仕方のないことです。
 でも、人生の本質とはじつは苦しみであって、それを何とか乗り越えた時にこそ本当の幸せが現れることを知ってさえいれば、身近な人たちのあたたかさに気づくことができるかもしれません。
 人は人によって傷つけられるけど、また一方で、人によって救われるのです。

いろいろありすぎて・・・

こんな日は、言葉すら出てきません。

正しく生きようと思えば思うほど、世の中は理不尽ですね。
分厚くて、大きな鉄の壁…

明日もまたここでお会いしましょう(^_^)

静かに思えば・・・

 今日は月曜日、おまけに天気がしゃんとしない、じめじめした月曜日でした。
 昨日、国際交流イベントの研修会を主催し、私はメインの講演ともろもろの雑務を担当しました。なにせ大きな研修会だったので事前の準備にもずいぶんと時間と労力を費やしたのですが、終わってみると、ずいぶんあっけない感じだけが残っています。
 芥川龍之介の短編に『芋粥』というのがあります。平安時代、さえない毎日を送っていた主人公のたっての願いは芋粥をたらふく食べること。それがある日、上官が叶えてくれることになります。主人公は上官に連れられて、京都から福井にまで行くわけですが、旅の途上で、なんだかむなしくなってきます。そうして、なみなみと注がれた芋粥を一口食べただけで食欲が失せ、芋粥に憧れていた頃の自分が懐かしくなる、そんな話です。
 私は、この作品を読むときにはいつも「結果の空しさ」を思います。
 どんな結果であれ、時間が経てば、すべて想い出に変わるわけです。たとえば身を切り裂くような失恋の痛手も、3年後には消えている。逆に、恋が成就したのはいいが、付き合った後で幻滅することだってある、そういう人は、片思いの頃の方がよかったという皮肉を噛みしめることになります。
 失恋した、恋が実った、という結果ももちろん大切ですが、それらは「なぞなぞの答え」のようなものです。答えが分かってしまえば、味気ないものです。そう考えると、心を燃やすのは、結果にたどり着くまでのプロセスなのだと思います。
 現在の私といえば、夏のイベントに向けて、準備が佳境に入り、プレッシャーとの戦いを余儀なくされていますが、それも終わってしまえば、あっけなく、静かに、想い出へと変わっていくのでしょう。
 結果がいい想い出となるためにこそ、プロセスとしての「今」を大切にしたいのです。

こんばんは~

 今日は講演会を担当しました。
 それが、朝、トラックに荷物を積み込んでいる時にぎっくり腰になり、思わぬ状態での講演でした。
 何かを成し遂げようとする時に限って、予期せぬことが起きる、それが私の半生です。
 それにしても、今日は暑かったですね。
 天気予報では傘のマークが付いていたのに、雨は降らず、その分蒸し暑かったように思います。何とか無事に講演会は終わりましたが、少し早めの夏バテを感じずにはいられない1日でした。
 とかく体調を崩しやすい時期です。
 自分のペースで、着実に前に進みたいですね!
 
 

命をいただくということ

 今日は貴重な梅雨の晴れ間でした。
 夕方、実家に立ち寄り、漁港に足を運びました。海面はとても穏やかで、夕日が当たって絹のようにゆらめいていました。
 すると、ちょうどその時、漁から帰ってきたばかりのおじさんが、長靴を履いてこっちに向かって歩いてきました。
 幼い頃からこの漁港の近くで育った私にとって、ここに住む人たちはみんな顔なじみです。もちろん、当時からするとみなさん「おじさん」から「おじいさん」という感じになられていますが、その分人間の懐がぐんと広がっていらっしゃるような気がします。
 そのおじさんは、私の顔を見るやいなや声をかけてくださり、バケツの中のメバルを数匹差し出し、「今夜はこれでビールでも飲めよ」と言ってくださいました。
 私のふるさとでは、獲った魚やできた野菜をおすそわけすることはけっこう普通にありますが、今日ばかりは、何か特別な喜びがありました。
 それで、帰って早速、いただいたメバルを、醤油とみりんで煮ました。獲れたばかりとあって、身は反り返るほど新鮮で、口に入れると磯の香りが感じられました。
 そうしておじさんが言ったとおり、ビールを飲みました!
 現在手がけている、国際交流イベントが約1ヶ月後に迫り、仕事の同僚たちはそれぞれのプレッシャーと戦う毎日を送っています。私もその中に入って、何とか足を引っ張らないようにと、精一杯の毎日です。
 そういう現状だからこそ、おじさんからいただいたメバルは、ありがたく、美味しく感じられたのだと思います。しばしの間、プレッシャーから解放されたようでした。

ささやかなよろこび

 梅雨の時期に入り、いよいよ本格的に蒸し暑くなってきました。
 デスクワーカーにとっても、過酷な時期に入ったということで、いろいろな工夫が必要になってきます。
 私の前に座っている同僚は、パソコンのUSB端子から、ミニ扇風機を稼働しています。これがなかなか涼しいんだよと誇らしげにおっしゃるわけですが、どうして扇風機は前にしか風がいかないのでしょう、私はその同僚だけに向けて涼やかに回る扇風機をただ後ろから眺めることしかできません。
 で、目下のところ、ミニ扇風機を持っていない私は、うちわを使ったり、ボディーシートで汗を拭くことくらいの対策しか打てていません。
 そんな中、ついに今日、とっておきのシャツを下ろすことにしました。
 それはミズノの「The OPEN」というポロシャツで、涼感素材のうえに、汗のべたつきを抑え、しかも紫外線までカットしてくれるというハイテクなシャツです。今時珍しいメイド・イン・ジャパンでかちっとしたデザインも文句のつけようがありません。
 先月デパートで一目惚れして手に入れたのですが、なんだか着るのがもったいなくて、今日までクローゼットにしまっていました。
 さて、予想通り、着心地はひんやりしていて、快適そのもの。今日はとんでもなく暑くて、さすがに汗はかきましたが、最後までさらりとしていました。
 残念ながら、職場で、おっ、今日のシャツはいいね! と気付いてくれる人は誰もいませんでしたが、テクノロジーとは、じつはとてもやさしいものでもあるということを実感させられた1日でもありました。 

渚のシルエット 6

「今日、参加するかどうかずいぶんと迷ったけど、やっぱり来てよかったなあ」
 車に乗り、再びシートベルトを締めながら彼女はそう言った。そろそろ、彼女の乗る電車の時間が近づいている。田舎のローカル線は1時間に1本しかない。
「俺も楽しかったよ。っていうか、ヘンな感じだったな。次に会う時には、もっと年を取っているかと思うと、ぞっとするような、楽しみなような・・・」
「人生って、そう考えると、あっという間よね」
 彼女はしみじみとつぶやいた。その時、僕は不思議なことに気付いた。彼女の顔には、中学時代の顔と現在の顔が半分ずつ同居していたのだ。
「でも、やっぱり、ふるさとでの思い出って、すごく大事だって、今日よく分かったわ」
 彼女はそう言い、氷が溶けてすっかり薄まったアイスコーヒーに口を付けた。その瞬間、彼女のヘアリンスの香りが立ち込め、その後で、潮の匂いがした。
 僕はハンドルを握りながら、心がかきまぜられているようだった。
 5年前に起業した会社が軌道に乗り始め、充実した生活を送っている。たぶん、これまでの半生の中で、最も多忙で、最も自信に満ちた日々を送っているつもりだ。
 でも、今日、25年ぶりに中学時代の、自分の中ではすっかり封印していたはずの時代を一緒に過ごしたクラスメイトたちと再会した途端、瞬間を無我夢中で生きてきたように感じていた人生も、じつは、水あめのように長くつながっていることに気づかされた。
「ところでさ」と僕は言い、助手席の彼女を見た。
 すると、そこには彼女はいなかった。僕は思わず、声にならない声を上げた。
 たしかに彼女はいない。カップホルダーのアイスコーヒーもどこかに消えている。
 僕は自分のアイスコーヒーに口をつけた。少しだけ開いた窓から、渚の香りがほのかに入り込んできた。(了)

渚のシルエット 5

「懐かしいけど、思い出したくない話だね。25年経っても、まだ十分に恥ずかしい」
 僕がそう言うと、彼女は、足元に落ちていた丸い石を拾い上げ、慣れない動作で海へと放り投げた。
「そういえば、今日、雅子ちゃん来てなかったね、どうしたんだろう?」
 彼女の言う通り、あの頃僕は、堀川雅子というクラスメイトのことが好きだった。恋心をこらえ切ることができず、何枚もラブレターを書いた。堀川が困っていることにさえ気づかずに、最後まで突っ走った。
「雅子ちゃん、今どこで何してるんだろうね。そういえば、さっきの同窓会でも話が出なかったね」
 僕は心だけ中学時代にタイムスリップしたような気がしていた。そして、そこから今を見た時、これまでの時間が愕然とするほどにあっという間だったのを悟った。
「でも、正直、今日はびっくりしたわ。みんな、やっぱり更けてたしね。生徒だったのが、いきなり保護者になったって感じ。柴田君なんて、もうおじいさんになってた」
 彼女は水平線を見ながらそう言い、ショートヘアをかきあげた。眼鏡がきらりと光った。
「それにしても、海って、いいね」
「横浜にも海があるじゃないか?」
 僕がそう言うと、彼女は「横浜の海も素敵よ。私、大好き。でも、なんていうのかな、田舎の海はまた格別ね。心に刷り込まれちゃってるのかな、なんか、すごく落ち着く」と応え、薄く微笑んだ。
 いや、彼女は一見すると笑っているようだが、楽しそうな感覚は、なぜかまるで伝わってこなかった。見方によっては、泣いているようでもあった。

渚のシルエット 4

「楽しくやってるよ」
 彼女は即答した。
「医者と結婚だなんて、ラッキーだったな」と僕が言うと、「ごく普通の生活を送ってるけどね」と彼女は付け足した。
「経済的なゆとりは精神的なゆとりをもたらすものだ」
「そんなに裕福でもないと思うよ。そもそも、お金があればいいっていうもんでもないだろうし・・・」
 それから僕たちは、車を停め、高校の近くの海岸を歩いた。5月の海は金粉をばらまいたかのようにまぶしく広がっている。僕は改めて、彼女と一緒に歩いていることが奇跡のように感じられた。この海岸は、高校生たちには、カップルで歩く憧れの場所だったのだ。
 波が遠慮がちに砂を濡らし、空を舞う海鳥はけだるそうに鳴いた。
「そういえば、橋田君、ハウンド・ドッグが好きだったね」
 彼女はそんなことを言い、足を止め、水平線の方を眺めた。僕はその言葉に驚いた。たしかに僕は中学生の頃、いつもハウンド・ドッグばかり聴いていた。
「橋田君が放送委員で、給食のときにハウンド・ドッグのバラードをかけたのをすごく覚えてる。誰もリクエストした覚えはないのに、橋田君の権限で勝手にかけたのよ」
「25年ぶりに思い出す話だ。そういえば、ちゃんとリクエストした奴からは、散々文句を言われたよ」と僕は述懐した。中学校のランチルームの匂いが思い起された。
「橋田君って、あの時、雅子ちゃんのことが好きだったんでしょ? で、あの曲は雅子ちゃんに捧げたんだって、ちょっとした噂になってた」
 彼女の横顔は、中学生の時に戻っていた。

渚のシルエット 3

「私ね、橋田君のこと、好きだったのよ、じつは」
 高校の正門の前を通過する時、彼女はだしぬけにそう言ってきた。
 僕は、ハンドルを握りながら、まず自分の耳を疑った。彼女は僕の顔を見ている。中学校時代の雰囲気をかすかに残した表情で。
 すると彼女は、「ねえ、何か言ってよ」と催促してきた。
 頭の中ではいろんな言葉が思い浮かんだが、この場に相応しい言葉が見つからなかった。
 彼女はアイスコーヒーのストローに唇を付けた。
「君はずいぶんとモテてたから、何人か好きな人がいたんだろう」
 僕がそう言うと、彼女は心底つまらなそうな顔をし、視線を窓の外に向けた。
「ねえ、ちょっとだけ窓を開けていい?」
 すぐ外には防波堤が続いていて、その向こうは海になっている。彼女が開けた窓からは磯の香りを含んだ潮風が入り込んできて、空の下には白い海鳥が浮かんでいる。
「こういうことを言うのも失礼かもしれないけど、なんで橋田君はまだ結婚しないの?」
 彼女は海鳥の方を見ながら、そう尋ねてきた。僕の中にはうまくいかなかった結婚生活の記憶がよぎったが、それはすぐに後方へと流れ去った。
「結婚しないんじゃなくて、できないんだよ」と僕は答えた。
 すると、しばらく間を置いてから、彼女は、「橋田君って、見た目はだいぶ変わったけど、心はあんまり変わってないね」と漏らした。
「俺のことはいいからさ、そっちはどうなんだよ?」と僕は聞き返した。
 彼女は医療系の短大を出た後、病院に就職して医師と結婚し、子供を2人産み、現在は横浜に住んでいるという話はさっきの同窓会で耳にしたばかりだった。

渚のシルエット 2

 それから僕たちは、アイスコーヒーを飲みながら、再び、高校の近くの海へと車を走らせた。FMからはギルバート・オサリバンの『アローン・アゲイン』が流れはじめた。
 すると彼女は「ねえねえ」と聞いてきた。
「橋田君、結婚してるの?」
 僕は「してないよ」と即答したが、「1度したことはあるけどね」とまでは言わなかった。  
 彼女は「ふうん」とうなずいた後、ストローに口をつけた。
 僕には、彼女が隣にいることが、どうしても信じられない。実を言うと、中学時代、僕は彼女のことが好きだった。彼女は、クラスの中でも一番モテる女だった。彼女の方も、そのことを意識しているように振る舞っているように見えた。中学校時代の僕にとっては、そういう女の子は決して嫌ではなかった。
 だけど、僕は告白はしなかった。彼女に特定の男の子がいたわけでもない。今思えば、彼女は田舎の中学生の男子には、容易に手が出せない存在だったのだ。
 中学を卒業した後、僕たちは同じ高校に進学した。しかし、1学年が100人しかいなかった中学時代に比べると、高校は400人もいて、その分、女の子の数も4倍になった。
 学科が違った彼女とは、高校時代は話をした記憶がない。卒業後、彼女がどこへ進学したのかさえ、知らなかった。
 そんなことを考えていると、僕たちが通っていた高校の校舎が見えた。
「懐かしいなあ」と彼女はつぶやき、ストローに口をつけた。彼女はあの頃はしていなかった眼鏡をつけている。最近流行の黒縁の大きな眼鏡だ。それゆえ、彼女の頬はより小さく白く見える。とはいえ、あの頃の少女の面影は、大人の女性のそれへと変わっている。

渚のシルエット 1

「とりあえず、海に行きましょうよ」
 彼女はシートベルトを締めながら、そう言ってきた。
「海って言っても、この町に海はたくさんあるけど」と僕はキーをひねりながら答えた。
「いいの、海が見えればどこでも。そしたら、とりあえず、高校の方に行きましょ」
 彼女は静かに言った。それで僕はシフトを「D」に入れて、車を動かした。初夏の日差しが車の中に入ってきて、彼女の白いジャケットをさらにまぶしく見せた。
 彼女と会うのは、中学校を卒業して以来、かれこれ25年ぶりになる。
 同窓会の案内はがきをもらった時、僕はそのままゴミ箱に放り込もうと思った。10年前の僕なら、迷わずそうしたはずだ。
 ただ、その時ばかりは、「中学時代の同級生たちは今頃何をしているだろうか?」と、ふと考えた。振り返ると、そんなに楽しい中学校生活でもなかった。常に対立する者もいたし、勉強が出来るやつを妬んだこともあった。逆に、女の子たちからは影口を叩かれることもあったし、失恋もした。
 どちらかというと、中学時代は暗いイメージだ。その頃の友達との付き合いもない。それが、今となっては、25年ぶりに彼らと会うのも悪くないような気がしてきた。自分でも意外だった。
 すると、隣で彼女が「あ」と、思いついたように声を上げた。
「とりあえず、ローソンに寄ろう」
「どうした?」と聞くと、「冷たいコーヒーでも飲みましょう。車で送ってもらうんだから、それくらいおごらせてよ」と彼女は答えた。
 彼女におごってもらう気はさらさらなかったけど、同窓会の後のアイスコーヒーには惹かれるところがあったので、僕はローソンの駐車場に車を入れた。 

嵐の金曜日

 今日は、前が見えないほどの豪雨でした。
 午後からは出張に出ましたが、高速道路での車の運転がヒヤヒヤでした。
 まるで、今週を象徴しているかのような天気でした。

 個人的な話ですが、今週は凄まじいくらいに仕事に取り組みましたが、その分、ずいぶんと前に進んだように思います。仕事の嵐はどうやら一段落済んだようです。

 とはいえ、現在目指している真夏の国際交流イベントまで、いよいよ気が抜けない時期にさしかかっているのは事実です。
 嵐に巻き込まれないように、少なくとも強気で立ち向かいたいところです。

 この週末、仕事の方も、お休みの方も、ほっと一息つけると良いです・・・

旬な話

 今朝は快晴! 梅雨入りを間近に控えているとは思えないほどの青空でした。
 ここのところ寝坊気味で、しかもぐずついた空模様だったので、朝はゆとりがなかったのですが、今日ばかりは目覚めが良く、それで数日ぶりに裏庭の菜園に足を運びました。
 予想していた以上に、降り続いた雨で彼らはぐんと大きくなり、葉の緑も青々としていました。中でも水分が大好きなトマトは、水滴を湛えながら、空に向かって両手を広げているかのようにのびのびと葉を広げていました。
 奥の畝にはオクラとパプリカ、それからキュウリを植えています。それらを覗き込んだとき、キュウリの葉が何やら重そうにしていることに気づきました。よく見ると、その中の2つの苗にどっしりとした実がついているではありませんか!
 苗を植えて3週間で実がなったことはこれまでなかったし、なにより、こんなにも立派な実がついていることに驚きました。
 土を払い落として、かじってみると、まずあふれんばかりの水分がはじけ、その後でキュウリ独特の香りが強烈に広がってきました。
 夏野菜の寿命はせいぜい3~4ヶ月です。そう考えると、この3週間はキュウリにとっては長い時間になるのでしょう。その輝く実を見るにつけ、大地の神秘を感じます。彼らは実をつけることによって種を作り出し、生命をつないでいくわけですが、平均寿命が80年近い人間にとっても、同じようなことが言えるはずです。
 私たちはどこかで実を付けて、人生を成熟させていく。
 そういえば、津軽のリンゴで一番甘いのは、台風でも落ちることなく最後まで堪え忍んだものだという話を聞いたことがあります。
 私たちの人生という果実も、経験を重ねれば重ねるほど、大きく甘くなるのでしょう。

自分へのチャレンジ

 いよいよ蒸し暑くなってきましたね~
 昨夜は窓を開けてもなかなか涼しくなってはくれず、寝苦しい時間を過ごしました。去年の夏に行われた国際交流イベントでは、熱帯地方であるはずのバングラディシュの高校生が熱中症になり、いったい日本はどれほど暑いのかと思わされました。
 にもかかわらず、今年は、アパレル各メーカーがサマースーツを量産するようです。昨今のクールビズスタイルが定着して内心喜んでいたのですが、どうやら世間ではだらしないスタイルへのアンチテーゼが起きているようです。
 というより、新たな需要を生み出そうとする企業の試みではないかと疑ったりもしますが、いずれにせよ、これからの時期、デスクワークが厳しくなるのはたしかです。そんな中、この省エネの時代に、いくら高機能のスーツとはいえ、上着を着て働こうとする風潮にはついていけないところがあります。
 そこで今朝、インターネットで、以前から手に入れたいと思っていたランニングシューズを購入しました。しかも、トレーニング用ではなく、本格的にタイムを競うレース仕様です。超軽量の上に通気性とフィット感が抜群(だと、カタログ上では書いてありました)、しかも色は鮮やかな青色に蛍光グリーンのコンビネーション。ブランドのシンボルである「N」のマークはシルバーに輝いています。
 蒸し暑いオフィスを軽やかに動き回るだけではなく、非日常のレーシング・シューズを身にまとうことで、気分転換を図ろうという思いもあります。
 どちらかといえば、お固い仕事をしている私たちのオフィスですが、軽快に、私にしかできない仕事をしたいという思いは変わりません。あとは、与えられた仕事に対して確実な結果を残すこと。そうすれば、この靴の色はより鮮やかになってくれることでしょう!

心をつなぎ止めるもの

 ピンチです。
 今年に入ってから毎日欠かすことがなかった『源氏物語』の音読が、この1週間はまったく進んでいません。
『桐壺』から始まり、『帚木』『空蝉』までは順調に進んだのに、今は『夕顔』の途中でぴたりと止まっています。
 ご存じの通り、『源氏物語』は全編54帖にも及ぶ大作ですが、半年近く読んでみてまだ4帖も進んでいないというのは、ため息が出るばかりです。
 現在取り組んでいる、夏に行われる大規模な国際交流イベントの仕事が佳境に入ってきて、ゆとりがなくなったと言えばそれまでですが、これまで自分をつないでいた大切なルーティンが途切れるというのは、なんとも不安です。
 私には、幸いにも、人生を変えてくださった恩師の存在があります。大学院の時の教授ですが、その先生は数十年間にもわたって『源氏物語』を音読され続けて、現在9回目だと言われていました。今年から始めた私は、生涯で何度読破できるでしょう? 1度でも読破できるのでしょうか?
 比叡山延暦寺に「千日回峰行」という修行があります。険しい峰をひたすら踏破し、途中で念仏を唱え、断食をし、そんな荒行を7年間繰り返すようです。仏教の世界では座禅や念仏などひたすら何かを繰り返すことによって仏心に近づこうとしますね。
「ひたすら何かを繰り返す」と言ってしまえば、何も考えずに、ただ繰り返せばいいだけのようにも聞こえますが、じつは、この「繰り返し」こそが、目標達成の唯一の方法のように思うようになってきました。もちろん私は比叡山の峰を踏破するような勇気はありませんが、せめて『源氏物語』を読破したいと願っているのです。 

テッペンカケタカ

 今朝はホトトギスの声で目が覚めました。
 私の家は比較的平坦な土地にあるので、いったいどこにいるのだろうと、不思議に感じもしましたが、シェード越からこぼれる朝日の中から、あの「テッペンカケタカ」とも「包丁欠けたか」とも聞こえる甲高い鳴き声が響いていました。
 それにしても、この鳥の声は、妙な説得力があります。見た目がそっくりだと言われるカッコウは、いかにも鳥らしいすがすがしい鳴き方をするのに対し、このホトトギスときたら鳥らしからぬ、人間のような鳴き声です。
 
目には青葉 山ホトトギス 初鰹 (山口素堂)

 この俳句が歌うように、ホトトギスは初夏を告げる鳥です。新緑の緑、ホトトギスの声、脂の乗った鰹。目と耳と口すべてから生気がみなぎるような、粋な俳句です。
 この鳥は古来から可愛がられてきたのでしょう。訴えかけてくるような鳴き声は、生意気な子供を連想させたりもします。古くから動物と会話ができたらどれほど素敵だろうと考えてきた人は数え切れないほどいたことでしょうが、この鳥はそんな人たちの心をつかんできたのかもしれません。

鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス
  
 ある有名な武将の詠んだとされる俳句にも、この鳥への愛着が感じられます。
 季節は1歩ずつ、夏へと近づいています。私も1歩ずつ、「何か」に近づいていけたらと思います。
作者

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

最新の文章
リンク
みなさまの声
カレンダー
05 | 2015/06 | 07
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
目次
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。