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季節が変わる音

 ボサノヴァの似合う季節になりました。
 これまでいろいろなボサノヴァを聴いてきた中で、私の耳には小野リサの歌声がいちばんしっくりとくるようです。
 ボサノヴァの発祥はブラジルだと言われていますが、その音楽には日本的な世界が含まれているとよく思います。潮風を含んだ旅愁とでも言いましょうか、日本にいてふっと感じる情景をボサノヴァに感じることがあります。それが、小野リサが歌うと、日本的情緒がほどよく加味されて、あたかも日本発祥の音楽のようにも聞こえてきます。
 とくに秋に聴くボサノヴァは、過ぎ去った夏をゆっくりと思い出させてくれるようで、ことのほか身に沁みます。今年の夏も暑かったなあ、たくさん汗をかいたなあ、想い出ができたなあ・・・と。
 風がほんの少しだけ冷たさを運んでくれるこの季節、まだまだ日差しは強いのですが、音楽によって季節の変わり目にふと気づかされることがあります。
 そういえば、平安時代の初めに、藤原敏行という歌人が素敵な和歌を詠んでいます。

秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる

 秋が来たと目にははっきりとは見えないけれど、風の音の中にふと実感される、という和歌です。
 もちろん、意味も素敵なのですが、それよりも、ここに並べられている言葉の響きが、まるで1つの音楽のように美しいなあと、この時期になると思わず口ずさんでしまいます。
 さしずめ、「平安時代のボサノヴァ」とでも言いたくなりますね。
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もうひとつの高校生

 スマートフォンやゲームなどの影響なのか、高校生の社会性が乏しくなって、だんだん無表情になっているように感じられる昨今です。
 しかし、それは「見かけ」のことであって、やはり高校生たちの内面はいつの時代も火種を持っているのだ! とうれしくなる出来事がありました。というのも、先日の国際交流イベントで、ボランティアの高校生たちのパワーに、勇気をもらったのです。
 35℃を超える猛暑の中、彼らは掃除道具片手に果敢に会場に繰り出し、美化活動をしながら、海外からの参加者と積極的にコミュニケーションを図っていました。
 彼らはほんの30分もしないうちに、サンタクロースの袋のようにゴミ袋をパンパンにして戻ってくるのです。ゴミのほとんどが海外からの参加者が捨てたもののようでしたが、彼らは得意になってゴミを拾いまくりました。
「他人が捨てたゴミも拾うのが日本人なんだと、今日知りましたね」とある男子高校生は汗を拭きながら誇らしげに言いました。
「会場内のゴミ拾いをしていると、たまに『Thank you』と言って、一緒になってゴミを拾ってくれる人がいる、そういうコミュニケーションがたまらなく楽しいです」と声を弾ませた女子高生もいました。
 私が高校生だった頃は、海外の人に対して、物怖じしていたように思います。それが、彼らの前向きなパワーたるや、こちらが圧倒されるほどでした。 
 高校生たちは決して無表情なんかじゃない、彼ら彼女らの心の火種に点火するものがなかなか見つからないだけなのだ、高校生の額に光る汗を見ていると、頼もしさがこみあげてきました。

普段は姿を見せないもの

 今まさに、台風の暴風域の中にいます。
 オートバイの排気音のような音を立てて風が吹き荒れ、街路樹が髪の毛のように揺さぶられています。空は憂鬱なねずみ色に覆われたかと思うと、突然日差しが差し込んだりもして、それも束の間、再び分厚い雲に包まれてさらなる風雨が容赦なく吹き荒れます。
 ふと思うのですが、台風とは、人間の感情のようでもあります。
 何もかもが嫌になって、ある時、急に暴れたくなる、私には、しばしばあることです。
 だからか、台風には、どこか共感するところもあるのも事実です。それゆえ、台風への有効な対応策は、遠ざかってゆくのをひたすら待つのみだということもよく分かっています。感情を爆発させた自分への対処と同じことです。
 古典の世界では、台風のことを「野分(のわき)」と呼びました。文字通り、野原をかき分けるくらいの強風という意味です。
『源氏物語』にも「野分」という巻があります。
 まさに栄華を極めていた光源氏の邸宅である六条院に、息子の夕霧が見舞うという場面です。強風により、普段は見ることのできない六条院の内部が夕霧の目に飛び込んできます。そこで彼が目にしたのは、光源氏の正妻格である紫の上の姿でした。
 平安時代の貴族女性は表には現れず、夫など特別な男性にしか姿を見せませんでした。それで、台風がもたらしたハッピーサプライズによって初めて紫の上を垣間見た夕霧は、その美しさにすっかり目を奪われてしまい、物思いの種になります。
 暴力的な風が吹き荒れるからこそ非日常的事件が起こりうる、時にそれは、普段は経験できない「美しき事件」であったりします。
・・・とはいえ、対策だけはしっかり講じておきたいところですが。

「無」の幸福

 イベントが終わってからというもの、眠れない夜が続いていました。
 疲れ切っている時にこそ睡眠が必要なはずなのに、疲れがあるレベルを超えるとかえって眠れなくなるという経験を初めてしました。
 今日は久しぶりの休日でした。ほんとうに何もすることのない1日。いったいいつ以来でしょう?
 弱気なことを考えるのは大抵の場合、ヒマな時です。だからこそ私は、常にすることがある状態を意図的に作ってきました。でも,、今日ばかりは、このゆるい時間に全てを委ね、何からも追い立てられず、自分の好きなように時間を使うことができる、そんな贅沢を味わいました。
 しかも今日は、高かった降水確率を覆しての快晴、しかもどこまでも突き抜けてゆくような青空が広がっています。家の2階にキャンプのテント用のマットを敷いて、新聞を読み、アイスコーヒーを飲み、そうして読書をしました。潮風が窓から入ってきて、遠くで鳥が鳴いていました。
 気がつけばまどろんでいて、時計を見ると、いつの間にか正午を回っていました。
 寝過ぎて頭がぼんやりするというのも、どこか懐かしい感覚です。
 そうして今は、キャビネットから小野リサのCDを取り出し、それを聞きながらこの文章を書いています。どうしてもこのことが書きたいというこだわりながないままの文章も、すんなりと書き進められます。何だか、自由気ままに泳いでいるようです。
 シロップの入ったアイスコーヒーを飲みながら窓の外の青空を見上げると、全身から余計な力が吸い取られてゆくのを感じます・・・

帰還しました!

 それにしても、長い長い時間でした・・・
 7月の終わりから8月の初めまでの2週間、これまでの全精力を賭けて準備してきた国際交流イベントが開催されました。
 世界150以上の国々から青少年が集って共同生活を送り、会場内に様々なショップやパビリオン等を作り上げることで、日本の魅力を発信し続けました。
 なにせ屋外でのイベントだったために、前日までにスタッフみんなでテルテル坊主を作ったのですが、それが効きすぎたのか、連日の猛暑で、すぐにでもノックダウンされそうな状態が続きました。
8 月6日と9日には、炎天を見上げながら、「ああ、70年前に原爆が投下された日もこんなに暑かったのかな」などと、普段は考えもしないような想像を巡らせました。
 まるで戦地から故郷に帰還したような気持に今なっているのは、イベントの終了が太平洋戦争終戦の時期と重なったからかもしれません。あるいは、全世界から集まった数万人の若者たちの中で活動したからかもしれません・・・
 開催中は予期もしないトラブルが立て続けに起こりました。それでもこうしてなんとか終えることができてホッとしている、と言いたいところですが、実は、期間中の出来事をきちんと思い出すことができないほど、クタクタになっています。
 そのトラブルのほとんどが海外からの参加者によって引き起こされ、日本では考えられないような事件のオンパレードに、睡眠時間は連日3時間を超えませんでした。
 昨今のグローバル時代、積極的に国際交流をしようと思ってイベントに臨んだつもりが、最後には、やはり自分の住む国が一番だとつくづく実感する自分がいます。
・・・リハビリは、もうしばらく続きそうです。
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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