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今年も大晦日が来ましたね・・・

 デスクワークが増えてからというもの、何を着るかということにこだわりを持つようになりました。スーツをぱりっと羽織るというよりは、事務処理の効率が上がるような、快適で機能的な服を選ぶようになったわけです。
 私の職場は駐車場から歩いて15分かかる所にあり、その間、張り付くような冷たさにさらされることになります。かと思えば、職場に入ったとたん、人いきれでむんむんしていて、暖房も効いているので、急に汗ばみます。
 ということで、自ずと、インナーが大切になってくるわけです。
 去年まではずっと同じメーカーのものを愛用していましたが、先日デパートに売ってあったクオリティの高そうなインナーに目がとまり、衝動買いをしてしまいました。
 これまで同じものばかり着ていたせいか、そのふんわりと体にフィットしてくる肌触りに感激し、調子に乗って、次の日またデパートに行き、今度は厚手のロングTシャツとタイツのセットを購入しました。
 その上下セットは、屋外でも職場でも本当に暖かく、しかも軽やかな着心地がたまりません。職場の誰も気づかない中、その快適さに浸って今年最後の仕事を片付けました。
 今日は大晦日。こういう休日こそ、ぬくもりに満ちたインナーは豊かな気持ちをもたらしてくれます。家や車など、今年を一緒に乗り切ったパートナーたちをきれいにしてあげようと思い、部屋のフローリングをから拭きしていると、今年お世話になった方々のことも思い浮かんできて、心までぬくもりに満ちてきます。
 みなさま、どうか、よいお年を。
 新年からも、どうぞよろしくおねがいします!
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こんな日は理想を語ろう!

 今朝、庭の草取りをしに来てくれた母が正月用のグッズをいろいろ買ったという話を得意げにしてきた時、今年もあと4日だということを初めて知りました。
 先週体調を崩したこともあって、とにかく日々のタスクを完了するのに必死だったあまり、今日が何月何日だったかさえも忘れていました。
 というわけで、クリスマスのドキドキも冬休みのワクワクも味わうこともなく、ずいぶんと閉鎖的な毎日を生きてきたわけです。尤も、我々の年代には、そういう人の方が多いのかもしれませんね。
 あなたはいかがですか? 静かな年末を過ごしていらっしゃいますか?
 これまでは、クリスマスにしろ大晦日やお正月にしろ、誰かからのサービスを「受ける」側だったのが、誰かにサービスを「与える」立場(あるいは年齢)になった、とも言えるかもしれません。なんだかカッコつけているようでもありますが、あながち間違いではなさそうです。
 若い世代にはしっかり楽しんでもらい、年長者にはこれまで与えてもらった分お返しをしたい。よくよく考えれば、この世に生を受けて、優れた教育を受けさせてもらい、なんとか社会人として自立させてもらったのは、身内だけではなく、目に見えない方々のサポートもあったはずです。
 そう考えると、これからは目の前にいる人だけではなく、不特定多数の方々の役に立つようなことをしていきたい、しかも、今の時代に合った、より多くの方々に理解してもらえるような新しいことを。「仕事」とは、そういうものなのかもしれません。
 庭のウッドデッキに座ってホットコーヒーを飲んでいると、冬の青空がやさしく広がっていました・・・

サイレント・ナイト

 クリスマス・イブだというのに、本格的にお腹をこわしてしまいました。
 土曜日の仕事中、昼過ぎから普通に座っていられないくらいに痛くなってきて、休養室でうずくまるほどでした。
 私の場合、体調不良は、「忙しさ」と同時にやってきます。というのも、激痛に苦しんでいるときに頭をよぎるのは、たいていの場合、その時に抱えている問題です。今回はずっと、仕事のことが頭から離れませんでした。現在直面している難しい仕事が次々と頭の上にのしかかってきて、絶望的な気分になりました。
 11月から職場が変わり、知らず知らずのうちにムリが祟っていたのでしょう、折しも寒さも厳しさを増す季節、仕事の上でも1年のラストスパートを切らなければならないこの時期に体が悲鳴を上げてしまいました。
 その間、このブログの執筆も、できませんでした。
 今年の夏まで、毎日、何があろうともアップロードし続けてきた「静かな散歩道」ですが、未知なる仕事を与えられてからは、なかなか思うように文章が書けなくなったジレンマを抱えはじめ、結局、アップロードのペースを緩めることにしました。
 もちろん、私にとって、書くことは生きることだから決して停止することはないのですが、こうしてみなさまに読んでいただく以上は、推敲の行き届かないものは公開するべきではないとの思いがあって、より丁寧に書くためのゆとりを求めたわけです。それでも、今回の腹痛で全く文章が書けなかったことで、たいそう不安な気分に陥りました。 
 とはいえ、陰ではずっと小説を書き続けています。これまでの集大成の文章となるよう、一歩ずつ、踏みしめながら山頂を目指すように、着実に進めています。
 完成したら、「静かな散歩道」で公開する、その日を目指して歩いています!
 メリー・クリスマス・・・

ヨトシヲ!

 先週末、カナダ出身の同僚が母国に帰省するということで、帰り際、彼女に向かって「よいお年を」と声をかけました。
 まだ小学生の頃、数年前に亡くなった伯母が、大晦日、近所の人たちにこの言葉を言っていたのを聞いて、なんだか心が温かくなったのを覚えています。
 それ以来、「よいお年を」と言うと、いつも独特の情緒を感じてきたわけですが、そのカナダ出身の女性は、立ち止まって「ヨトシヲ?」と首をかしげました。
 それで、私は、メモ帳に「よい=good」「お年を=year」と、実に安直な英単語を記しておきながら、待てよ、この「お年を」は、「今年」を指すのかそれとも「来年」を指すのかと思案しているところに、彼女が「Oh!」と目を輝かせて、「We wish you a Merry Christmas,and happy new year. と同じね」と返してきました。
 たしかに「よいお年を」にしても「We wish ・・・」にしても、今年の残りの日々を大切にすることによって、すてきな新年を迎えてくださいという意味が込められているのは、共通しているように思います。
 彼女は「あなたは私のジャパニーズ・ティーチャーね、とうれしそうに言いながら、私のメモをスマホで撮影して「ヨトシヲ!」と手を上げてオフィスを出て行きました。
 師走も半ばを過ぎると、年の瀬がぐっと実感されます。良かったことも、つらかったことも、思い起こせばいろいろあった1年。
 この1年を振り返りつつ労をねぎらおうとする心は、日本も欧米も、いや、世界中共通なのかもしれませんね。

心の目でしか見えないもの

 昼休み、洗面所で歯磨きしていると、はっとさせられました。目の前の壁の隅の方に、人の顔が浮かんでいるではないですか! その人は恨みのこもった目で私を睨んでいます。
 よく見ると、大理石調のタイルの模様がたまたまそうなっているだけなのですが、それにしても実にリアルで、まさに物の怪の顔をしてそこに張り付いていました。
 これをただの模様と見るか、それとも、そこには本当に何らかの怨霊が取り憑いていると見るのか、なかなか興味深くもあります。
 平安時代の貴族たちは、たまたま起こることに何かしら意味を見いだしていました。
 たとえば、夢は何かを暗示しているものと信じられていたし、陰陽師の安倍晴明は目に見えない世界を占うことによって、当時の世の中に大きな影響をもたらしました。
 科学が万能ではなかった分、今とはずいぶん違うようですが、実は、心の深いところは今も昔もあまり変わっていないようにも思います。今でも心霊現象を恐れたり、逆に先祖を敬ったり、悪いことをするとバチが当たると思い込んだりと、共通点はけっこうあります。
 そういえば、昨日宝くじ売り場で「本日は天赦日!」という文字が躍っていたので、売り場の係員にどういう意味かと聞くと、「今日はくじを買うには最高の吉日なんですよ」という非科学的な答えが返ってきました。それでも、何だか縁起がいいような気がしてきて、思わず10枚ほど購入してしまいました。
 目に見えないものの方が、かえって説得力をもつように感じることもあります。
 おそらく、平安貴族の中にも、私と同じく洗面所のタイルに浮かび上がった物の怪を見れば、いやな予感に苛まれて、すぐにお祓いをした人もいたに違いありません。

テツガクノミチ

 昨日は午後から出張でした。オフィスから約100キロ、自宅からは150キロ以上離れた地方都市での協議でした。
 前のイベント関係の仕事では、外回りが多かったこともあって出張費がしっかり確保されていましたが、今の職場ではETCカードさえありません。
 それで、高速道路に乗れば1時間あまりで行けた場所にも、倍の時間をかけて、これまで通ったことのない道を走ることになりました。おまけに愛車の調子が悪く修理に出しているために、代車を借りていて、これがまたショッキング・ピンクのハッチバックというじつに落ち着きのないドライブとなりました。
 ふわふわしたシートに腰掛け、ハンドルを握り、スマホのナビゲーションに従って山道に入り、峠を越え、大きなダムを渡り、それからさらに1時間以上も信号のない林道をひた走り、さらに峠を越えた所でようやく国道と合流しました。途中コンビニもなかったために休憩もしないまま、目的地に着いたのは出発から2時間半後、16時30分でした。
 17時から始まった協議を終え、再びピンクのハッチバックに乗り込んだのは19時過ぎ。辺りが真っ暗になっている分運転の不安は倍増していたので、来た道を通るのはやめて、遠回りにはなるものの車通りの多い幹線道路を使うことにしました。
 1時間ほど走ったところで、ドライブスルーでハンバーガーを買ったのはよかったのですが、店員がストローを入れ忘れたために、ジンジャーエールを車内にこぼしてしまうというアクシデントに見舞われながら、冷たい雨の降る夜道を走らせました。   
 道中、とにかく無心でした。仕事後の3時間のドライブは、決して心が浮き立つものではありません。22時を過ぎ、自分の住む街の明かりが見えたときには、何か、無人島から泳いで帰還したかのような安堵感に、体中の力が抜けました・・・

光と影の季節

 月曜日、地元の高校生が集まって地域創生について語り合う場に同席しました。
 高校の教育現場を離れて約2年、それまでは高校生と一番近いところにいたはずが、なんだかずいぶんと遠い存在になったような気がします。
 彼らは自分たちのふるさとの将来について、真剣に語り合いました。観光振興と定住促進のためには何が必要か、など、県議会議員さながらの意見を交わしました。
「過疎地に住む人は、何かやりたいことがあるはずだ」
 ある男子高校生がそう言いました。あぁ、今はそういう時代なんだな、とはっとさせられました。私たちの高校時代は、目的がある人は都会に出て行ったものです。それが、今は逆になっている、時の流れを実感しました。  
 それにしても、高校生の発想はストレートで、瑞々しいですね。
 討論会が終わり、帰る頃には、日は完全に沈んでいました。
 車のハンドルを握っていると、自分の高校時代に自然と想いが及びました。たった3年間だったのに、記憶の中では特別なフォルダに収められています。いい思い出もあれば、苦々しいものもある、思い出したくないようなつらいことだってある。でも、そのフォルダを開くと、もう2度とは味わうことのできない、シトラスのような甘酸っぱさが漂っています。
 この日激論を交わした高校生たちも、これから大学に入り、やがて就職し、大人になっていくわけです。彼らの未来を想像すると、逆に、今が輝いて見えます。
 帰宅して、昔買ったCDをキャビネットから取り出しました。
 高校生の頃、受験勉強の合間や部活の合宿中に何度も何度も聴き込んだ曲を何年かぶりに再生すると、あの頃にはまだ気づかなかった曲の深みが胸に響いてきました。

あれっ?

 11月になって2階のオフィスから14階へと異動した話を以前書きましたが、一番変わったことは、通勤の風景です。遅刻すれすれの時間になると1階のエレベーターの前に行列ができて、ずいぶんと待たされることになります。それで、かなり早く出勤しなければならなくなりました。
 先々週のこと、エレベーターに乗ろうとすると、課の上司が階段室に消えてゆくのが見えました。聞いてみると、毎朝1階から14階まで歩いているということです。
「1日中デスクワークばかりだと、体によくないからね」と上司はクールに言いました。それにしても、スーツを着て、朝から歩いて14階分の階段を上るとは自分にはできないなとその時思いました。
 それが、先週は残業も多く、ほとんどの時間をデスクワークに費やしたために、体のあちこちの筋肉が緩くなっているのを感じました。少しでも体を動かすつもりで、上司の言うとおり、昼休みに、9階から14階まで階段を使うことにしました。
 こんなに長い階段を上るなんて初詣のようだと思いながら、一歩ずつ足を踏みしめました。足裏の母指球で接地して、体幹を使って体を引き上げるようにして歩くとすぐに息が上がりましたが、思ったより無茶な感じはしませんでした。
 で、そうやって何度か「練習」した後で、ついに1階から14階まで上がってみることにしました。途中歩きながら時計を見ると、1階分を上がるのに約15秒しかかからないことが分かりました。ということは、14階まで、4分以内で上りきる計算です。
 5階を過ぎた頃からふくらはぎの筋肉がピクピクしましたが、9階からは練習の甲斐あって、勢いで登り切りました。
 他人がするのを見ると大変に思えても、自分でやってみると案外簡単だったりします。

きらめきの時間

 世の中は「つながり」を求めています。
 ネットショッピングをしても、音楽をダウンロードしても、SNSに接続しても、「共有」という文字があちこちで踊っています。
「人間は孤独な存在であり、その孤独は自分以外の誰かによってしか慰められない」というのは、私の経験則です。それゆえ、人の「つながり」が、リアルタイムに、しかも地球規模にまで広がってゆくという今の状態は、まさに、あこがれの世界でもあります。
 ところで、今朝は、ことのほか冷えました。通勤中、ハンドルを握る手もゾクゾクしました。師走に入り、いよいよ本格的な寒さがやってくることを実感していると、左の手首にはめた腕時計がたまたま目に飛び込んできました。
 10年間にもわたる500円玉貯金の末にやっと手に入れた腕時計とあって、思い入れが強いだけなのかもしれませんが、それにしても、小春日和の朝日を浴びて、いくぶん控えめではありましたが、キラキラと輝いていました。
 最近は電波時計の進化がめざましく、中にはGPS機能によって、世界中どこにいても時刻を自動調整してくれる優れモノもあります。私も、どの時計を買うべきか、ずいぶんと悩まされました。
 しかし、最終的には、電波でつながっていない、職人たちが手作業で作り上げた電池式の時計を買うことにしました。
 この時計は、私だけのために時を刻んでくれる。誰ともつながっていない、私だけの時間を静かに教えてくれているのです。そういえば、以前は、他者から切り離された、ひとりぼっちの時間が好きだったなと、ふと懐かしく思い起こしました・・・
作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

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