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New York State of Mind

 今日は閏日。4年に1度しかやって来ない、幻のような日です・・・
 午後からマンハッタンに入り、グランド・セントラル駅近くのホテルにチェックアウトして、ロビーでエスプレッソを飲んだ後、寒風吹きすさぶ5番街を歩いて南下しました。およそ10年ぶりのニューヨーク、やはり、ずいぶんと洗練された印象を受けます。
 お目当てはウエスト・マンハッタンにあるヴィレッジ・ヴァンガード。フェイスブックで知り合ったジャズ・ベーシストが演奏するということで、長期休暇をもらってやってきたわけです。しかも、山中千尋との共演、私は彼女の隠れファンなのです!
 東京や名古屋で彼女のライブを聴いたことはありますが、やはり本場での演奏はワクワク感が違います。ヴィレッジ・ヴァンガードといえば、ビル・エヴァンスやジョン・コルトレーンたちジャズ界のレジェンドが演奏した、まさに聖地です!
 ニューヨークの地下鉄は過去に不安な思いをさせられたこともあるので、マフラーを巻き、歩いて街並みを楽しみながら移動することにしました。それにしても、まず人の多さに圧倒されます。迷わずに進むのに精一杯です。ただ、以前はリンカーンなどアメ車のイエロータクシーが多かったですが、今の主流は圧倒的にプリウス。石畳の道路にはメイド・イン・ジャパンが違和感なく溶け込でいて、安心感をもたらしてくれます。
 ホテルを出て20分の所でスマホを見ると、聖地はもうすぐそこ。ハドソン川に沈む冬の夕焼けがこの街を照らし、共演するようにカラフルなネオンサインもつき始めます。
 ヴィレッジ・ヴァンガードは7番街を1本入った味わいのある路地にありました。辺りにはアルコールとステーキと人のにおいが立ちこめていて情緒を誘います。
 年季の入った店の看板の下には「Chihiro YAMANAKA TRIO」と書かれたホワイトボードがさりげなく照らされています。(明日へ続く)
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スポーツカーとため息と

 先週の日曜日のことです。
 神戸ポートピアホテル27階の豪華な部屋でゆっくりしすぎた私は、予定よりも遅くチェックアウトすることになりました。空はどこまでも青く、ちぎれた脱脂綿のような雲が所々に浮かんでいるだけでした。
 私はバッグとキャリーケースを持ち、ホテルから新神戸駅までのシャトルバス乗り場に立ちました。すると、前には若い男女がすでに待っていました。2人とも首にニコンの一眼レフを提げていて、アクティブな服を着ていることからしても、どうやら写真を撮りながら神戸の街を回っているようでした。
 女性の方が背は高く、ニット帽をかぶり大きめのピアスをして、切れ長の目でポートアイランドのビル群を見上げていました。男性の方はがっしりした体型で、少し女性の機嫌を伺うところがありました。あぁ、なんだか今どきのカップルだなと思いながら、私は2人の後ろに立っていました。
 バスを待つ間、ホテルの玄関にいろんな車が入ってくるのが見えました。地方ではなかなかお目にかからないBMWの最新モデルの後部座席からは、着物の女性が降りました。
 次に、レクサスの黒いスポーツカーが入ってきました。運転手はホテルマンに駐車場の位置を確認した後、軽快なエンジン音を響かせながら私たちの前を通過していきました。
 その時、私の前に立っている女性が「良い車ね」とつぶやきました。車そのものに興味があるわけでもなさそうでした。それから、車が消えた後で「良い車っていうのは、それなりの速度が似合うわよね」と、しっとりした口調で言いました。
 彼女を見ていると、神戸にいるのだということが実感されました。

時代

 伯父が大工の棟梁だったこともあり、自分の家を作る時にはかなりこだわりました。
 国産の木材を使い、壁は漆喰にして、床と建具は無垢材にする・・・完成する前に私の頭の中ではすでにイメージができあがっていました。
 で、私のようなわがままな客に対応するには、メーカーの担当者もずいぶんと大変だったのでしょうが、幸い担当のSさんは細かいところまでオーダーに応えてくださる方で、ほぼ思い通りの家が完成しました。
 それが、もっとうれしかったのは、アフターサービスも行き届いていて、不具合やメンテナンスなど、すぐに駆けつけて、しかも無料で行ってくれました。大手ハウジングメーカーではなかなかこうはいかないという話を他の人から聞き、田舎の工務店ならではの対応に、信頼度もぐんとあがっていました。
 ところが、先日、メーカーの人から、Sさんが昨年末に退職されたという電話が入りました。定年まではあと少し残っているが、現場の仕事がきつくなったのだという説明でしたが、私には寂しさだけが残りました。
 人口減少社会を迎え、なかなか新築が伸びない世の中で、ハウジングメーカーも他の企業同様、生き残りをかけて必死になっています。Sさんの会社も、新築だけではなくリフォームや家具の販売、それからカフェなども手がけるようになり、どんどんおしゃれになっていて、顧客である私としても、歓迎すべき変化でした。ただ、もしかすると昔ながらの仕事師であるSさんにとっては、そういう変化について行けなかったのかなとも想像します。
 10年前と比べるとすっかり洗練されたショールームの中に、Sさんの威勢のいい声が聞こえなくなってしまい、なんともいえない気分になりました。

青空と新幹線

 せっかく神戸まで来たのだから、京都まで足を伸ばすつもりだったのですが、ホテルでゆっくりしているうちに予定が変わってしまい、結局どこにも立ち寄ることなくそのまま新幹線に乗ることにしました。
 行きは土曜ということもあってかほぼ満席で、こうやってパソコンを開くことすらできませんでしたが、日曜の昼下がりの神戸発「のぞみ」には、3人がけの席を独り占めしても罪悪感を覚えないくらいの空席があります。指定券を取ろうかどうか迷いましたが、むしろ自由席にして正解でした。
 私の好きな海沿いの青空を横目に見ながら、のどかな時間を過ごしています。
 そういえば、朝食のブッフェ会場では、多くの外国人(中国人)の方の姿がありました。神戸にも「爆買い」の波が押し寄せているのでしょう。ブッフェのメニューも、シュウマイや中華粥などでもてなされていました。
 日本は成長社会を卒業して次の社会に入っているとも言われますが、観光に力を入れて、海外からのお客様にしっかりと楽しんでもらうというコンセプトはこれから続くでしょう。  
 日本は島国ということもあって、異文化に適応していくことがなかなかすんなりとはいきません。私は、それは美点でもあると思っているのですが、いずれにせよこれからは、海外から多くの人が日本に入ってくる時代になることは間違いないようです。
 それにしても今日は本当の意味での自由席です。
 美しい日本の青空と超先進的な鉄道技術に浸りながら、これから海外の方とのコミュニケーションにもチャレンジしていかなきゃなあとつくづく思いました。

「ありがとう」では言い尽くせない

 今、神戸にいます。ポートアイランドの真ん中に建つポートピアホテルの27階の部屋です。
 昨夜、ラグビー部の教え子たちがパーティーを開いてくれて、この部屋を取ってくれました。カーテンを開けると、神戸市街が一望できます。六甲山を背景に、海に向かって街が広がっている光景は、圧巻です。
 阪神大震災の時には、この街が大きなダメージを受け、今いるポートアイランドは液状化現象で水浸しになったことを思うと、見事に復旧されている様子に感激さえ覚えます。まだまだ復興に向けて解決すべき課題は残っていると聞きますが、ノスタルジーあふれるすてきな街ですね、神戸は。
 そういえば4年前に、須磨・明石を訪れたことを思い出します。ここの窓からは須磨の海岸もぎりぎり見えます。この一帯は『源氏物語』の舞台で、失脚した光源氏が流離した地でもあります。源氏は須磨で失意の日々を過ごすわけですが、ヒロインの1人となる明石の君と出会い、その後都へ戻って栄華を極めていくための大切な場面として描かれています。
 近畿には、都に近かったために様々なストーリーがあります。また機会を見つけて、姫路から大阪、京都にかけて、じっくりと散策してみたいと思わせます。
 それにしても今日はすばらしい青空です。昨日の大雨がまるでウソのような、瀬戸内らしいからりとした空が神戸の街を大きく包み込んでいます。
 昨夜は教え子たちと思い出を語りました。高校生の時からすると、会うたびにしっかりした男になってゆく彼らに囲まれていると、負けていられないなと思います。
 この青空は、彼らからもらったものだと、感謝の思いで胸が詰まります。

早く片付けて、早く帰ろう!

 先日スマホのニュースに、働かないアリがいる集団の方が長く持続するという実験結果がアップロードされていました。
 学生時代、私は20種以上のアルバイトを経験しましたが、たしかに仕事をサボる人は必ず何人かいました。上司が登場したときだけ「やっている感」を出すのですが、そうじゃないときは、どこかに雲隠れする人さえいました。
 ただ、その人たちが、今回のアリの実験で確認されたように、普段よく働く人が疲れたとき、代わりに働いたかというと、そんなことはなかったように思います。
 おそらく、今回の実験結果は、「作業」のレベルの話であって、「仕事」の際には必ずしも当てはまらないように思います。
 仕事は1人1人に均等に振り分けられることが基本です。その上で、人によって軽重が生じるのは致し方のないことです。そういうときは、みんなでカバーする、このチームワークが理想の集団だと思います。
 もう1つ、適材適所という考え方も大事です。入社間もない頃はいろいろな仕事を当てられるものですが、ある程度年季が入ると、自分のストロングポイントが見えてくるはずです。そこを生かせる仕事が与えられれば、まさに鬼に金棒です。
「仕事」は「作業」とは違って、創造的でなければならないと考えます。この姿勢を失うと、社員は考えることを停止してしまいます。
 集団を持続するためには、どんな仕事であっても1人1人が楽しさをもって働くことが必要十分条件であり、働かない人は、仕事の楽しみを味わうことはできないでしょう。
 そう考えると、社員の適性を見抜き、仕事を割り振りするリーダーの役割はきわめて大きいと思います。

がんばりすぎないようにがんばる

 先日、「今年の1月は時間が経つのが早い」と書いたばかりですが、2月に入ったとたん、急に時間が失速したように感じるのは私だけでしょうか?
 今となっては懐かしい教員時代、私は初任からすべての年においてクラス担任を受け持ちました。そのときに、クラス経営上もっとも注意を払わなければならなかったのが、じつは6月と2月でした。この2つの月ばかりはどれほど「がんばれ」と励ましても、生徒はぐったりしていたし、欠席者も多かったのです。
 教師という仕事は、幸か不幸か、他業種と比べると成果主義にさらされることは少ないのですが、やはり自分のクラスの生徒が隣のクラスよりも多く欠席すると、自分の指導力不足を感じてしまいました。
 ただ、経験を重ねるうちに、この2つの月は他のクラスの生徒の様子もおかしいことに気づくゆとりができてきました。大きな要因は指導力不足というよりは天候にあることも分かってきました。6月は梅雨、2月は寒冷、夏風邪とインフルエンザ、体調も崩しがちです。
 それに加えて、休憩を要する時期だともいえそうです。新年度のスタートダッシュを終えた6月、年末年始の気ぜわしさを終えた2月、心ががんばった分、体を休める必要があるのです。
 この年齢になってくると、自分が自然の中に生かされていることを、年々強く意識させられます。もちろん、体力が許す以上、結果を求めて無我夢中に努力する姿勢は失いたくはありません。
 ただ、それと同時に、自然のリズムと調和しながら日々の生活にベストを尽くすことができれば、おそらくそれが結果につながってゆくのだろうと、最近思うようになりました。

KAORI

 今朝、外に出てみると、梅の花がほころんでいました!
 子供の頃から、アンダースローのピッチャーの腕のように地面に向かって伸びるしだれ梅がとても好きで、7年前に園芸店で購入しました。最初の1、2年はなかなかつぼみがつかなかったのですが、近年になって濃いピンクの丸い花を咲かせてくれます。
 ここ数週間は体調不良もあり、天気も良くなかったせいか、気分がすっきりしない日々が続いていたため、この庭先の小さな変化には思いの外勇気づけられました。
 さて、古典の世界で花といえば桜を指すというのが一般的なとらえ方ですが、じつはそれは平安時代からの話で、その前の奈良時代は、梅でした。大陸から持ち込まれたばかりの梅の花を、当時の人々は誇らしげに愛でていました。
 梅の花の特徴は香りです。菅原道真の和歌が有名ですね。

東風(こち)吹かばにほひをこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな

 自分がいなくなっても、春になると花を咲かせて香りを漂わせてほしい。この後、道真が太宰府に流されてしまいます。
 さて、万葉集をリスペクトした歌人に、鎌倉幕府三代将軍、源実朝がいます。彼は幼い頃から自分が暗殺されることを予感していたともいわれ、和歌にも自らの運命を暗示するような世界が詠まれています。彼は道真の和歌を取り、実際に鶴岡八幡宮で暗殺される直前にこんな和歌を詠みました。

出でていなば主なき宿となりぬとも 軒端(のきば)の梅よ春を忘るな

 自分が死んだ後のことを梅の花に託す。古来から、人々は、この小さな花によって心を慰められてきたのですね。

Something Great

 天気予報通り、昨夜から風雨がものすごく、今日予定されていた駅伝大会も中止になりました。結局、今年は4つのレースを走る予定でしたが、すべて中止となり、不完全燃焼感たっぷりです。
 とはいえ、今日の大会だけは、内心、中止になってほしいと願っていました。というのも、中耳炎を軸とする全般的な体調不良で、もし走れば間違いなく寝込むくらいにはなることが予測されたからです。
 ただ、この大会ばかりはよほどのことがない限り中止にはならないこともよく分かっていました。今回は職場の大会で、部署によっては全体練習や試走をしたり、中には昼休みに走り込むチームもあったり、並々ならぬ意気込みを感じていました。事務局の役員もそのことを熟知していたので、普通に雨が降ったくらいでは中止にはならなかったのです。
 そこへもってきて、今日の暴風雨です。
 職場を変わってまだ4ヶ月で、仕事のことだけで精一杯の私にとっては、恵みの雨となりました。風邪気味の中、2週続けての大会中止、もちろんこれはただの偶然に過ぎないのですが、一方で、神様が私のために雨を降らせてくれたと心のどこかで思っている自分もいます。(今日走りたかった人、ゴメンナサイ・・・)
 ようするに、それほど今回は体がきつかったということなのですが、だからこそ、今無理して走っても体を壊すだけだと、慈悲の手がさしのべられたような気もしています。
 私もそろそろいいオジサンですが、こうやって追い詰められたときには、神様のありがたみをふと意識してしまうというのはまだまだ子供心が抜けていないのかもしれません。

Portrait in my heart

 中耳炎になってしまいました。
 思い起こせば、初めて発症したのは小学3年生の時で、5年生の時には大学病院で鼓膜にプラスチック製のチューブをはめ込むという手術まで経験したわけですが、あれから数十年、ずっとこの症状とつきあっています。
 耳の奥に水がたまっている不快感と激痛、それがまた脳に近いところで起きるので、何をするにも憂鬱になってしまうということで、この病気だけは何年経ってもうまくつきあうことができないとため息をついているところです。
 仕事にも少なからず支障をきたします。痛みもさることながら、つらいのは、自分の声がこもってしまうことです。何かを話すたびに、声が不気味に響き、それが自分の声とは思えないほどです。頭の中が水がめにでもなっているようで、自分だけがプールの底にいるような孤独感を覚えます。
 ただ、すべての物事には陰と陽がある、これは中耳炎にも言えることです。
 職場の声は聞こえないし自分から話す気にもなれないから、一人で黙々と仕事をこなそうと腹をくくり、その分、日頃はなかなか手を付けられない仕事を進めることができます。
 外界との接触が少なくなると、普段はつかみにくい「自分」が目の前に立ち現れてくるようで、これがまた新鮮でもあります。心の中の「自分」は、生意気で、寂しがり屋で、それでも、どうしても憎みきれない顔をしています。 
「あぁ、君が僕なんだね」 
 一日中鼓膜の奥がキンキンと痛みはしましたが、今日ばかりは、そんな「自分」と静かに向き合うことができたような気もします。

Like a Rolling Stone

 先週末から予期せぬ体調不良に見舞われ、このブログを更新することもできませんでした。しかも、昨日の日曜日、出場予定だった駅伝の大会が雪のために中止になり、その知らせを受けたとたんに一気に疲れが出てしまいました。
 不思議なものですね、良いタイムを出してやろうと直前まで意気込んでいたのです。もし大会が行われて走っていたら、どうなっていたのだろうと想像します。さらなる体調不良に襲われ、立てなくなったかもしれませんし、もしかするとアドレナリンが出て意外と平気だったかもしれません。
 そんなことを考えつつ、日曜日はずっと寝込んでしまいました。
 これまでも何度か書いてきましたが、心と体は変な関係で結ばれています。「病は気から」というように、心の持ちようで体はどうにでもなるようにも思えますが、じつは体の方が心よりも正直だったりします。
 ポジティブな心を持ち続けることはもちろん偉大なことですが、それと同時に体のコンディションを保ち続けることも大切です。むしろ、健康な体の方が先で、これがあってこそポジティブな心が呼び起こされるのだと私はとらえています。
 とはいえ、私のような人間は、目の前のことしか見えなくなるあまり、ペース配分とかコンディション作りがあまり上手ではなく、それゆえ、体の方がくたびれてしまって、こうやって数ヶ月に一度、休養をとることになるのです。
 これは20年以上も変わらないパターンです。頭では分かっているのに、体がついてこない、この自分の体というものほどやっかいなものはありません。
 分かっているのにやめられない、それは心ではなく、体のしわざなのです。

純米大吟醸のように

 昨日のラジオ番組で、パワーポイントを社内会議で使わない企業が増えているという話題が取り上げられ、衝撃を受けました。
 スライドの作成に凝るのはいいが、肝心の内容が伴っていないケースが多いらしく、外部へのプレゼンテーションのみの使用にとどめるということです。
 イベント関係の仕事に携わっていた時、リーダーだったSさんを密かに尊敬していました。この方は徹底した本質主義者で、資料はわかりやすく、端的に、文章は短ければ短いほどいい、と教えてくださいました。インデントなどの体裁にはあまりこだわらず、自在に文書を作成し、どれも一目で概要が理解できる資料を作っていました。
 Sさんの仕事はスピード感にあふれていました。どんなに難しい処理もいつの間にかできあがっていて、気むずかしい上司へのプレゼンもあっさりと済ませました。
 かと思えば、協議の場では確固たる意見を持ち、気安く話しかけることすらできない上司にも、グイグイと押し込んでいました。
「議論で大事なのは、ビジョンですよ」とSさんはよく言っていました。30分以上かかる協議はしない。議論も「量より質」でした。
 ここ数年でパソコンは格段に進化し、これなしでは業務が成り立たなくなっています。でも、便利なツールに頼りすぎるあまり、パソコンを使いこなすことが目的になってしまっては何の価値もありません。
 パソコンはおろか新幹線もなかった江戸時代の政治家や商人に仕事の質で負けてしまっては、人間の進化などありえない、そう考えると、パワーポイントを禁止して、ペーパー1枚でプレゼンする企業の判断には、救われる思いがします。

ため息の中の炎

 昨日は1日中会議でした。
 私たちの業界では会議のことを「協議」と呼ぶのですが、ネーミングはさておき、この1ヶ月でのべ30時間以上もの協議をしています。長い時には9時間ぶっ続け、16時に始まり夜中の1時に終わったこともあります。
 今の職場で何がしんどいかというと、ずばり、このエンドレスな感じの協議に尽きます。もう少し業務改善はできないのかということばかり考えるのですが、何しろ配属されてまだ3ヶ月の身ではなかなか強気な発言はできず、ただ息を殺しながら「郷に従う」しかできません。そうして、睡眠3時間で、次の日の仕事を何とか乗り切るしかない、まさに「根性主義」の職場に今いるわけです。
 驚くべきは、同僚の勤勉さです。たとえ前の夜に3時間しか寝ていなくても、次の日もその次の日も残業できるタフネスを兼ね備えています。これはいったいどうなっているのだろうと、ただただ首をかしげるばかりです。
 これまで、どんなに仕事が多くても心からリラックスする時間を大切にしてきました。それは、音楽を聴き、キャンドルを焚きながらこうして文章を書く時間なのですが、さすがにこうも仕事に拘束されると思うように時間がとれず、そのことが何よりもつらいです。
 とはいえ、こんなふうにも考えます。生きる上で無駄な時間はないと。別の言い方をすると、明けない夜はないのです。今は仕事に追いかけられる生活ですが、私も同僚と同じタフネスを身につけたいと思います。体も、そして、心もです。きっとそのことが、次の人生につながっていくのだろうと信じています。
・・・と強気に言ってはみたものの、季節柄、インフルエンザには十分警戒したいところですね(笑)
作者

Author:スリーアローズ
*** 
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とびっきり寂しい旅に・・・

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