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キラキラ 334

 エスカレーターを上る奈月の右手には、しおりが握られている。彼女は上方に目を遣ったまま、静かに運ばれている。
 そんな奈月の動きを息を詰まらせながら見ていると、光源氏の和歌がまた聞こえてきた。

伊勢人の 波の上漕ぐ 小舟にも うきめは刈らで 乗らましものを 

 あの時あなたについて行ったならば、今頃はこんなにつらい思いをせずに済んだでしょうに・・・
 光源氏の物語は1000年以上も前に完結している。だが、僕と奈月の物語はまだ終わってはいない。
 僕は心の中で叫んだ。奈月、こっちを向いてくれ!
 彼女が僕の方を見るかどうかだなんて、きわめて些細なことだ。だいいち僕たちは、ほんの何時間か前に、深く抱きしめあったのだ。だが、今となっては、もはや死活問題となっている。
 正直、何が何だか、自分でもわからない。僕の心は小舟の上に乗っている。主体性のない小舟だ。波に揺られるまま、どこにたどり着くかわからない。すべては奈月に委ねられている。
 奈月はエスカレーターの後半にさしかかった。彼女はスーツケースを持ち、左側に立っている。小さな白いワンピースを急ぎ足のサラリーマンたちが次々と追い越していく。人々の中を、奈月は忘れられた木の葉のように漂っている。だが僕だけは、その白い葉を注視している。彼女が僕に振り向くのをひたすら待ちながら。
 頭の中には、光源氏の後悔を詠んだ和歌が何度も響いている。なぜ僕がしおりの中の和歌を完全に覚えているのか、不思議だった。僕はふと、奈月が野宮で六条御息所の言葉を立て板に水のごとくに再生したことを思い出した。ひょっとして、奈月と同じことが僕にも起こっているのかもしれない。
「大丈夫だ」と自分に言い聞かせる。「奈月のことだ、きっと振り向いてくれるに違いない!」
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スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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