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キラキラ 346

 小さな奈月のぬくもりが肌の内側に入ってくる。僕は、徐々に満たされてゆくのを感じた。麻理子や幸恵を抱きしめた時にも同様の充足を覚えたが、奈月の場合は、また別格のような気がする。
 とにかく、なつかしい。年齢と経験を重ねるうちに知らず知らずのうちに失ってきた大切なことを、1つ1つ、訥々と、思い出させてくれる、言うなればそんなぬくもりだ。
 八条口を照らし出す乾いた陽光が僕たちを包む。遠くで蝉の声も聞こえる。さやかに風も吹いている。
 その時、声が聞こえてきた。奈月が何やらぶつぶつとつぶやいているのだろうと思い、身体を少し離して口元を見ても、彼女はただ満たされた表情を浮かべて目を閉じているだけだ。
 いったいどういうことだろうと怪訝に思っている間に、その声が何を言っているのか。聞き取られるようになってきた。どうやら僕の知っている言葉のようだ。

もの思ふ人の魂はげにあくがるるものになむありける

「奈月」と僕は言った。そうして、改めて彼女の顔をちゃんと確かめようとした。すると、たった今抱きしめていたはずの奈月の身体は僕の前から消えてしまっていた。
「奈月」と、今度は声を大きくした。だが、辺りにあるのは、僕に全く関心のない様子で駅に向かう人々と、駅の入口の窓ガラスに映った僕の姿だけだった。ガラスの中の僕は、自分で思っている以上に疲れている。もはや中年男性の風貌だ。
 そんな自分と対面しながら、もう一度「奈月」と言うと、妙に語尾が下がった。僕の声に振り向いてくれる人など、誰1人としていない。
 肩と膝の力が一気に抜け落ちた。
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スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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