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今宵は十五夜なりけり

月のいとはなやかにさし出でたるに、今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊び恋しく、所どころながめたまふらむかしと、思ひやりたまふにつけても、月の顔のみまもられたまふ。

『源氏物語』には、しばしば月が描かれますが、おそらくその中でも特によく知られる場面です。
 若さゆえに、禁断の恋にブレーキをかけることができなかった光源氏。彼は時の権力者から罰を受けるよりも前に、自ら異境の地である須磨へと下ります。
 須磨は、今で言う神戸市須磨区。快速電車を使えば京都まで2時間足らずの距離ですが、平安時代はそうもいきません。千里にも二千里にも遠く感じられたようです。
 冒頭の古文は、須磨に退去した光源氏が、十五夜の夜にふと月を見上げて都を追慕する場面です。
【今宵は十五夜なりけり】  
「けり」は、文法的に言えば、「気付き」を表します。「そういえば、今夜は十五夜だったなあ」と光源氏はふと気付くわけです。つまり、その時彼は別のことに心を塞いでいた。すなわち、愛する藤壺のことを考えていたのです。藤壺とは、光源氏の義母で、密通してしまう女性です。若い光源氏にとって、一度抱いた恋人の記憶は、肌の内側にはっきりと焼きついていたことでしょう。
【月の顔のみまもられたまふ】
「月の顔」とは、文字通り月の表面です。「まもられたまふ」とは「まもる」という動詞に尊敬語がついたものです。「まもる」とは、じっと見つめること。須磨で侘び住まいをしている光源氏は、月の表面をじっと見つめながら、都での華やかな日々を思い出し、心から愛する藤壺のことを思慕するあまり、胸を痛めるのです。そうして彼は、「月を見ている間だけは、心が慰められるものだ」という思いを和歌に詠みます。

見るほどぞ しばしなぐさむ めぐりあはん 月の都は 遥かなれども
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